戸瀬池古墳

岡山県和気町(旧佐伯町)2011年2月訪問、14年1月再訪

横穴式石室
位置:34°50′46″N 134°04′47″E

(11年)

ため池北岸に開口、水面すれすれ微妙な位置にある


望遠で撮影、内部は良好に残っているようだ


近寄って撮ると正面が撮れない


(14年)

工事で減水した溜池


逆さ富士ならぬ逆さ石室、滅多に見られない光景


以前は石室下部まで水に使っていましたがこの時はご覧のとおり下まで見えています


堤から歩いてたどり着けます


石室正面、間近で見ると迫力あるな


2度と見られないかと思うと色んな角度から


墳丘は大分削られているが割と残っている


足元が洗われているがよく崩壊しなかったもんだ、水位が安定していたのが良かったのでしょうか


石室内部は意外と良好、土砂もそれ程流入してない


巨大な天井石、水が入った跡がくっきり残る


奥壁は基本的には2段積み、表面が整えられている


奥から外、両袖式、天井にヒビが入るがこれも中に入ってみないと分かりません


右側壁には柱状の石が埋め込まれている、その前後で石材の大きさが異なる


反対側は特に違いはなし


見学記
(11年)
和気町矢田部、築造当時は丘陵斜面にあったんでしょうが現在は谷がため池になっていて石室が水面上に露出しています。満水状態でもギリギリ水面上にありますが近づくことは出来ません。ため池堤から遠望するだけそれも一番近い北側からだと眺めることが出来ません。とんでもない方法で内部を撮った人がいますがとてもじゃないが上に行くのも諦めた。堤の上まで車が入れますがターンする際ため池に落っこちそうでちとおっかない(体験談)。

(14年)
以前はため池際に開口していて近づくことが出来ませんでしたが工事で水が抜かれ石室内にはいることが出来るとのことで急行してきました。近づいてみると巨大な石室が開口しています。羨道は殆ど壊失していますが玄室完存、割石はかなり加工度が高く壁面は平面に仕上げられ奥壁は巨石2段積み、両袖式で柱状の袖石が立てられています。天井石に大きな割れ目が入っているがこの状況にしては石室保存状況は良好です。背後の墳丘も良好に残っていて谷間に面した斜面に構築された様子がよく分かります。工事が終わるとまた下部が水没して入れなくなります。

土生上古墳

岡山県和気町(旧佐伯町)2014年1月訪問

横穴式石室、玄室長4.8,幅1.8,高2.1m(現状)
位置:34°50′25″N 134°04′19″E

墳丘背後から、段差部分に残っている


天井に隙間、奥壁辺り


最前面の天井石、今にもずれ落ちそう


石室正面、前部崩壊、前は崖なので正面に立てません


石室内部は割と良好に残る


奥壁はほぼ1枚石、側壁は垂直に立ち上がる


左側壁、下がやや埋まるが前部は2段後部は3段積みか


右側壁もほぼ同様


奥から外、多分無袖


前部上の石が崩落したら天井も落下しそう


見学記
和気町宇生(うぶ)、丘陵斜面にある古墳です。土生(はぶ)コミュニティセンターから北に上っていくと段々畑とその上に墓地がありその東外れ雑木林の中にあります。地形が段々状に改変されその段差部分にありますが墳丘は殆ど流失、石室も前部が崩壊していますが後部5m程が残存しています。天井石は2枚残存、分厚い板状に加工され奥壁も巨石1枚石側壁も持ち送りがなく平面に仕上げられています。すぐ東側にも同様の段々畑と墓地があるので注意が必要(体験者談)、そちらからも行けないことはないですが猪除け柵の内側を歩いているときすぐ上にある石室を見逃したよ。14年現在すぐ西側で大規模な道路工事が行われていましたが古墳には影響なし。コミュニティセンターに駐車可。

矢田部稲荷山古墳群

岡山県和気町(旧佐伯町)2011年2月訪問

2基

1号
横穴式石室
位置:34°50′59″N 134°04′52″E

藪の中に石材露出


傾いた天井石と側壁、天井石は見事な加工具合


内部のこの石は何だろう


2号
横穴式石室、玄室長5.3,幅1.8,高1.6m
位置:34°50′57″N 134°04′56″E

石室正面


途中天井開口部から入る


石材表面はかなり平に仕上げれれている


持ち送りのない側壁、奥壁は2段積みだが上の方が大きそうだ


奥から外、側壁がせり出している


(見学記)

戸瀬池北北東400m、2基からなる古墳群です。2号は林沿いの道沿いにありますがちょっと分かりにくい、1基だけポツンとあるお墓のすぐ西側です。猪防柵内側にあるので入るのには一工夫がいる。石室が露出前部が崩壊するなどあまり状態は良くないですが奥壁や側壁の石材は表面が整えられています。1号は西側100m程の竹林の中ですがこちらは石室が殆ど崩壊しています。

新田山古墳群

岡山県和気町(旧佐伯町)2001年4月訪問

円墳4基、4号は消滅、中期
位置:34°50′42″N 134°05′26″E


遠望
01年西側平野からの眺め


1号
R25,H2.5


2号
R35,H3
最大の墳丘


3号
R20,H2


遠望
11年西側から、墳丘裸で見通しがよくなっている


(見学記)

町役場西方1km、南北に伸びる半独立丘陵上にある古墳群で円墳4基からなるが現存3基、西側の平野から見ると古墳の存在がよく分かる。上は篠竹が密生していたようだが幸いなことに訪問時は伐採され墳丘がよく観察できた。3基とも上部が平坦で大きさの割に背が低い。中央の2号が最大で径35m、高3mです。

新林古墳

岡山県和気町(旧佐伯町)2011年2月訪問

横穴式石室(石棺式石室)
位置:34°49′45″N 134°04′37″E

背後から、低い墳丘が残る


天井石がずれて開口


羨道はかなり埋まる、一見両袖式のようだが


巨石の上に本来の天井部がある、県内唯一の石棺式石室だそうだ


石室内部右側


〃左側、各面はほぼ1枚石で構成


右側壁正面から


左側壁正面から


右袖部


左袖部


奥から外、奥行きがないので下がれない


(見学記)

藤山古墳脇の道を南へ南へと登っていきます。奥の方にあるため池(道からかろうじて水面が見える程度)の少し手前に右に逸れる道があるからそこを曲がって20m程、右側林の中にありますが手前が急斜面になっているので右や左の方から回り込む必要がある。低い墳丘が残っていて南に石室開口手前の天井石がずれていて内部に入ることが出来ます。県内唯一の石棺式石室です。と言ってもあらかじめかまどねこさんのサイトで見て知っているから言えるけど予備知識なしにこれを見たらかなり戸惑うだろうな。石棺蓋石に相当する部分はかなり分厚いけど一目見て蓋石と分かるほど加工されているわけでもなくかといって石棚とするには上部に空間があまりないしね。それにしても何故こんなのがこんな所にと言った感じです。

下中尾古墳群

岡山県和気町(旧佐伯町)2011年2月訪問

2基

県道からの遠望、右が1号、左2号


上仲尾古墳上側の県道からの遠望、笹藪が円墳のように見えているがこれは別物、地形が大きく改変されている


1号
横穴式石室、全長9.2m、玄室長5,幅1.5,高1m(現状)
位置:34°50′47″N 134°04′12″E

石室正面、前部崩壊


まぐさ石が一段下がった玄門


内部はやや埋まるが良好な玄室


基本2段積みの奥壁


奥から外、右袖部は袖石にしては不自然な感じ


2号
横穴式石室、全長3.4m、玄室幅2,高1.3m(現状)

石室正面、こちらも前部崩壊


開口部前に巨石の天井石


玄室は良好、内部が明るいせいかシダが茂る


奥壁はほぼ1枚石


奥から外



(見学記)

和気町宇生、2基からなる古墳群で町道から開口部が並んでいるのを見ることが出来ます。左側が2号、前部が崩壊して天井石らしき巨石が転がっていますが奥はよく残っています。持ち送りのあまりない側壁、奥壁は不定形の大型石+αです。右側が2号、こちらも羨道前部が崩壊していますが玄室は多少埋まりながらも完存、全般に1号より大きな石材が使われています。玄室と羨道の幅は殆ど違いがないようでまぐさ石を一段下げ玄門右に板石が使われて区別されているようです。

芝下古墳

岡山県和気町(旧佐伯町)2011年2月訪問

横穴式石室、全長6.3m、玄室長4.1,幅1.5,高1.7m
位置:34°50′29″N 134°03′51″E

良好な墳丘


低い尾根先端に立地


石室正面、片側が大きく傾く


石室内部、右側に柱状袖石


持ち送りのない側壁、内部は意外と明るい


鏡石を据えた奥壁


奥から外、片袖式かな


(見学記)

天神宮から更に200m程行くと右側に果樹園がありその東側雑木林際にあります。緩やかな尾根先端に築かれ墳丘もよく残っています。南西に開口、羨道は元々それ程長くなかったのかな、上に高木が生えていてそのせいか羨道側壁が少し傾いています。奥壁完存、角柱状の袖石を立てた左片袖式、奥壁は巨石+αです。

千畳田古墳群

岡山県和気町2001年4月訪問、2011年再訪

円墳6基

4号
横穴式石室、残存長7m程度
中高式天井
位置:34°49′36″N 134°10′06″E

01年当時、僅かに石室が見えている


11年、開口部がよく見えるようになった


石室正面、前部が少し壊失しているもよう


石室は良好に残る、側壁は持ち送りがなく面が整えられている


天井部に隙間がポッカリ、中高式だそうだが


奥壁は左右に縦長の石材を並べる


奥から見た天井、石材の面が極めて平


中高式の部分、隙間が狭く山陰の中高式とは大分違うような、天井石の分厚さもよくわかる


奥から外


6号
横穴式石室、全長9.5m
位置:34°49′46″N 134°09′53″E

01年当時、羨道壊失


11年石室正面、藪が茂り後ろに下がれず、カメラの方が傾いている


内部は良好、持ち送りも殆どない


数学的法則がありそうな奥壁配置


奥から外、前部の天井石が傾いている


(見学記)

(2001年)
日笠川沿いの県道46号を北上すると橋の脇に小さな石の標識があります。相変わらずその後のフォローがありませんが橋を渡って正面右側斜面上に4号墳があります。南側に石室が開口、無袖式ですが天井が入り口側に向かって少しずつ低くなっています。奥壁は縦長の石を2枚並べています。天井ほぼ中央に大きな隙間がありその上に石をかける中高式の天井、岡山では唯一の例で因幡東部によく見かけるそうですがあちらに比べてかなり隙間が狭いです。この周囲に4基の古墳があるそうだが全く見つけることは出来なかった。
4号西側に墓地がありその西側斜面に6号墳があります。下の道からやや離れているのでよく目を凝らさないとわかりません。南側に石室が開口、羨道はかなりか遺失しているようですが全長9.5mと群中最大、閉塞石も残っています。奥壁も4号と同じ縦長の石2枚を並べています。町史跡。

(2011年)
以前見つけた4,6号以外にも石室があると判明して10年ぶりに再訪してみたけど結果的には以前と同じ2基しか見られなかった。民家背後にある5号は家の人がおらず古墳犬が吠えまくって断念。上の方にある1,7号は痕跡のような道もなくとてもじゃないが無理です。せめて6号だけでもと思って行ってみたけれど墓地の前に新しい建物が出来ていて随分雰囲気が違っていました。以前は道路からかろうじて見えていた開口部もまず見えない。幸い東屋から少し下った辺りから痕跡道が藪の中に通っていて墳丘背後にたどり着けました。石室自体は変わらず、当たり前か。せっかくだから4号の中高式天井もじっくり見てみましたが山陰の中高式とは随分違いますね。施工ミスか単なる大きな隙間か。

宮ノ後古墳群

岡山県和気町(旧佐伯町)2011年2月訪問

2基

1号
横穴式石室
位置:34°50′26″N 134°03′53″E

良好に残る墳丘


開口部、羨道は失われているもよう


やや埋まるも玄室良好


奥から外、片袖式


2号
石材が一つ露出するのみ、後方林の中に1号


(見学記)

町道を更に200m程行くと砂防ダムの手前に川筋に降りていく道があります。小川に沿って100m程下っていくと杉林の中にあります。墳丘がよく残っていて南東に開口、羨道前部は崩壊していますがそれ以外はよく残っています。玄室長4.7m程、両袖式ですが特に袖石はありません。奥壁の積み方など下仲尾古墳群と似通っていて同じ古墳群としてもいいんじゃないかなと思うほど。町道に駐車スペースあり。

三宅町田古墳

岡山県和気町(旧佐伯町)2011年2月訪問

横穴式石室
位置:34°50′14″N 134°04′46″E

民家脇に大きな墳丘が残る


石室正面、西向きに開口、内部はかなり埋没


背後も開口、左に大きく張り出した石は重量分散の為?


斜め後方から、巨大な奥壁も残っているようだ


石室内部、埋まっていなければさぞかしの規模


奥から外


(見学記)

和気郡和気町加三方、加三方公民館北東50m民家裏(東側)にあります。大きな墳丘が残っていて上部に石室露出、西側に開口していますが奥壁側も抜かれてトンネル状になっています。内部も大分埋まっています。巨石を使った大型石室だけどいまいち印象が薄い。事前にあちこちのサイトで見てはいたけど墳丘がこれほど大きいとは思わなかった。ただ本来の大きさでなく耕地整理などで周りが低くなり結果的に墳丘が大きくなっているかもしれない。公民館に駐車スペースあり。
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