日近安養寺古墳

岡山県岡山市北区 2014年4月訪問

日近安養寺古墳(仮称)
横穴式石室、全長7.3m、玄室長4.8,幅1.6,高2.4m
位置:34°45′08″N 133°49′31″E

下から見た墳丘、笹に覆われている


墳丘横から


石室正面


開口部、ちょっと掃除


開口部から見た内部


玄室良好、側壁は持ち送りが全く無い


奥壁は巨石1枚石、最後部天井が一段下がる


奥から外、無袖かな


日近安養寺北古墳(仮称)
横穴式石室
位置:34°45′13″N 133°49′31″E

寺北側林の中に低い墳丘が残る


開口部、羨道は埋没


天井石は薄そう


小型の玄室は良好、面が揃っている、何か祀られていたのかな、それにしてもブロックとはね


見学記
岡山市北区日近(ひじかい)、県道71号沿いにある安養寺近くにある古墳です。本堂裏から上方を見ると石垣がありその左側に笹薮に包まれた丸い墳丘が見えてます。短い羨道が残っていて玄室は完存ですが側壁はやや乱れがあり土砂が流れ込んでいます。無袖式でしょうか、羨道天井が一段下がって区別、奥壁は巨石1枚石です。
お寺北側に小さな溜池がありそこから雑木林の中に入るとすぐに古墳があります。これが日近安養寺北古墳(仮称)、低い墳丘が残り南西に開口、前部が埋没し後部だけ残っています。奥壁側壁とも小型の石材を積んでいますが隙間も多く全体に粗い積み方です。内部にブロックが積まれていますが祭壇代わりに使われていたんでしょうか、それにしてもブロックとはね。寺前に花木園(市管理)があり県道向かいに大きな駐車場あり。

富沢古墳群

岡山県岡山市北区(旧建部町)2014年4月訪問

現状見学可能2基

2号
横穴式石室、玄室長3.8,幅1.1,高1.4m(現状)
位置:34°51′11″N 133°53′38″E

丘陵から突き出た短い尾根上に立地、天井石が1枚抜かれている、左に祠が立っているが訪問するような痕跡道さえ無い


開口部


石室内部、側壁は直立、右側側壁も石材が抜けている


奥から外、無袖だろうな


7号
横穴式石室、玄室長5,幅1.3,高1.4m(現状)
位置:34°51′07″N 133°53′29″E

谷に向かう斜面に立地、墳丘も良好


開口部、手前に天井石落下


玄室は概ね良好


奥壁は五角形の鏡石+平石を重ねる


奥から外、やはり無袖かな


墳丘背後から


見学記
岡山市北区建部町富沢、成就寺北方にありますが見学可能なのは2基だけ。お寺から山裾沿いの側溝沿いの道を行くと大岩池の案内表示がありそこから100m程行くと山道沿いに墳丘があリます。これが7号で谷筋斜面に構築、南東に石室開口、最前部天井石が落下していますが細長い玄室は良好に残っています。無袖式でしょうか、奥壁は不定形の五角形鏡石+平石数枚です。側溝沿いの道を更に行くと備前焼の窯元があります。その背後の尾根中央辺りにあるのが2号、痕跡道もないので無理矢理登ることになります。墳丘ははっきりせず天井石露出、羨道前部も破壊天井石も1枚抜かれるなど状態はあまり良くありません。内部も側壁の一部が崩落しているがその石材が見当たらない、石室上に置かれた小さな祠の土台石がそれでしょうか。寺に駐車場あり。

久具古墳群

岡山県岡山市北区(旧建部町)2014年4月訪問

現状見学可能2基

2号
横穴式石室、玄室長5.2,幅1.9,高1.2m
位置:34°52′37″N 133°54′11″E

下の道路からの眺め、古墳があると分かっていればなんとか分かる


上から見た墳丘


石室正面


開口部、羨道は殆ど壊失


玄室内部は半分程度埋まる、側壁石材は小型だが天井石は巨石、下部が平面に整えられている


奥壁は半分以上壊失


奥から外、まぐさ石が一段下がった無袖かな、入り口が少し狭まっている


3号
横穴式石室

天井石が露出、その隙間から何とか入れる


内部は半分以上埋まる、奥壁も側壁もブロック上の石を積み上げる


奥から外、見えているのはまぐさ石


見学記
岡山市北区建部町品田、廃屋脇に墳丘があり下の道路から見えています、これが2号。入り口は藪で隠され羨道は殆ど失われていますが玄室完存、無袖式でまぐさ石が一段下がっています。内部は土砂が流入してかなり埋まっている。奥壁も下部が埋まり墳丘上に生えた巨木の根が侵入して奥壁を半分隠しています。側壁と変わりない小型石材のようだ。北西100m程、墓地下の雑木林の中に3号があリます。初めこれだと思ったのは人工の造成地、なのでそこじゃないと周辺部を探しまわりなかなか見つからなかった。結局始め見つけた造成地の東端にありました。天井石が露出していますが墳丘は埋められすっかりわからなくなっています。入り口は埋没も奥壁側天井石に隙間がありそこから入れますが内部は土砂でかなり埋まっています。側壁奥壁ともブロック状の石を積み上げているようです。下の道路が広いので駐車は特に問題なし。

天王山古墳群

岡山県岡山市北区(旧建部町)2014年4月訪問

見学可能現状3基

5号
横穴式石室、玄室長6,幅1.1,高1.3m(現状)
位置:34°53′00″N 133°55′20″E

斜面にハッキリした墳丘が残る


開口部、羨道天井は壊失


まぐさ石に非常に薄い板石が使われている、上の石は折れて半分無くなるがこちらはよく折れなかったものだ


玄室はまず良好


奥2枚の天井石が少しずつ低くなる、左側壁奥も奥壁に合わせてやや窄まる


奥壁は四角い鏡石+平石


奥から外、左片袖かな


6号
横穴式石室、玄室長5,幅0.9,高1.4m

墳丘上方から、5号すぐ上急斜面に立地


下側の墳丘はかなり流失しているもよう


開口部正面


入り口から内部、かなり歪んできている


玄室中間辺りで天井石が抜かれている


中間辺りから奥、ここも右側壁が大分傾く


奥壁は基部に腰石を据え菱型の石の角を下にして安定させている


奥壁からやや離れた場所に薄い板石の仕切り石


奥から外、天井がないから左側壁の崩壊も早そう


7号
横穴式石室

6号横に低い墳丘


盗掘で墳頂が窪む


僅かに奥壁残存


見学記
岡山市北区建部町下神目、溜池北東の丘陵斜面に5,6,7号があります。一番下のが5号で墳丘がよく残っている。南南西に開口羨道天井を失うも細長い石室が残っている。奥壁はやや変形四角い鏡石+α、開口部に薄い板石があるがあれはまぐさ石なんでしょうか、しかしあの薄さでよく割れずに残ったもんだ。すぐ上にあるのが6号、こちらも急傾斜ながら墳丘がよく残っています。南南西に開口しているが天井部も盗掘で開口、入口側は側壁が大分歪んできているのでこちらから入るほうが楽かな。こちらの奥壁は小型石材を積み上げている、菱型の石が使われているので多少安定感があるのでしょうか。奥壁前に薄い板石を使った仕切りがある。奥壁からは大分離れているので石障というより仕切り石でしょうね。6号東側に7号、こちらも墳丘は残っているが上部が破壊された石室露出平石を積んだ奥壁が僅かに見えている程度です。捜索の過程で谷筋を超えた南側にも低い墳丘が2基ありましたが石材は見えず。

林原古墳群

岡山県岡山市北区 2001年4月訪問、14年4月再訪

円墳6-7基

(2014年)

1号
横穴式石室、玄室長5,幅1.8,高2.1m
位置:34°43′25″N 133°57′49″E

開口部、全体像撮るのを忘れた


玄室、左側側壁が随分巨石


〃縦位置


奥から外、典型的な左片袖式


2号
横穴式石室、玄室長3,幅1.5,高1.7m(現状)

伐採された枝が捨てられ分かりづらくなっている


ブロック上の石を巧みに組み合わせた奥壁


奥から外、ずり落ちた天井石が塞いでいる


3号
横穴式石室、玄室長4.3,幅1.2-1.5,高2m
位置:34°43′26″N 133°57′53″E

円錐形の墳丘が良好に残る


開口部、羨道は埋まり天井石がずり落ちている


玄室は良好に残る


やや持ち送りのある側壁、左は緻密に積まれているが右はやや粗い


縦長4段積みの奥壁、石材は上ほど小さく安定感がある


奥から外、全体が右に傾いているようだ


5号
横穴式石室、玄室長4,幅1.3,高1.6m(現状)

山側から見た墳丘、一見良好


反対側はざっくり削られている


石室正面


右側壁は崩壊寸前で天井石も傾く、左側壁もやや孕んでいる


奥壁は四角い鏡石+平石


奥から外


6号
横穴式石室、玄室長5,幅2,高2.4m

県道から見た墳丘、前の民家がなくなって見えるようになった、この状態では知らないと墳丘と気がつかないかも


石室開口部(掃除後)、他と違いこれだけ東向き


開口部から内部、上の石がまぐさ石でしょうか


はっきり歪んだ玄室、床面に平石2枚、棺台でしょうか


奥壁は小型石材を積み上げる


奥から外、両袖式かな、右側突き出た石も13年前と変わりはないような


(2001年)

1号
位置:34°43′25″N 133°57′49″E

墳丘、石室正面、道路下にあり一番分かりやすい、背後の民家の裏に3号がある


玄室


奥から外、左片袖式


2号
崩壊した石室、手前に石材が転がっている


奥壁あたりがかろうじて残る


5号
墳丘、南側半分が削られ羨道も破壊


玄室、右側が崩れつつある


6号
墳丘西側、民家裏の崖の上にある


石室開口部、他と違い東向き


玄室、崖際にあるせいか左側の側壁が孕んできている


奥から外、右側の石が突き出ている


(見学記)
(2014年)
岡山市北区牟佐、3号が残っていたので再訪、と言っても前回は1号以外全く分かってない状態で他に3基も見つけたのだから自分で自分を誉めてあげたい(笑)。6号より更に東側の雑木林の中にあります。痕跡道があるのでそれをたどれば到達できます。この古墳群の中では一番良く墳丘が残っている。南側に石室開口、石室前に巨大な天井石が落下していますが玄室完存しています。奥壁は四角い鏡石2段に平石2段積み、ただ石室全体が少し傾いてきているようだ。序に他の石室も訪問しましたが6号の前にあった2階建ての家がそっくりなくなっていて空き地になっていたので県道から6号が見えています。県道脇に駐車スペースあり。
この日はここで終了、この後道の駅に行く為に県道を北上予定だったがカーナビで道の駅を入力すると何故か一端南下して川向うの県道を通って北上するルートを指示している。このカーナビは時々大回りするルートを支持するのでこの時もうそうだろうと思って無視して北上したら途中の集落内の道の狭いこと狭いこと(制限速度20kmだからその狭さが分かるだろ)通過するのに冷汗かいてしまった。幸いその区間は1kmもなく対向車もなかったから良かったけどね。このカーナビは不自然な遠回りをさせるから苦労させられます。

(2001年)
円墳6,7基からなる古墳群で旭川左岸の丘陵麓近くに立地しています。牟佐から県道81号を御津町方向に行くと林原の集落の中に表示板がありその道路直下に古墳があって石室が開口しています。左片袖式で割石を使った整った石室です。奥に三角持ち送りがあります。側の畑にいた人に他には無いかと聞いたところ無いという返事。そんなはずはないがと思って探したら3基も見つかりました。まず道路北集落西側の林の中に1基、墳丘南側が大きく削られ羨道が壊失、玄室は残っているが右側が崩れかかっている。更に東側民家裏の崖の上に1基、他と違い東側に石室が開口、一番大きな石室のようだ。墳丘が下側に崩れかかっているのだろうか石室が歪み一部側壁が飛び出していて危険な状態です。集落東端の家と家の間にもあります。石室が大きく崩壊し奥壁あたりがかろうじて残っている。

宗谷山古墳群

岡山県岡山市北区 2014年4月訪問

10基、全て横穴式石室(番号はHP「古墳奮闘」に従う)

南側麓からの遠望、左側尾根筋から山頂にかけて分布、右側鉄塔辺りから登っていく


1号
横穴式石室、玄室長4,幅1.4,高1.3m
位置:34°42′55″N 133°57′29″E

一番下にある、墳丘が少し削られている


羨道入り口は殆ど埋まる


大きく削られ側壁一部が露出


僅かに隙間がありカメラを突っ込んで撮影


奥壁側、内部は割と良好


玄門辺り、まぐさ石が一段下がる、無袖かな


2号
横穴式石室、玄室長4.2,幅1.4,高1.4m

上から見た墳丘、右奥に1号


大きく開口、石室前部は破壊


天井石露出、5枚あるかな


石室良好、天井に隙間があり明るい


奥壁は小さいながらも鏡石を据えている


奥から外、左片袖式


3号
横穴式石室、玄室長5,幅1.8,高2.5m

上から見た墳丘、1-3号が並んでいる


開口部、分厚い天井石が露出、羨道は殆ど壊失


ここも石室良好


奥壁はほぼ相似形の石2段積み


奥から外、入口に向かって幅が狭くなる


4号
横穴式石室、玄室残存長3,幅0.9,高0.8m

山道下の斜面に低い墳丘


石材が一部散乱、手前が入口側


奥の方で天井石露出開口


石室後部は何とか残る、小型ながら奥壁1枚石


5号
横穴式石室、玄室長4.5,幅1.7,高2m

山道脇にある墳丘


石材散乱、普通こういう状況では石室は期待出来ないのだが


開口部、これでも大分広くなったそうだ、匍匐して入るのはここだけとやはりお得な古墳群(笑)


土砂が流入するも内部は思いの外良好


良好に残る玄室、でも蝙蝠の部屋


奥壁は四角い鏡石+上に平石2枚、左側にもサイズ調整の立石


奥から外、右片袖かな


6号
横穴式石室、玄室長4.5,幅1.6,高2.1m

最上部辺りにある、墳丘もよく残る


石室正面、前部はかなり破壊


開口部、竹が邪魔だけど入るのは問題なし


玄室は天井部が一部崩壊するも概ね良好


若干持ち送りのある側壁


〃縦位置、天井石に大きなひび割れ


上部が丸い鏡石らしい巨石、上に分厚い平石


奥から外、右片袖式、天井の一部が抜け石材落下


7号
位置:34°43′03″N 133°57′31″E
横穴式石室、全長7.8m、玄室長4.8,幅2.1,高2.4m

6号東側、同規模の墳丘が残る


ここも石室前部崩壊


開口部に大きな木が何本も生える、真正面でなくてよかったかも


開口部から内部、短い羨道が残る


玄室は極めて良好、側壁は上部がやや持ち送り、側壁の一部にかなりの巨石が使われている


〃縦位置


奥壁は巨石鏡石が半分程占める、上に平石を何段も重ねた安定感


奥から外、袖石を立てた両袖式、左右側壁の袖石のような立てた石がある


8号
位置:34°42′59″N 133°57′31″E
横穴式石室、全長7m、玄室長4.5,幅1.7,高2m

石室正面、竹林の中に大きく開口


墳丘は殆ど流失


ここも竹が邪魔、入るのはいいけど撮影がね、天井石がかなり平石に加工されているようだ


背の高い玄室良好、左側壁はやや孕む、側壁の面が割と整えられている


奥壁は半円形の鏡石、上部の積み方はやや適当


奥から外、袖石を立てた両袖式


9号
最上部神社近くにあるがキブシか残っていない


奥壁側壁も全般に平石使用


10号
横穴式石室、玄室長5,幅2,高2.2m

石室正面、墳丘殆ど流失、上部に大木、よくそこまで成長できるもんだ


開口部、前部はほぼ壊失


良好に残る玄室、側壁も面が整えられている


〃縦位置、天井もレベルが揃っている


巨石の鏡石、上の詰石も基本平石


奥から外、無袖かな


見学記
岡山市北区玉柏、宗谷山中腹に分布する10基からなる古墳群です。麓の参道入口から舗装路を登って行くとすぐ山道となります。200m程登ると右に大きくカーブする辺りに1-3号があり山道から墳丘が見えています。1号は側壁隙間から覗く程度ですが内部は良好のようです。すぐ上の2号は無袖式でしょうか、奥壁は小型石材ですが小さいながらも中央に鏡石を据えています。3号も大きな墳丘が残っていて右片袖式、奥壁は2段積みです。山道に戻って更に登ると石灯籠がありその左前方斜面にあるのが4号、低い墳丘と細長い石室が残っていますが中には入れません。更に山道を登り直角に2度曲がって右側竹林の中にあるのが5号、墳丘ははっきりしませんが石室開口、羨道壊失していますが玄室完存、奥壁基部以外特に巨石はありませんが大型石室です。羨道側壁の幅を利用した両袖式。山道反対側にあるのが8号こちらは墳丘がよく残っている。石室も多少土砂が流入しているがよく残っている。5号とよく似た構造ですがこちらは右片袖式です。山道を更に20m程登った右側竹林の中に10号があリ石室入り口の天井石が見えている。羨道は壊失していて大きく開口立ったまま中に入れます。奥壁は巨石1枚+α、僅かに袖石が残っていて両袖式のようです。更に山道を登って行って鳥居の手前で右側竹林の中に入っていく、痕跡道を辿って行くと6号、羨道上部壊失埋没、天井石も一部落下していますがそれ以外は良好、奥壁は巨石1枚+分厚い平石、右片袖式です。更に30m程東に進むと7号があり墳丘が良好に残っています。羨道天井石が落下していますがそれ以外は極めて良好、石室前に生えている木が邪魔だな。奥壁は巨石+小型石材、側壁も持ち送りがなく一部に奥壁並みの巨石が使われています。玄門は袖石を立てた両袖式。山道に戻ってゴールの惣谷神社が見えてきます。その手前左側にあるのが9号、大きく破壊され基部だけ残っています。今まで良好な石室ばかりだっただけに最後のデザートが良くなかったな(笑)。
石室率9割3分入室率7割匍匐して入る石室は1基のみ藪こぎすることもそれ程なく超優良物件です。難点は山登りがきついこと、麓の標高が10m、1号が100m、一番上の9号が200mありますからね。足に自信のない人は上の神社まで車で行けて駐車場もあります。ただナビがないと道は分かりにくそう。どちらにしろ帰りは登りとなりますが下からよりは登り降りが半分程度ですむからその分楽かな。ちなみに私は1号まで来た所でメモ書きを落としたことに気が付きまた下まで降りて行きましたよトホホ。下からだと山道に入る手前右側に墓地がありそこに駐車可。
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