小林古墳

岡山県矢掛町 2013年4月訪問

横穴式石室、全長8.2m、玄室長5.5,幅2.1,高2m
位置:34°38′23″N 133°35′03″E

尾根先端に構築、墳丘は殆ど流失


開口部正面、石室の状態は良い


開口部から内部、短い羨道、玄門でまぐさ石が一段下がる、右側だけ柱状袖石


良好に残る長い玄室、側壁若干持ち送り


長三角形の見事な奥壁、殆どこれが見たいが為に来たようなものだ、左側は小型石材を詰めて奥壁となっているが右側は側壁が湾曲してそのまま鏡石に接続している


奥から外、僅かな幅の両袖式


〃(縦位置)


見学記
矢掛町小林、井出の手古墳群の川を挟んだ西側尾根上にある古墳です。道はないけどHP「古墳奮闘」で魅力的な三角形の奥壁を見ると行かざるを得ないよね。痕跡道もなく取り敢えず急斜面を登っていく。尾根先端平坦面にあるそうだが尾根上は見通しが悪くコースによってはうっかり通り過ぎる可能性もあるから注意、私の場合も通り過ぎかけて脇に石材が見えたのでそちらに行ってみたらそれが石室でした。墳丘は殆ど流失して天井石が露出、石室は完存で無袖式のようですが羨道天井石が少し低くなり玄室はやや胴張りです。目的の三角形の奥壁は見事の一言、三角形ですから側壁とは隙間が出来るわけですが左は普通に小石を詰めていますが右側は側壁を微妙に曲げて奥壁の右辺に合わせています。両側ともそうすれば更に見事だったろうになんで片側だけなんでしょうね。これを見ただけでも来たかいがありました。こうやって書くと簡単に見つけたようですが実は尾根を間違えて南側の尾根に登っているんですよね、それもご丁寧にコースを変えて2度も(汗)。古墳のある尾根より更に急斜面と言うより殆ど崖で普通なら登らないけどかまどねこさんならこんなとこも登るだろうと思ってつい登ってしまった。私だけでなくやはり間違えたのが二人いるそうだ。これから行く人はしっかり確認してから登りましょう。ちなみに読みは”おばやし”です。
[ 2014年04月03日 07:48 ] カテゴリ:矢掛町 | TB(-) | CM(0)

僧都奥古墳群(仮称)

岡山県矢掛町 2013年4月訪問

2基

1号
横穴式石室、現存長4.5,幅1.4,高1.4m
位置:34°37′45″N 133°34′39″E

墳丘は良好に残る


隙間開口


石室は割と良好


縦長の奥壁、数個の石を1枚石のように見せている


2号
横穴式石室、現存長4.7,幅1.9,高1.2m

1号すぐ上にある墳丘


頂部が大きく抉られ石室開口


隙間開口だが入って入れないことはない


やや埋まり気味の石室


奥壁らしい台形の石


(見学記)
矢掛町小林、09年に訪問した僧都古墳(仮)の更に北側にある2基からなる古墳群です。土手の上の道を行き着くとこまで行くと山側に墓地と古い小屋のような神社があります。その手前で右側林の中に入る道があり奥にまた墓地、更に林の中に入っていくと上下に2基の古墳が並んでいます。どちらも墳丘は割と残っていて下側のが1号、開口部は狭く内部もかなり埋まっています。すぐ上に2号、墳頂部が盗掘され石室開口、こちらも狭く内部は大分埋まっていますが入って入れないことはありません。ただ無袖式で奥壁が見えているとあまり入る気になれませんね(この前の小林古墳でエネルギーを使い果たし入らなかったよ)。土手上に駐車可。そこにヤマハコベの群生があった、なんでこんな場所に、な場所でした。
[ 2014年04月03日 07:48 ] カテゴリ:矢掛町 | TB(-) | CM(0)

ダン神様古墳

岡山県矢掛町 2012年3月訪問

横穴式石室
位置:34°35′49″N 133°33′54″E

丘陵麓近くの尾根先端に構築


石室完全露出、前部破壊


天井石がすこぶる巨石でも大分ずれている


側壁や奥壁も巨石なんだけど天井石と比べると小さく感じる


玄室奥をお宮として利用


こちらの側壁はさすがに後世の物だろうな


側面から


玄門袖石でしょうか、天井石も一部平面に仕上げられているけど文章でも彫られていたのかな


(2012年)
矢掛町浅海、高柳公民館南東100m丘陵裾に短く突き出た尾根先端上に構築されています。墳丘はすっかり流失して石室露出、巨石を使った石室ですがかなり崩れかけている残念、巨石の割に側壁が薄く封土が流失して天井石の重量を支えきれなくなったのでしょうか。奥壁前に祠が三つ並んでいてその横側の石材は小さく後世の物のようです。下の道路が広く駐車に問題なし。
[ 2014年03月29日 07:40 ] カテゴリ:矢掛町 | TB(-) | CM(0)

熊古墳群

岡山県矢掛町 2012年3月訪問

2基

1号
横穴式石室

墳丘は比較的残る、上のお墓については案内表示がある


僅かに天井石露出するのみ、内部埋没


2号
横穴式石室
位置:34°35′39″N 133°33′54″E

尾根先端にある墳丘、ここまで細い道がある


巨大な天井席露出、1枚は前の斜面に落下


開口部正面


内部は多少埋まるもよく残る


奥壁は下が埋まっているが2段積みかな


奥から外


(2012年)
矢掛町小田、小田小学校西側丘陵にある2基からなる古墳群です。熊林田公会堂辺りから小田政清夫妻の墓の案内表示があるのでそれに従って行く。尾根先端にある墓地を通り抜けるとはっきりした墳丘があってこれが1号、上に夫妻の墓が建っていて側に石材が露出している。更に山道を登ると2号の案内板があるのでそこを曲がって50m程行くと尾根先端に墳丘がある、これが2号。南東に開口していて先端の天井石が落下しかけているが幅の広い開口部が口を開けている。やや埋まっているが内部は良好、奥壁は2段積みでしょうか。右片袖式だが明瞭な袖部はなくやや不細工な感じです。当時使っていた地形図を見ると印が付いているので初心者の頃1号は来ているようだが2号は探せなかったのかな。案内表示がなかったのは確かだし、と言い訳しておこ。当時はフィルムなのであの1号程度では写真に撮ってなかったようだ。公民館に駐車可。
[ 2014年03月28日 08:00 ] カテゴリ:矢掛町 | TB(-) | CM(0)

毎戸古墳群

岡山県矢掛町 1988年4月訪問 92年4月12年3月再訪

4基

1号
円墳、R30、中期
位置:34°36′19″N 133°32′57″E

遠望


2号(毎戸荒神塚古墳)
位置:34°36′31″N 133°33′18″E

石室正面、神社境内に露出


石室内部


4号
玄室長5.6,幅2m
位置:34°36′33″N 133°33′23″E

石室正面


玄室


奥から外


2012年

2号
神社前に石室露出


20年前となんら変わりなし、当然だけど


内部も相変わらず粗大ごみ散乱


奥壁は下が埋まるも1枚石だろうな


奥から外、改めて見ると側壁も上に積み重ねがないな


露出した天井石後部


墓地の中にある、20年前はどうだったかな、林の中だと思ったけどな


開口部に枯れ枝が積まれ中に入れず


露出した天井石


隙間から見た奥壁


入口側はかなり埋まる


(見学記)
(1992年)
鳶山南側麓近くに分布する古墳群です。1号はR486北側低い尾根の先端に位置する中期の古墳,主体部不明。2号は荒神社の鳥居脇に石室が露出。羨道はなく玄室のみ,壁の部分は石材がカットされ面が揃えられている。天井石も大型の扁平な石が使われている。入室可,でも中は物置状態。4号は更に東側,墓地脇の林の中に石室天井石が露出,石室も2号よりやや粗雑な感じ。内部は半ば土砂で埋まっているが入室可,芋の貯蔵穴が掘られている。なんちゅう利用法じゃ(-。-;)。3号は不明。

(2012年)
3号を探すべく再訪、2号は相変わらずで中にゴミというか道具が入ってます。4号は当時は確か林の中だと思ったけど現在は墓地の中になっていて暫く探してしまった。入り口に枯れ枝が積まれ中に入れなくなっていた。3号は神社から直登してみたが途中で藪がひどくなって断念、やはり急がば回れかな。1号も古墳側まで行くつもりだったが3号の後ですっかり忘れてた。
[ 2014年03月27日 08:10 ] カテゴリ:矢掛町 | TB(-) | CM(0)

泉川原古墳群

岡山県矢掛町 2012年3月訪問、2013年4月再訪

3基

1号
横穴式石室、玄室長4.6,幅1.1,高1.1m(現状)
位置:34°37′38″N 133°33′40″E

下から見た墳丘、側壁露出、右側赤いテープの木辺りが開口部


開口部


石室内は状態良い


平面に仕上げた2段積み奥壁


奥から外、右側側壁がやや乱れているかも


2号
横穴式石室、玄室長4.5,幅1.5,高1.8m(現状)
位置:34°37′47″N 133°33′27″E

丘陵中腹にある墳丘


石室開口部、ほぼ残っているかな


石室正面、急傾斜なのであまり下がれない


良好に残る石室、側壁も全く持ち送り無し


巨石1枚石の奥壁


奥から外、多分無袖


3号
横穴式石室、玄室長4.1,幅1.2,高1.3m(現状)
位置:34°37′47″N 133°33′27″E

1号東側、1号と同様丘陵麓に立地


開口部上から、板状の天井石が落ちている


石室内部、奥の方は埋没


奥から外、右側(下方)に傾いているかな


(見学記)
(2012年)
矢掛町宇内、丘陵麓辺りにある古墳群ですが前を川が流れているので直接には行けません。上流側(西側)に木造の橋があるのでそこを渡って丘陵裾を流れる水路沿い(水は流れていない)を東に行く。途中神社があり更に先水路に懸かる石橋を渡ると1号があります。墳丘は殆ど分からず東南に開口、4mくらい残存奥壁は2段積みです。2基からなる古墳群ですが3基はあるみたい、でも他は分からず。木橋辺りに駐車スペースあり。

(2013年)
他の2基も発見されたので再訪してみました。川に架かる橋の少し上流に堰がありそこを渡って麓の畑の奥に山道があります。トタン板で通せんぼされていますが問題なし。登っていくと山道脇に墳丘があります。南側に石室開口、巨石石室で奥壁は長方形の鏡石1枚、左右の側壁も大型石材で持ち送りがありません。多分無袖式で最前部の天井石が一段下がっています。かまどねこさんが苦労して見つけましたが見つけてみるとここを訪問するのが一番楽かな(3号はその前に訪問)、地元の人も当然知っていて塚を見に来たの、と聞かれてしまった。橋に戻って川沿いにある側溝沿いに東に行くと稲荷神社があります。ここから西に痕跡道をたどって50m程行くと3号があります。墳丘はなんとか残っていて南側に開口、でも崩壊して開口しているような。小型の石室で中に入っても奥の方が狭まっている。ただこちらが本来の入り口だとすると北向きになるし地形的にも不自然、やはり南側が本来の開口部かな。2号があれば当然これが3号ですが、公式にはこの古墳群は2基となっているので仮3号となっています。橋のやや下流側県道沿いに駐車スペースあり。
[ 2014年03月20日 08:00 ] カテゴリ:矢掛町 | TB(-) | CM(0)

岡本谷古墳群

岡山県矢掛町 2012年3月訪問

3基

1号
横穴式石室
位置:34°38′13″N 133°34′25″E

果樹園西端、かなり急傾斜地に立地


墳丘、石室正面


開口部、羨道は壊失、天井石は平らに加工されているもよう


玄室は良好、左側壁がやや孕む


縦長の石を2枚並べた風変わりな奥壁


奥から外、無袖かな、まぐさ石が一段下がる


3号
横穴式石室

果樹園の中に残る、墳丘殆ど流失


段差部分に開口とよくあるパターン


玄室奥辺りしか残っていない、小型ながら鏡石らしい三角形


(見学記)
矢掛町小林、大通寺北側の果樹園内にある古墳群です。果樹園下に行くと西端に1号、東側石垣に3号が開口しているのがすぐ分かります。1号は急斜面に立地しているが墳丘は割と残っていて南側に石室開口、持ち送りのない側壁で奥壁は縦長の石材を2枚左右に並べた少し変わった配置です。3号は奥壁辺りが残っているだけだけどおむすび型というか三角形の奥壁が印象的です。こういう所によくあるゴミというか物置状態になっているのが残念。2号はよく分からず。寺庭園が県の名勝になっているようで広い駐車場有り。
[ 2014年03月14日 07:30 ] カテゴリ:矢掛町 | TB(-) | CM(0)

井手の手古墳群

岡山県矢掛町 2008年3月訪問、12年3月再訪

2基

1号
横穴式石室
位置:34°38′18″N 133°35′18″E

丘陵料斜面に構築、低い墳丘しか残っていない、開口部はかなり埋まっている


多少埋まるも内部は良好に残る


玄室中程、左側壁が一部崩れている


奥壁は基部に巨石を据え上に平石を重ねる


奥から外、無袖かな、天井が一弾下がっている


おまけ:墳丘上にある祠、屋根はゴムシート


2号
横穴式石室
位置:34°38′19″N 133°35′15″E

天井石が外され状態の悪い石室


内部は殆ど埋没


一枚石の奥壁、表面が平らに加工されている


(見学記)
(2008年)
矢掛町井出の手、県道35号脇に荒神社がありその南側の民家脇の細い道を入ると小さな墓地があり背後の急斜面を10m程登った平坦面にあります。墳丘流失石室露出天井石は奥の1枚のみ残存1枚は玄室に落下他は失われて石室内部も殆ど埋まっていますが1枚石の奥壁が残存表面が平面に仕上げられていて立派というかこれだけ浮き上がっている感じです。神社側の県道に駐車スペース有り。

(2012年)
矢掛町小林、2号から大分離れている1号を訪問。県道35号沿いにある荒神社から登っていく舗装路が途切れる辺りに右に曲がる未舗装の道がある(この辺りに駐車可)。そこを行って尾根筋を廻った辺りに山側に登る微かな山道がある。山道はすぐ消えるが開けた場所があるのでそこを通り抜け(茨が多い)最後は強行突破すると墳丘上にたどり着く。平坦になっていて朽ちかけそうな祠がある。西向きに開口入り口はやや埋まり狭いが入るのに問題なし。無袖式かな持ち送りのあまりない側壁で奥壁は巨石を据え平石を重ねている。開口部からは下の谷中平野がよく見えている。当時の支配地域だったんでしょうか。
[ 2014年03月13日 07:46 ] カテゴリ:矢掛町 | TB(-) | CM(0)

池尻古墳群

岡山県矢掛町 1990年3月訪問、12年3月再訪

円墳6基

(1990年)

1号
円墳、R11,H3.5
横穴式石室、全長6.5m
位置:34°35′43″N 133°35′56″E

墳丘、石室正面、良好なのはこれくらい


玄室


4号
横穴式石室、全長4.8m

開口部


奥壁


5号
横穴式石室、全長3.7m

奥壁辺り、天井部壊失


6号
横穴式石室

露出した天井石、内部は殆ど埋没


(2012年)

1号
墳丘横から


石室正面、大きな開口部


良好に残る玄室、他と比べて圧倒的に大きい


〃(縦位置)


奥壁は2段積み+平石、1段目上部が尖るから2段目との間に調整の詰石


奥から外、無袖かな


〃(縦位置)


2号
山道下に開口、意外と見逃されていた


小型の石室残存


奥から外、多分前部は壊失


3号
こちらも山道下に開口、石室は手前まであるが上部壊失


玄室後部残存


奥壁?、それにしては緩すぎるな


4号
山道上斜面に低い墳丘が残る


開口部正面、前部は壊失しているようだ


玄室後部残存


三段積み奥壁、幅が足らず左側にも詰石


(見学記)
(1990年)
山の東側麓の緩斜面,雷師宮神社南方に円墳6基が密集して分布しているがまともなのは1号墳のみ。1号は墳丘,石室(無袖式)とも良好,玄室両側の壁がやや内側に傾斜しています。奥壁2枚,入室容易。2号墳は天井石が露出,入室困難。4号墳は玄室のみ残存,入室可。5号墳は天井石が無くなり玄室露出、6号墳は天井石露出内部埋没、他は不明。
(追記)4,5,6号の番号名は当時分からず遥か後年判明。

(2012年)
こちらも序でに再訪、こちらも22年ぶりなので場所がよく分からず。南側の雷師神社の更に南側の神社辺り、行ってみると1号はすぐ分かりました。以前の印象はもっと大きくとんがった墳丘だったけど実際に見てみるとそれ程でもなかった。記憶の中でだんだん美化されているみたいです。それはともかくこれ程の石室なのに当時はフィルムのせいかあまり撮ってないな。反動でバチバチ撮影。林道を少し上ると下側に2,3号が並んでいます。共に石室露出前部が破壊されています。それでも2号は2,3m残りほぼ1枚石の奥壁が残存していますが3号は奥壁が崩れ欠けています。更に少し上ると砂防ダムの手前山側に藪の奥に墳丘のようなのが見えたので突入してみましたがそれは間違いだったけど側に4号がありました。墳丘は割と残っていて南東に開口、やはり前部は天井部を失っていますが奥が3m程残存奥壁は2段積みです。3号と4号の間に5,6号があるはずだが藪が深くて分からず。初心者の頃は今は楽勝の2,3号は見逃しているのに4,5号は見つけている。当時は藪があまり深くなかったんだろうな。
[ 2014年03月06日 07:59 ] カテゴリ:矢掛町 | TB(-) | CM(0)

橋本古墳群

岡山県矢掛町 1988年4月訪問、91年4月、12年3月再訪

15基

11号(88年)
横穴式石室、全長6.4m
位置:34°35′54″N 133°35′55″E

露出した天井石


石室内部、奥壁辺り


15号(橋本荒神塚古墳)
円墳、R20,H5
横穴式石室、全長7.1m、玄室長5.85,幅2,高2.35m
位置:34°35′57″N 133°35′48″E

お堂背後に開口(91年)


石棚のある玄室、下の支柱は当時のものかどうかは不明


奥から外


墳丘(88年)


(2012年)

1号
はっきりした墳丘が残るも石材見られず


2号
崩壊気味の天井石露出


石室も前部は埋まるが後部で隙間開口


前部の崩れ落ちている天井石


石室後部、半ば埋まるも奥まで見える、鏡石が天井まで届いている


奥の隙間から


3号
横穴式石室
位置:34°35′54″N 133°35′44″E

斜面に背の高い墳丘が残る


墳頂部に石室開口


天井石露出


15号以外では一番良好に残る玄室、奥壁は下部に大型石材を据える


奥から外、無袖かな、若干左側(斜面下側)に傾いているよう


4号
低い墳丘が残る


上部を失った石室露出


奥壁辺り


5号
石室正面から


後部で天井石残存


内部も殆ど埋まる


6号
低い墳丘に僅かに石材露出


7号
傾いた天井石露出


石室の方向が分かる程度


分厚い板状に加工された天井石


(8-10号は欠番)

11号
相変わらず藪に包まれた露出石室


東側から、藪で隙間も伺えなかった


12号(仮)
低い墳丘に直線状に石材露出


石室だろうな


この辺りが奥壁でしょうか


13号
はっきりした墳丘頂部に石室露出


上記反対側から


こちら側が入口側天井


かなり加工された天井石


上記反対側から


内部は大分埋まっているが奥壁上部が見えている、側壁奥壁が黒くなっているが天井はそうでもない


奥から外、前部は完全埋没


14号
状態の良い墳丘


上記反対側、こちらが入口側


石室前部埋没、中程で開口


内部は半ば埋まるも奥壁まで見えている


15号(橋本荒神塚古墳)
20年前と殆ど変わりない状況


開口部正面


他と比べて隔絶した規模の石室


県内では一番見やすい石棚かな


割と低い位置にある石棚


石棚上部奥壁


石棚下部、下部が曲面で左側が抜け落ちそうなので支えを置いたかなと想像


奥から外、両袖式


墳丘横から、斜面をカットした跡がよく残っている


16号(仮)
緩斜面に僅かな盛り上がり


この石組みはどうみても石室


背後から


(見学記)
(1991年)
池尻古墳群北方緩斜面の広い範囲に15基分布していますが確認できたのは2基だけ。最も北側にあるのが15号(荒神塚古墳)で荒神社背後に墳丘があり南側に石室が開口,羨道は殆ど無くなっていますが両袖式の玄室が完存,この石室の最大の特徴は奥壁に石棚があることです。奥行き1.5m程で人一人が横たわるには十分の面積があります(と言っても遺体が置かれていたという証拠があるわけではありませんが。かなり分厚くそのせいでしょうか下に石の支柱があります。入室容易。ここから南東墓地の側に11号墳の石室が露出,最初はただの岩塊かと思いましたが近寄ってみると内部に何とか石室構造が残っていました。入室困難。

(2012年)
矢掛町里山田、以前は石棚のある15号と石室の露出した11号しか見てなかったのですが(これが普通)かまどねこさんが更に多く見つけてくれたので再訪していました。20年ぶりの訪問だけど辺りの様子は殆ど変わらず。まず1号を訪問ここを起点に南側の1-7号、13,14号を探してみました(8-10号は欠番)。15号南西杉林の中低い尾根先端に1号があります。明瞭な墳丘が残っているが石室は見られず。ただ矢掛町史(旧版)では開口した石室が載っているけどね、ただ本文は奥壁が残るとなっていてよく分かりません。ここから更に南西斜面裾辺りに2-6号が集中、石室が良好なのは3号くらいで他は大分破壊されています。更に藪の中を進むと7号かな、低い墳丘に石材散乱状態です。更に南に進むとやや開けた場所に13,14号があります。上側は14号で墳丘が良好に残っています。南向きの石室は現墳丘のほぼ中央辺りに開口しているので奥はそれ程残ってないかなと思ったが意外に奥まで残っていました。ただ土砂がかなり流入し中に入ると方向転換が出来そうにないのでカメラを突っ込んで撮影。すぐ下の13号も墳丘がよく残っているが天井石露出内部もかなり埋まっています。石材の一部が黒くなっているが中で何か燃やしたんだろうか。14号上にも破壊された石室らしきものがある。15号側に駐車場有り。
[ 2014年02月27日 07:46 ] カテゴリ:矢掛町 | TB(-) | CM(0)
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