鳳張古墳群

兵庫県上郡町 2005年3月訪問、14年4月再訪)

円墳1,方墳1、他1

(2005年)

全景:谷状地形の奥に立地、左1,右2号


1号
方墳、14×21m
横穴式石室、玄室長6.5,幅2,高2.9m
石棚
位置:34°52′22″N 134°21′59″E

墳丘、石室正面、外護列石が巡っている


玄室、石棚


石棚


奥から外


2号
円墳、R27.5
横穴式石室、全長9.4m、玄室幅1.6,高2.2m

石室正面、山寄りで1号より若干高い位置にある


細長い玄室


玄室奥


奥から外


(2014年)

3号
横穴式石室
位置:34°52′32″N 134°20′13″E

1,2号の更に奥にある


谷筋に面した斜面に立地


石室前面は崩壊


石室後部は何とか残る、1,2号に比べると大分小型


奥から外、無袖かな、天井にヒビが入っている


(見学記)
(2014年)
上郡町船坂、1,2号の更に奥に3号があるというので行ってみました。1,2号から道を更に200m程進むと左右に道が分かれているので右に行き100m程で道を逸れて杉林の中を進み小川(この時は殆ど水が流れていなかった)を渡って更に奥、斜面裾辺りにあります。墳丘は割と残っていて南向きに開口、羨道天井石が転落して入り口を塞いでいますが玄室は側壁や奥壁がやや崩れ始めている箇所もあるが比較的良好に残っています。奥壁は複数の石材を組み合わせた荒々しい造りです。構造からして1,2号に先行するのでしょうがそれにしても何で1,2号を離れた場所に造ったというか3号をこんな谷奥に造ったというか。県道に案内板がありそこを曲がって橋を通ると柵があって慌てましたが鍵はかかっていませんでした。そこを通ると広い駐車スペースあり。

(2005年)
町中央部から県道90号を安室川沿いに西に行くと小さな案内表示が出ています。そこから川を渡って林の中に入っていくと2基の古墳が東西に並んで石室を開口させています。左が1号で方墳、右が2号で円墳です。1号は外護列石を巡らしていて今でも方墳らしい姿を残しています。石室も良好、奥壁には石棚もあります。2号は山寄りにあって1号よりやや高い場所に位置しています。こちらは無袖式で石室も良好、細長い石室です。天井石が磨かれていて線刻壁画があると説明板に書かれている。確かにそれらしいのはあるが引っ掻き傷としか思えない。それにしても人里離れたこのような谷の中にすばらしい石室があるのもいかにも終末期の古墳を思わせます。県史跡。
[ 2015年12月31日 08:20 ] カテゴリ:上郡町 | TB(-) | CM(0)

井の端遺跡

兵庫県上郡町 2014年4月訪問

7,8,12号を復元、遺跡公園として公開

7号
長形墳、15.7×9.7m、4C後半
箱式石棺、竪穴式石槨、木棺墓
位置:34°51′28″N 134°20′16″E

復元墳丘


手前に竪穴石室、後方に箱式石棺、奥に7号墳丘、8号の方が先行


どちらも蓋石を展示、出来れば片方くらい内部が見たいな


発掘時の写真(説明板より)


8号
4C末
復元墳丘、埋葬施設は埋戻し


12号
5C末~6C初
復元墳丘、7,8号より1世紀遅れる、葺石列石無し、木棺墓は埋戻し


見学記
上郡町山野里、県道5号沿いにあるピュアランド山の里北側にあります。現在7,8,12号が復元され遺跡公園として公開されています。7号は4C後半の長形墳で列石で周囲を区画、墳頂には箱式石棺、竪穴式石槨、木棺墓と主体部が3基あり内部を埋め戻して展示しています。すぐ南側に連接するのが8号でこちらも長形墳で主体部は一つ、7号より少し遅れて造られたようです。北側に降りて行くと12号がありこちらは5C末~6C初と7号より100年位後で木棺墓のようです。県道で切断されていますがこの先にも尾根が続いていてそちらにも遺跡があるのかな。7号からは上郡の盆地が一望できて絶景の場所です。ちなみに読みは”いのはな”です。駐車場あり。
[ 2015年12月31日 08:18 ] カテゴリ:上郡町 | TB(-) | CM(0)

中山古墳群

兵庫県上郡町 2005年3月訪問、移築石室11号14年4月訪問)

宅地造成で10基消滅
13-15号が公園として保存、他1号が県史跡
11号石室を赤穂市有年考古館に移築

(2014年)
11号
横穴式石室(移築)
位置:34°49′55″N 134°23′10″E

考古館に移築された石室


袖石左右の石材はどこまでオリジナルなんだろ


玄室、奥壁はほぼ1枚石、写真で見ると大きく見えるが実際はしゃがんでやっと入れる程度


石棺底石
同じ敷地内にある石棺底石、でも近世の石材加工品の可能性もあるそうな


(2005年)
13号
箱式石棺、1.8×0.4×0.4m

14号の側にある小さな石棺


14号
円墳、R40,H4
位置:34°51′23″N 134°23′05″E

大きさの割に背の低い墳丘、側の説明板がないと古墳と分からない状態


(見学記)
(2014年)
赤穂市有年楢原、元は上郡町にありましたが現在石室が赤穂市有年原考古館に移築保存されています。でも名前を書いた札が立っているだけで説明は何もありません。人一人が入るのがやっとくらいの小型石室ですが壁面が平面に整えられていて本格的な造りです。同じ敷地内に石棺底石も展示されていますが近世の石材加工品とも考えられるとのこと。駐車場あり。

(2005年)
町役場南東2.5kmに高田台団地にあった古墳群です。宅地造成で10基が消滅、南側尾根上にある13-15号が古墳公園として保存、案内板も出ています。14号は径40mとかなり大きな円墳だがその割に高4mと低く、側の説明板がないと古墳とも分からない状態です。墳丘上に割った土器片を散布しているそうです。15号は径13mの小円墳、13号は1.8×0.4×0.4mの小型の箱式石棺です。13,14号と団地東側にある1号が県史跡。
[ 2015年12月31日 08:17 ] カテゴリ:上郡町 | TB(-) | CM(0)

木虎谷古墳群

兵庫県赤穂市2000年4月訪問、14年4月再訪

総数19基、2号が石棚を有する

(2014年)

1号
横穴式石室、石室長7m、玄室幅1.7,高1.9m(現状)
位置:34°49′58″N 134°23′33″E

丘陵裾辺りに立地


背の高い墳丘が良好に残る


開口部正面、石室前部はかなり破壊


石室後部は良好、側壁はやや持ち送り


〃縦位置


奥壁は縦長の巨石を2枚据え上に平石を重ねる、奥壁上部が狭まるのにあわせて側壁も持ち送りしている、この古墳群でよく見かける特徴


奥から外、無袖かな


〃縦位置


2号
円墳
横穴式石室、全長9.5m,玄室長5.2,幅2.2,高2.4m
石棚
位置:34°49′55″N 134°23′37″E

古墳群の盟主墳、でも1号じゃなく2号、この古墳群の番号付けはバラバラで分かりにくい


巨大な玄室が良好に残る


〃縦位置


分厚い石棚


石棚下の奥壁は左右に2枚


石棚上は上下に2枚


奥から外、両袖式、玄門部はまるで額縁のよう


〃縦位置


墳丘背後から、右後方の民家辺りに11号があるかあったはず


3号
横穴式石室
位置:34°50′00″N 134°23′33″E

1号北側、丘陵裾に立地


大きな墳丘が残る、墳頂に石室が見えている


石室最後部だけ残る、前部基部は埋まっているかな


奥壁は巨石上下2段、やはり側壁上部がせり出し幅合わせ


墳丘背後から


(おまけ)
3号奥に石棺材があるの言うので探してみたが見つからず
いかにも人工的に並べられた石材、でも石室の匂いはせず


こちらも同様、奥壁らしきものも見えているけどね


4号
箱式石棺

一部露出した箱式石棺、奥に見えているのが16号?


天井や側壁は薄い板石


内部は殆ど埋没


天井石は初めから半分くらいに割られているのかな


16号
細長い石室それとも箱式石棺?


5号
低い墳丘が残る


石室破壊か、浅く窪んで石材散乱


6号
石室後部だけ残存


側壁も僅かに残存


7号
斜面に立地、背後から見た墳丘


現墳丘の上部辺りにに開口


開口部、前上部破壊埋没


石室後部は良好に残る、側壁はやや持ち送り


奥壁は鏡石を据え上に平石を重ねて安定させている、最奥の天井石が一段下がる


奥から外、無袖かな、埋もれている巨石は天井石でしょうか


〃縦位置


8号
位置:34°50′02″N 134°23′37″E

斜面に良好に残る墳丘


現墳丘上部に開口、石室前部は破壊されているようだ


玄門上部に巨石のまぐさ石、袖石が突き出ている


良好に残る玄室、側壁は僅かに持ち送り


〃縦位置


下部に大きさの異なる巨石を左右に並べ上部に巨石というちょっと変わった配置


奥から外、左片袖式、右の側壁はやや孕んできているかも


〃縦位置


9号
斜面に形のいい墳丘が残る


石室正面、天井石が転落


開口部、前部は埋没


開口部から見た内部、側壁天井石が傾いている


玄室内部は意外と良好、天井石にヒビ、右側壁もややせり出す


奥壁は基部に巨石その上は左右に2枚と8号とは逆のパターン


奥から外、全体がやや右に傾いているかも、天井石も傾いているようだ


〃縦位置


10号
高い墳丘が残っているけど


正面から見ると大きく開口


石室上部の封土は僅か、元の墳丘はかなり高かったんだろうな


玄室良好、側壁は殆ど持ち送りがない


側壁石材は小型


奥壁は巨石上下2段+上に詰石


奥から外、無袖でしょうか


〃縦位置


12号
これも割と墳丘が残る、石室前部かなり破壊


大きな開口部、上部は僅かに土に覆われるだけ


石室は良好、右側壁は持ち送りでなく、若干倒れかかっているのかも


奥壁は下に縦長巨石2枚並べ上に1枚


奥から外、右側はやや孕んでいるのかも


〃縦位置


13号
小型の細長い石室露出、天井石1枚傾いて残存


石室横から


14号
僅かな高まりが残る墳丘


石室最後部が何とか残存、手前に天井石


奥壁は小型ながら鏡石2段+平石3枚、左側壁最奥が幅を狭めている


最後部天井石は分厚い板石状


15号
僅かな高まりに天井石露出


天井石がずれて開口


天井石に加工の跡が見える


石室内部、やや埋まりながらも割と残る


奥壁、右の詰石がなければすっきりしているんだが


17号
斜面下方から見ると僅かな高まりに石材散乱


背後から見るとはっきりした墳丘と石室が分かる


天井石がずらされて開口、大人だと入れない程の小型石室


奥壁は平石積み


奥から外、左片袖式、羨道もあって小型ながら本格的な造り


袖石も四角く加工されているようだ


18号
多分手前まで石室が伸びている


最後部だけ何とか残存


どうせ一部残存なら奥壁辺りが残るのが一番嬉しい


小型ながら三角形の鏡石


19号
石材散乱状態


細長い石室の最後部残存


平石を重ねた奥壁


石室上から


20号(仮)
僅かな高まりに天井石露出


こちらが正面側、前部埋没


こちらが背後側


開口部に四角い石の上部が見えている


_2の開口部から内部、奥壁かな、1,2枚目の撮影方向があやふや奥壁ではなくて羨道閉塞石かもしれない


21号(仮)
尾根筋上から見た墳丘


横から見ると墳丘ははっきりしている、僅かに石材散乱



(2000年)

1号
位置:2号すぐ西側
石室開口部


玄室、奥壁の積み方は2号に似ている


無袖式


2号
石室開口部、羨道はかなり破壊


持ち送りのある玄室、分厚い石棚がある(厚さ45cm)


両袖式


(見学記)
(2014年)
赤穂市有年原、14年前に県史跡になっている2号を見学しましたが更に奥に古墳が密集しているというので再訪してみました。2号西側山裾に以前見つけた1号があり墳丘背後の山道を更に奥に行くと3号の大きな墳丘が見えてきます。墳頂に石室露出奥壁辺りしか残っていませんが完存していたら結構大きな石室だったろうな。ここから果樹園を通って北東に行くと斜面裾や尾根筋に古墳が密集しています。中に入れる良好な石室だけでも4基ありその他石室一部だけのを含めると十数基が密集しています。個々の古墳の説明は省略しますが興味深いのは尾根筋一番上辺りにある17号、小型の石室で一見箱式石棺かと思いましたが天井がその割に大きく内部を見ると羨道まであってちゃんとした左片袖式の石室です。さすがに羨道から遺体や遺物を入れるのは無理でしょうが子供用の石室なんでしょうかね。総数19基だそうですが19号上にも2基の古墳がありました。1基は石室が露出しているしもう1基は斜面にはっきりした墳丘があるから間違いないかなと思います。2号南側に公園が出来ていて駐車場あり。

(2000年)
有年原・田中遺跡北方、丘陵麓近くにある14基からなる古墳群です。小学校の東側を通りため池北側を通っていくと民家の背後竹林の中に2号墳があり側に説明板が立っています。南側に大きな石室が開口、羨道はかなり破壊されていますが両袖式の玄室は完存、なんと行っても最大の特徴は奥壁に石棚があること、あまり加工されてなく非常に分厚い(厚さ45cm)。説明板には棚が完全な水平でなく物を置いたのもではないだろうと書かれているがさてどうなんでしょう。墳丘は竹が密生し石室入り口付近まで竹の子が生えてきている。石室は大丈夫かいな。石室全長9.5m、玄室長5.2,幅2.2,高2.4m。県史跡。すぐ南側にかなり崩壊した墳丘があり奥壁がかろうじて残っている。西側にも無袖式の石室が開口している。石棚はないが奥壁の積み方はよく似ている。他には石室が開口している墳丘はなさそうだ(多分)。
[ 2015年12月24日 07:57 ] カテゴリ:赤穂市 | TB(-) | CM(0)

有年原群集墳

兵庫県赤穂市2014年4月訪問

約50基(番号は仮)、6C

標柱
位置:34°49′56″N 134°23′31″E
入り口と書かれているが道は殆どない


1号
急斜面に割と墳丘が残る


2号
向こう側が崖面で崩壊しているが石材見られず


3号
緩斜面に残る墳丘


小さな石が見えているが石室はなさそう


(見学記)
木虎谷1号手前に標柱がありました。その前に1号を見学中にも南側斜面に墳丘が見えていて見学したのですが墳丘が削られているにも拘わらず石室が全く見えない。木虎谷見学後斜面の上にも上がって探してみて幾つかの墳丘が有りましたが石室は全く見られない。50基程からなるそうですが木棺直葬かもしれません。木虎谷古墳群とはもう隣り合わせの状態だけど随分違うものだ。
[ 2015年12月10日 08:00 ] カテゴリ:赤穂市 | TB(-) | CM(0)

大住寺群集墳

兵庫県たつの市(旧龍野市)2014年4月訪問

総数56基、A-G支群に分かれる

A支群 B支群 C支群 D支群 F支群
(クリックでジャンプ)

分布図(説明板より)全て横穴石室墳、A、F支群は実際は最あるもよう


A支群
1号
位置:34°53′39″N 134°33′51″E

墳丘殆ど流失、天井石露出


天井石がずれて隙間から入れる


石室後部は良好に残る、側壁は持ち送りなく石材小型


奥壁はほぼ1枚石


奥から外、無袖かな


墳丘横から、僅かな高まり


3号
A支群の中では一番はっきりした墳丘


天井石が露出


奥壁側が開口


左側の石は天井石にしては小さいような


石室内部、右片袖式、天井石が随分傾いている


土砂が流入、奥壁はすっかり埋没


B支群
3号
横穴式石室、玄室長4.1、幅2.1m(測定値)
位置:34°53′38″N 134°33′56″E

周りがすっかり嵩上げされ窪地の中に墳丘が残る


墳丘石室とも古墳群の中では最も良好


開口部、前上部は壊失


長い羨道も良好に残る


玄室も良好、奥壁基部だけ巨石


ストロボ無しで撮ってもこの程度の明るさ


〃縦位置、側壁上部がかなり持ち送り


奥から外、1本の柱状袖石を立てた右片袖式


〃縦位置


羨道奥から


C支群
1号
墳丘が残るも石室埋没、石材露出


側壁でしょうか、ゴルフボールが飛んできている、後方にも粗大ゴミが散乱


2号
位置:34°53′36″N134°33′59″E

溜池側にある墳丘


東側から見ると池に突き出ているのが分かる、左後方に見えているのがゴルフ練習場


墳丘は割と残る


天井石は2枚残存、かなり破壊


巨石天井石、右側壁は面が綺麗に整えられている


奥から見た玄門辺り、右片袖かな、左にも袖石らしき石が埋め込まれている


石室内部、奥壁は残っていそうだが埋没


3号
よく残る墳丘、C群の中では一番状態が良い


石室開口部、前面は壊失しているようだ


玄室はよく残る


ほぼ1枚石の奥壁


奥から外、右片袖式


4号
これも溜池際にある


墳丘も割と残る


巨石天井石2枚残存、割りかけた矢穴の跡が残っている


入口側から、これ以上下がれない


石室内部、殆ど埋没


左4,右3,中央奥2号、整備されたら雰囲気はいいんですけどね


D支群
1号
位置:34°53′41″N 134°34′01″E

石室の一部と箱式石棺しか残っていない


小型の石室ながら奥壁はほぼ1枚石


蓋石は失っているが板石の側壁が残る、石室の状況を考えるとよく残ったもんだ


底にも敷石、小口部石材の大きさが随分違う


F支群
1号
斜面に高まりが残る


石室状況は悪く石材が幾つか露出する程度


左奥の石材が奥壁でしょうか、手前は側壁かな


1号下方の墳丘

 
(見学記)
たつの市神岡町大住寺、谷筋に分布する古墳群で幾つかの支群に分かれていますが溜池が出来ているなどかっての地形の面影はありません。西側の溜池皿池北側に駐車場がありここに説明板と分布図があります。説明板のすぐ奥にあるのがA支群で見える範囲だけでも十数基の古墳があるけど分布図とはまるで違います。うち石室が開口しているのは2基だけ。それ程大きくなく状態もよくありません。あまりに多いので撮影したのは石室だけ。皿池北側を通って行くと池沿いに4基の古墳が見えてます、これがC支群、かっては谷筋の平坦面を利用して構築されたんでしょうが今では水際に位置する古墳となっています。どれも巨石を使った石室が露出していますが1基で埋没2基はトンネル状態で一応良好に残っているのは1基だけ、巨石1枚石の奥壁右片袖式です。ここは奥池側からも入って行けて一応遊歩道が通っています。一応と書いたのは皿池にゴルフ練習場がありボールが飛んできていてもう何十個も散乱、非常に危険な状態です。幸いこの時は全く飛んでこなかったですけどね。遊歩道が整備されてゴルフボールの危険性がなければいい雰囲気の場所なんですけどね。B群はAとCの間でもあの辺りは盛り土ですっかり整地されているよなと思って行ってみたら大きな墳丘のとこだけ整地されず残っていました。これがB3号、この古墳群の中でも一番良好に残っているんではないでしょうか。長い羨道玄室とも良好、持ち送りのある玄室で袖石を立てた右片袖式、奥壁側壁とも平石を積み重ねています。この南側にあるはずの1,2号は埋められたのかな。分布図と溜池の位置関係からB3をB1と思い込んで北側ばかり探してしまいました。両溜池の中間辺りに野森稲荷神社がありこの境内にあるのがD1号、小型の石室は奥壁と側壁のごく一部しか残っていませんが板石を使った小さな箱式石棺が残っています。中の敷石も板石で作られているようですが石室と比べてこんな小さな箱式石棺がよく残ったものです。この周囲にも幾つか低平な墳丘があるようです。
[ 2015年12月03日 07:59 ] カテゴリ:たつの市 | TB(-) | CM(0)
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