大谷古墳

兵庫県市川町 2018年3月訪問

大谷古墳
横穴式石室
位置:34°59′35″N 134°45′18″E
墓地への入り口、鍵はかかっていない


墓地の奥に上部を殆ど失った石室露出、無袖で手前が羨門のようだ


石室斜め前から


側壁は薄い板石を縦に並べる、裏込め石はなさそう


最後部で天井石が残る


奥壁はほぼ1枚石+薄い平石


奥壁前に石棺底石がある


小口側だけに板石を嵌め込む溝がある


奥から外


天井石は2枚残存


羨道後方上から、側壁材がほんとうに薄い


石室前にも石棺材がある


右側のは側面側に溝がある、石室内の石棺底石より大きい


左側の石、蓋石でしょうか


墓地内でベンチ代わりに使われている石材


下から見ると側面側に溝がある、石棺だけど底石でしょうか


(見学記)
市川町近平、丘陵麓近くにある墓地の中にある古墳です。麓に獣避け柵がありそこに説明板、そこからすぐです。古墳は墳丘が殆ど流失、天井石も最後部2枚しか残っていません。石室内後部に石棺底石が残っています。もう完全な切石で短辺側に嵌め込み用の溝が彫られています。石室入口辺りにも2枚の蓋石があります。一つは長辺側に嵌め込み用の溝が彫られています、表側は見えず。もう1枚は嵌め込み用溝は見えませんが表側が浅い屋根型になっています。墓地の中にテーブルになった石がありこれも石棺底石です。下側を見ると長辺側に嵌め込み用溝が彫られています。
[ 2020年03月26日 14:54 ] カテゴリ:兵庫県 | TB(-) | CM(0)

山王古墳群

兵庫県市川町 2018年3月訪問

1号(山王1号)
円墳、R15,H4、6C末
横穴式石室
位置:35°02′20″N 134°45′29″E
神河町との境界辺りに立地、ここに広い駐車スペースがあるので訪問容易


説明板も立っています、古墳は背後の藪の中


藪の中に大きな墳丘、石室前部は崩壊埋没


上の方で開口、本来なら立ったまま入れる程の高さですが


開口部から内部、羨道後部は良好に残る


羨道でも立ったまま入れる


大型玄室、左側壁は巨石だが右はそれ程でもない


〃縦位置


天井石は巨石3枚


奥から外、大分左に傾いている


〃縦位置、右片袖だがあまりはっきりしない


羨道奥から


2号
水路脇にあった、高まりもあるし古墳でしょうか


石材らしきものも見えます


3号
位置:35°02′11″N 134°45′25″E
猿田彦神社入り口


社殿脇に石室露出、古墳の案内表示は無し


上部を失った石室、右側壁も大分乱れている


鏡石を据えた奥壁


(見学記)
山王1号
市川町澤、神河町から県道404号を南下すると神河町と市川町の境界標識があります。まさしくその場所に古墳があります。広い駐車スペースもありサービス満点な古墳(笑)。墳丘は竹藪になって分かりにくいですが大きな墳丘が残っています。南側に開口する石室は羨道前部が崩壊するも他は良好です。巨石を使った玄室、奥壁は巨石2段積み、玄門は右片袖かな。ここも全体が道路側に傾いている、巨石だけにちょっと怖い。両町境界と書きましたが正確には古墳は市川町ですが道路は神河町です、どうでもいいけど。町史跡。

山王3号
1号南側400mに猿田彦神社があります。社殿脇に上部を失った石室露出、前部も壊失しているようです。石材も1号よりは小型です。

実は3号の位置がよくわからず探していたら1,3号の中間辺りで水路沿いに墳丘らしきものがありました。水路自体も墳丘を避けて曲がっているようにも見えるし墳丘上には石材も見えているような、ただ水路が大きくとても超えられる状態ではないので確認はできませんでした。
[ 2020年03月19日 18:51 ] カテゴリ:兵庫県 | TB(-) | CM(0)

城山古墳群

兵庫県神河町(旧大河内町)2018年3月訪問

4基

まるでお城のような石垣を持つお寺背後に立地


地形図(説明板より)


(下から見学順)
4号
16×10m、6C後半
各古墳に表示板が立っている


天井が開口


横から、入って入れないこともない


奥に見えているのが玄門辺り


下に隙間があるのでこれは奥壁ではなくまぐさ石


これが奥壁


3号
低い墳丘


天井石露出、手前のは動かされている


石室内部は埋没


2号
これも低い墳丘


上部を失った石室露出


奥壁は4号と変わらず


細長い石室


墳丘背後から


1号
13×8m,H4、7C前半
位置:35°03′58″N 134°44′30″E
一番上に位置する


説明板の地形図を見ると長円のような


石室正面


開口部、羨道前部は壊失


細長い石室、下がやや埋まる


奥はそれ程埋まっていない


奥壁は2段積み、他とだいぶ違う


奥から外、無袖かな


(見学記)
神河町寺前、西明寺裏山の丘陵斜面にある4基からなる古墳群でどれも石室が見られますが完存は1号だけです。寺西側林の中に入る辺りに説明板があります。そこから石仏を巡る山道沿いに古墳があります。最初が4号、天井部を失った石室露出、6C後半です。西側に接するように3号、天井石露出石室埋没。更に少し登ると2号、天井を失った石室で残存具合も2号より悪い。更に登ると1号、円墳ではなくはっきり長円墳と分かり13×8m、7C前半群中最後に造られたそうです。南南東に開口する無袖式石室は全長8.4m程、それ程巨石ではないですが奥壁2段積み、奥から外を見ると入口付近が右に曲がっているように見えます。寺の前は道路が広く駐車可。町史跡。
[ 2020年03月12日 08:00 ] カテゴリ:兵庫県 | TB(-) | CM(0)

築ヶ鼻古墳群

兵庫県多可町(旧中町)2018年3月訪問

10基程

1号
斜面一番下にある、如何にも盗掘されたような姿


石材露出、側壁のようで細長い石室


背後から見ると墳丘は割と残る


2号
1号隣、状態は悪い


3号
R15程、TL9.5//,1.5,2m/
位置:35°04′48″N 134°53′52″E
1号上方、斜面をカットした墳丘、ここの見どころはほぼこれだけ


斜面下方側に開口


石室正面、既に傾いているのが分かる


開口部から見た石室内部、幅の割に背が高い


ストロボ無しで撮影、内部は明るい、右側壁は傾き左側壁は孕んできているのが分かる


縦位置、天井が狭い


奥壁は側壁と変わらない小型石材、下部に平石を積んでいる、普通とは逆


奥から外、無袖式


〃縦位置


墳丘背後から


4号
3号すぐ上、かなり急斜面に立地


頂部に石材露出も石室の様子は分からず


5号
更に上、低い墳丘


6号
更に上、同様の墳丘


石材露出、側壁のようです


上から、斜面に平行に開口しているようだ


7号
3-6号の列から東側に低い墳丘


8号
下方に僅かな高まり(7,8は番号が違っているかもしれない)


他1
9,10号は見つからず、と言うより少し離れたこれが9号かと思ってしまった


他2
近くにもう1基


(見学記)
多可町中区門前、杉原川左岸、丘陵麓から斜面にかけて分布する10基からなる古墳群ですが実質3号だけです。国道427号が川にかかる橋月が花橋東詰から川沿いの道を500m程行くと水利施設があり獣避け柵を越えると左側斜面に墳丘が見えています。これが3号で墳丘石室とも良好、細長い幅の割にやや背が高く天井は狭い。側壁も奥壁も小型石材乱石積み、全体が左に傾いているようです。この上に4-6号、斜面をカットした墳丘、6号で石室石材らしいのが見られます。下に1,2号、1号は石材僅かに露出、2号は半分以上削られています。他に7-10号がありますが高まり程度です。橋の袂から車で入って行けてグランドゴルフ場(もうやってないかな)辺りに駐車可。道が狭くて私は入っていけなかったので橋の辺りから歩いていったけど。
ナビで案内させたら対岸の川沿いの狭い道に案内させられた。確かにこの場所が一番近いかもしれないけど人が歩く橋さえないぞ。しかも対岸の丘陵は急傾斜でこんな場所に古墳があるとも思えず場所を間違えたかと思った。他にも最も近い場所だけど古墳は崖の上とかあるので古墳直接の場所より入口を案内させた方がよさそうです。
[ 2020年03月05日 14:20 ] カテゴリ:多可町 | TB(-) | CM(0)

迫間古墳群

兵庫県朝来市(旧山東町)2018年3月訪問

横穴石室を主体部とする群集墳、確認だけで35基
(古墳番号はHP「大和國古墓取調室」に従う)

1号双室墳南群(クリックでジャンプ)

【北群】
南群から見た北群、中央の家が某宗教法人施設、背後から左側一帯に分布


(原則東から西、見学順にアップ)
(東端一帯は後からもう一度見学したので番号がやや乱れている)

その1
背後から見た墳丘


石室後部と天井石1枚残る


小型石材の奥壁、コーナー上部は丸みを帯びている


その2(仮19号)
墳頂部に破壊石室露出


これは石室とわかりやすい


一応奥壁上部が見えている


その4
はっきりした墳丘


最後部の天井石


奥壁上部が見えていた


その5
急斜面に立地


天井石露出、動かされているかも


その6
盗掘で上部が窪んだ墳丘


その7
この辺りでははっきりした墳丘、右の石材は石室材のようだ


盗掘で石室破壊


その28
これも急斜面に立地


この辺りにしては石室が残っている方


奥壁


上から、細長い石室


その29
墳丘上から


その30
取り敢えず撮ってみる墳丘


天井石露出


その31
これも割と残る墳丘


天井石露出も乱れている


隙間があるので覗いてみる


その32
これは斜面下の方、背後に見えているのが多分その8


天井石露出、小型で細長い石室のようだ


その8(6号)
この辺りからはっきりした墳丘&石室が続く


墳丘背後から、石材は外護列石それとも地山の石


下方、南向きに開口


開口部正面、羨道前部は破壊


開口部から見た石室内部


玄室縦位置


奥壁、その1よりは大きくなっているがまだ巨石と言う程ではない


奥から外、両袖式


〃縦位置


その9
盗掘で上部が窪む


僅かに石材露出


その10(7号)
良好に残る墳丘、石材は関係あるかどうか微妙


墳丘上方から


狭い開口部、入るに問題なし、正面から墳丘撮るの忘れた


開口部から覗いた石室内部


側壁は若干持ち送り


奥壁石材は側壁と変わらず


奥から外、僅かな幅の両袖式、左に歪んでいるようだ


縦位置、床面の石材はなんでしょう


その11
墳丘は残るが上部が平らになっている


やはり盗掘で上部が窪んでいる


その12(8号)
上部が平でいかにも盗掘を受けていそう


_1と反対側から


正面側


上部が窪み石材露出


石室後部が残っていました


右側壁


左側壁


その13(9号)
乱れた墳丘


正面から、大分掘られて開口


内部はかなり埋没、奥壁が抜けトンネル状態


奥壁側開口部


その14
緩やかな高まり、やはり上部が窪む


その15(10号)
斜面をカット盛り土して作られた墳丘


南側に開口、腹這いで入る必要がある


開口部から見た石室内部


玄室完存、やや背が高い


奥壁下部に三角形の鏡石、他はそれ程石材は大きくない


奥から外、幅の狭い両袖式


〃縦位置、左側の石材はなんでしょう、石棺があったのか


その16(11号)
その11下方、同様の墳丘


南側に大きく開口、前部は破壊されているようだ


玄室完存、石材が大きくなっている、持ち送りもない


奥壁は1枚石、1枚だったのはこれだけ


〃縦位置、天井石も巨石、2枚かな


奥から外、両袖式、右袖は僅か


〃縦位置


その17(3号)
いかにも墳丘を思わせる笹薮


南側に開口、屈めば入れる


羨道後部と玄室


玄室完存、石材が大きくなり持ち送りがある


鏡石らしい三角形の巨石


持ち送りがあるので天井幅がやや狭くなる


奥から外、両袖式、両袖は1本の立柱石


ここにも謎の石片


その18(1号)
位置:35°17′17″N 134°51′28″E
宗教法人敷地内に大きな墳丘、周りは現代の石垣


開口部正面、右は羨道石材のようだ


玄室完存、持ち送りのない側壁、奥壁は下部が埋まっているが巨石のようだ


〃縦位置、天井石は巨石


奥から外、両袖式、まぐさ石が巨石


〃縦位置


その19(2号)
同じく宗教法人内に良好な墳丘


開口部正面、大分埋まっている


玄室完存、持ち送りは殆どない


奥壁は巨石2段積み


奥から外、両袖式、左右の袖石の大きさが違う


県道から見た墳丘


その20(12号)
斜め後方から見た墳丘


南側に開口、石室前部破壊


奥壁鏡石は三角形の巨石、持ち送りのない側壁、測量した跡がある


奥から外、無袖式のようです


その21
墳丘は良好に残るが


石室埋没


その22(13号?)
枯れ草に覆われた墳丘、この辺りは調査が行われたようで林を伐採、でもその後放置されすっかりこんな状態です


南向き開口のが殆の中でこれは西向きに開口


石室は意外と良好に残る


基部にやや大きな石材を据える


奥から外、無袖のようです


その23
これも枯れ草に包まれた墳丘


内部は埋没、奥壁が何とか見えている


その24(14号)
双室墳
位置:35°17′16″N 134°51′22″E
県道に案内板あり、古墳は後方藪辺り、これだけで見つけるのは難しそう


県道から見た様子


石室を2基持つ双室墳、でも草茫々で双室の様子が台無し


東石室開口部


やや幅の狭い石室


側壁ははぼ垂直


〃縦位置


手前の石材はなんでしょう、石棺?


奥壁は巨石ではないが鏡石+平石


奥から外、左片袖式


〃縦位置


西石室開口部


石室内部、東石室と大分イメージが異なる


奥から外、入り口が埋まっている


奥から天井、まぐさ石が一段下がり、左袖石が見えているようだ


その26
獣避けフェンスの向こうに丸い墳丘


南向きに開口、前は藪で正面撮れず


石室良好、石材がやや大きい


〃縦位置


砲弾型の鏡石がなんとも格好いい


奥から外、僅かに右袖式でしょうか


その27(仮29号)
枯れ藪を抜けた林の中に背の低い墳丘、この辺りが群西端のようです


隙間開口


石室自体は良好、さすがに入れず


奥壁は3段積み、このタイプのもこれだけか



南群
16号
位置:35°17′13″N 134°51′37″E
県道から見た墳丘、もう古墳だとすぐ分かる


北群から望遠で撮影、天井石露出、背景の木立の中に17号


東向きに開口だが埋没


僅かに隙間があります


内部は半ば埋まっているが奥壁上部が見えている


奥壁側にも隙間


奥から内部、玄門部は埋まっている


17号
位置:35°17′13″N 134°51′41″E
16号東側、墳丘が半分程度見えている


笹薮の中に石材露出、ここから入ると石室に至る


羨道は後部が残る


持ち送りのある背の高い玄室


〃縦位置


奥から外、両袖式、左袖は1本の立柱石


〃縦位置、天井は2枚かな


18号
18号側、上部はすっかり削平、古墳らしさは全く無い


仮31号
高まりが残る


巨石露出、左が天井石かな


(見学記)
朝来市山東町迫間、峠一帯に分布する古墳群です。県道277号を境に北群と南軍に分かれています。南群は疎らですが北群は密集状態、県道から南群16号の裸の墳丘が見えています。奥壁が露出隙間から内部が覗ける程度、東側に17号があり石室がよく残っています。南軍の見学はこの程度、北群は日之本教本部から西側山裾一帯に分布、宗教施設内だったり(人は全く見かけませんでしたが)獣避け柵があったりして見学はちと面倒です。個々の古墳は省略しますが西側に双室墳がありどちらの石室もよく残っています。この辺りは調査されたらしく林が伐採され裸地の状態、ススキの枯れ草が生い茂り折角の双室墳が無残な状態です。ここを見学後県道に双室古墳の案内板があることに気がついた。その先には説明板もあり県道から墳丘も見えていますが果たして双室墳と気づくかどうか。間は藪でこれだけで双室墳にたどり着くのは難しそうです。峠の十字路に駐車スペースあり。
[ 2020年02月27日 18:37 ] カテゴリ:兵庫県 | TB(-) | CM(0)

久田和古墳群

兵庫県朝来市(旧和田山町)2018年3月訪問

2基

1号
横穴式石室
位置:35°20′34″N 134°53′31″E
水田段差部分に2基、右1号、左2号


藪に包まれた墳丘、説明板は文字が消えている、手前が奥壁側だが抜かれている


藪をかきわけ石室内に入ると内部は割と良好、やや埋まるが玄門が良好に残る


羨道の奥に見えているのは閉塞石でしょうか


すっかり抜かれた奥壁


巨石天井、平面に仕上げられている


南側側壁、こちらはまだしっかりしている


北側側壁はこれでよく崩れないな、な状態


2号
藪に包まれている、封土は残っていそう


(見学記)
朝来市和田山町久田和、2基からなる古墳群で田圃の中に残っています。南側のが1号、現地で見てみると藪に包まれてこりゃ駄目だと思いましたが近づいてみるとすっかり露出した石室が意外と残っている、奥壁が倒れて開口、意を決して突入してみると奥壁以外は意外と良好に残っていました。玄門は両袖式、羨道は殆ど埋まっていますが入口辺りまで残っているようです。天井は巨石2枚で構成されています。藪を刈り払えばさぞかし見事な石室なんでしょうけどね。隣の2号は墳丘残るが石室は露出してないかな。1号が市史跡。
[ 2020年01月23日 17:39 ] カテゴリ:朝来市 | TB(-) | CM(0)

白井塚本古墳群

兵庫県朝来市(旧和田山町)2018年3月訪問

現存3基
位置:35°20′47″N 134°54′17″E

畑の中に3基残存、どれも状態はわるい


その1
高さ2m程度の小さな墳丘


北側から、石材が一部露出


その2
藪に包まれた墳丘


その3
もう芯しか残っていない状態、石室材が露出している


手前の石材も石室石材のようだ


(見学記)
朝来市和田山町白井、畑の中に3基の古墳が残っています。どれも状態が悪く東側の1基はリンゴの芯状態です。どれも石材が見えていて横穴石室のようです。北側のは割と背が高く石室が比較的残っているかもしれない。
[ 2020年01月23日 17:39 ] カテゴリ:朝来市 | TB(-) | CM(0)

岡田古墳群

兵庫県朝来市(旧和田山町)2018年3月訪問

現状前方後円墳2,円墳3
(いつものアイウエオ順ではなく見学順)

小丸山古墳(小盛山古墳)
前方後円墳、TL59,R30,RH6.6,FW21,FH4.8
位置:35°20′54″N 134°52′08″E
小さな独立丘陵を目一杯使って構築、丘陵周囲は削られているが墳丘そのものは完存


西側から登っていけます


前方部から後円部、谷の交差点のような場所に立地


後円部から前方部


小丸山古墳から古墳群を望む、矢印左から長塚、冑塚、岡田1号、岡田2号


長塚拡大、多少前方後円墳らしく見える


県道脇に岡田2号、左竹林辺りが1号でしょうか


長塚古墳
前方後円墳、TL70,R40,RH7,FW40,RH9
位置:35°20′58″N 134°52′21″E
近寄ってみると2基の墳丘にしか見えない、前方後円墳のくびれ部辺りが大きく削平


後円部は比較的残る


前方部は大きく削られる


後円部上から見た前方部


冑塚古墳
径50mくらいの大型円墳


上が墓地で平らになっている、元々なのか墓地で削られたのか


岡田1号
これ全体が墳丘なのかそれとも自然地形の一部を利用しているのか


岡田2号
冑塚辺りから見た2号


県道で少し削られているが溝は曲がっている


(見学記)
朝来市和田山町弥生が丘、岡田、現存前方後円墳2、円墳3基からなる古墳群です。県道273、274号が交わる交差点西側に独立丘稜がありその頂部を目一杯利用して作られたのが小丸山古墳で全長60mの前方後円墳です。墳丘は裸の状態で観察容易ですが元々の形なのか修復したのか、と思うくらいよく残っています。独立丘陵と書きましたが西側が住宅開発されているので結果的に独立丘陵になった可能せいもあるかな。ここに登ると他の古墳もよく見えます。車で廻っていくには近すぎるので歩いていきました。北東にあるのが前方後円墳の長塚古墳、全長30m程ですがくびれ部が切断され2基の円墳のようになっています。東100mの所にあるのが円墳の冑塚古墳、大きな背の高い墳丘が残っていますが頂部が墓地になっています。ここから県道の方に行くと長塚冑塚の案内板がありました。そこを更に降りていくと県道手前に岡田1号がありますがこれは知ってないと古墳とは分かりづらい。県道脇に岡田2号がありいかにも残された古墳といった趣、県道で少し削られています。小丸山古墳が県史跡。
[ 2020年01月16日 18:54 ] カテゴリ:朝来市 | TB(-) | CM(0)

寺谷古墳

兵庫県朝来市(旧和田山町)2018年3月訪問

横穴式石室
位置:35°20′37″N 134°51′06″E
丘陵麓近くの緩斜面に立地、墳丘はかなり荒れている


上側から


石室露出、これは奥壁側


こちらが入口側


羨道はかなり埋まる


天井石が一段下がっていますがここが玄門でしょうか


玄室はそれ程埋まっておらずなんとか入れる


この状態でよく奥壁がずり落ちなかったものです


奥から外、右に多少袖があるかな


奥壁の隙間からでもこの程度撮れる


(見学記)
朝来市和田山町寺谷、寺谷公民館北東、山の中腹にある古い墓地の中にあります。かなり荒れ果てた墳丘で三角形をした奥壁が完全露出しています。反対側に行くと谷に向かう急斜面、羨道入口が開口していますが土砂が流入してかなり狭く無理して入れないこともないですが奥壁も何とか見えているし奥壁隙間から玄門も見えているので外からの撮影だけにすましました。内部の状況はよさそうです。公民館に車を停めさせてもらいました。
[ 2020年01月09日 18:54 ] カテゴリ:朝来市 | TB(-) | CM(0)

春日古墳

兵庫県朝来市(旧和田山町)2018年3月訪問

横穴式石室
位置:35°21′33″N 134°50′29″E
林の中に背の高い墳丘が残る、捜索に手間取ったのでこれを見つけた時はホッ


東向きに石室開口


石室正面、羨道天井石からして巨石、手前の石が羨門辺りでしょうか


羨道もよく残っている


まぐさ石が一段下がった玄門


巨石を使った玄室、持ち送りは殆どない


基本2段積みの奥壁、上下の形のせいで捻れて見える


玄室縦位置


奥から外、左片袖式


〃縦位置、天井石は2枚


羨道奥から


おまけ、捜索中に見つけた古墳
位置:35°21′39″N 134°50′45″E
資料館北側、丘陵裾の斜面を整形して構築、さすがにこれをとは思わなかった


そこそこの規模の横穴石室ですが完全埋没


(見学記)
朝来市和田山町林垣、資料館西方500m辺りに瑞泉寺がありその東側林の中にあります。背の高い墳丘が良好に残っていて東向きに開口、入口には羨道天井石巨石が露出、悠々と入れる規模です。巨石で作られた玄室は完存、側壁は略垂直に立ち上がり新しさを感じさせます。奥壁は巨石2段、その間に薄い平石をサンドイッチ、最上部にも平石があります。玄門は柱状袖石を立てた両袖式。
実はこの古墳、資料館裏山にあるということですぐ見つかるだろうと思って探してみました。資料館から背後の山に入るとすぐ石室墳が見つかったが石室は完全埋没、明らかにこれではない。周辺を探すも見つからず。人には出会わないし月曜日で資料館も休み。その内地区案内板を見てここは寺内、林垣はもっと西方にあることに気がつく(この時点で何故か春日古墳を林垣古墳と勘違いしている(汗))。寺の方に移動して一人二人聞いてみたが誰も知らない、寺北側で墳丘があるがこれも違う、東側林に行ってやっと見つけてホッ。結局2時間かかりましたがそれだけの価値はある古墳でした。道が割と広く車を止める場所があったから何とか探し続けたけど狭かったら諦めていたかもね。
[ 2020年01月09日 18:53 ] カテゴリ:朝来市 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

平家蟹

Author:平家蟹
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