赤坂山古墳群

岡山県総社市 2019年1月訪問、20年3月再訪
丘陵に広範囲に石室墳が散在(番号はHP「古墳奮闘」に従う)
道無し難コース山道コース東谷支群


道無し難コース
24号
位置:34°42′14″N 133°46′24″E
麓近くの斜面に立地、道はないがそれ程難しくはない


墳丘は割と残り天井石露出、手前の石は滑り落ちた天井石のよう


正面、羨道埋没


玄門上部の隙間から内部撮影、その隙間から中に入れる


一様に傾いた玄室側壁


〃縦位置


側壁と変わらない小型石材の奥壁、小型三角形の鏡石、この古墳群の特徴でしょうか


奥から外


〃縦位置


左片袖式、袖石はないようだ、不釣り合いなほど巨大なまぐさ石


石室背後から、ここから入るのは難しい


25号
24号南西50m、ほぼ同高度にある


南側に隙間開口、天井石全面露出


隙間からカメラを突っ込んで撮影、意外と良好、左側側壁が押し出されている


奥壁を望遠で撮影、土圧で側壁が押し出されている


仮その1
位置:34°42′24″N 133°46′14″E
前面が崩壊した石室露出


天井石落下、最後部だけ残る


石室内部、奥壁は平石積み、正真正銘難所の仮1-4、15-18号を探すつもりだったのだが多分15-18号はもう少し南側、分布図よりもっと狭い範囲だろう


仮その2
仮1すぐ西側に接する


天井石露出、内部埋没


仮その3
仮1下方に石室下部露出、かなり細長い石室


最後部で天井石残存


天井石に隙間


内部は殆埋まるが割と奥があった、奥壁が何とか見えている


仮その4
更に下方にはっきりした膨らみ


天井石の一部が露出


内部は完全埋没


山道コース
S7号
位置:34°42′00″N 133°46′20″E
丘陵南麓神社境内に石室露出


開口部は狭い


奥の方は崩壊している


もう殆ど築山と化している


天井石は奥の方まで見えている


26号
位置:34°42′16″N 133°46′03″E
山道沿いで最初に見かける石室(この時点ではそうでした)


羨道は埋没


墳丘中央部辺りが窪んで石材露出


奥壁が抜かれて開口


玄室内部は意外と良好、散乱した石材は奥壁のでしょうか


玄門は左片袖式、袖幅が広く袖石はなさそう、内側から見たら羨道はそれ程埋まってないような


玄室内部


〃ストロボ無し


9号
位置:34°42′18″N 133°46′07″E
尾根先端に立地、山道から少し離れている


墳丘流失、天井石露出


玄門上部に隙間がありここから入室可


一様な持ち送りのある玄室、石材は小型


〃縦位置、中で立つことが出来るほど高さがある


奥壁下部に小さな鏡石を据えている、他の石室でも同様のがありました


奥から外、右片袖でしょうか、羨道殆埋没


〃縦位置


8号
9号から見た8号、すぐ北西に立地、この上を通ったが全く分からなかった


小型石室露出、かなり掃除しました


奥壁辺りが僅かに残るのみ


2号
位置:34°42′28″N 133°45′53″E
山頂南側斜面に立地、天井石露出、この時は笹原が刈られ山道から見えていた


1号より難しいと思ったが逆だった


かなり固そうな石材を平石に加工


内部には以前は生えてなかったネザサが生えていた、生えてなくても多分入らなかっただろうけど


マニュアルピントで奥壁撮影(じゃないとネザサにピントがあってしまう)下部が埋まるが奥壁は1枚石かな


仮その5
帰り道で遭遇、実は2往復目の帰り道(汗)、初めは山道でカットされた尾根先端かと思いましたが


石材も見えていてどう見ても古墳


石室も見えています


斜面下方に回ると開口部


残り具合の良い玄室、9号より小型だが石材はやや大きくなる


〃縦位置、特徴的な三角形の小型鏡石


奥から外、左側がかなりせり出してきている


〃縦位置


S12号
これは山道沿いではないですが神社北側100m辺りに立地


形のいい墳丘が残っているが石材は全く見られず


東谷支群
33号
位置:34°42′24″N 133°46′21″E
谷沿いの小道から見えている墳丘、うっかり気が付かず谷奥まで行ってしまった(汗)


墳丘は残るが藪に包まれている


墳頂部に石室開口、手前は盗掘で窪んでいる


石室最後部のみ残存


小型石材の奥壁、かなり古そう、横穴石室にしては墳頂部すぎる気もする


34号
35号から見た34号、天井石露出、後方明るくなっているのはゴルフ場


反対側から


石室正面、天井石が折れて落下


露出した天井石、内部埋没


35号
位置:34°42′26″N 133°46′22″E
34号から見た35号、ほぼ同大


石室正面、入り口埋没


後方で隙間開口


中を覗くと良好な石室、これは入るしかない


一様に持ち送りのある石室


奥壁は大型石材を据え上は基本平石


奥から外、両袖式でしょうか


(見学記)
(2020年)
道無し難コース:S12号から麓の道を更に進むと集落がありその北端辺りに墓地があります。そこから林の中に入っていくと古墳があります(24号)。後部は墳丘が残っていますが天井石や前部が露出、天井の隙間から中に入れます。内部は明るく持ち送りのある玄室、奥壁も側壁と変わらない小型石材で古いタイプの横穴石室かもしれない。西側の側壁は大分孕んできています。この西側にあるのが25号、疎林+藪の中を南西方向に進んでいったけどなかなか見当たらず諦めかけた頃やっとありました、距離にして50m程度でしょうか、でも藪の中を歩くと距離感が全くつかめません。墳丘は割と残っていて南側に開口していますが隙間開口、石室自体は割とよく残っているようです。この北側にある19,20は見つからず。
A地点から東側尾根上に15-18号があります。ショートカットか迂回していくか悩んだけど意外と谷が深そうだったので北側から迂回して行きました。切れ切れに痕跡道がある程度でかなり苦労したけど何とか到着、古墳も4基あったけど入室できるのは1基だけ、配置や事前にメモ書きしていた特徴とも何となく違う、でも4基あるしなと思ってモヤモヤしながら帰りました。帰ってから調べてみると全く違ってた(汗)。同じ尾根上だけど少し違う場所を見ていたのかもしれない。しかも帰りは軽く迷走状態、電子地図を持っていかなければ迷っていたかも。結局新規古墳5基見つけたけど5基見つからずプラスマイナス0でした。

山道コース:昨年に続いて赤坂山古墳群挑戦、今年は神社から山頂への山道コース沿いにある古墳を訪問しました。南側麓に御崎神社がありこの境内に石室(S7号)がありますが完全露出、よく見ないと石室ともわからない状況、内部も埋まっています。東側麓を通る道路を北に進むと丘がやや出っ張った辺りにも古墳(S12号)があります。神社西側から山頂に向かう山道があります、自動車が通った跡があるのでそれなりに広い(多分もうずっと車も通ってないでしょうが)。15分くらい歩いて山道が大きく右カーブする手前の右側に古墳があります、これが26号、低い墳丘が残っていて開口部が見えていますが羨道は埋まっている。でも奥壁側が破壊されて開口、左片袖式、内部に石がゴロゴロしていますが破壊された奥壁石材でしょうか。急カーブから150m程行くと右側の小さな尾根上に8,9号があります。手前の8号はわかりにくいですが奥の9号は天井石が露出、その隙間から中に入れます。羨道は埋没、玄室はほぼ完存、持ち送りがあり奥壁は小型石材で古式な横穴石室のようです。9号がわかれば8号もなんとか分かる。藪の中の小型石室の奥の方が残っています。更に行くと大きく左カーブした辺りが広くなっている(A地点、ここは後述)。更に山道を登り山頂手前で道が左カーブした辺りの右側に1号があるはずだが1時間近く探しても分からず。更に行くと左下方に露出した天井石が見えていますこれが2号、内部はかなり埋まっている。帰り道神社手前で丸い墳丘がありました。初めは山道で削られた尾根先端かと思ったけどどう見ても墳丘、天井部が開口していますが羨道からも中に入れます。9号よりは小型ですが持ち送りがあり奥壁石材も小型、でも小さな三角形の鏡石があり9号より新しそうです。

(2019年)
総社市久米、広い範囲に分布しているので敬遠していましたが岡山もだんだん残り少なくなりそうそう選んでもいられないので行ってみました。ゴルフ場西側の谷筋にも古墳群があります。入り口辺りにも破壊された墳丘が並んでいるようですが見当たらなかったので別の場所から入ったかもしれない。谷の中程に石積みの砂防堤があります、その脇にあるのが33号、背の高い墳丘が残っていて墳頂部に石室がありますが奥壁辺りが残っている程度です。奥壁も小型の石材で位置からして竪穴の可能性もありそうですがやはり横穴でしょうね。この堤に目がいって墳丘を見逃してしまい谷の奥まで行ったのは内緒(汗)。この辺りから小川を渡って北に行くと2基の古墳があります、34,35号。34号は天井石が露出しているが内部埋没、35号も正面から見ると入口は埋まっていますが天井部が隙間開口しています。かなり狭いけど意地で入ってきました。内部は良好、ここもやや持ち送りがあり、奥壁は四角い鏡石を据え上に平石を重ねています。ここはもうゴルフ場側、ロストボール1個みっけ。岬神社境内に駐車可。

奥場西奥古墳群(仮称)

岡山県総社市 2019年1月訪問

(番号は古墳奮闘に従う)
5号
6号からみた5号墳丘、緩やかな尾根先端に双墓のように並ぶ


大きな墳丘が良好に残る


正面から、崩壊した石材が見えている


手前のは天井石でしょうか、動かされている


奥の天井石、下に僅かに隙間がある


カメラを突っ込んで撮影、土砂が流入しているが石室自体は良好


奥壁は1枚石か


6号
5号から見た6号墳丘、位置的にこちらの方が高い場所に立地


反対、西側から


正面から、一見良好そうですが


大きく盗掘を受けています


ざっくり掘られ左側に僅かに石材が見える程度


側壁か、原位置だとしたらかなり大型の石室


4号
位置:34°40′49″N 133°42′14″E
5,6号と同じ尾根筋、後方に位置する、耕作で西側斜面が階段状になりその上部にある


多分前部は破壊だがよく残ったと思うレベル


割石積みの小型石室


奥壁は2段積み


奥から外、一段下がっているように見えるのがまぐさ石なら無袖でしょうか


奥から左側、ストロボ無し


〃右側、かなり固そうな石を平面に仕上げている


7号
位置:34°40′46″N133°42′17″E
地形を読み間違えて偶然見つけた石室、こういう経験が何度かあります、ごく偶にですが手前の石は動かされた天井石でしょうか


石室は後部しか残っていない


露出した天井石、随分左に偏っているが動かされているのかもしれない


石室内部、奥壁は一番上の石材しか見えず


奥から外、残存長3m程度


奥から左


〃右、4号より大分平面に仕上げられている


墳丘後方から、僅かな高まり天井石露出


(見学記)
総社市秦、石塔塚から更に西に行き集落最西端の民家西側に溜池(皿池)がありその北側辺りに分布する古墳群です。尾根先端辺りに5,6号があるはずだが藪が酷くて地形が見えず適当に尾根に入っていったら石室に出会いました。墳丘は流失、石室後部しか残っていませんが巨石を使っています。てっきりこれが5か6かと思って廻りを探したが何もなくどうやら新規の石室だなと思いました。西側の尾根に行き先端辺りに行くと確かに2基の墳丘が並んでいました。ほぼ同規模のようですが西側のは大きく盗掘されて背が低くなっています。石材は側壁の一部が見られるだけ。東側のも前面が盗掘されているがそれ程破壊は受けておらず中腹辺りに石室開口、劇狭で隙間から撮影できる程度です、入った人がいるようですが。尾根筋は開墾時段差があるのでその面を北に行くと4号があります、玄室が良好に残っています。この下の谷筋にも3基あるようですがそちらは残骸状態のようなのでパス。しかしここは谷奥辺り、特に重要な交通ルートも思えずなんでこんな立派な双墓と言えるような古墳があるんでしょうね。道が狭く駐車できるような場所はないので金子池から歩いてきました。

金子石塔塚古墳(奥場2号墳)

岡山県総社市 1988年4月訪問、2019年1月再訪

円墳、R266C後半
横穴式石室、全長11.6m、玄室長5.5,幅1.9,高2.4m
家形石棺
位置:34°40′43″N 133°42′35″E
(2019年)
30年ぶりの訪問、登り口に案内表示ができていた


石室前にも説明板設置


長い羨道は奥の方しか残っていない


開口部から石棺が見える、以前は棺身が見えない程埋まっていたようです


大型石材を使った玄室、側壁は基本3段


石塔塚と言えばやはり石棺、でも石棺の印象が強すぎて石室の記憶が殆どなかった(汗)


井原市浪形石で作られた家形石棺、これも以前は開けられていたようです


蓋石に4つの角型縄掛突起


蓋石尾根には平坦面が殆どない、家形石棺でもやや古式な印象


奥壁は巨石1枚石


〃ストロボ無し


奥から外、右片袖式、十分明るいから照明装置はいらないだろ


石棺奥から、よく破壊されなかったものです


左後方から


しつこく右後方から


奥から天井、ストロボ無し


奥から左方向


〃右方向、それ程緻密な積み方という印象はありません


奥場1号
古墳群を形成していて南側尾根筋西側斜面に1号がある


上から見ると非常に良好な墳丘が残っているが


下から見ると大きく盗掘、石材も見えていない


(1988年)
石室開口部


玄室、刳抜式石棺、以前は蓋が開かれ石棺も土砂で埋もれていたが石室内が清掃され蓋も元に戻された


石棺は地元浪形石製、光のせいもあるが貝殻石灰岩製の石棺が白っぽい、県内に同じ浪形石の石棺が他に4基ある、江崎古墳、王墓山古墳、こうもり塚古墳牟佐大塚古墳


奥から外


(見学記)
(2019年)
序でがあったのでここも久しぶりの訪問、31年ぶりだ。ここは超有名だから初心者の頃既に行ってますね。周辺の様子は全く記憶にない、石室も石棺のイメージが強すぎて石室自体は余り印象に残っていない。金子池辺りから案内板が出ていて容易にたどり着けます、石室前にも説明板が設置されていました。尾根上に築かれた墳丘もよく残っている。石棺で有名ですが奥壁も長方形の巨石1枚石と滅多にない奥壁です。見た感じ上部が僅かに外側に傾いているように見えたけど安定性をはかっているんでしょうか。しかしこれ程の古墳なのに史跡指定はされていないようです。
南側尾根筋西側斜面にも大きな墳丘があります、奥場古墳群を構成していてこれが1号、石塔塚が2号です。南側が大きく盗掘を受けていますが石材は全く見られず。盗掘が墳丘中央まで達しておらず横穴だったら石室後部辺りは残っているかもしれない。前回も訪問していたけどすっかり忘れていた。金子池の中を通る堤がありそこに駐車可。

(1988年)
径30mの円墳で南側に石室が開口、右片袖式全長8.5mで玄室に刳抜式の家形石棺があります。県内に5基ある地元浪形石製(貝殻石灰岩)の石棺で蓋石の背が高く縄掛け突起も突き出た古いタイプのものです。かっては石棺が半ば土砂に埋まり蓋石もはずされていましたが現在は中が清掃され蓋石も元に戻されています。

浦越古墳群

岡山県総社市 2010年2月訪問、11年10月、19年1月再訪

(2019年)
その1
位置:34°40′50″N 133°41′39″E
新しく見つかった1列に並ぶ墳丘の最東端、以前訪問時通った山道から見えているが気が付かなかった


南側に大きく開口


それでも石室前部は破壊されているようだ


玄室は良好


ストロボ撮影、奥壁2段積み


奥から外、無袖かな


その2
1号すぐ西側に墳丘が見えている


石室全部埋没、奥に天井石が見えている


墳頂が盗掘で広く窪む


残存天井石は1枚だけ


その3
更に西側に大きな墳丘


石室前部破壊、狭い開口部


入るのは難しくはない


玄門、下がったまぐさ石


玄室も良好、石材の面が揃う


台形の鏡石を据えた奥壁


奥から外、左片袖式


奥から右


〃反対側、こちらの方が石材がやや大きい


その4
同程度の墳丘、ここのは大きさが割と揃う


極狭開口、流石に入るのは無理


カメラを突っ込んで撮影、石室良好、入れないのが残念なくらい良好


その3と同じような奥壁


その5
これまた整った墳丘


墳頂は盗掘で大きく窪む


反対側から見ても窪んでいるのが分かる、背後明るくなっている辺りに1号があるが消滅の模様


その6
_1:整った墳丘だが石室見られず


その7
大きさはあるが低い墳丘


激狭開口


細長い石室が良好に残る


ならばと無理矢理突入


奥壁は2段積み


奥から外、入り口が埋まるが無袖っぽい


その8
その7の側に低いがはっきりした墳丘


石材が一部露出、石室の様子はよくわからず


麓からの遠望、太陽パネル設置


パネルの間に隙間


位置からしてこれは多分4号(追記:4号ではないそうです)


これも隙間があるから古墳か、でもこれを残すくらいなら1号を残してほしかった


(2010,11年)古墳番号はHP「古墳奮闘」に従う
1号
方墳?
横穴式石室、玄室長5.5,幅1.4,高1.4m
位置:34°40′45″N 133°41′36″E
丘陵中腹緩斜面に立地


墳丘背後から


南側に石室開口


開口部、羨道前部は壊失


良好に残る玄室、右側壁の積み方が丁寧


ほぼ1枚石の奥壁


奥から外、片袖式


2号
横穴式石室
位置:34°40′49″N 133°41′34″E
天井石が何枚か露出


3号
横穴式石室、石室全長9m、玄室長5.5,幅2.3,高2.3m
位置:34°40′52″N 133°41′44″E
石室正面、羨道前部壊失


羨道奥、巨石まぐさ石が一段下がる


巨石を積んだ玄室、長い間水が貯まっていたようで下部が黒ずんでいる


巨石鏡石の奥壁、左側側壁もかなりの巨石


奥から外、片袖式


〃(縦位置)


4号
横穴式石室、玄室長3.5,幅1.2,高1.4m(現状)
位置:34°40′55″N 133°41′42″E
石室正面


玄室後部が良好に残る


ほぼ1枚石の奥壁


奥から外


5号
横穴式石室
位置:34°40′36″N 133°41′32″E
尾根先端に大きな墳丘が残るが前(右側)が大きく削られている


大きく抉られ石室露出


奥辺りしか残っていない


巨大な天井石


石仏が祀られ奥壁はよく見えない



(見学記)
(2019年)
古墳が新たに7基発見されたので行ってみました。行ってみるとこの側の道は何度か通っていてそこから墳丘が見えているじゃないか、ここも知らなければ見えないの法則(汗)。それはともかく7基集中、内3基で入室可能な石室、1基隙間開口しています。南側に4基、北側に3基並んでいてその間にもう水が流れていない水路があります。ここを通れば移動も容易。西側前1、後ろ2基で大きく盗掘されています。後列東側の1基はシダの藪の中で分かりにくい、開口部も狭く無理やり入ってきました。直ぐ側に低い高まりがあるけど古墳なのかな、それにしては小さすぎるし塚にしては低すぎる。この南側以前は林だったけどすっかり切り払われ太陽光パネルの設置工事が進んでいました。その南側にあった1号は破壊消滅したようです(怒)。この古墳群の中では良好に残っていたのにね。北東側はもう一面パネルが設置されています、所々に隙間があり古墳が残されています。石室があるのも見えていますが4号かな。こちらの方は残されているだけに1号が何故破壊されたか疑問、遺跡があるのは分かっているのだから少なくとも発掘をしないと工事できないと思うんだけどね。南側溜池東側に駐車スペースあり。

(2010,11年)
総社市浦越、ここもかまどねこさんに案内して貰ったときカメラの故障で写真がおかしくなっていたので再訪。かなり広い範囲に分布しているので再訪時でも多少手間取った。東側の住宅団地最奥に駐車ポイントがありそこから小さなため池南側を通っていくと道の脇にぽっかり石室が開口しています。これが仮3号、墳丘は藪に包まれ羨道前部も壊失しているようですが巨石を使った玄室完存、玄室長5.5m程、殆ど持ち送りのない側壁、奥壁は巨石の鏡石を据えその上に一段重ねています。玄門は左片袖式、まぐさ石もすこぶるつきの巨石です。以前は水が貯まっていたようで石室下部が黒くなっています。更に西に進むと開けた場所に畑が広がりその西側に丸い墳丘が見えています。これが仮1号で方墳だそうだ。南側に開口羨道は多少壊失していますがこちらも玄室完存、玄室長は5.5mと3号と変わりませんが幅高さとも小さくやや小ぶりな印象を感じさせます(こちらを先に見てから3号に行ったほうがいいかも)。それでも奥壁は1枚石からなりこちらも側壁はほぼ垂直に立ち上がっています。左に比べて右側壁の方が石が割と整っていて丁寧に積み重ねられている印象を受けます。ここから北西側ため池北側にあるのが仮2号、天井石が露出している程度で内部は埋没しています。3号から山道を北に向かい大きく西にカーブした辺りの少し先にあるのが仮3号、ここは一応自力で発見、と言っても現地を見たら両側は細竹の藪で全く見通しがきかず道そのものも消えかかっている状態でこれは無理だなと思ったけどせっかく来たのだからと入りやすそうな場所から突入してみると(道南側)ピッタシだったようで両側に墳丘が見えていました。となると石室のあるのは西側、細竹が茂って移動が大変だけどなんとかたどり着けました。石室自体は小形で前部は壊失しているけど後部は良好に残っています。

雲上山古墳群

岡山県総社市 2009年4月訪問、18年1月19年1月再訪

(2018、19年)
(見学順)
37号(瓢箪塚古墳)
横穴式石室、玄室長5,幅2.2,高2.2m
位置:34°40′43″N 133°48′03″E
10年ぶりの37号


石室正面、あまり下がれません


相変わらずゴミだらけ、掃除する人もいないだろうし


玄室のゴミは羨道程ではない


巨石を使った玄室、床面は敷石かそれともゴミ?


巨石鏡石+大型平石の奥壁


奥から外、右片袖式、ゴミがあっても素晴らしい石室、ゴミがなければもっと


7号
丘陵頂部の平坦面端に立地、石室後部が残る


最後部の天井石1枚残存


奥壁や側壁石材は小型


これは玄門でしょうか、中間部が壊失している


1号
位置:34°40′46″N 133°48′11″E
7号と同じく丘陵頂部平坦面端に立地、こちらは墳丘が良好に残る


南側に開口


開口部、入るのは特に問題なし


開口部から覗いた内部


山頂にしては大きな石材の玄室、みな下から運び上げたんだろうな


奥から外、両袖式、山頂とは思えない規模


3号
位置:34°40′45″N 133°48′13″E
1号から南東方向に斜面を降りていくと遭遇、この辺りに5基密集、墳丘がハッキリ残るのはこれだけ


開口部正面、良さげな雰囲気


内部は埋没気味、匍匐前進で入れる


小さいけど奥壁は一応1枚かな


奥から外、右片袖式かな


奥上部にも開口、入ることはないけど


4号
石室正面から、細長い石室


前部の天井石は壊失


狭い開口部、石室後部辺り


中を覗くとすぐ奥壁、2段か3段か


傍にあった石材、取り外された天井石でしょうか


5号
傾いた天井石が露出


その背後に開口部


内部はかなり埋まっています


奥壁は一応1枚っぽい


奥から見ると入口天井の傾き具合がよく分かる


6号
開口部正面


石室後部はよく残る、入る程ではない


奥壁は6角形のような形をしている


仮1
この辺りは4基のはずですがもう1基ありました、気がついたのは帰ってからですが


内部は埋まっているように見えます


入口辺りは埋まっているが奥はそれ程でもない


ここも小さいながら奥壁は1枚石


ストロボ無しで撮ると右上に穴、入れないですけどね


仮2
位置:34°40′47″N 133°48′16″E
前年の仮1を確認すべく北側住宅街から入ってみました、林に入ってすぐに露出した石室


背後から、どう見ても手前が奥壁


奥壁横らか、内部は殆ど埋没


2号
位置:34°40′40″N 133°48′16″E
岡山市との境界近くに良好な墳丘、周囲に古墳はなく単独で存在


墳丘前部で天井石露出


石室正面、入口辺りは崩壊気味


開口部、幅が広く入るのは容易


石室内部は土砂が流入


ここも奥壁は1枚石、さすがに巨石


奥から外、両袖かな


5号(岡山市)
位置:34°40′40″N 133°48′19″E
丘陵東側麓近くに立地、ここは岡山市、肉眼で見ると背が高く見えるが写真だとそれ程感じない


墳丘背後から


下からカメラを上げて撮影、中腹辺りになんとか石室入口が見えている


開口部正面、石材を割りかけた跡がある


開口部から内部撮影、前部は土砂が流入


玄室後部、まだ下部は埋まっている


奥壁は巨石鏡石+平石、鏡石が右に偏っているので詰石も工夫しているようだ


奥から外、左片袖式か、袖石は柱状と言うより自然石をそのまま使っているような


8号
位置:34°40′54″N 133°48′13″E
丘陵北側麓辺りに立地、天井石露出


3枚の巨石天井石、中央のだけ何故か立てているような


斜め前から、手前の小さいのは羨道天井かな


内部は多少空間が残るがこれでは何も分からず



(2009年)
37号
露出した天井石、かなり傾斜している感じ


石室正面、天井石が随分丸みを帯びている


羨道はゴミだらけ


玄室もゴミだらけ、石室自体は状態がよさそう


(見学記)
(2018年)
麓にある37号を見た後、山頂や山腹にある他のを訪問するつもりだったがすっかり忘れていた。あれから9年も経っているのか(汗)。それはともかく今回は古墳友と二人で訪問。まずは37号、相変わらずゴミだらけ、と言うか全く変わりなし。前回は玄室に入ってなかったので当然突入、天井石の隙間から入れます。石室自体は素晴らしいのにほんとゴミがね。ここから山頂まで道はないけど藪漕ぎして直行、頂上まで100m程度だけど見通しのきかない藪の中ではどれくらい進んだかさっぱり分からず。それでも何とか頂上平坦部にたどり着いたがここも見通しがきかない、2基あるはずなんだがな。ここで役に立ったのが同行者のスマホ、現在位置と分布図を照らし合わせてまず7号発見、これはかなり破壊された石室、その南側に1号、平坦部端っこ辺りに立地、山頂とは思えないような格好いい墳丘、南に開口する石室も良好に残っています。斜面なら上から石材を下ろせばいいけど1号なら上げてくるしかないよね。そこまで苦労して造るんだからさぞかし下から見たら目立っただろうな。この東側斜面に4基集中、のはずが3基しか見つからない。ここで時間切れ、また藪漕ぎして37号辺りに戻ってきました。見通しがきかなくても上りは頂部を目指せばいいけど下りは目標がないのでちと怖い。まだ他に石室があるからまた来なくては。

(2019年)
昨年の訪問が中途半端に終わったしどうも「古墳奮闘」に載っていない石室があったようなので再訪してみました。今回は北側の吉備路ヶ丘団地から突入してみました。団地南西隅防火水槽辺りから林の中に入っていきます。谷筋を登って行くとすぐ小型石室に出会いました。これは「古墳奮闘」に載ってないけど石室ですよね(更にこの近くで別の石室が見つかったようだ)。更に登っていくと昨年遭遇した3-6辺りに行き着きます。ここは4基集中のはずだが去年は分布図の状況と違っていたので混乱、今年はしっかり確かめてきました。やはりここに5基あります。一番上辺り、低い墳丘のが「古墳奮闘」に載っていない古墳のようです。石室がありますが土砂が流入して奥まで入れないが奥壁は見えています。ここから南東に進み尾根ピークを超えて南側斜面を下っていくと2号があります。墳丘石室とも良好、前部がやや壊れていますが間口が広く入るのは容易です。ここから東に進み斜面を下っていくと5号がありますがここはもう岡山市です。これも墳丘石室とも良好、入口は狭いが入るのは難しくありません。ここから東に行くとすぐ農地があり本隆寺に出られます。この2基はお寺から行った方が楽かもしれない。林の中で藪もないから歩くのも楽だった。北側麓近くに8号があります。麓を通る水路沿いの道路から急角度で斜めに入る脇道に入り擁壁内側を通っていくとたどり着けます。丘からやや突き出た場所に立地していますが墳丘派流失、天井石4枚露出、内部空間は多少残っていますが笹が生えていて殆ど何も分かりません。2,3時間は掛かりそうだったので庚申山中腹にある駐車スペースに車を止めて歩き回りました。

(2009年)
総社市赤浜、テクノパーク北側の丘陵に分布する古墳群ですが今回訪れたのは37号のみ。コアテックという会社の北側雑木林の中にあり石室天井石が露出しています。羨道入り口はゴミで埋まってる。でも天井石の上面が丸みを帯びているのが特徴的。いてわざわざこれを使ったのかな、土を被せれば見えなくなるのにね。玄門辺りの天井石隙間からカメラを突っ込んで撮影したけどこちらもゴミが多少入っているが玄室自体は良好のようだ。でもなんで入らなかったんだろ。他の古墳群とも併せて再訪しなくちゃ。テクノパーク内にある折敷山側の駐車場が利用可。

鳶尾塚古墳

岡山県総社市 2009年4月訪問、18年1月再訪

円墳、R23,H6
横穴式石室、全長11.5m、玄室長6.5,幅2.3,高2.4m
位置:34°40′13″N 133°47′22″E

(2018年)
以前は石室開口部しか見られなかった


下草がすっかり刈られて巨大な墳丘が顕になっていた


南側から


西側から(開口部反対側)


北側から、地形的にこちらが低くなっている


南東から、石室も大きいが墳丘も大きかった


ぐるっと一周


長い羨道、石室自体は変わりないけど撮らないわけにもいかず


長い玄室、中央の土砂がなかったらな~


奥壁は巨石1枚石


天井石も頗る付きの巨石


奥から外、この土砂天井からじゃないし何処から入ってきたか


天井を奥から撮ると巨大さが更に強調


奥から左側


反対側、こちらは石材の形がやや異なる


羨道奥から


〃ストロボ無し


(2009年)
石室開口部


長い羨道


持ち送りのない巨石を使った玄室


奥の天井石は呆れるほど巨大


巨石1枚石の奥壁


奥から外、両袖式


羨道奥から


(見学記)
(2018年)
墳丘が顕になって見やすくなっていると言うので再訪してみました。以前は藪で接近も難しかったですが今は北側の丘陵先端から山道が整備され通りやすくなっています。前はそれこそ開口部くらいしか見えなかったのですが石室前からみると思っていたよりずっと大きな墳丘でした。開口部左右が随分あるけど南北から見るとそれ程でもなく単純な円墳ではなく長円墳のように見えます。石室が東向きだからそちらからの眺めを重視したのでしょうか。石室に入ってあらためて天井石を見るとその巨大さに驚かされます。内部に堆積土があるのが僅かに残念、ただこの位置は天井に隙間もなくどこから流入したんだろ。石室墳丘とも超一級品、これで史跡になっていないのが不思議です。

(2009年)
総社市下林、コウモリ塚北方7,800m辺り、北に伸びる丘陵尾根上にある古墳です。尾根全体が藪状態で接近困難だけど苦労する甲斐のある大型石室が良好に残っています(現在道がつけられて楽に行けるそうだ)。全長11.5m羨道玄室も極めて良好、どうしてこんな石室が無名だったんだと思うほどです。側壁は持ち送りがなく奥壁も巨石1枚石、天井石も2枚くらいで特に奥のがすこぶる巨石、こんなのをどうやって運びあげたんだと思うほどです。玄門は袖石を立てた両袖式です。玄室中央部に土砂が堆積して撮るとき若干邪魔になるけどほんと玉に瑕程度だな。中でコウモリがお休み中、後で写真を見ると飛んでいるのが写ってた。天井にぶら下がっているのはよく写したけど飛んでいるのは初めてだな。
石室はどこだと悪戦苦闘中にかまどねこさんと遭遇。どうやら駐車ポイントに県外ナンバーの車が停まっていたので私じゃないかと思ってきたようだ。私自身ここに来たのは全く予定外の行動だったので奇跡としか思えないような遭遇でした。その後周辺の古墳群を案内して貰って超ラッキー。しかも示し合わせたわけでもないのに次の日もその次の日も更に次の日も遭遇してしまった。その都度分かりにくい古墳に案内して貰ったよ。更に幸運は秋にも続きラッキーというだけでは済ませられないような遭遇になりました。感謝感謝。

赤浜谷塚古墳(仮称)

岡山県総社市 2018年1月訪問

横穴式石室
位置:34°40′29″N 133°47′53″E
谷筋に向かう斜面に僅かな高まり


下方側に開口、石室前部はかなり崩壊


丸みを帯びた天井石


石室内部、奥の方が狭くなっている


上部が丸いいかにも鏡石らしい奥壁、入るのは容易だがわざわざ入る程でもなく


見学記
総社市下林、テクノパーク南西側谷筋に向かう斜面に立地する古墳です。でもパーク側から行くのは無理で西側を走る県道に産廃処理場がありその北側辺りから林に入っていきます。溜池堤を超えるとすぐ左側に古墳があります。墳丘はそこそこ残っていて頂部に石室露出、前の天井石が動いて開口しています。前部は埋まっていますが後部3m程度が残存、奥壁は1枚石ですが天井石の巨石に比べて随分小さくその為石室奥が狭まっています。普通なら左右に石を並べて幅を調節するんですが1枚石に拘ったかな。処理場道路向かいに駐車スペースあり。

殿砂古墳群(仮称)

岡山県総社市 2017年4月訪問

(番号も仮称)

1号
横穴式石室、全長7.2m、玄室長5.2,幅1.7,高1.6m(現状)
位置:34°40′14″N 133°39′14″E
下を通る山道から大きな墳丘と開口部が見えている


墳丘上の方で東向きに開口、天井が少し傾いている


石室は良好、左の袖、上にまぐさ石がある


やや土砂が流入するも玄室良好、側壁はやや内側に傾く


奥壁はほぼ1枚石、上部が丸い


奥から外、右片袖式


2号
横穴式石室、玄室長3.5,幅1.4,高1.3m(現状)
位置:34°40′15″N 133°39′14″E
1号北側、こちらも大きな墳丘が残る


狭い開口部だが入るのはそれ程困難ではない


石室も良好だが右が少し圧迫されているかな


奥壁は平石積み


奥から外、左に袖があるかな、側壁は右真っ直ぐ左傾くのでやはり歪んできているようだ


墳丘背後から


4号
横穴式石室
位置:34°40′13″N 133°39′12″E
尾根筋先端麓辺りに立地、手前に天井石が崩落している


細長い石室だが天井は殆無し


最後部だけ天井がある、奥壁も土砂で隠れている


細長い石室を上から


5号
4号からの帰りに見つけた、後方に見えているのが1号


まず石室でしょうね


右が奥壁、左が側壁か、だとすると南向き、1号と向きが異なる


6号
4号近く、これも石室かな、微妙だけど、そう思った人がいるらしく右上に盗掘跡がある


見学記
総社市新本、新本小学校北東600m辺りに殿砂神社がありその北側谷奥にある古墳群で石室3基見られます。神社東側100mの道路を北上すると突き当りになるのでそこに車を止め渓流沿いの山道を奥に入っていきます。最初に出会うのが1号、急斜面下方に築かれた墳丘はよく残っていて南向きに開口、羨道天井石が露出多分羨門でしょう。内部はやや土砂が流入気味ですが羨道玄室ともよく残っています。奥壁は巨石1枚石、右片袖式で羨道天井は一段低くなっているようです。北側50m辺りにあるのが2号、大きな古墳だったので初めは尾根先端かと思ったけど上の方に石室があり墳丘でした、多分下の方は地山でしょうね。こちらも石室はよく残っているが開口部は狭い、羨道に比べて玄室の方が幅広くなっていますが袖部ははっきりしません。奥壁は平石を何段かに重ねていて1号より古そうです。1号南西50m辺りにあるのが4号、石室上部はかなり破壊、天井石は最高部の1枚しか残っていません。ここから1号に戻ろうとしたら墳丘の手前に小さな石室がありました。奥壁と左側壁の極一部しか残っていませんがどう見ても石室だよね。ここは谷奥ですが来るのもそれ程困難ではなくお得感のある古墳群です。因みに殿砂は”とんざこ”と読むようです。

宿後山古墳(仮称)

岡山県総社市 2017年4月訪問

横穴式石室、残存長4,8m、玄室幅1.2,高1.1m
位置:34°38′21″N 133°47′53″E
林の中にポツンと存在する、南側に開口、これだけならどうと言うこともないのですが


林と言うより集落自体がゴルフ場にすっかり取り囲まれている


石室前部は少し破壊されている


小型の石室、終末期程じゃないけどかなり後期かな


鏡石を右に偏らせて据えている


奥から外、右袖があるかな


見学記
総社市宿、ゴルフ場のど真ん中にある古墳です。と言ってもゴルフ場内ではなく(正確には敷地内かもしれない)ゴルフ場に囲まれた数軒程度の集落がありその西側にあります。集落内一番西側の家から西方100m程、道路が逆への字に曲がった辺りの北側林の中です(すぐ北側は6番コースグリーン)。石室自体は小型、側壁は殆ど持ち送りはありませんが割石積み、奥壁は鏡石を右側に偏って据え他は側壁と同様割石積みです。単独で存在しているようで立地からすれば終末期なんでしょうけど石室自体はそれ程新しくは感じません。

砂子山古墳群

岡山県総社市 1988年4月訪問、2017年4月再訪

前方後円墳3他

(2017年)
竪穴式石室、長2.5,幅1,高1m
位置:34°40′15″N 133°39′46″E
30年ぶりの訪問、こんな高い場所だったのか、初心者の当時、よく見つけたなとつくづく思う


竪穴石室が開口


滅多に見られない良好に残る竪穴石室


6号
以前はこれが後円部だと思われていた


9号
13号から尾根筋を登ると出会った、10号かと思ったが更に上に10号があったので9号にしておこう


墳丘上方から


10号
9号上、これも最初は11号かと思った、石室開口がないので違うと分かった


11号
前方後円墳
位置:34°40′19″N 133°39′28″E
10号すぐ上、後円部かな


墳頂部に天井隙間開口、入るのは躊躇した、万が一を考えるとな


カメラを突っ込んで撮影、巨石を使った玄室


反対側、こちらも一見奥壁風、アクロバチックな姿勢で撮ったので傾きの修正が出来ず


13号
前方後円墳、TL45
横穴式石室、玄室長4,幅1.5、高0.7m(現状)
位置:34°40′20″N 133°39′34″E
古墳群のある丘、下からの風景、墓地の奥に13号がある


林に入ると大きな墳丘が見える


前方部から後円部、よく残る


後円部から前方部、低く短い


後円部南側に激狭開口、入ろうとも思わないレベル、絶対以前より狭くなっているぞ


隙間から撮影、かなり埋まった横穴石室


(1988年)
前方後円墳(追記:隣接する2基の円墳と判明)
前方部竪穴石室開口部


石室内部


見学記
(2017年)
総社市新本、ここは初心者の頃1号の竪穴石室を見ましたがまだ他に横穴石室を持つ前方後円墳があるので再訪してみました。まずは1号、石室を撮った様子は何とか覚えているのですがどうやって行ったか全く覚えていない、今回東側から登っていきましたが痕跡道さえ無く初心者の当時良くたどり着けたなと思いましたね。ただ斜面自体は下草も殆どなく最上部以外は通過容易です。竪穴石室傍にあった看板は無くなっていましたが竪穴石室は変わりなし、以前は前方後円墳と言われていましたが2基の円墳(1,6号)だそうです。丘陵北側に廻り小さな墓地辺りから山道を登るとすぐに古墳に突き当たる、これが前方後円墳の13号、山裾急斜面をカットした墳丘はよく残っている。後円部に横穴石室が開口しているが激狭、カメラを突っ込んで撮影しても内部はかなり埋まり側壁の一部しか写っていません。ここから上はもう痕跡道さえ殆ど無い、それでも何とか登っていきましたが上の前方後円墳11号との間に10号がありますがその手前にももう1基円墳があるようです。上部が広く平で前期の古墳かもしれない。11号は墳頂に天井石が一部露出して隙間開口しています。隙間は大きいが中に入るには内部が高くて多分大丈夫だろうと思いつつ万が一を考えて入室は断念、かなりアクロバットな姿勢で撮ってきました。横穴石室は明らかですが玄門部分が埋まっているのでそのようには見えません。1号は東麓に公民館がありそこに駐車可、13号は墓地手前に駐車スペースあり。

(1988年)
前方後円墳3,円墳1からなる古墳群です。前方後円墳は全長30-50mの規模ですが林の中にあって形はわかりにくい。皆竪穴石室を有するが現在見ることは出来るのは東側の1号墳だけ、前方部に小型の竪穴石室が口を開けている。
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