亀山古墳群

岡山県瀬戸内市(旧牛窓町)2014年1月訪問、4月再訪

3基

1号
横穴式石室、全長8.5m、玄室長5,幅1.5,高1.1m
位置:34°37′10″N 134°10′28″E

尾根先端に立地、はっきりした高まりが残る


石室正面、南に開口


斜め前から、羨道上部が失われている


開口部、天井石がパックリ割れている、落ちているのは側壁石材でしょうか


見事な割れっぷり、よく落ちなかったな、泥が絡まった根っこがぶら下がっていると入りにくい


石室内部はやや埋まるも割と良好


奥から外、左片袖式


2号
横穴式石室、玄室長3.9,幅1.5,高1.8m(現状)
位置:34°37′07″N 134°10′25″E

丘陵麓辺り、僅かな高まり


開口部、前部はかなり破壊


正面、天井が残るのは後部だけ


奥壁はほぼ1枚石、側壁石材は小型だが面が揃っている


奥から外、土砂で埋まる


3号
横穴式石室、石室全長5.5m、玄室長4,幅1.3,高1.6m
位置:34°37′12″N 134°10′32″E

斜面の尾根上高まりを利用して構築、地形が読めると却って探せないというベテラン泣かせの古墳


石室正面、天井石が分厚い


前部がやや壊失も概ね良好


細長い石室は良好に残る、左側壁は根っこでガード、右側壁は腰折れ気味


奥壁は下部に四角い鏡石、上に小型石材


奥から外、僅かな幅の両袖式かな


見学記
瀬戸内市牛窓町牛窓、牛窓神社がある丘陵に分布する3基からなる古墳群です。神社から南の参道階段を下りていき鳥居の所から西に降りていく参道があるのでそちらに曲がり出口辺りの下側斜面に小さな墳丘が見えています。これが2号、南側に開口するも石室前部は破壊埋没、後部しか残っていません。奥壁は縦長の巨石1枚石です。1号はこの北東斜面にあるはずですが結構広範囲を探したが見つからず、それ程見通しの悪い場所でもないのでこれは根本的に間違った場所を探しているかなと思って方針転換、尾根の上に上ってみたら先端部にありました。墳丘は割とよく残っていて南に開口、先端天井部が割れ破片が落下それ以外は良好に残っています。細長い石室で無袖式でしょうか、奥壁は2段積み。しかし土が絡まった根っこがぶら下がっているような所は入りにくいな。ここから神社が見え歩いていくとトイレの裏側に出ました。結果的にトイレから行くのが一番近道みたい。3号は東側斜面にあるそうで結構探してみたが見つけられず。ありえないような場所にあるそうだ。神社北側に駐車場有り。
3号再挑戦してあっさり見つかりました。前回ここより下は傾斜が急でないなとパスした場所でした(汗)。僅かな尾根状高まりを利用しているようです。墳丘は殆ど流失石室が露出していますが細長い石室は割と残っているようです。奥壁は四角い鏡石+小型石材積み上げ。左側壁に木の根っこが這っていますが補強してんだか壊してんだか。右側壁は腰折れ気味です。
[ 2015年08月27日 08:01 ] カテゴリ:瀬戸内市 | TB(-) | CM(0)

スクモ塚古墳

岡山県瀬戸内市(旧牛窓町)2014年1月訪問

横穴式石室、全長8.0m、玄室長3.2,幅1.6,高1.8m
位置:34°37′33″N 134°09′59″E

丘陵尾根筋に立地、墳丘は割と残る


反対側、ここから下は急斜面


南南東に開口、手前石材が羨道入り口辺りでしょうか


開口部、入口前の木が邪魔


羨道は後部が半分くらい残る


持ち送りのある玄室、左側壁はやや孕み気味、奥壁は土砂が流入して殆ど見えず


奥から外、右片袖式、内部に石材散乱


墳丘後方から、右が高く左が低くなっている様子がわかる


奥壁上部が露出、動かされているかも


見学記
瀬戸内市牛窓町牛窓、牛窓オリーブ園北東に伸びる丘陵尾根筋にある古墳です。県道226号を下から上ってくると2度のU字カーブを過ぎて左下にため池があります。その辺りから反対側の畑の中のセメント小道を上っていきます。途中の交差する道を右に曲がり上っていきます。舗装は続いていますが尾根近くでは藪になるけど強行突破、尾根は元畑で開けていて下側の雑木林の中に入ると墳丘がよく残った古墳が見えてきます。南南東に開口していますが奥壁側もやや破壊されて開口、それ以外はよく残っていますが奥壁は土砂が流入して殆ど見えません。右片袖式で石室も割と大きいですが端正な墳丘が見所ですが奥壁が見られないのがマイナスポイント。
[ 2015年08月27日 08:00 ] カテゴリ:瀬戸内市 | TB(-) | CM(0)

寒風古墳

岡山県瀬戸内市(旧牛窓町)2014年1月訪問

円墳、R6.5
横穴式石室(埋戻し)
位置:34°39′05″N 134°08′24″E

寒風古窯跡遺跡内にあるが石室埋戻し


県内唯一須恵器床を持つ(説明板より)


見学記
瀬戸内市牛窓町長浜、寒風陶芸会館北側に寒風古窯跡がありその中にあります。元々石室しか残っていなかったようですが現在は埋め戻され奥壁最上部が見えている程度です。県内唯一の須恵器床を持った石室で古窯跡との関連もあり学術的には貴重ですがわざわざ見に来るほどのものでもありません。会館に駐車場有り。
[ 2015年08月27日 08:00 ] カテゴリ:瀬戸内市 | TB(-) | CM(0)

片山古墳群

岡山県赤磐市(旧赤坂町)2014年1月訪問

2基

全景:谷の奥、左斜面に1号、右斜面に2号、撮影地でさえ既に谷の奥なんですけどね


1号
横穴式石室、玄室長3.5,幅1.8,高1.3m(現状)
位置:34°50′32″N 134°01′47″E

斜面麓辺りに立地、墳丘殆ど流失、段差になっていて前部崩壊


露出した天井石


内部は多少埋まるも良好


奥壁は平石を積み重ねる


奥から外、無袖かな、最前部天井が一段下がる


2号
横穴式石室、1.5,1.7,1m(現状)
位置:34°50′29″N 134°01′46″E

山道から藪の奥に見えている


石室はかなり破壊され状態はよくない


奥壁辺りが何とか残っている


1号とよく似た奥壁の積み方、切り石状でこちらの方が新しいかな


左奥壁、右側壁


見学記
赤磐市惣分、福市八幡宮北東200m辺り谷奥の更に支谷の両側に分布する2基からなる古墳群です。見通しも悪くなんでこんな所にと言った場所、しかも1号は一応谷北側の南向き斜面だけど2号は反対側の北向き斜面で住宅物件ではないけれどかなり立地が悪そう。1号周辺に幾らでも立地出来そうなのにね。1号は斜面麓辺り元は果樹園だったそうで段差部分にあり墳丘殆ど流失石室前部は崩壊しています。内部は土砂が流入入り口にも木が生えていますが何とか入れます。側壁奥壁とも小型の石材を積む。2号は1号のほぼ南側で側を山道が通ってますが藪の中でちょっと分かりにくい。石室はかなり崩壊し奥壁辺りが何とか残っています。奥壁の積み方は1号とよく似ていますが切り石状でこちらの方が新しいかな。谷の中を舗装路が通っていて行けるとこまで行くと行き止まりなので駐車可。
[ 2015年08月20日 08:01 ] カテゴリ:赤磐市 | TB(-) | CM(0)

塚畑古墳

岡山県赤磐市(旧吉井町)2014年1月訪問

横穴式石室、4.7,1.5,1.5m(現状)
位置:34°52′40″N 134°01′37″E

民家敷地の間から見えています、これは訪問後なので普通は開口部は分からず


よくある段差部分に開口、石室確認の為少し開けたけどその前は全く見えてなかった


横から、墳丘は全く分からず


石室内部はやや埋まるも割と良好、多少掃除した後


奥壁も側壁と変わらない小型石材、最奥の天井が1段下がる、天井石落下寸前


奥から外、右片袖かな、最前部の天井石も1段下がっている


見学記
赤磐市仁堀東、丘陵麓近くの緩斜面に構築された古墳です。階段状の水田の段差部分に開口していますが墳丘の高まりもないし入り口も藪で隠され一見分からない状態です。でも内部を覗くと細長い石室がよく残っています。側壁奥壁も中小型の石材、右片袖でしょうか天井部も一段下がり玄室と区別しているようです。手前の民家に白い蔵のようなのがあるのが目印。段差部分に開口しているのはよくありますがここまで偽装されているのも珍しい。
[ 2015年08月20日 08:00 ] カテゴリ:赤磐市 | TB(-) | CM(0)

高田古墳群

岡山県赤磐市(旧吉井町)2014年1月訪問

3基

1号
横穴式石室
位置:34°53′23″N 134°04′34″E

完全露出した小型石室、背後の民家敷地内に2号がある


石室正面、羨道壊失


石室内部、これでよく崩壊しなかったなと思うレベル


石室背後、枯れ葉が積もっているが封土は全くなし


2号
横穴式石室

民家敷地内、前の道路から見えている


石垣の中でなく少し前にあるようだ


石室正面、左右の袖石が幅広い


石室内部、状態はよくない


3号は基底部のみ、勘違いで見つけられず

見学記
赤磐市稲蒔、3基からなる古墳群です。集落の一番上(南側)の民家敷地内にあるのが2号で石垣部分に開口しているのが道路からも見えていますが内部は埋没しています。その東側ため池との間にあるのが2号で小型の石室が完全露出しています。後ろ半分くらいしか残っていない模様。完全露出でも大型の石材だと自らの重みで安定して立っていられるだろうがこれ程の小型で崩れずによく残っているもんだ。更に上の方に鬼子母神堂がありその手前に3号石室基部が残っているそうだ。ため池東側にもお堂がありそれを鬼子母神堂と勘違いして見つけられなかった。
[ 2015年08月20日 08:00 ] カテゴリ:赤磐市 | TB(-) | CM(0)

戸瀬池古墳

岡山県和気町(旧佐伯町)2011年2月訪問、14年1月再訪

横穴式石室
位置:34°50′46″N 134°04′47″E

(11年)

ため池北岸に開口、水面すれすれ微妙な位置にある


望遠で撮影、内部は良好に残っているようだ


近寄って撮ると正面が撮れない


(14年)

工事で減水した溜池


逆さ富士ならぬ逆さ石室、滅多に見られない光景


以前は石室下部まで水に使っていましたがこの時はご覧のとおり下まで見えています


堤から歩いてたどり着けます


石室正面、間近で見ると迫力あるな


2度と見られないかと思うと色んな角度から


墳丘は大分削られているが割と残っている


足元が洗われているがよく崩壊しなかったもんだ、水位が安定していたのが良かったのでしょうか


石室内部は意外と良好、土砂もそれ程流入してない


巨大な天井石、水が入った跡がくっきり残る


奥壁は基本的には2段積み、表面が整えられている


奥から外、両袖式、天井にヒビが入るがこれも中に入ってみないと分かりません


右側壁には柱状の石が埋め込まれている、その前後で石材の大きさが異なる


反対側は特に違いはなし


見学記
(11年)
和気町矢田部、築造当時は丘陵斜面にあったんでしょうが現在は谷がため池になっていて石室が水面上に露出しています。満水状態でもギリギリ水面上にありますが近づくことは出来ません。ため池堤から遠望するだけそれも一番近い北側からだと眺めることが出来ません。とんでもない方法で内部を撮った人がいますがとてもじゃないが上に行くのも諦めた。堤の上まで車が入れますがターンする際ため池に落っこちそうでちとおっかない(体験談)。

(14年)
以前はため池際に開口していて近づくことが出来ませんでしたが工事で水が抜かれ石室内にはいることが出来るとのことで急行してきました。近づいてみると巨大な石室が開口しています。羨道は殆ど壊失していますが玄室完存、割石はかなり加工度が高く壁面は平面に仕上げられ奥壁は巨石2段積み、両袖式で柱状の袖石が立てられています。天井石に大きな割れ目が入っているがこの状況にしては石室保存状況は良好です。背後の墳丘も良好に残っていて谷間に面した斜面に構築された様子がよく分かります。工事が終わるとまた下部が水没して入れなくなります。
[ 2015年08月13日 08:01 ] カテゴリ:和気町 | TB(-) | CM(0)

土生上古墳

岡山県和気町(旧佐伯町)2014年1月訪問

横穴式石室、玄室長4.8,幅1.8,高2.1m(現状)
位置:34°50′25″N 134°04′19″E

墳丘背後から、段差部分に残っている


天井に隙間、奥壁辺り


最前面の天井石、今にもずれ落ちそう


石室正面、前部崩壊、前は崖なので正面に立てません


石室内部は割と良好に残る


奥壁はほぼ1枚石、側壁は垂直に立ち上がる


左側壁、下がやや埋まるが前部は2段後部は3段積みか


右側壁もほぼ同様


奥から外、多分無袖


前部上の石が崩落したら天井も落下しそう


見学記
和気町宇生(うぶ)、丘陵斜面にある古墳です。土生(はぶ)コミュニティセンターから北に上っていくと段々畑とその上に墓地がありその東外れ雑木林の中にあります。地形が段々状に改変されその段差部分にありますが墳丘は殆ど流失、石室も前部が崩壊していますが後部5m程が残存しています。天井石は2枚残存、分厚い板状に加工され奥壁も巨石1枚石側壁も持ち送りがなく平面に仕上げられています。すぐ東側にも同様の段々畑と墓地があるので注意が必要(体験者談)、そちらからも行けないことはないですが猪除け柵の内側を歩いているときすぐ上にある石室を見逃したよ。14年現在すぐ西側で大規模な道路工事が行われていましたが古墳には影響なし。コミュニティセンターに駐車可。
[ 2015年08月13日 08:00 ] カテゴリ:和気町 | TB(-) | CM(0)

大村横穴群

熊本県人吉市 2014年3月訪問

27基(1-3号欠番)、一部装飾横穴
位置:32°12′49″N 130°45′22″E

全景
JR人吉駅背後にある横穴群、これは壮観


駅跨線橋からの眺め


阿蘇溶結凝灰岩崖面に構築、中央上部では柱状節理になりかけている


4号
右4号、左5号


開口部は石で塞がれているが当時の物なのかな、右側に靫等の浮き彫りがあるがはっきりしない、左の石垣は修復なんでしょうか


5号
開口部、周辺に線彫りがあるのは石垣のように見せているんでしょうか


上部に靫の装飾、右は線刻だが左は浮き彫り、崖面を平に整形して浮き彫りしているようだ


右側にも靫の線刻、上部に矢の表現もある、間にもう一つの靫と剣の線刻がある、曇り空だったので線刻がはっきりしないな


横穴内部、左右に屍床


上部は屋根型、線刻の縁取りがある


6a号
少し高い位置に開口、右は後世のもの


額縁型の開口部、左に靫、左上に剣のような浮き彫りがある


6b号
右から6a、6b、7、8、9号


閉塞石で塞がれている、当時の物なんだろうな


7号
右6a、中7、左8号


複雑な装飾(説明板より)


開口部の割に額縁部分が広い、上部に多彩な浮き彫り装飾


左に馬3頭、その下に馬と馬鐸、開口部上部に連続三角文と上に屋根?、その右に靫と弓


8号
開口部、周りを石垣状に見せているんでしょうか


9号
他とは変わった形の開口部


10号
右10号、左11号


2重3重の額縁状入り口、壁面が斜めになっている、左11号右上に靫の浮き彫り


11号
多彩な浮き彫り装飾(説明板より)


左側多数の浮き彫り、右側にも靫がある


12号
崩壊で奥しか残っていない


(13、14号見逃し)

15b号
節理面を巧く利用、右に見えているのが15a号、左や上部に開けた丸い穴は閉塞石を嵌め込んだのでしょうか、右にも閂を嵌め込んだような窪みがある


上部に多数の円文、線刻部分が幅広いので浮き彫りのように見える、壁面を削った跡もよく残る


右閂穴上下や左にも円文


玄室内部にも円文(矢印)、内部に線刻があるのも珍しいかも


16,17号
崩壊で奥しか残っていない


18号
右から18,19,20,21,22号(右端は後世)


開口部、僅かに額縁型


屋根型の内部、左に19号に通じる穴がある


19号
前面崩壊、内部はかなり大きい


18号に通じる穴、人が通るには小さすぎ


20号
右から20,21,22号、近接しているのに開口部の形がみな違う


左右に屍床、奥にはなくよく見かけるコの字型ではない


21号
こちらは屍床は片側だけ


23,24号
中23号、左24号、右は分布図に載っていないそうだ


(25,26号は崩壊で目立たないようです)

(おまけ)

5号から上って行く途中にありました、物置、防空壕?、でも左右の2基は入り口が額縁状になっている


右端の内部、入口辺りは機械で削られたような跡


左端開口部、額縁状になっている、物置などでこんな手間を掛けるかな


内部は奥で左右に分かれ更に奥がある、横穴墓を更に掘り進めたと言うことはないかな


見学記
人吉市城本町、人吉駅北側にある横穴墓でホームからも見えてます。広い範囲に分布するようですがとくにホームから見えるこの範囲が素晴らしく靫や円文など浮き彫りや線刻装飾が多く見られ阿蘇溶結凝灰岩の崖面も見事でここが特別な区画だったんでしょうか。近寄れないので双眼鏡を持っていったほうがよさそうです。一番東側(5号かな)の横穴が側まで近寄れ内部を覗けます。表には浮き彫りや線刻の靫が4つあります。内部にはコの字型屍床がありこの付近の横穴によく見られる壁面の段差もあります。階段を登った上にも横穴があるけど古墳時代か後世のものか不明、構造からして多分後世のかな。これで終わり次に出発と思ってナビを見ると西側に大村横穴西群の表示があるじゃないですか。慌てて行ってみたらそちらにもありました。多分その間も連綿として続いているのかな。こちらは保存状況はやや悪いですがそれでも内部の様子をよく観察できます。1基だけ円文の浮き彫りが多数あるのがあり貫抜穴かと思われるのもついてます。ここでも隣り合った横穴がトンネルで繋がっているのもありましたがこちらは人は通れそうもありません。どんな役割があったんでしょうね。見学しやすく横穴や装飾をたっぷり堪能できる横穴群でした。曇の日に行ったので線刻の見え具合がいまいち、晴れた日に時間帯を選んで行ったほうが良さそうです。駐車場あり。国史跡。
[ 2015年08月06日 08:00 ] カテゴリ:人吉市 | TB(-) | CM(0)
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