ハザ古墳群

岡山県総社市 2010年2月訪問、21年3月再訪

(2021年)
その7
 位置:34°40′58″N 133°41′11″E (日本測地系)
    34.68600231 133.6837468(世界測地系)
新たにみつかった、更に奥にあるその2は藪が酷くなり到達困難


この古墳群の中では一番良好な墳丘


石室正面、高さもほぼ元のまま残っているかも


狭い開口部、ぎりぎり入れます


カメラを突っ込んでストロボ無しで撮影


玄室は良好に残っています、2種の先住者は無視


ビヤ樽型のほぼ1枚石の奥壁


奥から外、右片袖式、羨道はかなり埋まっている


奥から右側


奥から左側、上部が傾いているが元々でしょうか


羨道奥から、狭いのは入り口辺りだけ



その3の谷筋を越えた西側に5,6が並ぶ、これは南側でてっきりその5と思ったのですが


後から見ると違っていた


正面から、石室らしく見えるんですが


その5
前記の北側でこれが当然その6と思っていたがこれがその5でした


手前は基部しか残っておらずそれもかなり埋まっている


これくらい残っていれば石室確実


石室内部、半ば埋まっている、最後部の天井石が一段下がっているか


変わった割り方をした天井石


その3
序でなので以前撮影したのも再撮影、多少草刈りはされている


開口部はやや藪、この程度ならまずまず


多少掃除して撮影、内部に見えているのは床面


内部は特に変わりなし、当たり前だけど


奥壁


奥から外


ストロボなし、隙間があるので明るい


露出した側壁、ギリギリ破壊から免れました


その4
こちらは藪が酷くなってきている


植物は中までは侵入してないようです


南向きで開口部が大きいから中は明るい


縦位置


達磨さん型の2段積み奥壁


奥から外、鋼製ロープはそのまま


奥から右側、一部上部の方が巨石になっている


奥から左側、こちらは基本3段積み


(2010年)
24号(その3)
横穴式石室、全長6m、玄室長4.5,幅1.3,高1.3m(現状)
位置:34°40′52″N 133°41′10″E (日本測地系)
    34.68433582 133.68346913(世界測地系)
山道脇に小さな墳丘


開口部、羨道は壊失


玄室は良好、33号に比べて幅高がやや小さい


(ストロボ無し)


奥壁も33号に比べてやや劣る


奥から外、右片袖式


33号(その4)
横穴式石室、全長6.5m、玄室長4.5,幅1.6,高1.9m(現状)
位置:34°40′49″N 133°41′11″E (日本測地系)
    34.68350258 133.68374692(世界測地系)
石室正面、藪の中だが墳丘も割と残る


開口部から石室内部


良好に残る玄室、側壁はほぼ垂直に立ち上がる


2段積みの奥壁


奥から外、左片袖式


〃(縦位置)


その2
横穴式石室、玄室長3.7,幅1.1,高1.1m(現状)
位置:34°41′02″N 133°41′14″E (日本測地系)
    34.68711329 133.68457998(世界測地系)
多分群中最北


開口部、ここも南に開口


開口部から覗いた内部


小形ながら良好に残る玄室


奥壁も基本2段積み


奥から外、無袖か右片袖か


(見学記)
(2021年)
ここも追加があったので行ってみました。しかも追加のが一番状態が良いので行かざるを得ない(汗)。南側を流れる川に砂防ダムがありその辺りが入り口、以前は一番奥の2号まで山道が通っていましたが奥の方の道は笹薮になり通過困難、別の山道が出来ていてそこを通ると新規追加の7号脇を通るのですぐ分かります。墳丘石室とも良好ですが入り口は狭い、でもここまで来て入らない理由はないですね。序でに前回訪問してなかった5,6号を探してみました。小川の西側なので山道沿いにある3号辺りから川を渡って北側斜面を捜索、北側の6号は石室後半分が残っています。南側の5号は天井石露出だがひょっとしたらただの自然石集積だったかもしれない。更に西側に離れた1号はパスしました。砂防ダム脇に駐車スペースあり。

(2010年)
総社市久代、総社西小学校北側に水路沿いの集落がありその集落北西側に分布する古墳群です。30基以上あるようですが石室が良好に残るのは多分3基のみ。水路沿いの細い道を通り橋を渡って150m程行くと小さなため池があります。ここから山裾と右側の畑の間を通って50m程行くと左手にぽっかり石室が開口しています。これが33号、羨道はかなりか遺失していますが玄室完存、長4.5m持ち送りのない側壁で巨石を2,3段に積んでいます。奥壁は2段積み、玄門は左片袖式です。倉庫として使われていたようで玄門にセメントの跡が残っています。ため池に戻って山道を100m程北に進むと左脇に小さな墳丘があります。これが24号、羨道は殆ど壊失していますが玄室完存、長さは5.5mと34号と同程度ですが高さや幅、石材の大きさも34号と比べて一回り小さくなっています。床面に石材がゴロゴロしていますが石棺の破片ではなし敷石でもなさそうだしなんでしょうね。山道を更に奥へ奥へと200mくらい進んでいくと谷筋斜面に古墳があります(番号不明)。ここも南側に開口、更に一回り小さくなっていますが玄室完存しています。前の2基は前年にかまどねこさんに案内して貰ったけどここを案内しなかったのがよく分かった。冬場じゃないと無理だわ。ため池脇に駐車スペースあり。

浦越古墳群(仮称西群)

岡山県総社市 2021年3月訪問

数が多くなったので西側のを分離、以前のはこちらから
(見学順、番号は全てHP「古墳奮闘」に従う)

その20
位置:34°40′49″ 133°41′32″ (日本測地系)
   34.68350261 133.68957971(世界測地系)
山道急カーブの場所に石材露出


開口部正面、前部は殆ど破壊


玄室内部、転がった石材は破壊された前部のものか


奥壁は一応2段積み、右側の石は側壁奥壁兼用の適当感


奥から外、一段下がっているのがまぐさ石か


その19
位置:34°40′46″ 133°41′30″ (日本測地系)
   34.68266936 133.68902424(世界測地系)
19の手前、藪の中で最初見逃した


墳丘はそこそこ残っている


隙間開口


内部は良好に残っているようです、中間辺りで天井石が一段下がる


奥壁はほぼ1枚石


その18
位置:34°40′46″ 133°41′30″ (日本測地系)
   34.68266936 133.68902424(世界測地系)
竹が交じる雑木林の中に墳丘


天井石露出、内部埋没


墳丘上から下方


その24
位置:34°40′50″ 133°41′28″ (日本測地系)
   34.68378035 133.68846868(世界測地系
尾根頂部に立地、大きさの割に低い墳丘、これだけ異質で前中期の古墳かも


その21
位置:34°40′53″ 133°41′27″ (日本測地系)
   34.68461359 133.68819089(世界測地系)
24のある尾根付け根辺りに立地


狭い開口部


内部を撮ってみると奥壁側でした


こちらが本来の開口部、西向きに開口


石室内部、正面の石がまぐさ石のようです


カメラを下げて奥まで撮影、奥に隙間があるのでストロボ無しでも撮れる


望遠で奥壁撮影、上部は斜めになっているような


その22
21すぐ北側にある


これも西向きに開口


枯れ木を外して正面撮影


立派な石室が残る、内部は明るい


奥壁前に謎の巨石平石2枚、棺台なのかな


格好いい長三角形の奥壁、上の1枚は必要だったのか


奥から外、全体が左に歪んでいるような


加工跡の残る天井石


奥から右側、基本3段積み


奥から左側、こちらは加工がやや粗い


墳丘背後から


(見学記)
更に古墳が増えたので行ってきました。今まで見つかっていた場所より西側丘陵一帯です。まず溜池脇の駐車ポイントからスタート、道なりに北に登っていくと右側に溜池があり(その先に前年訪問した密集地帯がある)その先道路が急カーブしています。暫く行くとアンテナ基地がありその下方斜面に18号、天井石露出隙間開口程度です。因みに更に行くと八幡神社があり社殿背後に駐車場があります。急カーブの場所に戻って真っすぐ北に未舗装の道路があります。そこを進むと左手藪の中に19号、墳丘はよく残っていますが石室は隙間開口です。更に進むとまた急カーブがありそこに20号、石室後部が残っていて中に入れます。更に道なりに進むと西側丘陵上に24号、藪が酷いので直接はいけず道なりに進むと自然に尾根上に至ります。少し南下すると尾根頂部に低くなだらかな墳丘があります。横穴石室はなさそうで墳形や立地からして前中期の古墳のようです。更に北に行くと南北に2基の古墳が並んでいます。手前が21号で内部はかなり埋まり隙間開口、奥壁側にも隙間があり一応両方から見られます。奥のが22号、こちらは悠々入れる程の石室開口、床面に大きな平石が前後に2枚あります。棺台にしてはちょっとおかしいし箱式石棺の蓋石か、それにしてもこんな並べ方をするかな。この古墳群は石室が全般に南向きですがこの2基は西向きです、立地からして西向きの方が自然といえば自然ですけどね。更に奥に23,25がありますが流石に諦めました。5号のある尾根東側溜池東北隅に駐車スペースあり。

福井古墳群

岡山県総社市 2021年3月訪問

11基、8,9号消滅

(ほぼ見学順)
尼子山古墳(福井5号)
 円墳、R36,H5
 位置:34°41′12″N 133°45′15″E (日本測地系)
    34.68989132 133.75151873(世界測地系)
低い丘陵を登ると目の前に巨大な墳丘


北側から、他の古墳を圧倒する大きさです


斜面を登ると葺石らしきものが露出


広い墳頂、浅く窪む


南側から


その2
尼子山すぐ北側にある、尼子山に次ぐ大きさだが格差は歴然


向こうは新興住宅地になっています


その3
尼子山南側に低い墳丘


撮り方しだいでは墳丘らしく


大きさの割に背が低い


その4
どんどん南に下っていきます、これも比較的分かりやすい


近寄ると却って分からなくなる


後方にその3


その5
これもハッキリした墳丘


南側から


その6
古墳?、石材も微妙


その7
輪郭はハッキリしている、後方にその8


ハッキリしすぎて逆に古墳らしく見えない


その8
南端辺り、低い墳丘


竪穴石室露出


こんな場所での出会いに驚いた


8号で竪穴石室があったそうだが消滅だそうでこれとは違うのかな


南側から、割りと墳丘が残る


その9
すぐ南側、笹薮の中に高まり


枯れ草の山と言うことはなく墳丘でしょうか


(見学記)
総社北公園南側はすっかり住宅地として開発されていますがその中に泉中央公園として保存されている場所があり林の中に10基程度の円墳があります。中期の古墳群のようで横穴石室はなし。その中で北側に位置しているのが主墳で他を圧倒した大型円墳(尼子山古墳)、径30m程度でしょうか、斜面には一部葺石が見られ頂部は平坦、盗掘があったのか窪んでいます。南端辺りには竪穴石室露出、蓋石はなくなっていますが全体の様子はよく残っています。すぐ北側に溝が掘られていてよく破壊されなかったものです。多少樹木が伐採された程度で公園としてはまだ未開発、どのようになるかはわかりませんができればこのままで保存してもらいたいものです。南端辺りに竪穴石室が露出しています。蓋石はなくなっていますが保存状況は良好です。岡山GISによると8号(帆立貝式)で竪穴石室となっていますが消滅になっています。

ヒイゴ池古墳群(仮称)

岡山県総社市 2021年3月訪問

その1
 位置:34°41′59″N 133°45′14″E (日本測地系)
    34.70294596 133.75124015(世界測地系)
尾根筋ピークに石材露出


羨道天井・・・なのかな


羨道だとしても幅はかなり狭いぞ


開口部辺りが玄門なんですが


狭い開口部


開口部から撮影、奥が明るい


ストロボ撮影


玄室天井露出


奥の天井に隙間がありここから入れる


奥から外、右片袖でしょうか、若干持ち送りがある


奥壁


その2
その1南側尾根筋に穏やかな墳丘


狭い開口部


カメラを突っ込んで撮影、石室自体は良好


ほぼ1枚石の奥壁


奥から外、こちらは左片袖


(見学記)
湿生植物で有名なヒイゴ池湿地、その奥でGISにも載ってない石室墳が2基見つかったと言うので地元の方に案内してもらいました。3月で藪はそれ程でもないですが痕跡道もありません。尾根頂部辺りにハッキリした墳丘、天井石が露出しています。南向きに開口、入口は狭いが入れないこともない、でも奥壁上部の天井が開口、こちらから入ったほうが楽、細長い石室です。更に南側やや離れた場所にもう1基、こちらも開口しているがかなり狭い。前々日の雨で下がまだ湿っぽく何時ものように後ろ向きで入っていったら服がまくれて泥だらけになってしまった。こちらも石室がよく残っています。しかしこれ程の古墳が知られてなかったとはね。ヒイゴ池古墳群自体はGISに載っていますが4基、今回の2基は載っていません。駐車場有り。

福井大塚古墳群

岡山県総社市 2021年3月訪問

実質1基か

その1
 横穴式石室
 位置:34°41′53″N 133°44′53″E (日本測地系)
    34.70127952 133.74540757(世界測地系)
割と高所にあるが墳丘は良好


墳頂部が凹んでいる


石室正面、2段構えで開口


開口部から内部、一段下がるのがまぐさ石


羨道天井隙間、こちらから入った方が楽


やや背の高い玄室、奥壁は縦2列に並べる珍しい形式


奥から外、無袖でしょうか、まぐさ石の上で開口するのも時折見かけます


墳丘背後から


下からの眺め、ピークの手前です、手前に見えているのが青谷川3号


(見学記)
青谷池2号と墓地の間に山道があるので登っていきます。かなり急傾斜の山道、送電線鉄塔(下から見えている)側にハッキリした墳丘があり南向きに石室開口、状態も良好です。26基からなる古墳群で消滅しているのも多いようですがGISによる範囲が大きすぎて個々の古墳がどうなっているかよくわかりません。北公園に駐車場有り。

青谷川古墳群

岡山県総社市2012年3月訪問、21年3月再訪

3基、見学しやすいのは3号のみ
(2021年)
2号
 位置:34°41′47″N 133°44′51″E (日本測地系)
    34.69961299 133.74485215(世界測地系)
福井大塚への山道脇に石室露出


狭い開口部


小型玄室、入るまでもなく、1号は西側にあるが残骸状態


(2012年)
3号
横穴式石室、残存長2m程度
位置:34°41′45″N 133°44′53″E (日本測地系)
    34.69905747 133.74540768(世界測地系)

造成された墓地の一角に保存、画面右上の谷奥に塔坂古墳群がある


背後から見ると良好な墳丘が残るが


前から見ると半分くらい削平


石室後部が僅かに残る


玄室内部、一応鏡石を据えている、側壁はやや持ち送り、右側は本来より傾いているかも


石室右側


(見学記)
(2021年)
総社北公園北端辺りに3号が保存されていますがその北側の墓地と西側の林縁に2号があります。記録上は消滅だそうですが石室が残っています。残存奥行き2m程度の石室、それ程埋まってはいませんが高さもあまりないので入室はパス。西側に1号がありますですが残骸状態のようです。

(2012年)
総社市小寺、塔坂古墳群から市道を東に下っていくと総社北公園があり(ここにスリバチ池古墳群がある)その手前墓地の下にあります。上の墓地から見ると大きな墳丘が良好に残っていますが南側から見ると前面が大きく削られ石室も奥2,3mが残っている程度です。羊頭狗肉と言った感じでしょうか。3基からなる古墳群ですが見学しやすいのはこれだけ。墓地に駐車場有り。

松井古墳群

岡山県総社市 2009年4月訪問、20年3月再訪

(番号仮称)

(2020年)
1号
 位置:34°40′07″N 133°47′27″E (日本測地系)
    34.67183733 133.78818402(世界測地系)
露出した天井石


反対側、これが前回撮影のとほぼ同じアングル


隙間がありました、木が生えているからこれは石じゃなく土かな


内部撮影、傾いた天井石、奥に奥壁が見えているようです


2号
割と残る墳丘


天井部2ヶ所に隙間開口


右側のから入れないこともない


安易にカメラを突っ込んで撮影、玄門辺りでしょうか


反対側、こちらが奥壁のようです


3号
これも天井石が露出


横から


隙間がありますが入るのは無理


石室自体は殆ど埋まらず良好に残っているようです


小型鏡石+平石の奥壁


4号
丘陵麓辺りに立地、背後から見た墳丘


正面から見ると大きく削られています、石室前の立木が邪魔してる


石室後部は良好に残る


ストロボ撮影、右側に歪んできているような


おむすび型の鏡石、表面に米粒のような模様、これだけ他の石材と違う


奥から外、無袖かな


5号
竹林の中に低いけど大きな墳丘


反対側から、右が少し削られている


天井石が1枚露出


隙間から撮影、内部は半ば埋まるが良好そう


ストロボ撮影


6号
一番南側、墳丘自体は一番良好


墳頂部に盗掘坑、一部石材露出


隙間から内部撮影、どの辺りでしょう


7号
天井石が2枚露出、隙間が見えるが入れない


開口部、ここから入室可


玄門かと思ってカメラを真っ直ぐ向けたら石室が斜めになっていた


石室内部、やや埋まるも良好、奥壁はとくに鏡石はなさそう


奥から外、玄門は埋まり右側が開口、よくいる奴は虫無視


(2009年)
1号
位置:34°40′07″N 133°47′27″E (日本測地系)
    34.67183733 133.78818402(世界測地系)
石材が僅かに露出


2号
盗掘坑からカメラを突っ込んで撮影


玄門辺りかな


(見学記)
(2020年)
10年前、かまどねこさんに会った時に最初にあんなにしてもらって行ったつもりになっていた古墳群ですが今年になってまだ多くの石室墳があることに気がついて再訪してみました、再訪というより殆ど新規の古墳群となりました。小さな丘陵周辺に6基、頂部に1基あります。丘陵西側に2つの溜池がありその間に道があります。南側溜池側の道路脇に石材が露出した古墳があります、それが1号(番号全て仮称)、石室は殆ど埋まってます。
その上方辺りにあるのが2号、天井部が開口、カメラを突っ込んで撮影程度。ただ墳丘に対して石室が随分西に偏っている、まだ石室があるかも。少し離れて北側に3号、ここも天井隙間開口で何とか奥壁が写せます。丘陵南端辺りにあるのが7号、大きな円墳でこの群の中では最大かな、墳頂部に盗掘があり僅かに石材露出、隙間があったけどよく分からなかった。墳丘の大きさに比べて石室は小さそう。この東側道路脇にあるのが5号、比較的墳丘が残っていて天井石露出、内部は多少埋まっているが入って入れないこともない、入らなかったけど。頂部にあるのが7号、玄門脇辺りが開口、大分狭いですが何とか入れます。奥壁は小型石材です。5号まで戻って道路を北上すると溜池辺りの左側に大きな墳丘が見えています、これが4号、石室前部は破壊されていますが後部残存、奥壁は大きな鏡石を据えています。この古墳群の中では一番楽な場所で入るのも楽な石室です。鳶尾古墳と同じ駐車スペースが使える。

(2009年)
鳶尾塚南東にある小丘陵周辺に分布する古墳群だけど案内序でにちょっと見て回った程度。案内でもないと難しそうだ。その中で盗掘穴からカメラを突っ込んで撮影した石室があったけどかまどねこさんは中に入ったそうな。入れるかなと迷うようなレベルでなく入ることを考えもしないような小さな穴なんだけどね。

赤坂山古墳群

岡山県総社市 2019年1月訪問、20年3月再訪
丘陵に広範囲に石室墳が散在(番号はHP「古墳奮闘」に従う)
道無し難コース山道コース東谷支群


道無し難コース
24号
位置:34°42′14″N 133°46′24″E (日本測地系)
    34.70711223 133.77068212(世界測地系)
麓近くの斜面に立地、道はないがそれ程難しくはない


墳丘は割と残り天井石露出、手前の石は滑り落ちた天井石のよう


正面、羨道埋没


玄門上部の隙間から内部撮影、その隙間から中に入れる


一様に傾いた玄室側壁


〃縦位置


側壁と変わらない小型石材の奥壁、小型三角形の鏡石、この古墳群の特徴でしょうか


奥から外


〃縦位置


左片袖式、袖石はないようだ、不釣り合いなほど巨大なまぐさ石


石室背後から、ここから入るのは難しい


25号
24号南西50m、ほぼ同高度にある


南側に隙間開口、天井石全面露出


隙間からカメラを突っ込んで撮影、意外と良好、左側側壁が押し出されている


奥壁を望遠で撮影、土圧で側壁が押し出されている


仮その1
位置:34°42′24″N 133°46′14″E (日本測地系)
    34.70988978 133.7679046(世界測地系)
前面が崩壊した石室露出


天井石落下、最後部だけ残る


石室内部、奥壁は平石積み、正真正銘難所の仮1-4、15-18号を探すつもりだったのだが多分15-18号はもう少し南側、分布図よりもっと狭い範囲だろう


仮その2
仮1すぐ西側に接する


天井石露出、内部埋没


仮その3
仮1下方に石室下部露出、かなり細長い石室


最後部で天井石残存


天井石に隙間


内部は殆埋まるが割と奥があった、奥壁が何とか見えている


仮その4
更に下方にはっきりした膨らみ


天井石の一部が露出


内部は完全埋没


山道コース
S7号
位置:34°42′00″N 133°46′20″E (日本測地系)
    34.70322362 133.76957123(世界測地系)
丘陵南麓神社境内に石室露出


開口部は狭い


奥の方は崩壊している


もう殆ど築山と化している


天井石は奥の方まで見えている


26号
位置:34°42′16″N 133°46′03″E (日本測地系)
    34.7076677 133.76484947(世界測地系)
山道沿いで最初に見かける石室(この時点ではそうでした)


羨道は埋没


墳丘中央部辺りが窪んで石材露出


奥壁が抜かれて開口


玄室内部は意外と良好、散乱した石材は奥壁のでしょうか


玄門は左片袖式、袖幅が広く袖石はなさそう、内側から見たら羨道はそれ程埋まってないような


玄室内部


〃ストロボ無し


9号
位置:34°42′18″N 133°46′07″E (日本測地系)
    34.70822322 133.76596043(世界測地系)
尾根先端に立地、山道から少し離れている


墳丘流失、天井石露出


玄門上部に隙間がありここから入室可


一様な持ち送りのある玄室、石材は小型


〃縦位置、中で立つことが出来るほど高さがある


奥壁下部に小さな鏡石を据えている、他の石室でも同様のがありました


奥から外、右片袖でしょうか、羨道殆埋没


〃縦位置


8号
9号から見た8号、すぐ北西に立地、この上を通ったが全く分からなかった


小型石室露出、かなり掃除しました


奥壁辺りが僅かに残るのみ


2号
位置:34°42′28″N 133°45′53″E (日本測地系)
    34.71100075 133.76207189(世界測地系)
山頂南側斜面に立地、天井石露出、この時は笹原が刈られ山道から見えていた


1号より難しいと思ったが逆だった


かなり固そうな石材を平石に加工


内部には以前は生えてなかったネザサが生えていた、生えてなくても多分入らなかっただろうけど


マニュアルピントで奥壁撮影(じゃないとネザサにピントがあってしまう)下部が埋まるが奥壁は1枚石かな


仮その5
帰り道で遭遇、実は2往復目の帰り道(汗)、初めは山道でカットされた尾根先端かと思いましたが


石材も見えていてどう見ても古墳


石室も見えています


斜面下方に回ると開口部


残り具合の良い玄室、9号より小型だが石材はやや大きくなる


〃縦位置、特徴的な三角形の小型鏡石


奥から外、左側がかなりせり出してきている


〃縦位置


S12号
これは山道沿いではないですが神社北側100m辺りに立地


形のいい墳丘が残っているが石材は全く見られず


東谷支群
33号
位置:34°42′24″N 133°46′21″E (日本測地系)
    34.70988979 133.76984883(世界測地系)
谷沿いの小道から見えている墳丘、うっかり気が付かず谷奥まで行ってしまった(汗)


墳丘は残るが藪に包まれている


墳頂部に石室開口、手前は盗掘で窪んでいる


石室最後部のみ残存


小型石材の奥壁、かなり古そう、横穴石室にしては墳頂部すぎる気もする


34号
35号から見た34号、天井石露出、後方明るくなっているのはゴルフ場


反対側から


石室正面、天井石が折れて落下


露出した天井石、内部埋没


35号
位置:34°42′26″N 133°46′22″E (日本測地系)
    34.71044531 133.77012656(世界測地系)
34号から見た35号、ほぼ同大


石室正面、入り口埋没


後方で隙間開口


中を覗くと良好な石室、これは入るしかない


一様に持ち送りのある石室


奥壁は大型石材を据え上は基本平石


奥から外、両袖式でしょうか


(見学記)
(2020年)
道無し難コース:S12号から麓の道を更に進むと集落がありその北端辺りに墓地があります。そこから林の中に入っていくと古墳があります(24号)。後部は墳丘が残っていますが天井石や前部が露出、天井の隙間から中に入れます。内部は明るく持ち送りのある玄室、奥壁も側壁と変わらない小型石材で古いタイプの横穴石室かもしれない。西側の側壁は大分孕んできています。この西側にあるのが25号、疎林+藪の中を南西方向に進んでいったけどなかなか見当たらず諦めかけた頃やっとありました、距離にして50m程度でしょうか、でも藪の中を歩くと距離感が全くつかめません。墳丘は割と残っていて南側に開口していますが隙間開口、石室自体は割とよく残っているようです。この北側にある19,20は見つからず。
A地点から東側尾根上に15-18号があります。ショートカットか迂回していくか悩んだけど意外と谷が深そうだったので北側から迂回して行きました。切れ切れに痕跡道がある程度でかなり苦労したけど何とか到着、古墳も4基あったけど入室できるのは1基だけ、配置や事前にメモ書きしていた特徴とも何となく違う、でも4基あるしなと思ってモヤモヤしながら帰りました。帰ってから調べてみると全く違ってた(汗)。同じ尾根上だけど少し違う場所を見ていたのかもしれない。しかも帰りは軽く迷走状態、電子地図を持っていかなければ迷っていたかも。結局新規古墳5基見つけたけど5基見つからずプラスマイナス0でした。

山道コース:昨年に続いて赤坂山古墳群挑戦、今年は神社から山頂への山道コース沿いにある古墳を訪問しました。南側麓に御崎神社がありこの境内に石室(S7号)がありますが完全露出、よく見ないと石室ともわからない状況、内部も埋まっています。東側麓を通る道路を北に進むと丘がやや出っ張った辺りにも古墳(S12号)があります。神社西側から山頂に向かう山道があります、自動車が通った跡があるのでそれなりに広い(多分もうずっと車も通ってないでしょうが)。15分くらい歩いて山道が大きく右カーブする手前の右側に古墳があります、これが26号、低い墳丘が残っていて開口部が見えていますが羨道は埋まっている。でも奥壁側が破壊されて開口、左片袖式、内部に石がゴロゴロしていますが破壊された奥壁石材でしょうか。急カーブから150m程行くと右側の小さな尾根上に8,9号があります。手前の8号はわかりにくいですが奥の9号は天井石が露出、その隙間から中に入れます。羨道は埋没、玄室はほぼ完存、持ち送りがあり奥壁は小型石材で古式な横穴石室のようです。9号がわかれば8号もなんとか分かる。藪の中の小型石室の奥の方が残っています。更に行くと大きく左カーブした辺りが広くなっている(A地点、ここは後述)。更に山道を登り山頂手前で道が左カーブした辺りの右側に1号があるはずだが1時間近く探しても分からず。更に行くと左下方に露出した天井石が見えていますこれが2号、内部はかなり埋まっている。帰り道神社手前で丸い墳丘がありました。初めは山道で削られた尾根先端かと思ったけどどう見ても墳丘、天井部が開口していますが羨道からも中に入れます。9号よりは小型ですが持ち送りがあり奥壁石材も小型、でも小さな三角形の鏡石があり9号より新しそうです。

(2019年)
総社市久米、広い範囲に分布しているので敬遠していましたが岡山もだんだん残り少なくなりそうそう選んでもいられないので行ってみました。ゴルフ場西側の谷筋にも古墳群があります。入り口辺りにも破壊された墳丘が並んでいるようですが見当たらなかったので別の場所から入ったかもしれない。谷の中程に石積みの砂防堤があります、その脇にあるのが33号、背の高い墳丘が残っていて墳頂部に石室がありますが奥壁辺りが残っている程度です。奥壁も小型の石材で位置からして竪穴の可能性もありそうですがやはり横穴でしょうね。この堤に目がいって墳丘を見逃してしまい谷の奥まで行ったのは内緒(汗)。この辺りから小川を渡って北に行くと2基の古墳があります、34,35号。34号は天井石が露出しているが内部埋没、35号も正面から見ると入口は埋まっていますが天井部が隙間開口しています。かなり狭いけど意地で入ってきました。内部は良好、ここもやや持ち送りがあり、奥壁は四角い鏡石を据え上に平石を重ねています。ここはもうゴルフ場側、ロストボール1個みっけ。岬神社境内に駐車可。

奥場西奥古墳群(仮称)

岡山県総社市 2019年1月訪問

(番号は古墳奮闘に従う)
5号
6号からみた5号墳丘、緩やかな尾根先端に双墓のように並ぶ


大きな墳丘が良好に残る


正面から、崩壊した石材が見えている


手前のは天井石でしょうか、動かされている


奥の天井石、下に僅かに隙間がある


カメラを突っ込んで撮影、土砂が流入しているが石室自体は良好


奥壁は1枚石か


6号
5号から見た6号墳丘、位置的にこちらの方が高い場所に立地


反対、西側から


正面から、一見良好そうですが


大きく盗掘を受けています


ざっくり掘られ左側に僅かに石材が見える程度


側壁か、原位置だとしたらかなり大型の石室


4号
位置:34°40′49″N 133°42′14″E (日本測地系)
    34.68350275 133.70124537(世界測地系)
5,6号と同じ尾根筋、後方に位置する、耕作で西側斜面が階段状になりその上部にある


多分前部は破壊だがよく残ったと思うレベル


割石積みの小型石室


奥壁は2段積み


奥から外、一段下がっているように見えるのがまぐさ石なら無袖でしょうか


奥から左側、ストロボ無し


〃右側、かなり固そうな石を平面に仕上げている


7号
位置:34°40′46″N133°42′17″E (日本測地系)
    34.68266952 133.70207866(世界測地系)
地形を読み間違えて偶然見つけた石室、こういう経験が何度かあります、ごく偶にですが手前の石は動かされた天井石でしょうか


石室は後部しか残っていない


露出した天井石、随分左に偏っているが動かされているのかもしれない


石室内部、奥壁は一番上の石材しか見えず


奥から外、残存長3m程度


奥から左


〃右、4号より大分平面に仕上げられている


墳丘後方から、僅かな高まり天井石露出


(見学記)
総社市秦、石塔塚から更に西に行き集落最西端の民家西側に溜池(皿池)がありその北側辺りに分布する古墳群です。尾根先端辺りに5,6号があるはずだが藪が酷くて地形が見えず適当に尾根に入っていったら石室に出会いました。墳丘は流失、石室後部しか残っていませんが巨石を使っています。てっきりこれが5か6かと思って廻りを探したが何もなくどうやら新規の石室だなと思いました。西側の尾根に行き先端辺りに行くと確かに2基の墳丘が並んでいました。ほぼ同規模のようですが西側のは大きく盗掘されて背が低くなっています。石材は側壁の一部が見られるだけ。東側のも前面が盗掘されているがそれ程破壊は受けておらず中腹辺りに石室開口、劇狭で隙間から撮影できる程度です、入った人がいるようですが。尾根筋は開墾時段差があるのでその面を北に行くと4号があります、玄室が良好に残っています。この下の谷筋にも3基あるようですがそちらは残骸状態のようなのでパス。しかしここは谷奥辺り、特に重要な交通ルートも思えずなんでこんな立派な双墓と言えるような古墳があるんでしょうね。道が狭く駐車できるような場所はないので金子池から歩いてきました。

金子石塔塚古墳(奥場2号墳)

岡山県総社市 1988年4月訪問、2019年1月再訪

円墳、R266C後半
横穴式石室、全長11.6m、玄室長5.5,幅1.9,高2.4m
家形石棺
位置:34°40′43″N 133°42′35″E (日本測地系)
    34.68183637 133.70707827(世界測地系)
(2019年)
30年ぶりの訪問、登り口に案内表示ができていた


石室前にも説明板設置


長い羨道は奥の方しか残っていない


開口部から石棺が見える、以前は棺身が見えない程埋まっていたようです


大型石材を使った玄室、側壁は基本3段


石塔塚と言えばやはり石棺、でも石棺の印象が強すぎて石室の記憶が殆どなかった(汗)


井原市浪形石で作られた家形石棺、これも以前は開けられていたようです


蓋石に4つの角型縄掛突起


蓋石尾根には平坦面が殆どない、家形石棺でもやや古式な印象


奥壁は巨石1枚石


〃ストロボ無し


奥から外、右片袖式、十分明るいから照明装置はいらないだろ


石棺奥から、よく破壊されなかったものです


左後方から


しつこく右後方から


奥から天井、ストロボ無し


奥から左方向


〃右方向、それ程緻密な積み方という印象はありません


奥場1号
古墳群を形成していて南側尾根筋西側斜面に1号がある


上から見ると非常に良好な墳丘が残っているが


下から見ると大きく盗掘、石材も見えていない


(1988年)
石室開口部


玄室、刳抜式石棺、以前は蓋が開かれ石棺も土砂で埋もれていたが石室内が清掃され蓋も元に戻された


石棺は地元浪形石製、光のせいもあるが貝殻石灰岩製の石棺が白っぽい、県内に同じ浪形石の石棺が他に4基ある、江崎古墳、王墓山古墳、こうもり塚古墳牟佐大塚古墳


奥から外


(見学記)
(2019年)
序でがあったのでここも久しぶりの訪問、31年ぶりだ。ここは超有名だから初心者の頃既に行ってますね。周辺の様子は全く記憶にない、石室も石棺のイメージが強すぎて石室自体は余り印象に残っていない。金子池辺りから案内板が出ていて容易にたどり着けます、石室前にも説明板が設置されていました。尾根上に築かれた墳丘もよく残っている。石棺で有名ですが奥壁も長方形の巨石1枚石と滅多にない奥壁です。見た感じ上部が僅かに外側に傾いているように見えたけど安定性をはかっているんでしょうか。しかしこれ程の古墳なのに史跡指定はされていないようです。
南側尾根筋西側斜面にも大きな墳丘があります、奥場古墳群を構成していてこれが1号、石塔塚が2号です。南側が大きく盗掘を受けていますが石材は全く見られず。盗掘が墳丘中央まで達しておらず横穴だったら石室後部辺りは残っているかもしれない。前回も訪問していたけどすっかり忘れていた。金子池の中を通る堤がありそこに駐車可。

(1988年)
径30mの円墳で南側に石室が開口、右片袖式全長8.5mで玄室に刳抜式の家形石棺があります。県内に5基ある地元浪形石製(貝殻石灰岩)の石棺で蓋石の背が高く縄掛け突起も突き出た古いタイプのものです。かっては石棺が半ば土砂に埋まり蓋石もはずされていましたが現在は中が清掃され蓋石も元に戻されています。
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