新宮古墳

広島県広島市 2017年4月訪問

円墳、R10.4,H3.2、6C中
横穴式石室、全長6.6m、玄室長4.22,幅1.54m
位置:34°22′24″N 132°31′49″E
住宅地の中、神社社殿背後に墳丘


玄室奥が破壊されてトンネル状態


羨道上部も壊失


玄室(ストロボ無し)


〃縦位置、幅の割に背が高い


右側壁


左側壁、奥壁に使えそうな三角形の石が印象的


奥壁は鏡石だけ残っている、外側から写すのを忘れている


奥から外、両袖式


〃縦位置


床面に敷石


見学記
安芸区船越4丁目、船越小学校北方250m丘陵中腹にある古墳ですが周辺はすっかり住宅街になっています。それ程大きくない社殿の背後に古墳があり南西に開口、羨道上部を失い玄室も後ろ上部が破壊されてトンネル状になっていますが状態は比較的良く奥壁1枚残存。全長6.6m、玄室長4.22mの両袖式で床面には敷石、高さは書かれていませんが2m近くあり幅の割に背が高い、中央の天井が高くなっているように見えます。ここは道が大変狭く車を停められそうな場所もないので行きづらかったのですがつい最近コンビニが出来たのでそこから歩いて行きました、2,3分程度です。市史跡。
[ 2019年02月21日 18:38 ] カテゴリ:広島市 | TB(-) | CM(0)

北尾古墳

広島県広島市 2017年4月訪問

横穴式石室
位置:34°21′07″N 132°32′40″E
住宅街として開発された中、残された場所に保存、説明板は文字が消え石室は画面右下に開口


石室正面、羨道は上部殆ど壊失


玄室は思った以上に良好に残る


中には入れないので普段は撮らない左側壁


右側壁、こちらの方が左に比べて石材が大きそう


序に天井も、レベルが揃っている


奥壁はほぼ1枚石


見学記
安芸区矢野東3丁目、月が丘団地第一公園南側にある古墳です。文字の殆ど消えた説明板が立っていてその脇の石垣段差部分に開口、羨道は壊失していますが玄室は完存、柵があって中には入れませんがこんな場所にしては状態が良い、奥壁は1枚石です。新興住宅地との境目で何とか破壊から免れたようです。前の道路が凄く広くて楽々駐車可。
[ 2019年02月21日 18:37 ] カテゴリ:広島市 | TB(-) | CM(0)

西谷第1号古墳

広島県海田町 2017年4月訪問

6C後半
横穴式石室
位置:34°21′31″N 132°33′07″E
石室直前に案内表示、こんな場所に設置されてもな~


説明板が立っている辺りが石室先端でしょうか


石室前部破壊、半分以上壊失か


大きな開口部、天井石が意外と薄い


内部は明るい、立って入れる程の大きさ


奥壁は1枚石でヒビが入っているのかな、組み合わせだとしたら巧みすぎる


左側壁、平石を重ねている


右側壁、こちらの方がやや大きくブロック状


奥から外、斜面に向かっている


見学記
海田町東海田、安芸区との境界にある丘陵東側を走る串掛林道沿いにある古墳です。林道入口から400m程、小さな墓地があり(道路向かいに巨大な水道タンクが目印)奥にもう一区画の墓地がありその脇にあります。石室前部は破壊されていますが後部は残っていて大きな口を開けています。側壁は割石積みですが奥壁は大小3個の石からなり複雑な形ながら全く隙間が無い程巧みに組み合わせています。なんでここまで拘ったんだろうと思うほどです。説明板があって第1号古墳と書かれていますが古墳群の1号ではなく西谷地区の1号でしょうか、と思ったが南側20mに第2号があるそうでやはり古墳群なのか、でも「第」と言う文字は紛らわしいので使ってもらいたくないな、他でそういう例があるし。町史跡。
ここは林道沿いの墓地下方にあるというので行ってみました。事前にグーグルマップ写真で見てみると林道沿いにある墓地は分譲の1ヶ所だけ、ここだろうと思って行ってみたがそれらしいものはない、側の空き地で農作業している人に聞いてもそんなものは知らないという。通りかかった人に聞くともっと上に墓地があるというので行ってみたけどそこは海田町ではなかった。また戻って別の人に聞いてみると知っているという、ホッとして聞いてみると”小請山第2号の案内板から少し上がった所に墓地があり側には大きな水道タンクがある、墓地の下方”とのこと、なんださっき行った場所じゃないかと案内板まで戻り石段を上がって墓地から下方の尾根筋を探してみましたが石室どころか古墳らしいものも何もない、もう一度詳しく聞いてみようと林道に戻って上がっていったら林道沿いに小さな墓地があって道路向かいには巨大なタンク、ここかと思って探してやっと見つけました。墓地というのは目印になるようでなりません。しかも石室前には矢印の案内板がある、あんな場所に設置するなら林道沿いに立ててくれよ、おかげで1時間以上無駄にしました、でも見つかってホッ。
[ 2019年02月14日 19:00 ] カテゴリ:海田町 | TB(-) | CM(0)

小請山第2号古墳

広島県海田町 2017年4月訪問

円墳、R10程度、6C前半
竪穴式石室(埋戻し)
位置:34°21′35″N 132°33′03″E
道路脇に案内板がある


頂部手前に案内板、後方に古墳


墳頂は広い平坦面、石材散乱


竪穴石室埋戻しで出ているのは石材の一部でしょうか


反対側から見ると墳丘らしく見える


おまけ
途中にあった巨石、最初これが天井石かと思った


見学記
西谷第1号手前に案内板があります。そこから階段を登り山道を歩いて歩いて5分程、尾根筋頂部に造られた円墳で退化した竪穴石室があるそうですが現状は石材が散乱している程度、石室は埋め戻されています。手前の尾根筋にも墳丘のように見える高まりがあります。町史跡。
[ 2019年02月14日 18:59 ] カテゴリ:海田町 | TB(-) | CM(0)

国分寺裏山古墳群

広島県福山市(旧神辺町)2007年3月訪問、18年1月訪問

(2018年)
1号
箱式石棺
位置:34°33′50″N 133°23′49″E
札はあるが墳丘は見当たらず


側に箱式石棺がある、てっきりこれが1号そのものかとおもったが墳丘は削平されているそうです


これは原位置なのでしょうか、推定墳丘よりは大分ずれていそう


2号
背後から見ると藪に包まれた墳丘、これが一番下方にある、上から降りてくると見逃すかも


反対側に廻ると石室開口、前部は一部壊失しているようだ


開口部正面、天井石が屋根型


やや埋まるが石室良好、奥壁辺りは以前より埋まっている


奥から外、無袖かな


3号
箱式石棺
山道脇に箱式石棺露出


これも石仏の土台となっている


大きさの割に蓋石が分厚い


内部は小型石室のよう


4号
円墳、R16
横穴式石室、全長9.4m、玄室幅1.9m
位置:34°33′44″N 133°23′44″E
墳丘が一番良好に残る


上から降りてきたので最初はこんな状況


石室前部が露出


開口部正面、しゃがめば入れる


石室はやや埋まるも良好に残る、ゴミは掃除されていた


奥から外、無袖かな


5号
位置:34°33′51″N 133°23′44″E
離れた墓地の中にポツンとある、天井石で家形になっているような


周囲がかなり加工されているようだ


すぐ奥壁が見えている、最後部しか残っていないようだ


6号
山道脇、札がないと見逃しそう


これは側壁、原位置を保っていそう


石室は殆ど破壊


石仏土台も石室材のようだ


7号
位置:34°33′51″N 133°23′48″E
表山から降りてくると最初に出会う(右側の道)でもうっかり見逃した


天井石1枚露出


隙間からカメラを突っ込んで撮影、かなり埋まっているが奥壁が見えている


(2007年)
2号
石室開口部


半ば埋まった玄室、奥行き3mくらい


奥から外


3号
箱式石棺
箱式石棺の一部が露出


小口部


石棺内部


4号
石室開口部


玄室、奥行き4mくらい、物置のようになっている


奥から外


(見学記)
(18年)
表山古墳群から国分寺裏山古墳群の案内板があるのでそれに従っていきます。林の中に入って最初に見かけるのが7号、木に古墳の表示板があります(他も同様)。墳丘は割りと残っていて石仏が建っています。石室が開口していますが隙間程度、カメラを突っ込んで撮影すると内部は殆ど埋没ですが三角形の鏡石上部が見えています。更に進むと山道が急カーブする辺りに1号、ここも表示板がありますが初め古墳らしきものは見られず側に関粒の土台が箱式石棺か何かと思いました。でも少し離れてみると上部が大きく削平された墳丘が見えてきます。土台はやはり主体部の石材でしょうか。更に進むと6号、大きく破壊された石室の一部が残存、表示がないと気が付かないかも。そのすぐ先に4号があり墳丘が見えています。前回も見ていますがこんなに墳丘が残っていたかなと思うくらい。石室内部は倉庫代わりでしたがそれは整理されて見やすくなっていました。この下に3号、2号がありますが前回も見ているので省略。西側共同墓地の中に5号があります、7号辺りから行く道がある。墓地最上部辺りに石室が露出していますが石室最後部が残存程度です。

(07年)
現在福山市神辺町下御領、国分寺背後の丘陵にある古墳群です。道が狭く寺にたどり着くまでが大変ですが寺の駐車場に車を止めて後はゆっくり見学できます。本堂左側から石仏巡りの道があるのでそれを登っていきます。58番石仏の脇に箱式石棺の小口部が露出しています。知らないとうっかり見過ごしそうだ。このすぐ上林の中にも小さな石室が開口、内部も少し埋まっていて途中に黒いビニールで塞がれている。中をちょっと覗こうと触った途端ハラハラと落ちてしまった。でも奥もがらくたが置かれていて写真は撮りづらい状態だった。箱式石棺の山道向かい側やや下辺りにもう1基の石室が開口しています。こちらも内部は半ば以上埋まっている。規模も上のよりやや小さいようだ。
[ 2018年12月13日 19:00 ] カテゴリ:福山市 | TB(-) | CM(0)

表山古墳群

広島県福山市(旧神辺町)2018年1月訪問

3基

1号
円墳、R14
位置:34°33′56″N 133°23′47″E
国分寺裏山古墳群から登ってくると出会う


墳丘の上に神社が建つ


建物の殆どは拝殿、墳丘もかなり削平されているもよう


本殿下に石室石材?、立地からして中期古墳ですね


横穴石室とは思えないし竪穴それとも箱式石棺


拝殿前の靴脱ぎ石も石室材かな


御神体でしょうか、これも石室材?


2号
円墳、R10
1号脇に低い高まり、石材が一つ見えている


上部が平ら、箱式石棺が出土したそうだ


3号
円墳、R12
丘陵頂部北端に立地、ここも石材が一つ


上部は平坦、遠方の丘陵に下御領古墳群がある


見学記
大きな看板のある御領古墳群林道入口から100m程行くと右に入っていく道があります。墓地の手前右側(案内板あり)の急な坂道を登った所にある3基からなる古墳群です。場所からして前期古墳群でしょうか。手前にあるのが1号でR14の円墳ですが上に神社が建っていて上部が削平されていますが多分元々それ程背の高い墳丘ではなかったでしょう。神社土台石にまるで石室のような石組みがあるがなんでしょうか。位置的に墳丘端辺りですから本来の主体部ではなさそうです。隣りにあるのが2号でR10と一番小さいですが地形的には一番高い場所、と言っても大した違いはありません。石仏の下に土台石がありますが古墳関連かどうかは不明、その隣に3号でR12、これも上部は平坦です。
[ 2018年12月13日 18:53 ] カテゴリ:福山市 | TB(-) | CM(0)

下御領古墳群

広島県福山市(旧神辺町)2017年4月訪問、18年1月再訪

(基本的に番号順に並べていますが私的に幾つかのまとまりに区分しています)
1、2、90号
3-16、93号
18、19、81、82号
20-22、24-27号
68、69号他
58号他
(クリックでジャンプ)

1号
位置:34°34′20″N 133°24′06″E
群中最北端に位置する、天井石露出


反対側、側壁一部露出


石室内部は埋没


2号
1号側、この2基がポツンと存在、手前はずり落ちた天井石


平たい天井石露出


一応石室らしい姿、内部埋没



90号
1号から大分離れた南側、1基だけポツンと立地、周りが石だらけで探すのに手間取った、そのせいで発見が遅れたのか番号も90号と離れている


かなり崩れているが正面から見ると石室らしい姿


石室後部の天井石


谷筋に向かう斜面に立地、中間の天井石だけ何故か柱状




3号
位置:34°34′11″N 133°24′09″E
古墳群全体の訪問第1号


側面、墳丘は石室を隠す程度


石室正面、比較的状態は良い


玄室内部、奥壁が見えている


奥壁は四角い鏡石+平石


奥から外、最初なので入ってみました、数は多いし埋没半埋没も多くこの後は殆ど入らず


4号
天井石露出、少し動いているようだ


斜め前から、後方に3号


石室正面、平らな天井石


石室内部、比較的良好


5号
開口部斜め前から


正面から


内部はやや埋没も奥壁が何とか見えている、冬でも笹が生えていることが多く撮影の邪魔になる


6号
位置:34°34′10″N133°24′11″E
天井石露出


内部埋没、向きが分かる程度


7号
分かりやすい天井石露出


石室正面


何とか奥壁が見えている


8号
天井石露出、こんなのばっかり


正面から、手前は傾いた天井石


奥の天井石、このように加工された平石が多い


それ程埋まっていないがほんと笹が邪魔


9号
天井石露出、後方は7号かな


10号
石室らしい姿で露出


天井石1枚残存、前部は壊失か


石室内部、この石は傾いているかも


正面辺り、10号先端かもしれない


11号
斜面際に天井石露出


ここはそれ程平石ではない


12号
少し離れた斜面に開口


石室正面


石室後部しか残っていない


93号
12号近く、似たような状況


石室正面


奥壁が見えている、意外と緻密な積み方


13号
横穴式石室、全長8.3m、玄室長6.2,幅2.4,高1.6m
位置:34°34′05″N 133°24′11″E
群中最大の石室を持つ、この古墳群としては例外的に墳丘が割と残る


左側が急斜面なので墳丘も左側が大きく流失


石室正面、羨道は基部が残存


大型石室だが大分埋没、元々それ程背は高くなかったかな


ストロボ撮影、しゃがんで入室


鏡石らしい上部が丸い鏡石、下部が埋まっているのが残念


奥から外、右片袖かな


14号
尾根筋に立地、これでも墳丘が残っている方


石室正面、羨道基部は埋没


内部はかなり埋没、奥壁が見えている、これ1基だけならまず入っているだろうな


身体を突っ込んで撮影、左のが袖石だろうな、奥壁の形がちょっと変わっている


15号:かなり探したが見つからず

16号
位置:34°34′05″N 133°24′15″E
尾根先端に巨石天井石露出


石室側面、殆ど露出


石室正面、傾いて落下した天井石


最後部の1枚のみ元の状態で残存


下部が埋まるが奥壁は2段か3段か


石室前部を上から、この先は急斜面




82号
 位置:34°34′08″N 133°24′04″E
道路北側、天井石が露出して分かりやすい


内部殆ど埋没、奥壁が何とか見えている


81号
82号から進むと斜面下に石材露出


あまり加工していない天井石


石室内部


19号
更に進むと出会う、前部壊失か


横から、天井石2枚残存


開口部正面


石室内部、奥壁は小型ながら1枚


18号
 位置:34°34′10″N 133°24′00″E
19号すぐ上に18号


天井に隙間、石材が一部抜かれている


開口部正面、内部埋没




20号
 位置:34°34′07″N 133°24′00″E
緩斜面最上部辺りに立地


石室正面


土砂流入も意外と長い石室が残る


奥壁は1枚石


21号
斜面に石材、札が無いと分からないかも


正面側、内部埋没


背後から、手前のはほぼ未加工か


22号
平たい天井石露出


正面から


背後から、ほぼ平たい天井石


石室内部、左が奥壁か、何故かこれだけ


24号
石室正面、手前は羨道石材でしょうね


開口部正面、石室は割と長そうだが埋没


天井隙間に植物が生えてきている


石室背後から、手前が最奥の天井


25号
開口部正面、平たい天井石


内部はかなり埋まるが何とか奥壁が見えている


露出した天井石


26号
 位置:34°34′02″N 133°24′06″E
露出した石室、正面側から


石室規模の割には薄い天井石


内部はやや埋まるもよく残る


奥壁、下部が埋まるが下は1枚の鏡石かな


奥から外、抜けた天井部から土砂が流入


天井石背後から


27号
 位置:34°34′01″N 133°24′10″E
尾根先端に巨石天井石露出、この先も左右も急斜面


奥壁側がポッカリ開口


手前に落ちているのが奥壁上部の巨石、墳丘を考えるとこの規模の石室を構築するのはかなり無理がありそう、奥壁背後の封土は多分薄く落下するのは必然的


こちらが羨道入り口、前はもう急斜面


羨道右側、薄いかなり加工された天井石


上から見るとそれ程板状でもなかった、前が急斜面、羨道入り口から遺物等を入れるのは困難そう


玄室内部はよく残る、奥壁下部の石残存


右側壁


左側壁


奥から外、玄室最前部はかなり壊失




69号
 位置:34°34′01″N 133°23′43″E
石室正面、緩斜面に立地


開口部正面、天井石が分厚い


石室内部、半ば埋まるも奥壁が見えている


天井石2枚露出


68号
丘陵頂部近くの平坦面に立地、手前は羨道天井石か


画面中央、立っている石が玄門袖石でしょうか


石室背後から


外14号
天井石でしょうか、これ1枚のみ、動かされたのか、未使用の石材か




45号
札があったが石室見当たらず


これかな、かなり破壊


別の石室かも


58号
藪の中に天井石露出


石室内部、奥壁が見えている、更に奥に進もうかと思ったが道が消えていた


66号
道路から白い札が見えていた、66号あたりかな、とても接近できそうにもない


見学記
(17年)
ここはほぼ林や藪の中、山道もありますが道がないのも多いです。古墳の側に古墳の札がかけられていますがないのもあります。ただ番号が書かれていないので分布図と参照する必要がありますが密集していたりするとどれかなと思うこともあります。分布図の地形図もやや粗いので実際の地形が表示されていない場所もあり現在地が分からなくなることもありました。こういう時番号が書かれていたらかなり助かるんですけどね。群中最大規模の13号や他にも幾つか大型石室があります。ただし今回廻れたのは1/4程度でしょうか。

(18年)
ここはほぼ林や藪の中、山道もありますが道がないのも多いです。古墳の側に古墳の札がかけられていますがないのもあります。ただ番号が書かれていないので分布図と参照する必要がありますが密集していたりするとどれかなと思うこともあります。分布図の地形図もやや粗いので実際の地形が表示されていない場所もあり現在地が分からなくなることもありました。こういう時番号が書かれていたらかなり助かるんですけどね。群中最大規模の13号や他にも幾つか大型石室があります。ただし今回廻れたのは1/4程度でしょうか。
[ 2018年12月06日 18:55 ] カテゴリ:福山市 | TB(-) | CM(0)

上御領下組古墳群

広島県福山市(旧神辺町)2017年4月訪問、18年1月再訪

(基本的に番号順に並べていますが私的に幾つかのまとまりに区分しています)

1-7、32号
13-19号
20-24号
25-31号
(クリックでジャンプ)

全景、全体じゃないですが、所謂古墳の丘、一番の密集地帯


同じ場所を西側の丘から、早朝で靄がかかっていますが石室の存在は殆ど分かりません



1号
 位置:34°34′27″N 133°24′11″E
群中最高所辺りに立地


天井石は1枚残存、切石状


石室正面


左側壁外観


奥壁は鏡石+平石


2号
天井石と側壁1枚露出、後方に1号


3号
石室露出、後方に4号


反対側から、天井石が平石


石室正面


内部は埋まるが奥壁上部が見えている


4号
ここも石室完全露出、これが普通ですが


石室正面、この辺りでは一番大きく状態も良い


石室内部、側壁はほぼ垂直に立つ


左側壁、面が整っている、上部の積み方がやや危うい


右側壁、奥壁より巨石


奥から外、平野部が見えている


5号
巨石石材露出


入り口天井石が傾く、内部埋没


6号
天井席露出


右が奥壁、左が側壁か


32号
一部石材が切石状に加工


幅の狭い石室、左側のは側壁かな


7号
他から離れてポツンと存在


手前が側壁、後方が奥壁のようだ


手前の側壁は基部が残存



8-12号:尾根筋を探すも見つからず



13号
細長い石室が何とか分かる、側に標柱が立っていますが番号は書かれていません


背後上から、左袖なのかな


14号
尾根筋に立地、比較的良好


石室正面、手前のも天井石のようだ


石室後部


石室後方から、石室と露岩が混在、遥か遠くに平野部を望む


15号
石室正面、平たい天井石、この古墳群は平石の天井石が多い


16号
後方に玄室、手前のは天井石でしょうか


玄室横側


石室正面、玄室後方残存


17号
位置:34°34′19″N 133°24′14″E
ここでは一番目立つ石室


天井が残るのは後方のみ、右側壁は割と残るが左はかなり壊失


これでよく天井が崩壊しなかったもんだ


玄室内部、奥壁は縦長1枚石


右側壁中間部に奥壁より巨石な1枚石


_3と反対側から


斜め後方から、上部の石は構造上必要なさそうなんだけどな


後世詰んだとして意図が分からないし


後方から、平野部を望む位置、ここだと墳丘造りの方が難しそう、そのせいでしょうかこの古墳群は大半で墳丘が流失している


18号
比較的良好な石室


石室正面、右のは天井石


奥壁が何とか見えている


19号
石室側面


正面側


_1と反対側


ここはどの辺りを撮ったか混乱しています


石室後方から


更に後方から、右のは別の石室のようだ




20号
僅かに残る封土、石材露出


石の集積状態、何とか石室だと分かる


後部に天井石残存


内部はかなり埋没


何とか奥壁が見えている


21号
位置:34°34′13″N 133°24′16″E
墓地の中に石室が殆露出


入り口は石で塞がっている


玄室は割と長いが中間辺りに天井石1枚のみ残存


玄門から見た玄室


天井石は微妙なバランスで残る


天井石を上から見た様子


巨石の奥壁、天井がなく藪状態


奥から見た玄室


玄門、奥から


上から見たまぐさ石


22号
墓地西側の林の中に存在、前年見つけられなかったので再挑戦


平石状の天井石露出


何とか奥壁が見えている、平石を重ねているようだ


23号
22号側、天井石露出


何とか奥壁が見えている、サイコロ状の切石が見えている、何処にあった


24号
墓地脇に墳丘、裸でないと分かりにくいかも


南側に天井石1枚露出


少し掃除してから入室


玄室後部残存、奥壁は巨石1枚石


右側壁も奥壁とほぼ同型同大


反対側も同様、入口側に積み重ねた側壁




25号
31号側、斜面一番下辺り、後方にも石室が見えどの順で見ようかと悩みました


割と残っていますが内部埋没、後方尾根にここでは一番目立つ17号


26号
石室基部が残る


側壁奥壁の状況は分かる


27号
もう札がないとわからない状態


28号
奥壁でしょうか


側壁は傾いている


29号
残骸状態、どっちが奥壁かな


30号
手前の石室、後方は19号


石室正面から


右が側壁で正面が奥壁かな


31号
斜面下方、これを一番最初に撮りました


正面から見ると何とか石室らしく、手前のは天井石でしょうか


見学記
御領古墳群
ここ数年大規模な石室群が発見された古墳群です。幾つかの古墳群に別れ以前訪問した国分寺裏山古墳群・法童寺古墳群・奈良原古墳群もこの中に含まれます。
ここは200基以上と数が多い、しかも内部が中途半端に開いている石室も多く行きたいけれどちょっと躊躇していました、行けば当然全てを見てみたくなるからな。でもそうそう放っておく訳にもいかず取り敢えず様子見・・・のつもりだったが案の定と言うかやはりと言うかどっぷりつかってしまった(汗)。今回は1日だけなので下御領古墳群の東側一部と上御領下組古墳群のほぼ全てを廻ってみました。西側を走る市道(かな)に大きな案内板がありそこから林道を入っていきます。でも舗装は300m程その先は1km以上砂利道となりますがそこそこ広い、所々に駐車スペースあり。

上御領下組古墳群
ここは一部を除いてほぼ裸の状態なので一番見学しやすい場所です。所々にある案内板に古墳の丘とあるのがここです。大型石室は墓地の中の1基程度ですがはっきりした石室もそこそこあり古墳群の様子を味わうにはまずここでしょう、林の中にあるのを除けば3,4時間程度で済むでしょう。まーコフニストならここだけで済むわけ無いでしょうけど(笑)
[ 2018年11月15日 18:52 ] カテゴリ:福山市 | TB(-) | CM(0)

中組古墳群

広島県尾道市 2016年3月訪問

残存1基だけか

1号(仮称)
横穴式石室
位置:34°24′31″N 133°11′17″E
竹林越しに見た墳丘


僅かな尾根上高まり先端に構築


急斜面の割には墳丘が残る


石室前部は大きく崩壊


幸い玄室は完存、奥壁上部が三角持ち送りになっている


〃縦位置


奥から外、袖があるようなないような


奥から左


奥から右


(見学記)
尾道市桜町、市内にある竜王山東麓にある古墳群ですが見つけたのは1基だけ、と言うか少なくともまともなのは他にはありそうにもない感じです。国道184号と平行して走る栗原川に架かるさくら橋西方200m程、でもその南側の妙見橋から住宅街の中に入って行くと妙見神社と妙見会館がありそこからセメント舗装の小道を歩いて行く。山林に入っていく辺りで猪避けの柵がありそれに添って行く、途中2ヶ所締め切りがありますが入れます。左上に廃屋があってその下方竹林の中に古墳が見えています。尾根先端を整形して墳丘を造っているようでこんな場所にしては割と良好に残っている。東向きに石室開口、前部は崩壊気味ですが玄室は良好に残っています、無袖式かな。奥壁は四角い鏡石を据え右と上に補充石材。側壁はやや持ち送りですが最上部の石材がかなり突き出ていて天井席を支えているという変わった構造です。古墳自体は見つけることはそれ程困難ではありませんが途中の住宅街の道が大変狭く軽でないと通れないかな、ましてや駐車場所なし(会館にあるけど停めていいかどうかわからないし)。川沿いの道も安心して停められるような場所がないので国道沿いのスーパーに停めて歩いて行きました。
[ 2017年09月14日 19:13 ] カテゴリ:尾道市 | TB(-) | CM(0)

長古原古墳群

広島県三原市 1998年4月訪問、2016年3月再訪

谷奥の尾根麓に並ぶ
現存4基、1号以外は小型

(2016年)
1号
形式不明、H3
横穴式石室、石室全長8.8m,玄室長3.4,幅1.9,高2.2m
位置:34°21′58″N 133°00′25″E
以前と特に変わりなし


横から見た墳丘、背後の斜面との区画ははっきりしない


羨道に補強用の鉄パイプが入っていた、あまり効果は無さそうだけどね


柱状袖石を立てた玄門


完存玄室、白い点は測量の目印のようだ


〃ストロボ無し


〃縦位置、側壁はほぼ垂直


奥壁は縦長の石を2枚並べ他に隙間石を詰める


奥から外、両袖式、玄室に比べて羨道天井が一段下がる


羨道奥から


2号
横穴式石室
斜面裾に構築、羨道はかなり破壊


玄室は完存、小型の石材、1号と違い奥壁は平石を重ねる


奥から外、無袖でしょうか


4号
横穴式石室
石室開口部、石材が苔むして来ている


天井石が傾き状態は悪い


(1998年)
1号
墳丘、石室正面


羨道、柱状の袖石を立て上にまぐさ石を乗せた玄門


玄室、大型の石がなかったのだろうか、苦労が忍ばれる奥壁


両袖式、玄室と羨道の幅はほぼ同じ


2号
玄室、小型ながら比較的よく残っている


4号
羨道が破壊された石室


8号
石室開口部


(見学記)
(2016年)
三原市小泉町、非営利組織センタースマイル小泉背後の山裾にある古墳群です。ここもデジカメで撮り直すべく再訪してみましたが冷や汗モノの思わぬ発見があった。今まで長者原古墳群と思っていたが長古原古墳群だった(大汗)。長者原と言う地名はよく見かけるから早とちりしたんだろうな。それはともかく一番大きくて状態のいいのが1号ですが羨道に石室補強用の鉄パイブが入れられていた。幸い羨道だけで入りにくいけど何とか玄室にも入れたのでホッ。柱状袖石を立てた両袖式、奥壁は縦長2枚の石を並べ上と左に補充用の石材とちょっと変わった構成です。何か測定したのでしょうか奥壁辺りに点状の反射テープが貼られていました。2,4号も前と変わらず、南側墓地にある8号は見逃した。

(1998年)
三原市運動公園がある谷の西側の谷の最も奥まった所にある現存4基の古墳群で,尾根の東側麓民家の裏に4基並んでいます。まともなのは1号墳だけで墳丘石室とも良好,石室全長8.5m途中の壁両側に立石を配し,上にまぐさ石を乗せて玄室羨道を区別しています。こうもりがたくさんいてちょっと不気味。すぐ北側に2号の石室が開口小形の無袖式で石室は良好だが墳丘ははっきりせず,さらに北側民家の裏に4号墳,かなり崩壊している。1号北側に墓地があり片隅に8号墳奥壁部分がかろうじて残っていますがかなり小型。1号墳が市史跡。
[ 2017年09月14日 19:12 ] カテゴリ:三原市 | TB(-) | CM(0)
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