曲崎古墳群

長崎県長崎市2014年3月訪問

細長い岬上に分布する積石塚群、確認99基、多分それ以上

分布図(説明板より)
細長い岬全体に分布


岬先端辺り、木道が架けられている


全景
南側からの遠景


岬付け根辺り、石がゴロゴロ、殆ど古墳と分からない


岬先端辺り、こちらも同様


21号
窪みがあって何とか石室と分かる


22号
23号脇


はっきりした石室が確認できる、手前の平石は奥壁か側壁か


23号
位置:32°44′57″N 129°59′25″E

大きな積石塚、これが一番分かりやすい


墳頂に石室、手前が羨道のようだ


石室横から、右が奥壁側


〃反対側から、天井石らしきもの辺りが玄門か


その他
石室があるような無いような


こちらは何とか石室と分かるかな


見学記
長崎市牧島町、島東部の細長い砂州のように伸びた岬全体に分布する6C末から7C初にかけての古墳群です。99基確認されていますが更に沢山あるようです。所謂積石塚ですが海岸の丸みを帯びた大きな石を使っているので普通の積石塚とは大分イメージが違います。そもそも墳丘がわかりにくいし頂部に窪みがあるから古墳だなと分かる程度です。そんな中で23号は墳丘も大きいし頂部に横穴石室が分かる程度に石室が残っています。羨道やまぐさ石が残っているのもわかりますが玄室天井はどうやってかけていたんでしょうね。他の石材は海岸に幾らでもあるけど天井石だけはそんな石材を使うわけにはいかないしな。木道がかけれられていて見学できます。国史跡。岬先端に駐車スペース有り。
[ 2014年10月30日 08:00 ] カテゴリ:長崎市 | TB(-) | CM(0)

カキ谷古墳

岡山県津山市 2013年5月訪問

横穴式石室、玄室長5.5,幅1.3,高1m
位置:35°02′10″N 133°59′08″E

谷筋に立地した古墳、北向きに開口


墳丘は僅かな高まりが残るのみ


石室上部露出


石室正面、先端まで残っているかな


細長い石室、前部は比較的良好


石室後部は基部しか残っていない


埋まっているが鏡石らしい奥壁


奥から外、右側の側壁がせり出しているようだ、車が写ったのは全くの偶然


露出した天井石、形も大きさも随分不揃い


見学記
津山市種、県道449号沿いにあり場所はすぐ分かります。墳丘は殆ど分からず北向きに石室開口、天井石3枚露出内部もかなり埋まっています。奥の方の天井石は壊失し奥壁は上部が僅かに見えている程度です。古墳脇の県道に駐車スペースあり。
[ 2014年10月23日 08:01 ] カテゴリ:津山市 | TB(-) | CM(0)

正京茶畠古墳

岡山県津山市 2013年5月訪問

横穴式石室
位置:35°02′15″N 133°58′00″E

弁慶岩古墳と同じ尾根上に立地、墳丘は割と残る


開口部に石材露出、殆ど埋まる


カメラを突っ込んで撮影、内部も土砂流入


下が埋まるが奥壁は1枚石のようだ


見学記
弁慶岩から道路を更に50m程上ると右手杉林越しに墳丘が見えています。弁慶岩と同じ尾根筋の斜面を利用して造られた墳丘は良好に残っていますが石室は僅かに開口程度、内部は殆ど埋まり奥壁が僅かに見えています。こちらは1枚石のようだ。
更に上方に下山田上古墳があるがコロッと忘れてたよ(汗)、ここが3つの中で一番良好な石室なのにな。
[ 2014年10月23日 08:01 ] カテゴリ:津山市 | TB(-) | CM(0)

弁慶岩古墳

岡山県津山市 2013年5月訪問

横穴式石室、玄室長5.3,幅1.7,高1.5m
位置:35°02′13″N 133°58′01″E

尾根先端に構築、墳丘はかなり流失


開口部正面、前面は崖状で撮りにくい


開口部から石室内部、多少埋まるも長い石室が残る


中程から奥、石材は小型


平石を積み重ねた奥壁、左側の石材が不揃い、奥の天井が一段下がる


奥から外、袖石を使った右片袖式


見学記
津山市高尾、国道53号を西に曲がり橋を渡って真っ直ぐ田圃を突っ切っていくと丘陵に突き当たりそこから雑木林になっています。そこから150m程右手に椎茸のホダ木がおかれて広場のように生っている場所があってその奥にあります。細長い尾根先端を整形して作ったような墳丘、南向きに開口していますが入り口も中も半分くらい土砂で埋まり入りにくい。でもかなり長い石室が残っています。奥壁も下部が埋まっていますが平石を何段か重ねているようだ。以前は林の中まで車で入って行けたようですがこの時は入り口で進入禁止になっていました。何故かホッ(笑)、入っていくと駐車スペースがややこしそうだったからな。
[ 2014年10月23日 08:00 ] カテゴリ:津山市 | TB(-) | CM(0)

燒寺古墳群

岡山県美咲町 2013年5月訪問

2基、見学可能は2号だけ

2号
横穴式石室、玄室長6.5,幅2.1,高1.5m(現状)
位置:°35′00″44N 133°56′13″E

墳丘石室とも良好、石室前に突出部があるが当時のものかどうか不明


開口部、前に木が生えているので正面から撮れず


長い石室が良好に残る、石材は比較的小型


〃(縦位置)


平石を積み重ねた奥壁、右中段側壁と奥壁に斜めに架けている


奥から外、右片袖式


見学記
美咲中央小学校東方200m程、道路脇に造成したような場所がありそのすぐ下にあります。墳丘は良好に残っていて南側に開口、石室も良好に残っています。奥壁も側壁同様小型の石材を積んでいますがより緻密に積んでいる感じです。奥壁左側はコーナーがはっきりしていますが右側は三角持ち送り状ではっきりしません。石室前は急斜面ですが少し突き出た部分があり当時のものなんでしょうか。側の道路に駐車スペースあり。
[ 2014年10月23日 08:00 ] カテゴリ:美咲町 | TB(-) | CM(0)

粟井南古墳群

岡山県岡山市北区 2013年5月訪問

7基、見学可能は5基

谷口から見た古墳群遠景、矢印が5号、遥か谷の奥に1-3号、右丘陵上に4号


2号
円墳
横穴式石室、全長7.5m、玄室長6.3,幅1.3,高1.4m
位置:34°45′11″N 133°47′15″E

丘陵斜面に立地、墳丘がよく残る


石室正面


開口部から見た内部、やや埋まるも石室良好


玄室中程から、側壁の持ち送りもない


奥壁は不定形な鏡石+詰石


奥から外、無袖かな


右上に斜面をカットした様子がよく残る、その上に1号があるはずだが


3号
横穴式石室

林際にあるが状態はよくない


申し訳程度に盛り土が残り側壁露出


奥壁側が開口


内部は大小の礫で埋まる、開墾の際出た石を投げ入れたか


正面側壁、右奥壁


4号
円墳
横穴式石室、玄室長3.3,幅1.3,高1.2(現状)
位置:34°45′14″N 133°47′31″E

丘陵緩斜面に立地、山道から注意していると見えている


斜面下方側に開口、石室前部壊失


開口部、土砂でかなり埋まる


石室良好、ここも側壁は持ち送り無し


奥壁は鏡石らしいほぼ1枚石


奥から外


5号
横穴式石室、玄室長2.5,幅1.6,高1.4m(現状)
位置:34°45′03″N 133°47′46″E

道路から開口部が見えている


水田段差部に開口というよくあるパターン


こういう場合はほぼ石室後部しか残っていない、奥壁も側壁と同様の積み方


見学記
岡山市北区粟井、7基(2基埋没)からなる古墳群ですが1-3号、4号、5号と大きく離れているので殆ど3カ所訪問する感じです。国道429号から西に曲がり谷の入り口辺りにポンプ場があります。ここから150m程行くと右手田圃の段差部分に残っているのが5号、石室奥辺りが僅かに残る程度です。更にそのまま川沿いの道を進み途中から更に狭くなりますが気にせず進み(気にしたしちょうど駐車スペースがあったのでそこに車を停めたけど)200m程行くと鉄板の橋が架かっています。そこを渡ると小さな墓地があり林にはいるとすぐに石室が露出これが3号、内部は殆ど埋没し状態はよくありません。30m程上に2号、斜面をカットした墳丘が良好に残っていて南側に石室開口、入り口辺りに土砂が流入してやは入りにくいですが石室自体は良好、側壁は持ち送りはなく奥壁はやは不定形ながら鏡石らしい、無袖式でしょうか。この上に1号の石室が露出しているはずですが露岩がゴロゴロしていて分からなかった。鉄板橋の辺りに駐車スペースあり。元のポンプ場に戻って山の上に上る細い舗装道があります。ここを600m程右手に民家(廃屋かな)がありその先の右急カーブ辺り、左手雑木林の中にあるのが4号。冬場なら林際から墳丘が見えています。南側に石室開口、石室前部は破壊されているようで落ち葉が積もっていますが奥は良好に残っています。奥壁は鏡石らしいほぼ1枚石です。石室入り口辺りにミヤマウズラが生えていた、勿論花は咲いていないけど貴重品なんだよな。林際に駐車スペースあり。実は山の入り口は道が狭いしポンプ場脇に駐車スペースもあったのでここから300mくらいなら歩いてもたいしたことないなと思って行ったのですが途中に配水場がありここから300m結局倍も歩いてしまった(しかも急傾斜)。見つかったからいいけどね。
[ 2014年10月16日 07:57 ] カテゴリ:岡山市北区 | TB(-) | CM(0)

三輪山古墳群

岡山県総社市 1988年1月訪問、95年3月13年5月再訪)

発生期の墳墓群、前期の前方後円墳、初期や後期の群集墳など色々
(便宜的に宮山墳墓群や船山古墳群を含めています)

分布図:尾根上に前期の群集墳が並び麓に後期の石室墳が分布している状態が良く分かる


(2013年)

宮山古墳
良好に残る後円部


後円部横から前方部、前方部は大変低い


西側から見た墳丘、手前前方部、周辺に多数の埋葬施設がある


前方部から後円部


後円部から前方部、ハッキリしない


墳頂竪穴石室の石材でしょうか


宮山17号
横穴式石室、玄室長4.2,幅2,高2.4m

20年経つとすっかり雑木林になっていた


石室正面、良好に残っている


羨道も悠々入れるレベル


大きな石室、石材も大型


〃(縦位置)


珍しい積み方の奥壁、適当な幅の鏡石が調達出来なかったか


奥から外、右片袖式、羨道天井を兼ねたまぐさ石は切石状


宮山25号
横穴式石室、玄室長5.8,幅1.2,高1.5m

墳丘は良好に残る


石室前面が通路状に盗掘


玄室は良好、右側壁がややせり出しているか


奥壁は巨石1枚石、右が一部側壁に隠れていてやはりせり出しているもよう


奥から外、右片袖かな


宮山26号
横穴式石室、玄室長5,幅1.7,高1.8m

石室正面、墳丘ははっきりしない


激狭の開口部、入るのは無理


盗掘で横っ腹が開口


内部は半ば以上埋まっているが掘り出された跡がある、見えているのは側壁


掘られたので奥壁が何とか見えている


開口部から入口側、殆ど埋没


下三輪11号
横穴式石室、玄室長4.9,幅1.7,高1.2m(現状)

尾根筋(左側)から少し離れた斜面に立地


墳丘、石室正面


やや埋まる開口部、入るのは難しくない


羨道も割と残る


玄室良好、下がやや埋まる


四角い鏡石+上と右に詰石


奥から外、左片袖かな、以前の写真を見るとこの竹は生えてないな


船山11号
墳丘は良好に残る


すっかり埋まった開口部、もはや柵も開かないだろ


玄室良好、側壁一様に傾く、奥壁1枚石、天井石も巨石


船山14号
墳丘残るも開口せず


船山15号
石室正面、柵の隙間が大きいのは助かる


良好な玄室、11号より古そう


小ぶりな鏡石+右と上に詰石


船山16号
横穴式石室、玄室長3.2,幅1.3,高1.5m(現状)

墳丘ははっきりせず隙間開口


激狭、普通ここに入ろうなんて思いもしないだろ


石室は良好そう、切り石状の石材があるが石棺?
(追記)切石状に見えるのはマットだそうです。




(1988、1995年)

宮山古墳(分布図緑3)
前方後円形、TL38
位置:34°39′31″N133°44′57″E

特殊器台で有名な発生期の前方後円墳もしくは弥生墳丘墓、南側平野から、稜線上に見えている


前方部隅から後円部、前方部は低平で目立たない


後円部


後円部から前方部、前方部周辺に多数の埋葬施設(札で示されている)があり墳墓群をなす


天望台古墳(緑1)
前方後円墳、TL40
位置:34°39′29″N133°45′07″E

前方部隅から後円部


三笠山古墳(緑2)
前方後円墳、TL75

東より遠望、手前に三笠山、奥に天望台古墳


前方部から後円部


円墳
天望台、三笠山の間の円墳R15


横穴石室墳

宮山17号(赤1)
石室開口部


玄室、奥壁の積み方が印象的


右片袖式、神社の近くで一番状態がよい


下三輪11号(赤2)
玄室、奥壁の積み方も色々


左片袖式


宮山25号
玄室


船山15号(赤4)
石室開口部


玄室


船山12号(赤5)
玄室、4の側にありながらこちらの奥壁は1枚


見学記
(2013年)
峠や天神古墳群を訪問した序に再訪してみました。新しく見つかった石室や曰くのある石室もあったしね。

宮山17号
以前は墳丘がほぼ露出状態でしたが今回は雑木林になっていました。中に入ってみたら意外と大きな巨石石室、こんなでかかったかな、記憶の中で変質していったようです。20年も経てば自然も変わる記憶も変わる(苦笑)。

下三輪11号
これも記憶が完全に変質している。以前の記憶では丘陵斜面に立地、墳丘も石室もそれ程大きくなかったような気がしたが実際に見てみると墳丘は結構大きく尾根筋から僅かに下った斜面に立地していた。石室も意外と大きかったな、すぐ側に墓地があったけどこれも記憶に無いな。こんな石室であんなことをするのは不適そうだけどする人はどこでもよかったかな。中に黒いビニールがあってドキッ、マラソンの記念品だったけどね。

宮山25号
ここは大きな墳丘の記憶はあるが石室の記憶なし、アップしている写真も玄室1枚だけ、当時はHPの容量が小さかったからしょうがないけどね。

宮山26号
分布図では25号の北側になっているのに実際は南東側で当時かまどねこさんも見つけられなかった古墳、遺跡地図など気にしない方が行って見つけたそうです。行ってみると25号の目と鼻の先だったんですけどね。道路の下で墳丘ははっきりせず南側に石室開口、入り口は殆ど埋まっていますが側壁側が開口して入れます。内部は半ば埋まっているが掘り返した跡があります。石室自体は小型石材で特筆するようなこともなし。

船山古墳群
テニスコート脇にある古墳群ですが5基あるようなので行ってみました。以前見つけていた2基の他に隙間石室1基見っけ(後から16号と判明)、羨道はかなり埋まっているが玄室の状態はよさそう。しかしあの隙間から入っていった人がいるなんて信じられない、普通入ろうとも思わないような隙間だよ。他に大きな墳丘があったが石室は開口してないようだ(14号)。もう1基は見つからず。

(1988,95年)
南側から伸びる丘陵の北端に位置する古墳群で古墳発生期の宮山墳墓群や前期の前方後円墳や群集墳、後期の横穴石室を主体とする古墳群とバラエティに富んでいます。南側麓の神社に説明板と分布図がある。

宮山墳墓群
弥生墳丘墓もしくは発生期の前方後円墳で全長38m。後円部はよく目立つが前方部は低くわかりにくい。特殊器台で有名で県立博物館に展示しています。後円部に竪穴石室があり前方部周辺にも礫囲い土壙や箱式石棺状埋葬施設が多数あり位置が札で示されていますが実体は見ることは出来ません。県史跡。

天望台古墳・三笠山古墳
宮山古墳から登っていくと頂辺りに2基の前方後円墳が並んでいます。西側が天望台古墳で全長40m、東側が三笠山古墳で全長70m、共に前期の前方後円墳です。下草が刈られ見学しやすい。天望台古墳は形が整っているが、三笠山古墳は傾斜した尾根線上に造られているせいか前方部が階段状になっていていまいち前方後円墳らしく感じられない。2基の間に群の中では比較的大きな円墳がある。

前期群集墳
分布図を見ると尾根線上に多くの前期群集墳が分布している。植生や背が低いこともあってわかりにくい。95年に三笠山東側の水道タンク周辺で発掘が行われていたが穴凹だらけで何があるのかまるでわからん。この南側稜線には割とはっきりした墳丘が点々とあった。

後期群集墳
横穴石室を主体とする古墳群で12,3基程が麓近くにある。群集墳と書いたがかなり散在していて単独もしくは2-3基がグループとなって分布しているようだ。見た限りでは皆片袖式、神社近くに単独で存在しているのが割と大きい。
[ 2014年10月09日 07:57 ] カテゴリ:総社市 | TB(-) | CM(2)

峠古墳群

岡山県総社市(旧清音村)1995年3月訪問、2013年5月再訪

総数70基以上、1-3号が道路で移築、歴史広場として公開
位置:34°38′30″N 133°45′20″E

近隣の古墳群
堂屋敷古墳群万貫古墳群天神古墳群



1-3号
移築復元1-3号、後方の森に古墳密集、95年当時は松林だったが今は広葉樹林となっている


1号
横穴式石室、全長7.34m、玄室幅1.22,高1.55m、7C前半

墳丘、石室正面


細長い玄室、石材の番号が目立たなくなっている


奥壁は鏡石+平石2枚


奥から外、無袖かな


2号
横穴式石室、全長6.34m、玄室幅1.04,高1.47m、7C前半

墳丘、石室正面


玄室、この群は全般に持ち送りが殆ど無い


奥壁は2段+薄い平石2枚


奥から外


3号
横穴式石室、全長5.554m、玄室幅1.20,高1.46m、6C後半

墳丘、石室正面、後方に1号


玄室、こちらは番号がハッキリ残っている


奥壁は奇妙な2段積み、割れたのかもしれない


奥から外、側壁は真直ぐ立っている


墳丘脇に上部を失った小型石室


小型とはいえ大人一人横たえるには十分


斜め後方から


4号
4号の表示があるが4号かどうか不明


僅かに開口


石室は良好に残る、奥壁は四角い鏡石+厚めの平石


9号
墳丘石室正面、前部上部壊失


内部は殆ど埋まるが何とか奥壁が見えている


19号
3号の表示があるが明らかに違う


天井石が露出、隙間から内部を覗ける


石室良好、奥壁3段積み、詰石が少ない


21号
巨石天井石露出


開口部、前部は壊失の模様


長い石室が意外と良好に残る


22号
95年訪問当時の仮11号と同一、私有地内にある


最大クラスの石室、側壁も面が整えられている


奥から外、右に袖石がある


24号
大きな墳丘が残る


墳頂に石材露出


天井石がずれて開口


石室後部良好、縦長奥壁+α


奥から外、天井石が落ちている様子


26号
大きな墳丘が良好に残る


墳頂近くに石室開口


開口部


細長い玄室が良好に残る、左端に袖石が見えている


一応鏡石を据えているが他が複雑、右の詰石は下部で側壁に乗っている


奥から外、この群では珍しい片袖式、まぐさ石もハッキリ残る


墳丘背後に斜面をカットした跡が残る、大抵の古墳で見られますが


27号
ここも墳丘がよく残る


頂部に石室開口、前上部は破壊


開口部、天井石前面の割り方が不完全のようだ、これでは隙間が開きそう


石室は良好に残る


奥壁は鏡石らしい形の石


奥から外


35号
上部がやや凹んだ墳丘


開口部、前上部は壊失


石室良好


奥壁は四角い鏡石+平石だが薄い石を挟み込んでいるのが変わっている


奥から外


36号
ここも大きな墳丘


天井部が開口


石室良好、奥壁は1枚石+平石、右側の詰石は一部側壁に隠れている


37号
この付近は墳丘が残っているのが多い


天井露出して開口


開口部


石室奥が良好に残る、天井石の積み方が少し変わっている


奥から外


38号
藪の中に石室開口


奥壁は2段積みだが上の方が大きい


奥から外


40号
墳丘、石室正面


石室前上部は壊失、入口部埋没


天井に隙間、ここから覗ける


奥壁は標準的な2段積み


41号
低い墳丘に天井石露出、手前の石は動かされている


天井石隙間から覗ける


石室後部は良好に残る、奥壁は2段積み+平石


42号
手前42、右奥42号


開口部


石室良好、奥壁は四角い石+厚めの平石と標準タイプ


奥から外


43号
手前43、右奥42号


開口部


笹が生えるも石室良好、奥壁標準タイプ


44号
低い墳丘が残る


開口部


土砂が入るが石室良好、奥壁は3段積み


奥から外、この群では少ない右片袖式


45号
左45、右47号、一見前方後円墳風


開口部


長い石室が残るがかなり歪んできている、左側に縦長の石が袖石風に埋め込まれている


袖石部分から奥


奥壁は鏡石+詰石、詰め方はやや雑


奥から外、かなり歪んでいる様子がわかる、まぐさ石が一段下がっている


47号
45号から見た墳丘


開口部


石材の面が整えられた側壁、奥壁はほぼ標準タイプ


奥から外


48号
斜面に残る墳丘


石室正面、前上部は壊失


石室良好、側壁石材は小型、奥壁は3段積み


奥から外


49号
低い高まりが残る


天井石露出、石材が動かされている


奥壁も側壁も四角い石+平石と同構造なのが面白い


50号
墳丘、だんだん斜面が急になる


草むらに埋もれた開口部


長い石室が残るが右がやや孕んできている、奥壁は標準タイプ


57号
墳丘、石室正面、内部は埋没


61号
急斜面の割によく残る墳丘


墳丘、石室正面


土砂が入るも石室良好、匍匐前進になるので入室は諦め


62号
墳丘


石材露出


石室内に土砂流入、掻き出した跡があるような


64号
一番上辺り、ここから上は更に急傾斜で古墳はなさそう


僅かに開口


内部は殆ど埋没



1995年

分布図、1-6号、中央の1-3号が南西に平行移動した


全景、歴史広場から見た古墳群、林の奥かなり上方まで分布、手前の2基が発掘後埋め戻された5,6号、5号の奥に状態の良い石室仮11号が見えている


1-3号
移築復元、手前3号の脇には小石室がある


1号
玄室


2号
玄室


3号
玄室、移築したことを思わせる石の数字が生々しい


3号墳丘脇に造られた小石室、主室の埋葬者との関係は?


(以下の数字は仮番号)

仮11号
石室正面、残存石室の中では最大で状態も良好


玄室、立ったまま入れるほどの大きさ


右側に小さな袖石が突き出ている


仮12号
玄室


仮15号
大半が無袖式の中で数少ない片袖式


仮16号
玄室


仮18号
奥壁はこの様な大小2段積みが多い


仮25号
玄室


仮28号
玄室


仮34号
一番上辺りにある墳丘、かなり急傾斜地


(見学記)
(2013年)
20年ぶりくらいに再訪してみました。かっては雑木林の中に笹原に覆われた墳丘があったのですが林は大分伐採され笹原も刈られて見学しやすくなっていました。と言っても歩きやすいのは遊歩道だけでそこを外れると歩きづらいです。一番下にあるのが移築復元された1-3号、その脇にあるのは4号かと思っていたら9号でした。遊歩道を上っていくと墳丘が点々、番号を書かれた表示板がありますが殆どは倒れかかっています。中には移動しているのもあるらしく下の方で3号と書かれていたのがありましたが3号は移築されているから明らかにおかしい。また最大の石室は私有内になっています。石室は多く開口していますがまともに開口しているのはなく狭い開口部から入ったり天井隙間から入ったり等苦労するのが多い、それでも腹這いになって入るようなのが殆ど無いのは幸いですが。それにしてもこんなに開口していたかなと思うくらい沢山の石室がありましたね。1-3号が歴史広場になっていて駐車可。

(1995年)
麓近くの斜面に分布、一番下方にあった1-3号が道路の付け替えによって揃って平行移動され石室を移築墳丘を復元、現状維持の4号墳と共に歴史広場として公開されています。墳丘はまるで尖り帽のよう、元の形はどうだったのか分からないがどうもこの形は違和感を覚える。石室の中に入ると壁の石に数字が書き込まれていていかにも移築復元されたことを思い起こさせる。ここから斜面上方を見ると芝生に覆われた5,6号がある。これは発掘後石室は埋め戻された。更に斜面を登っていくと古墳が密集している。墳丘が流れ去り石室が崩壊しているのも多いが中に入れるのも幾つか残っている。次から次へと見つかってどんどん上に登っていく、最終的には70基ほど確認できたがはっきり言って疲れた。水平方向に造る余地があるのに高い所に造っていったのは集団間のテリトリーがあったんだろうか。なお現在は藪が茂ってきていて見にくくなっている。
[ 2014年10月02日 07:52 ] カテゴリ:総社市 | TB(-) | CM(4)
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