三石横穴墓群

熊本県相良村 2014年3月訪問

7基(番号仮称)

1号
位置:32°12′55″N 130°48′10″E

河岸段丘崖面に掘られた横穴墓、見学しやすいのはこの2基だけか


説明板と標柱の遺跡名が少し違う、検索する時こういうのは困るんだよね


四角い額縁型の開口部


内部屋根はドーム状


何故か右半分だけ京ヶ峰横穴に見られる段差がある


床面左右には屍床、奥にあるかははっきりしない


奥から外


2号
こちらも額縁型だが1号に比べて掘り方がぞんざい


内部の掘り方も粗く段差はなさそう


見学記
相良村柳瀬、川に面した崖面に開口した横穴墓で7基ありますが見学出来るのは2基だけかな。ここもナビに案内させるとすぐ上を道路が通っているのでそこに案内されます。北側にある三石橋から下に降りていけて崖面沿いの道路を行くと説明板が立っています。左側のは入り口が縦長額縁状の彫り込みもあります。内部は左右に屍床があるようですが奥のははっきりしない。ここにも壁面に京ヶ峰と同様の段差がありますが何故か右半分だけです。右側は入り口はやや大きいですが内部には特にこれといった特徴はありません。前に駐車スペースあり。村史跡。
近くにある小原横穴墓は行くのが困難なようでパス。途中まで行ったけど車で行くのはやばそうだ。
[ 2015年07月30日 08:01 ] カテゴリ:相良村 | TB(-) | CM(0)

石坂鍋野古墳群

熊本県相良村 2014年3月訪問

全景
位置:32°14′35″N 130°48′38″E
畑の中に点々と墳丘が残る、藪のようになっているのがたいてい墳丘


反対側から


その1
切り石状の石材が露出


その2
奥に見えるのが玄門袖石でしょうか、手前の石が側壁とすると左の石の位置が変


その3
こちらも奥の石が袖石か、手前の石が側壁とするとやはり位置が変


その4
奥壁か側壁か


その5
基部の石材が僅かに露出


その6
標柱があるが字は読めない


その7
僅かに石材露出、こんなのばっかし


見学記
相良村深水、川辺川に架かる相良大橋北西の高台、溜池南側にある群集墳です。現状では小さな墳丘に僅かに石室が露出する程度、なんとか石室構造が分かるかなと思えるのも1基程度です。何故か古墳に茶の木が植えられていて存在だけはわかりやすいです。溜池は細長く小さな谷筋を堰き止めたようで川辺川でなく小さな谷筋に面した群集墳だったのかな。
[ 2015年07月30日 08:00 ] カテゴリ:相良村 | TB(-) | CM(0)

京ヶ峰横穴墓群

熊本県錦町 2014年3月訪問

3基、装飾横穴

全景
阿蘇凝灰岩の崖に立地、全3基と横穴群としては小規模


中央1号、左2号、3号は不明


1号
玄室長2.6,幅2.5,高1.8m
位置:32°12′03″N 130°48′10″E

左右の崖面に浮き彫り装飾がある


四角い開口部、横穴としてはそれ程複雑ではない、左側に線刻模様


線刻拡大、当時のものなんだろうか


右側2基の靭浮き彫り


大きい方を拡大、赤い色も残っていて矢を表現しているようだ


左側2つの楯と車輪状紋


右側のを拡大、赤い色が残る、楯の左には剣の浮き彫り


横穴内部はドーム状、中段に狭い段差がある


段差の様子、壁面の穴は後世のものか


奥から外


2号
開口部、左右は壊れて広がっているのかも


内部はドーム状、段差は無し


見学記
錦町西、国道に大きな案内表示が出ていてそこから2km程、でも見落としたのかもしれないけど次の曲り角で案内がなかったからあれだけでは行き着けないぞ。球磨川に面した阿蘇溶結凝灰岩に掘られた横穴墓群です。たった3基(見学できるのは2基だけ)と数は少ないですが表に掘られた浮き彫り装飾がここを有名にしています。靭盾車輪人物など色々特に靭は矢まではっきり表現されています。内部は横穴によく見られる屍床はありませんが壁面高さ1mの所に小さな段差が付いているのが特徴です。隣の2号は1号に比べると特に特徴もない平凡さですね。駐車場あり。県史跡。
[ 2015年07月23日 08:02 ] カテゴリ:錦町 | TB(-) | CM(0)

亀塚古墳群

熊本県錦町 2014年3月訪問

前方後円墳3基

1号
前方後円墳、TL40,RH2.3
位置:32°11′43″N 130°49′49″E

住宅地の中に挟まれるように墳丘が残る


前方部端に古墳群の標柱、ここに説明板があるがこれを一番最後に見つけた


前方部から後円部


後円部から前方部、変形を受けながらも何とか前方後円墳らしい姿が残っている


後円部頂には桜の木、目印になるかな


2号
前方後円墳、TL45,RH2.8
位置:32°11′41″N 130°49′44″E

1号西側、墳丘だけ史跡のようでギリギリまで家や耕作されている


前方部から後円部


後円部から前方部


側面


3号
前方後円墳、TL50,RH2.8
位置:32°11′36″N 130°49′52″E

ショップ駐車場(閉鎖)に残る墳丘


一見円墳のようだがこれは後円部


反対側に前方部端が残る、1,2号は前方部北向きだがこれは西向き


見学記
錦町西、国道沿いにあるにしき幼稚園周辺にある前方後円墳3基からなる古墳群です。球磨地方にある前方後円墳はここだけだそうだ。1号は幼稚園北西、住宅に挟まれるように窮屈な姿で残っています。墳丘は随分低くなっていますが前方後円墳らしい姿を残しています。墳丘上に説明板が立っていますがここが一番目立たないんだけどな。実際ここを一番最後に見つけた。西側50mの所に2号があリます。これも1号と同様な状態。国道を挟んだ南側ディスカウントショップ(閉店)駐車場内にあります。最初は大小2基の円墳かと思ったけど小円墳と思ったのは前方部端のようです。ここは2号を探している内に見つけました。1号が県史跡、2号が町史跡。
[ 2015年07月23日 08:01 ] カテゴリ:錦町 | TB(-) | CM(0)

四ツ塚古墳群

熊本県錦町 2014年3月訪問

4基、現存3基(番号仮称)

1号
位置:32°12′54″N 130°51′48″E

畑地帯の中に大きな墳丘が裸で残る


説明はここに標柱があるだけ


1号から見た2号(手前)3号(奥)


2号
竹やぶに覆われた墳丘、右奥1号


3号

こちらも裸、1号とほぼ同規模か



墳丘裾が削られているようだ



見学記
錦町木上南、元は4基あったそうですが現存3基なので地図には三ツ塚古墳群とも書かれています。あまり名前は変えて欲しくないな。3基の円墳は結構大きく国道からも見えています。現在2基が完全裸の状態ですが側にビニールハウスがあったりして見通しは悪かった。道路脇にあるのに標柱が立っているけど字がかなり掠れている。それによると馬塚、金塚、○之塚(○の字は読めず)と固有名が付いていたようです。更に凝灰岩切り石石室があり5世紀の古墳とも書かれていたけど切り石石室で5世紀はちと疑問符がついた。多分町史跡。
[ 2015年07月23日 08:00 ] カテゴリ:錦町 | TB(-) | CM(0)

鬼の釜古墳

熊本県あさぎり町(旧免田町)2014年3月訪問

円墳、R11,H4.5(現状)
横穴式石室、玄室長2.4,幅1.9m
位置:32°14′40″N 130°54′21″E

県道脇に保存されている、南向きに開口


墳丘は石室をやっと覆う程度に残る


石室正面、羨道は元々短いようです、手前に扉石が倒れている


刳抜式玄門、扉があるが壊れている


玄門下部は階段状、手前も一段下がっていて中央が高くなっているもよう


石棚のある玄室、石棚は板石状に加工されている


〃縦位置、石棚の上と下で石積みが随分異なる


上部の石は内刳がされている、石棚の上に乗せるための空間確保でしょうか


斜め下から見上げた様子、同じ場所がひび割れしているのは偶然か


狭い天井、画面下が奥壁側


右側壁、下部が内刳され鏨の跡も残っている


反対側はそれ程の加工はなし、右上が石棚を嵌め込むよう加工されている


奥から外、見事な刳抜式玄門


見学記
あさぎり町免田東、国道219号免田東交差点から北に曲がって県道186号を真直ぐ行くと川の手前に墳丘があリます。広い田園地帯で道路脇にあるからすぐわかります。北下がりの緩斜面ですが南西向きに開口、羨道は殆ど失われているのか初めから短かったのか、でも玄室完存です。玄門は見事な刳抜式、通路部分が階段状にした細やかな細工、手前に倒れているのは閉塞扉でしょうか。玄室は左右の側壁は基部に巨石を据えていますが左側はその上も大型石材なのに右側は基部の石に軽い内刳がありその上は小型石材と大分違いがある。奥壁は2段積みで石棚があります。その上の石は奥壁とも天井石ともつかないが内刳されていて空間を確保しているのかな。右側の側壁もやや内刳がありますね。石棚と上部の石に同じ箇所にヒビが入っているのを見ると同時にひび割れしたんでしょうか。石室上部はやや持ち送りされたドーム状、天井石は普通奥方向に並べられますがここは横方向に小型の石材を並べるなどずいぶん変わっています。精緻な所もあれば荒っぽい所もあるし巨石もあれば小型石材もあるというチグハグ感のある石室でした。県史跡。
[ 2015年07月16日 08:01 ] カテゴリ:あさぎり町 | TB(-) | CM(0)

才園古墳(才園2号)

熊本県あさぎり町(旧免田町)2014年3月訪問

横穴式石室、玄室長2.22,幅1.22,高1.20m
位置:32°13′31″N 130°52′13″E

公園の一角に保存されている


完全露出した石室を覆い屋で保護


玄門には板石を使った扉石が残存


奥壁外側


側壁東側、基部は1枚石巨石、左側は袖石と羨道側壁


側壁西側、一部補強の石材なのかな


天井を失った玄室、赤い色がはっきり残る


玄門奥から、こちらは初めから色がなかったのかな、左側の石は立柱石?


玄室斜め前上から、基部が巨石上に平石、こちら側からだと側壁は2枚に見えてるな


〃反対側、こちらは1枚石


見学記
あさぎり町免田西、国道219号からおかどめ幸福駅方向に北に曲がると踏切の手前で案内表示があるので左に曲がっていきます。道が細いので踏切を渡ってから左折し600m程行ってから左に曲がって登って行くほうが楽かも。小さな公園内にありますが石室完全露出覆い屋で保護、柵に囲まれていますが特に鍵はかかっていません。巨石を使った石室で玄門には板石の扉石も残っています。なので中には入れないけど天井を失っているので中は覗けます。奥壁や側壁に赤い色がはっきり残っています。当時は内部は真っ赤だったんでしょうか。すぐ近くの藪の中に3号があるそうですがよく分からず。地図にも載っていましたが東側200m程ずれている。多分役所の資料が間違っているんだろうな。県史跡。
[ 2015年07月16日 08:00 ] カテゴリ:あさぎり町 | TB(-) | CM(0)

小鼠蔵古墳群

熊本県八代市 2014年3月訪問

3基、2号は不明

遠望:かっては島だった丘陵上に立地、登るのは非常に困難


1号
竪穴式石室
位置:32°28′45″N 130°34′31″E

竪穴石室の天井部露出開口


開口部から見た内部(掃除後)、薄い板石を使った箱式石棺、左に破壊された蓋石、石室下部は板石で囲む


良好に残る竪穴石室


入室して撮影、赤い顔料が残る


〃(縦位置)


持ち送りされた石室上部、天井石


4枚目と反対側、石棺蓋石の一部が残る


南側側壁


北側側壁、上部の方が石材がやや大きいような


3号
箱式石棺

板石を使った箱式石棺が露出


蓋石が割られ半分残っている


石棺上から


北側側壁材に円文線刻3、右下のは撮影時には気がつかなかった


上側二つの円文、真円ではないな、南側側壁にも円文があるそうだ


蓋石には側壁材に嵌め込む溝がある


見学記
八代市鼠蔵町、球磨川河口に当時は島だった小丘が2つあり北側のを小鼠蔵(こそぞう)南側のを大鼠蔵(おおそぞう)と言います。この頂部にある古墳群です。県内だけではない全国的にみても行くのが困難な古墳群の一つです。場所が分かりにくいなら初めからパスする手もあるけど場所はすぐ分かるしな、しかも特異な石室が開口しているから行かないわけにはいかないしな。何処でもそうですが行くときは自己責任でお願いします。頂部のほぼ中央にあるのが1号、竪穴石室で天井側が開口しています。小口積みなのは竪穴らしいですが長さはそれ程なくむしろ横穴石室に近い感じです。内部に板石で構成された箱式石棺がど真ん中に鎮座、蓋石が割られて一部残っている(これが中に入る時の足場になる)。壁面周囲も板石で囲われている、これは明らかに基部の石でなく囲いの為の石ですね。西端に3号があって箱式石棺が露出、やはり板石で構成されていますが1号に比べて板石が厚い。蓋石は割れて内部に落ちてますが下面に浅い溝が彫られ身の部分に嵌め込むようになっています。身の内側に円文線刻があります、鏡の代用でしょうか。3個あるそうだが2個しか確認できず。反対側にもあるそうですが蓋石の陰になっています。東端にも僅かな高まりがあってこれが2号なのかな。低い丘だけど登るのが大変、痕跡道さえありません。それ以前に登り口を探すすのも大変、南側に廃屋があり隣の家との境辺りから登り始めます。初めこそ痕跡道がありましたがすぐ消えて後は覚悟を決めてジャノヒゲが生えている急斜面を直登、ジャノヒゲの葉を鷲掴みにして何とか登れました。軍手必至です。ただ国土地理院の地図を見ると上は果樹園になっていて実際それらしき樹木も植えられていて長い梯子も残っていました。さすがに上で作業するには山道が必要だろう、もうやってはないようだけど何処かに道が残っているかもしれないな。登りも大変だけど下りも大変、降りる最中にデジカメがケースごと転がり落ちて大慌て、止まれと念じて何とか見える範囲で止まってくれたけどあんなとこで行方不明になったら大事だった(大汗)。苦労はするけどその甲斐のある古墳群でした。廃屋敷地内に駐車可。市史跡。
地形図で測定してみると麓と頂上との比高は約25m水平距離は約50m、平均斜度は26,7度なんですね、45度にも達してないんだ。人間の目には殆ど垂直の崖に見えるけどね。
[ 2015年07月09日 08:01 ] カテゴリ:八代市 | TB(-) | CM(0)

大鼠蔵古墳群

熊本県八代市 2014年3月訪問

遠望:かっては島だった干拓地内の丘陵


分布図:(説明板より)


北側登り口:この左右に箱式石棺があるはずだが全く見られず


楠山古墳
竪穴石室
位置:32°28′33″N 130°34′23″E

丘陵頂部に立地、これが墳丘でしょうか


竪穴石室を覆い屋で保護


すり鉢状の穴の中に竪穴石室がある、入ると出られそうにもありません


尾張宮古墳
横穴式石室
位置:32°28′29″N 130°34′23″E

社殿背後に横穴石室、覆い屋で保護、後方が墳丘かと思ったよ


見学記
小鼠蔵に比べてこちらは大分大きいですが古墳は2つのピークにある2基だけ。楠木山古墳、尾張宮古墳と大層な名前が付いていますが見学的には面白味はありません。北側の神社参道から登って行き頂部にあるのが楠木山大きな墳丘が残っているようです。墳頂に竪穴石室露出トタン張りの覆い屋で保護されていますが中を覗いてみると大きな穴ぼこ中に入ると蟻地獄のようで外に出るのが困難だし泥だらけになりそうなのでパス。ここに入れば石室内部が覗けるんですけどね。更に南に行くともう一つの神社がありここに説明板があります。社殿背後にトタン張りの覆い屋がありここに横穴石室があるそうです。少し離れた所が高まりになっていてそちらが墳丘かと思ったよ。説明板には一見前方後方墳のような形状で描かれているしね。ここから石段を降りて行くと麓辺りに横穴石室の残骸がある、前に石仏が立っているけど写真は撮らず(グーグルストリートビューで見ることが出来ます)。また北側麓辺り3箇所に箱式席官軍がある。分布図の数字に丸印で囲まれているのが3つあってそれが現存しているのかな。でもそれらしき場所に行っても何もなかったような。北側鳥居前に駐車スペースあり。県史跡。
[ 2015年07月09日 08:01 ] カテゴリ:八代市 | TB(-) | CM(0)

産島古墳

熊本県八代市 2014年3月訪問

箱式石棺3
位置:32°33′13″N 130°35′24″E

干拓地の中の僅かな高まり、かっては島だったんでしょうね、説明板は貝塚ので古墳の説明はなし


箱式石棺3基だそうだがここ辺りかな


2号の蓋石が見られるだけ


見学記
古閑浜町、干拓地の中の丘とも呼べないような小さな高まり当時は島だったんでしょうね。人が住めるとも思えないけど貝塚(こちらが史跡)があるから人が住んでいたのかな。古墳は箱式石棺3基、でも見られるのは2号の蓋石程度でわざわざ来るほどの場所ではありません。
[ 2015年07月09日 08:00 ] カテゴリ:八代市 | TB(-) | CM(0)

高島古墳群

熊本県八代市 2014年3月訪問

箱式石棺
位置:32°31′05″N 130°34′46″E

2号箱式石棺を公園内に移築、もう一つあるようですが見逃した


蓋石が見られるだけ


見学記
高島町、こちらも干拓地の中の丘陵、割と大きく標高も30mくらいあって当時でも人が住めるかもしれません。ここに移築箱式石棺があるというので序でだったので寄ってみました。箱式石棺があったけど蓋石しか見えない状態なのでさっさと撤退しましたがまだ他にもあったようでそれも古墳奮闘に載っていた(汗)。かまどねこさんはこんな所まで来ていたのね。それでもわざわざ来る程の場所でもありませんが。
[ 2015年07月09日 07:00 ] カテゴリ:八代市 | TB(-) | CM(0)

大王山古墳群

熊本県氷川町(旧宮原町)2014年3月訪問

現存2基か

2号
横穴式石室
位置:32°32′38″N130°40′54″E

周囲がすっかり削られている、と言ってもこれは墳丘ではない


墳丘流失、巨石板石を使った石室露出


右斜め前から


巨石板石の加工度が素晴らしい


背後奥壁、これもかなり加工されている


3号
竪穴石室、長7.2,幅2.2m
舟型石棺
位置:32°32′35″N 130°40′54″E

墳丘がよく残り上部に竪穴石室、覆い屋で保護


板石を使った竪穴石室と舟型石棺


蓋石半分破壊、身の長辺側に溝がある


石棺内部、奥に石枕がある


蓋石の穴、これは小さくて実用になったかどうか


見学記
氷川町早尾、墓地公園南西、護念寺南側にある古墳群です。2,3号が見学可。墓地の中にあるのが3号、墳丘はよく残っていて頂部に竪穴石室露出、覆い屋で保護され鍵がかかっていますが近所の家で鍵を借りられます。板状の石を小口積みにした竪穴石室で7.2m×2.2mの大きさ、内部いっぱいに舟型石棺がありますが蓋石が半分くらい失われています。ここにも室山古墳同様縄を通す穴が付いていますが位置からして左右3箇所ずつくらいあったもよう。身には石枕がありますが蓋石のある奥の方にあるので窪みの状態は見えません。覆い屋扉を開けたら10匹以上のヤモリがワラワラ落ちてきた、苦手な方は注意しましょう。北側に2号があリます。巨石板石で構成された玄室が残っていますが内部は埋没しています。周囲が土取りで石室部分だけ孤立状態で悲惨な状況です。史跡。
南側に”古墳群まで300m”の案内表示があって遠すぎるなと思ったけどそれに従って車で行ったけど途中でやばそうな感じがしたので引き返したけどあのまま行ってたら大変だったかも。
[ 2015年07月02日 08:02 ] カテゴリ:氷川町 | TB(-) | CM(0)

室山古墳

熊本県氷川町(旧宮原町)2014年3月訪問

舟型石棺、箱式石棺(移築)
位置:32°32′54″N 130°41′07″E

石棺2基移築、覆い屋で保護


右が1号舟型石棺蓋と身、左は2号箱式石棺


舟型石棺はかなり破壊されている


内部に石枕、人頭状の窪み


側面には小さな縄掛け突起、穴も空いてます


縄を通すには十分な大きさ


貫通しているようです、実用だったんでしょうか


見学記
墓地公苑に入って行くとすぐ右側に車止めで通せんぼされた山道があります(そんなのなくても車が通るのは無理)。そこを入っていって茶畠背後の林の中にあります。覆い屋で保護された舟型石棺、蓋石は破片になっていますが身は良好に残っています。内部に石枕があり陣頭状の窪みが付けられています。蓋には縄を通したのか両側に穴が開いています。ただ側面側はかなり小さくて実用になったかどうか。側に箱式石棺がありますがこちらは宮原小学校新築の際発見されたそうです。
[ 2015年07月02日 08:01 ] カテゴリ:氷川町 | TB(-) | CM(0)

上平原古墳

熊本県氷川町(旧宮原町)2014年3月訪問

横穴式石室(移築)
位置:32°32′57″N 130°41′12″E

公園内の道路脇に石室移築


上部を失った石室、凝灰岩巨岩4個で構成


入口側の石材には刳抜きの跡、刳抜式玄門だったんでしょうか


内部にはコの字型屍床


右側のがやや幅が広く仕切り石材も大きい


見学記
氷川町宮原、宮原小学校東にある桜丘墓地公苑内に石室が移築されました。駐車場手前道路脇にありすぐわかります。玄室基部しか残っていませんが各壁は凝灰岩巨石1枚石で構成されています。玄門は刳抜式のようで刳貫のようで僅かにその跡が残っています。玄室床面には横穴墓でよく見られるようなコの字型の屍床があり板石で区画されています。
[ 2015年07月02日 08:00 ] カテゴリ:氷川町 | TB(-) | CM(0)
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