今見古墳群

岡山県新見市 2013年5月訪問

十数基

仮1号
横穴式石室
位置:34°57′55″N 133°28′57″E

丘陵中腹の緩斜面をカットして構築


石室入り口、隙間程度しか開いていない


石室後部天井が開口


内部はかなり土砂流入、盗掘でしょうか、掘られた跡がある


羨道天井が一段下がる


奥壁側は埋没して見えず


仮2号
横穴式石室
位置:34°57′54″N 133°29′02″E

道路から見えている


左側から伸びる尾根先端を整形


上記反対側、左が開口部


石室正面、三角形の石が埋まり非常に入りにくい


やや埋まるも石室良好、若干持ち送り


天井レベルが揃う


奥壁は1枚石+右に若干


奥から外


10号
横穴式石室、石室長4.3,幅1.45,高1.4m

古墳公園として10,11号を現状保存


石室露出、前部崩壊


石室内部、持ち送りはない


鏡石らしい1枚石の奥壁、最奥側壁上部を奥壁のカーブにあわせているようだ


奥から外


天井石3枚残存


11号
横穴式石室、石室長6.5,幅1.45,高1.4m
位置:34°57′53″N 133°29′00″E

こちらも石室露出、開口部は側壁部分


こちらが本来の石室正面、こちらからも入れないことはないですが


石室内部は大分埋まる


こちらも鏡石らしい奥壁


奥から外


天井石5枚露出


(見学記)
新見市正田、詳細不明だったが取り敢えず訪問。集落一番奥に山に登る長い石段があり神社、その後方50mの所に仮1号があります。斜面をカットした墳丘がよく残っています。南西に開口していますが入り口は隙間程度、天井後部が盗掘で開口していますが内部もかなり土砂で埋まり奥壁も見えず状況はよくありません。周りを探してみましたが見あたらずこれだけかなと思って降りてみたが石段下の道路を更に奥に進むと小公園(今見古墳公園)がありそこに石室が2基現状保存されていました。10号(玄室長4.3m)11号(玄室長6.5m)で石室が完全露出状態です。どちらも入室可能ですが11号は側壁から入ることになります。もしこちらを先に見つけていたら神社まで上がることはなかったかもね。これに気をよくして更に行くと50m程先に小屋がありその背後にもありました。尾根先端に構築された墳丘で南向きに開口、内部は多少埋まっていますが残存長5m程度です。ただ入り口に三角形の石が埋まっていてかなり入りにくい。チゴユリのおまけつき。状況が全く分からない状態で4基見つかったのは上出来でした。石段下に駐車スペースあり。
[ 2013年05月30日 08:01 ] カテゴリ:新見市 | TB(-) | CM(1)

大釜古墳

岡山県新見市(旧哲多町)2013年5月訪問

横穴式石室
位置:34°55′48″N 133°27′15″E

石室とも分かりづらい状況


背後から、小型石材は開墾の際出たものでしょうか


隙間があったので覗いてみたが


よく分かりません


(見学記)
新見市哲多町本郷、県道33号沿いにありますが建物の陰になっていて直接には見えません。石室完全露出も開墾の際に出た石材が積まれサッパリ石室らしくありません。後部に僅かに隙間があり内部をカメラで撮影すると僅かに空間があるから石室だろうなと思った程度です。
[ 2013年05月30日 08:00 ] カテゴリ:新見市 | TB(-) | CM(0)

大上古墳

岡山県新見市(旧哲多町)2013年5月訪問

(画像無し)

(見学記)
新見市哲多町大野、尾根先端に構築された古墳ですが藪に包まれよく分からず。墳丘はそこそこ残っていますが墳頂に天井石2枚露出していますが石室は埋没しています。現状墳丘にたいして南に偏っているところを見ると墳丘は南半分くらい壊失しているかも。茨が多く接近困難、写真撮らなかったけど今思えば石材露出程度でも撮っておけばよかったな。
[ 2013年05月30日 08:00 ] カテゴリ:新見市 | TB(-) | CM(0)

奈良原古墳群

御領古墳群表山古墳群上御領下組古墳群国分寺裏山古墳群・奈良原古墳群・下御領古墳群法童寺古墳群


広島県福山市(旧神辺町)2013年4月訪問

新発見の古墳群、2013年現在横穴石室墳7基

A号(奈良原古墳)
残存長2.5m程
位置:34°35′06″N 133°24′39″E

山道を歩き始めると最初に出会う、既知ののようです


上記反対側から、前は急斜面


背後から、幅に比べて奥壁が小さく側壁は少し動いているかも


正面から、天井石落下


奥の天井石も動いているようです


B号
残存長3m程
位置:34°35′09″N 133°24′36″E

石室正面


斜め前から、墳丘はかなり流失


小型ながら奥壁1枚石


左側壁、高さ調整した石がまるで切石


意味もなく奥から外


C号
B号側にある、基部は割と残っているようだが


天井石1枚残存、落下、奥壁辺りも埋まっている


D号
横穴式石室全長6m、玄室長4,幅2m(目測)
位置:34°35′09″N 133°24′44″E

墳丘は石室を覆う程度


手前の天井石は平石を使用


石室正面、前は急傾斜で下がれない


巨石で構成された玄室、奥壁もほぼ1枚石


左側壁は奥壁より巨石ほぼ1枚


右側壁は更に巨石、上の積み重ねも殆どない


奥から外、片袖式、柱状の袖石がやや傾く


E号
斜面をカットして造られた、左が元の斜面で右が古墳


墳丘は殆ど流失


天井石2枚露出、手前の石も割られた天井石のようだ


石室斜め前から、ここも前は急斜面


内部は多少埋まる、奥壁も下部が埋まるが鏡石+平石のようだ


奥から外


F号
残存長1m程
位置:34°35′07″N 133°24′31″E

天井を失った石室


奥辺りが僅かに残るのみ


小型ながら鏡石らしい奥壁


G号
残存長3m程
F号側、天井を失う、手前の石までいれると5m程度


右側壁は残るが左は壊失のもよう


側壁も加工されているもよう


鏡石+平石の奥壁


(おまけ)
石切場跡、山頂近くに何カ所かある


天井石に使えそうな巨石、巨大すぎて運べなかったか


(見学記)
福山市神辺町上御領、地元有志の方によってあらたに発見された古墳群とのニュースを見ました。相互リンクしている備陽史探訪の会によって遊歩道が整備されているとのこと、行き方も尋ねて訪問しました。国道313号岡山との県境近くから北に曲がりため池辺りから急に道が狭くなりますが行けるところまで行くと一軒家があります。そこから更に100m程未舗装の道を行くと奈良原遺跡入り口の立て看板があります。山道は整備されているので歩きやすく途中にすっかり露出した石室があります。A号となっていますがこれは既知の奈良原古墳のようです。更に進んで途中に神田や採石場跡などがあり古墳群は山頂近くや尾根筋に分布しているようです。山頂近くのがF,G号、共に天井石を失い石室後部しか残っていません。東側尾根筋(岡山との県境のようだ)にB号、天井石2枚残存奥壁1枚石ですが残存長3m程度、すぐ脇にC号がありますが状態はよくありません。更に東に進むと尾根南側斜面にD号、墳丘は僅かに残っている程度で石材一部露出石室の保存状況はよく玄室は右片袖式、奥壁は巨石1枚石左右の側壁もそれを上回る巨石で上に石を重ねることはなく構成されています。少し離れてE号、斜面をカットした様子がよく残っていますが墳丘は殆ど流失石室露出D号より規模は劣りますが大型の石室です。こうやって6基を見ると2基ずつペアになっているようで前は急斜面と共通性があります。新発見なので正式名称はまだ無くそれぞれの古墳も仮符号となっています。一軒家や遺跡入り口に駐車スペースあり。
(追記)上御領古墳群(仮称)から奈良原古墳群に変更
[ 2013年05月23日 08:01 ] カテゴリ:福山市 | TB(-) | CM(0)

阿保百穴群集墳

兵庫県姫路市 2012年3月訪問

豊川稲荷神社から南側の谷筋に横穴式石室多数分布

1号
鳥居を潜ると左手にある、天井石露出、内部埋没


2号
位置:34°48′26″N 134°42′55″E

南側祖道神社境内にある


石室が神社として利用されていたようだ


天井石露出、状態はよくない


巨石の天井石


玄室内部、奥壁と左側壁


右側壁は更に状態悪い、奥に見える建物脇に3号がある


3号

建物脇にある一応開口部


多少埋まるが状態はそれ程悪くなさそう


A号
天井石1枚露出のみ、主な石室には地元有志の表示板が立つ


B号
ABC・・・の付く石室にしてはいい方


右側の石が奥壁、かなり薄い


上記反対側、天井石が傾く


C号
天井石1枚露出のみ、内部殆ど埋没


H号
表示板があるだけ、分け分からず


I号
これも同様


11号
草刈りされて表示板が見えている


墳頂部に狭い開口部


石室は良好に残る、持ち送りもない


基部に大型石材を据え上に何段か積み重ねる


奥から外、こうやってみると状況悪い


12号
小さな谷の向こうに大きな墳丘が見える、右が北側


天井の開口部、ここから入ると出るのは難しい


北向きに開口


入り口から撮影、隙間があるから玄室が明るい


玄室、鏡石らしい巨石1枚石の奥壁


玄室奥から外、羨道天井が下がる、まぐさ石はなさそうだ


羨道奥から、石がゴロゴロ


13号
表示板があるから分かる程度


天井石露出、内部埋没


14号
分水嶺に立地、天井石露出


手前段差あたりが玄門辺り、この隙間から入るのは無理


正面開口部からの撮影、ここから入れないこともないが


ハの字型断面の玄室、左上の隙間から中に入れる


奥壁側壁とも小型石材を積み重ねる


奥から外、片袖式


〃(縦位置)


羨道奥から、結構よく残っている


(見学記)
四郷町東阿保、豊川稲荷神社から南側の広い谷筋に分布する古墳群でこちらも地元保存会の方によって整備され見学しやすくなっています。稲荷神社の鳥居を潜って左側にあるのが1号ですが巨石天井石が1枚あるのみ、南側にある祖道神社境内に2,3号、2号はすっかり露出した石室で羨道側は崩壊していますが玄室はなんとか空間が残っています。天井石が1枚石の巨石でおの重みのせいでしょうか奥壁が仰向けに傾いています。社殿奥にあるのが3号で脇にある穴からカメラを突っ込んで撮影すると石室がなんとか残っています。わざわざこの為に開けたんでしょうかね。この後は細い道沿いに見学することになりますが石室の中に入れるのは11,12,14号程度でしょうか。17,18号も良好のようだけど見つからなかった。12号はこの群の中では一番良好に墳丘が残っています。手前に深さ2,3mの沢があるけど幸い水が流れていなかったので超えていくことが出来ました。他の石室の例から開口部は南側だろうと思ってそちらに廻ったら何も無し、墳頂に上がると天井石が露出して隙間から内部が見えました。入ったら出るのは無理そうなのでカメラを突っ込んで撮影していたら羨道開口部が見える、慌ててそちらに廻ったらポッカリ開口していました。入り口は狭いですが入るのはそれ程困難でなく羨道玄室とも良好、天井に隙間があるので内部も明るく見学容易で奥壁は砲弾型の巨石1枚石です。両袖型かな。あらためて墳丘を見てみると確かに北に緩やかに下がる緩斜面だけどこれだけ何故北向きなんだ。谷奥が鞍部になっていてそこを左(東)に登りすぐ山道が二又に分かれているので右を登っていくと石室天井石が露出しています。墳丘は殆ど分かりませんが羨道まで天井石がよく残っています。僅かな隙間がありますが入るのは無理だろうなと思っていたら奥壁辺りに隙間があってそこから中に入れました。右片袖式の細長い石室が羨道までよく残っています。神社に広い駐車場有り、でもそこに入っていく道は大変狭い。
[ 2013年05月16日 08:00 ] カテゴリ:姫路市 | TB(-) | CM(0)
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