橋本古墳群

岡山県矢掛町 1988年4月訪問、91年4月、12年3月再訪

15基

11号(88年)
横穴式石室、全長6.4m
位置:34°35′54″N 133°35′55″E

露出した天井石


石室内部、奥壁辺り


15号(橋本荒神塚古墳)
円墳、R20,H5
横穴式石室、全長7.1m、玄室長5.85,幅2,高2.35m
位置:34°35′57″N 133°35′48″E

お堂背後に開口(91年)


石棚のある玄室、下の支柱は当時のものかどうかは不明


奥から外


墳丘(88年)


(2012年)

1号
はっきりした墳丘が残るも石材見られず


2号
崩壊気味の天井石露出


石室も前部は埋まるが後部で隙間開口


前部の崩れ落ちている天井石


石室後部、半ば埋まるも奥まで見える、鏡石が天井まで届いている


奥の隙間から


3号
横穴式石室
位置:34°35′54″N 133°35′44″E

斜面に背の高い墳丘が残る


墳頂部に石室開口


天井石露出


15号以外では一番良好に残る玄室、奥壁は下部に大型石材を据える


奥から外、無袖かな、若干左側(斜面下側)に傾いているよう


4号
低い墳丘が残る


上部を失った石室露出


奥壁辺り


5号
石室正面から


後部で天井石残存


内部も殆ど埋まる


6号
低い墳丘に僅かに石材露出


7号
傾いた天井石露出


石室の方向が分かる程度


分厚い板状に加工された天井石


(8-10号は欠番)

11号
相変わらず藪に包まれた露出石室


東側から、藪で隙間も伺えなかった


12号(仮)
低い墳丘に直線状に石材露出


石室だろうな


この辺りが奥壁でしょうか


13号
はっきりした墳丘頂部に石室露出


上記反対側から


こちら側が入口側天井


かなり加工された天井石


上記反対側から


内部は大分埋まっているが奥壁上部が見えている、側壁奥壁が黒くなっているが天井はそうでもない


奥から外、前部は完全埋没


14号
状態の良い墳丘


上記反対側、こちらが入口側


石室前部埋没、中程で開口


内部は半ば埋まるも奥壁まで見えている


15号(橋本荒神塚古墳)
20年前と殆ど変わりない状況


開口部正面


他と比べて隔絶した規模の石室


県内では一番見やすい石棚かな


割と低い位置にある石棚


石棚上部奥壁


石棚下部、下部が曲面で左側が抜け落ちそうなので支えを置いたかなと想像


奥から外、両袖式


墳丘横から、斜面をカットした跡がよく残っている


16号(仮)
緩斜面に僅かな盛り上がり


この石組みはどうみても石室


背後から


(見学記)
(1991年)
池尻古墳群北方緩斜面の広い範囲に15基分布していますが確認できたのは2基だけ。最も北側にあるのが15号(荒神塚古墳)で荒神社背後に墳丘があり南側に石室が開口,羨道は殆ど無くなっていますが両袖式の玄室が完存,この石室の最大の特徴は奥壁に石棚があることです。奥行き1.5m程で人一人が横たわるには十分の面積があります(と言っても遺体が置かれていたという証拠があるわけではありませんが。かなり分厚くそのせいでしょうか下に石の支柱があります。入室容易。ここから南東墓地の側に11号墳の石室が露出,最初はただの岩塊かと思いましたが近寄ってみると内部に何とか石室構造が残っていました。入室困難。

(2012年)
矢掛町里山田、以前は石棚のある15号と石室の露出した11号しか見てなかったのですが(これが普通)かまどねこさんが更に多く見つけてくれたので再訪していました。20年ぶりの訪問だけど辺りの様子は殆ど変わらず。まず1号を訪問ここを起点に南側の1-7号、13,14号を探してみました(8-10号は欠番)。15号南西杉林の中低い尾根先端に1号があります。明瞭な墳丘が残っているが石室は見られず。ただ矢掛町史(旧版)では開口した石室が載っているけどね、ただ本文は奥壁が残るとなっていてよく分かりません。ここから更に南西斜面裾辺りに2-6号が集中、石室が良好なのは3号くらいで他は大分破壊されています。更に藪の中を進むと7号かな、低い墳丘に石材散乱状態です。更に南に進むとやや開けた場所に13,14号があります。上側は14号で墳丘が良好に残っています。南向きの石室は現墳丘のほぼ中央辺りに開口しているので奥はそれ程残ってないかなと思ったが意外に奥まで残っていました。ただ土砂がかなり流入し中に入ると方向転換が出来そうにないのでカメラを突っ込んで撮影。すぐ下の13号も墳丘がよく残っているが天井石露出内部もかなり埋まっています。石材の一部が黒くなっているが中で何か燃やしたんだろうか。14号上にも破壊された石室らしきものがある。15号側に駐車場有り。
[ 2014年02月27日 07:46 ] カテゴリ:矢掛町 | TB(-) | CM(0)

臼田古墳

山口県岩国市(旧玖珂町)2013年4月訪問

円墳、R9
横穴式石室、玄室長4.5m
位置:34°05′56″N 132°03′50″E

谷に面した丘陵斜面に構築


墳丘は殆ど流失、辛うじて石室を覆う程度


玖珂盆地で唯一良好に残る石室だそうだ


まるで亀のよう、羨道は殆ど壊失


石室閉鎖、入るほどでもないですが


やや持ち送りのある側壁、奥壁の積み方が粗いな


〃(縦位置)


(見学記)
岩国市玖珂町、山口平成病院東方150m程、道路脇にある古墳です。谷筋に向かう斜面に構築された円墳で径9mでも墳丘は殆ど流失石室露出、南向きに開口羨道は殆ど失われていますが玄室完存残存長4.5m程度ですが柵があって内部には入れません。側壁は持ち送りはあまりなく奥壁は上下にやや大型の石材中間に小型の石材をサンドイッチと少し変わった構造です。玖珂盆地で唯一良好に残る横穴石室だそうです。前に駐車スペースあり。市史跡。
[ 2014年02月13日 07:02 ] カテゴリ:岩国市 | TB(-) | CM(0)

筏山古墳

山口県岩国市(旧玖珂町)2013年4月訪問

竪穴式石室(移築)
位置:34°05′46″N 132°04′42″E

移築された竪穴石室、元も墳丘があったんだろうか


元も蓋石の一部はなかったのかな


60代男性の人骨が出土したそうだ


石室内部、丸みを帯びた石を使用


(見学記)
岩国市玖珂町、国道2号の工事で古墳は消滅、竪穴石室を玖珂中学校背後の丘斜面に移築されています。墳丘の一部を復元して石室を展示、半分ほど蓋がされていますがこれは当時の物では無いかもしれない。内部は竪穴でよく見られる小口積みでなく丸みを帯びた自然石で竪穴と言うより箱式石棺に近い感じです。ここから60歳前後の人骨が出たそうです。行き止まりになっているので古墳の直前まで車で入っていけます。市文化財。
[ 2014年02月13日 07:01 ] カテゴリ:岩国市 | TB(-) | CM(0)

北方古墳

山口県岩国市(旧周東町)2013年4月訪問

6C
横穴式石室、全長7.5m
位置:34°05′38″N 132°02′40″E

基部だけ残った石室


玄室長は5mくらいと割と大きい


左が隠れていますが一応両袖式、羨道基部もよく残っています


斜め後方上から、左側の石は側壁かな


側壁はほぼ垂直に立ち上がって持ち送りはなさそう


(見学記)
岩国市周東町下久原、浄信寺北東200mの場所にあります。新幹線高架下を潜るとすぐに案内表示がありそこから200m程です。墳丘は流失し石室基部残存でも羨道まで割と残っています、全長7.5mで玄室長は5m程、両袖式です。案内表示の所に寺駐車場有り。
[ 2014年02月13日 07:00 ] カテゴリ:岩国市 | TB(-) | CM(0)

石走山古墳

山口県田布施町 2013年4月訪問

横穴式石室、全長10m、玄室長6,高2.5m(概略)
位置:33°57′30″N 132°01′32″E

丘陵頂部南側の緩斜面に立地、南側に開口


羨道天井壊失もそれ以外良好、手前の石材は閉塞石か


玄室完存、上部の石はまぐさ石


やや持ち送りのある玄室


〃(縦位置)天井部はやや細長い


奥壁に相応しい巨石


奥から外、無袖式かな


〃(縦位置)


側壁に埋め込まれた袖石風の立石


背後から見た墳丘


葛岡古墳(仮称)
_1:前年捜索の過程で偶然見つけた古墳、場所は全然違いますが


(見学記)
田布施町川西、名前の通り石走山にある古墳です。でも地図に載っているような山ではないので近くまで行って地元の方に聞く。一応石走山古墳と聞いたんだけど尋ねた人は石走山と思ったらしく(よくあります)目の前の丘を教えてくれた。登っていく途中で石走山遺跡の標識もあったのでここで間違いないと思ったが古墳らしきものは何もない。その内道路に面した切り通しに出て南側にも山がある。どうやら山が道路で南北に切断されたかなと思って南側の山の方に行ってみると西側麓に案内表示がありました、ホッ。山道を登っていくと途中に又案内がありますが藪道なのでもう少し登って開けた場所から接近した方が楽です。墳丘は割と残っていて南側に開口、羨道前部が破壊されていますが他は完存、閉塞石も一部残っています。玄室は無袖式ですがまぐさ石が一段下がり幅もやや広がっていて羨道と明確に区別しています。奥壁は巨石1枚石、天井石は中央部がやや高くなっています。残存長10m、玄室長6m程度県内では大型の部類でしょうか。川を越えた東側には後井古墳、南側には国森古墳と県内の有名古墳に挟まれていますがこちらは殆ど知られていないようです。麓案内表示北側の交差点に駐車スペースあり。
実はここは前年にも訪問、山根氏宅裏山と言うことしか分からず現地で山根氏宅を聞いて行ってみたのですが山根氏違いのようで見つかりませんでした(そもそも裏山があるような場所じゃなかったし)。それでも探していたら古墳(塚?)を見つけました。でも全く開口しておらず間違いは明らか。1年経って漸くリベンジを果たしました。ちなみに川を越えた東側には県内最大級の石室を持つ後井古墳があります。あの頃は石走山古墳は名前さえ知らなかったもんな。
[ 2014年02月06日 07:56 ] カテゴリ:田布施町 | TB(-) | CM(0)

国森古墳

山口県田布施町 2013年4月訪問

方墳、南北27.5m、東西30m(突出部を含む)、高4m
4C初、木棺直葬
位置:33°57′19″N 132°01′31″E

尾根先端平坦部に築かれた巨大な墳丘


県内最古の方墳、頂部は広い平坦面をなす


墳丘も良好に残る、築成はなさそう


西側突出部


東側突出部


(見学記)
石走山古墳南方、丘陵頂部にある古墳でこちらも案内表示が出ています。民家の間を通って途中はロープを掴んで登るような急傾斜の山道を登っていくと頂部平坦面に大きな墳丘があります。一辺約30m高4m、4C県内最古の方墳です。木棺直葬だったようで現在埋葬施設は見られません。築成は見られず東側に突出部があるようですがはっきりしません。県史跡。
[ 2014年02月06日 07:55 ] カテゴリ:田布施町 | TB(-) | CM(0)

和久1号

山口県下関市(旧豊北町)2010年9月訪問

円墳、R10、6C中~後半
横穴式石室、玄室長3.0,幅1.4m
位置:34°18′27″N130°53′25″E

10年発掘


斜め前から、天井石は安全の為外す


外された天井石


石室正面、閉塞石が残っている、羨道はあっても短かったようだ


玄室、奥壁は鏡石を据えている


石室背後上から、入り口辺りに敷石


整備復元

元の状態ほぼそのままに整備


天井石は復元せず


斜め後ろ上から


天井石は外したまま並べて展示


玄室、発掘時無かった奥の敷石まで復元している、奥壁最上部の石も微妙に違うような


現説時には入れなかったので奥から外も撮影


(見学記)

下関市豊北町大字神田上、R191号沿い小さな湾を見下ろす小丘陵上から西に伸びた尾根上にある古墳です。ただ小丘陵が道の駅建設で殆ど削平され一見独立丘陵頂部にあるように見えています。2010年道の駅建設に伴い発掘されました。玄室長3m程の両袖式、砂岩と一部火成岩で構成、床面には玉砂利が敷き詰められていたようです。羨道は極短く閉塞石も残っていました。天井石は3枚残っていましたが状態が悪く発掘の際取り外されました。盗掘を受けていましたが既にその前に入り口辺りから土砂が流入して一部埋没おかげで玄門辺りにあった須恵器がほぼ完形のまま出土しました。その他水晶製切子玉や鉄刀馬具の破片などが出土しています。道の駅建設後はここは展望台として利用されるそうだけど確かに見晴らしがいい場所です。古墳をどのように復元するかは今のところ不明。市史跡。
実はここは88年に訪問、偶々国道に案内表示があったので行ってみたけど当時は藪の中でさっぱり分からない状態でした。再会する機会があるとはね。
(追記)
2012年3月、道の駅北浦街道開設に伴い復元公開されました。殆ど発掘当時と変わらず天井石も元に戻さず側に並べられて展示されています。古墳に興味がなくてもこの場所は展望台的な役割で眺めが良く北方には角島や角島大橋が遠望出来ます。
[ 2014年02月06日 07:49 ] カテゴリ:下関市 | TB(-) | CM(0)

観音堂古墳

山口県下関市 2009年6月訪問

横穴式石室、玄室長2.7,幅2.4m
位置:34°00′38″N 130°56′47″E

09年発掘、石室背後から


石室正面、玄門がやや東(右)に偏る


床面には敷石、現説前なので遺物にはカバー


正方形に近い平面形


元位置を保った鉄剣


水晶製切子玉


瑪瑙製勾玉


移築

元の位置よりやや南側に移築


新設道路より下にあるので直接は見えません



床一面に敷石、今思えば随分風変わりな両袖式


この袖石はよく残ったものだ


(見学記)

下関市有富、道路建設に伴い09年発掘現地説明会が行われました。南向きの緩斜面に構築された墳丘は既に流失し石室も基部しか残っていませんでしたが既に中世の頃天井部が崩落していたため却って盗掘の被害を免れ鉄剣や勾玉などの遺物が元位置のまま豊富に出土しました。石室は移築保存が決定していますがまだ保存場所は決まっていないようです。
ここは地元なのに全く知らずoobutaさんに教えて貰って一緒に行って来ました。当日NHKのカメラが取材に来ていたので夕方のニュースを見ていたら二人ともしっかり写っていました。もっともほんの1,2秒でその気になってみないと分からなかったですが。
(追記)
開通した道路脇に石室が移築保存されました(元の位置よりやや南側)。でも道路面より下側になるので車で走りながらでは存在が分かりません。移築は元の場所からなるべく近い所が原則なんでしょうがこんな場所では見学者も殆どいないのでは。西側に考古博物館や綾羅木郷遺跡公園があるからそこに移築した方が余程活用できるかなと思いますけどね。
[ 2014年02月06日 07:48 ] カテゴリ:下関市 | TB(-) | CM(0)
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