加世堂古墳

鹿児島県長島町 2015年3月訪問

6C後半~7C初
横穴式石室
位置:32°07′40″N 130°10′41″E

道路脇に案内板、古墳は奥の林の中


小さな湾をを見下ろす丘陵斜面に立地


手前に羨道基部が残っているんでしょうか


風変わりな玄門、左右に幅広の袖石、その前に立柱石


奥壁は1枚石、鏡石らしい形状


左側壁


右側壁


奥から外、開口部は築造時から狭かったんでしょうか


背後上からみた天井石


背後から見た墳丘、積石塚のように見えます


発掘時の写真(説明板より)、大分解体したんでしょうか


見学記
山門野、小向江古墳から更に北上するとすぐ右側に案内表示があるのでそこを曲がり次の案内表示の場所で大きく右に曲がって100m程、左手の林の中に古墳が見えています。石室周囲はまるで積石塚のよう、羨道は基部しか残っていませんが玄室完存、でも説明板の写真を見ると発掘の際天井石等が動かされているようです。板状袖石を立てた両袖式ですがその前にも立柱石があります。入り口幅が狭く横向きにならないと入れない。玄室奥壁は1枚石、側壁もほぼ1枚石で上に重ねた石がないので背はそれ程高くはありません。新旧二つの説明板があり古い方では帆立貝式となっていますがさすがに無理だろ、新しい方では張り出しのある円墳となっています。道路を少し行った所に駐車スペースあり。県史跡。
[ 2016年03月31日 08:01 ] カテゴリ:長島町 | TB(-) | CM(0)

渕ノ尻古墳

鹿児島県長島町 2015年3月訪問

6C後半
横穴式石室
位置:32°05′26″N 130°10′01″E

大きな説明板の側に小さな石室が残る


石室後方上から、前は崖、元は急斜面だったんでしょうか


斜め後方から、天井石1枚残存、手前のは側壁のようです


柱状袖石が残ってより石室らしく見える


奥壁と天井石


右側壁


奥壁は1枚石だけど背は高くない


玄室床面に薄い板石で区画した石障2


見学記
山門野、国道389号ガソリンスタンド脇に案内表示があるのでそこを曲がりその後も2ヶ所で案内表示があります(ただ最初の曲道で右折しないとわからないかも)。民家脇に大きな説明板が立っていて上部を失った石室露出、天井石が1枚残っています。羨道壊失玄門袖石は切り石状の角柱です。玄室床面に右側壁と奥壁沿いに薄い板石で区画された石障があります。古墳脇に駐車可。町史跡。
[ 2016年03月31日 08:00 ] カテゴリ:長島町 | TB(-) | CM(0)

小向江古墳

鹿児島県長島町 2015年3月訪問

地下式板積石室
位置:32°07′56″N 130°10′31″E

建物の間に移築保存


3基中保存は1号だけ、正確には小向江1号ですがでいいでしょう


このタイプのはどこのもよく似ています


でも保存されている以外なかなかお目にかかれない


見学記
山門野、工事で地下式板石積み石室3基発見、2,3号は状態が悪く1号だけが公民館脇に移築保存されています。石室は方形タイプで内法の長さ125cm、板石がなければ箱式石棺と思いそうです。公民館前に駐車可。町史跡。
[ 2016年03月31日 08:00 ] カテゴリ:長島町 | TB(-) | CM(0)

新田ヶ丘古墳群

鹿児島県阿久根市 2015年3月訪問

4基、2基は埋戻し

1号
横穴式石室
位置:130°12′14″N 32°04′48″E

低い丘陵端に築かれている


石室完全露出、玄室辺りしか残っていない


正面から、右側のは側壁でなく天井石とのこと、右奥に2号がある


斜め前から


後方から、奥壁は幅広い


2号
横穴式石室
位置:32°04′47″N 130°12′17″E

こちらも石室完全露出、手前が開口部で仕切り石があるのかなと思ったのですが


西側から


北側から


形からして右側の石が奥壁っぽいし、だとすると反対側の石は閉塞石としても巨大すぎるし


内部にも石材が落ち込んでいるようです


見学記
阿久根市脇本、三笠中学校北方150m、4基からなる古墳群ですが3号(地下式板石積石室)、4号(箱式石棺)は埋め戻されています。三笠中前の国道389号を北に曲がると案内板があるのでそこを左に曲がって100m程、一見新興住宅地を思わせる名前ですが畑の中に1号石室が完全露出しています。奥壁と側壁が1枚ずつ残存、右手前のは側壁のように見えますが奥壁が転落したものだそうです。東50mの所に2号があります。ここも天井席を失った石室が完全露出、初めは南に開口で手前に仕切り石があるのかと思いましたが右側の石が上部が尖っていてむしろそちらの方が奥壁っぽい、内部にも石材があって正直良くわかりません。
[ 2016年03月24日 08:01 ] カテゴリ:阿久根市 | TB(-) | CM(0)

鳥越古墳

鹿児島県阿久根市 2015年3月訪問

円墳
竪穴式石室(移築)、長4.4,幅0.7,高0.7m
位置:32°00′29″N 130°11′52″E

公園に墳丘復元


内部に竪穴石室を移築保存


側壁半分くらい壊失も小口積みの竪穴がよく分かる


奥小口部、床面に木棺の跡が残る


見学記
阿久根市塩鶴町2丁目、公園内にある阿久根市民会館脇に石室が移築、墳丘も復元されました。県内最古の竪穴石室で全長4.4m,半分くらい失われていますが小口積み石室の様子がよく分かります。木棺を収めた粘土の跡も残っています。ガラス越しに見学することになりますがこの手のでよくある内側の露が付いてなかったのでホッ、でも表側も凄く汚れていたので撮影前に窓掃除。公園南側に駐車可。
[ 2016年03月24日 08:00 ] カテゴリ:阿久根市 | TB(-) | CM(0)

横岡古墳群

鹿児島県薩摩川内市(旧川内市)2015年3月訪問

地下式板積石室8基、土壙墓2、公園として保存
位置:31°50′03″N 130°17′05″E

全景
公園として保存、北側から


実質的に見られるのはこの3基だけ


その1
各石室には表示板あるが番号は無し


内部の石組みは楕円形のようです


内側は小口積みのようです


その2
こちらの表示板は復元とあります、レプリカなんでしょうか


内側はやや歪んだ長方形


横から


その3
板石のない状態、箱式石棺としか見えない


箱式石棺と比べると長さは短く幅が広い


土壙墓
存在を示しているだけ


見学記
薩摩川内市上川内町、地下式板石積み石室8基と土壙墓からなる古墳群です。石室3基と土壙墓が復元され公園として公開されています。残りは堤防の下か破壊されたか。2基は板石を重ねた状態で復元されていますが1基は板石が全くなくこれだけ見たら箱式石棺としか見えません。3基の内1基は表示板が復元となっていますがレプリカなんでしょうか。南北に細長い公園でどちらからでも行けますが南側堤防からの方が近いし駐車スペースもあります。
[ 2016年03月24日 08:00 ] カテゴリ:薩摩川内市 | TB(-) | CM(0)

横大道7号


竹原市
[ 2016年03月18日 09:30 ] カテゴリ:未分類 | TB(-) | CM(0)

別府原古墳群

鹿児島県さつま町(旧薩摩町)2015年3月訪問

地下式板石積石室、6基
位置:31°55′24″N 130°33′18″E

全景:国道脇に公園として保存、雨の日の撮影


1号
各石室脇に表示板がある


板石を重ねた状態、奥のが2号


2号
こちらは板石を外した状態


石組みはほぼ円形


3号


レプリカでなく実物なんでしょうね


4号



5号


微妙に石材の大きさが異なる


手前4号、奥5号


6号



見学記
さつま町永野、6基からなる地下式板石積み石室で公園として保存公開されています。狭い範囲に密集していますがそれでも2基づつペアになっているんでしょうか。復元も板石を重ねた状態と板石を取り除いて内部が見えるようになっているのとペアになっています。石組みはほぼ円形で何の説明もなく見たら現代のものと思うかもしれない。各石室脇に表示板があるのは助かるけどちと大きすぎ、と言ったら贅沢か。国道504号沿いなのですぐ分かります。ちなみに読みは”びゅうばる”です。駐車場あり。
[ 2016年03月17日 07:53 ] カテゴリ:さつま町 | TB(-) | CM(0)

大住古墳群

鹿児島県伊佐市(旧大口市)2015年3月訪問

地下式板石積石室、30基以上
位置:32°00′54″N 130°35′09″E

全景、狭い範囲内に密集


11号


〃石組み


その2,穴ぼこにしか見えない


〃シダが茂って石組みもよく見えない


その3


〃取り敢えず撮ってみた程度


見学記
伊佐市大口宮人、30基以上からなる地下式板石積み石室で狭い範囲内に密集しています。まるで墓標のように(確かに墓なんですけどね)表示板が立っていますが標柱が倒れているのも多い。石室が見られるのは3基ありますが板石はなく竪穴状の石組みがあるだけ、これだけ単独で見るとまるで井戸だな。ちなみに大住の読みは”うずん”です。さすがに鹿児島の地名は半端でない。狭い道ですが行き止まりなので入っていっても大丈夫かな。手前の道路の歩道が幅広いのでそこに停めても大した違いはありません。
[ 2016年03月17日 07:53 ] カテゴリ:伊佐市 | TB(-) | CM(0)

初野古墳群

熊本県水俣市 2015年3月訪問
地下式板石積み石室、3,5号再移築
位置:32°12′24″N 130°26′03″E

集会所脇に石室を再移築、右奥が初野神社、手前の高まりは貝塚のようです


3,5号、どちらがどちらか分からない


板石で楕円形の区画、内部に小石敷石、上部を板石で覆う


〃反対側


もう1基、板石が少ない分区画の構造が分かる


〃反対側、こちらも内側に小石敷石


見学記
水俣市初野、新水俣駅近くの初の神社に3,5号が再移築されています(この前は水東小学校に移築されていたそうだ)。4号は南福寺貝塚に移築されているそうですが状態は悪そうです。ここは熊本県ですが鹿児島特有の地下式板積み石室です。この形式の石室は円形や方形プランがあるそうですがここのはどちらも円形です。明らかに大きさの違いがありますがどちらが3号でどちらが5号か何も書かれていません。そんなに広くない境内で初めは何も見当たらず場所を間違えたかなと思いましたが鳥居の脇に集会所があリその背後の覆い屋の中にありました。危うく見逃すとこだったよ。近くの車が何台も止められている空き地に止めさせてもらいました。
同じ境内に墳丘状の高まりがあり初野貝塚だそうです。標高は40m以上ありますがこんなとこまで海が迫っていたんでしょうか。現在の海から1km以上あるんですけどね。
[ 2016年03月17日 07:52 ] カテゴリ:水俣市 | TB(-) | CM(0)

福田古城池古墳群

岡山県倉敷市 2013年4月訪問、14年4月再訪

見学可能石室4基

5号
横穴式石室、玄室長4.5,幅1.9,高1.8m
位置:34°32′55″N 133°45′39″E

平坦な丘陵頂部南端に立地


こちらは奥壁側


南向きに開口、羨道上部は壊失


玄室良好、側壁は持ち送り無し


〃縦位置


奥壁は巨石鏡石+左に詰石


奥から外、袖石を立てた左片袖式、右端の石は側壁らしくなく立っている


7号
位置:34°32′56″N 133°45′52″E

僅かな高まりに石材散乱、手前の天井石はかなりの巨石


中間辺りは石室とも分かりづらい状況


石を割ろうとした矢穴の跡が残っている


最奥だけが何とか残っている


奥壁は大小2個の鏡石+小型石材


側壁は平石が多い


9号
横穴式石室、玄室長4.7,幅1.8,高1.9m
位置:34°32′53″N 133°45′52″E

雑木林の中に墳丘が残る


狭い開口部、羨道は殆ど壊失


玄室は良好、右側壁はやや持ち送りか


奥壁腰石だけが随分巨石


奥から外、両袖式、天井に穴があり土砂が流入


奥から左側、こちらがやや胴張りかな


奥から右側、こちらはほぼ真っ直ぐ


10号
位置:34°32′58″N 133°45′54″E

露出した石室、うっかり見過ごしてしまった


石室はほぼ埋没


天井石は最後部の1枚だけ残存


奥壁上部が何とか見えています、多分1枚石の巨石だろうな


見学記
倉敷市福田町福田、墓地の周辺に3基の古墳があります。南向き谷筋に墓地が造成され墓地南側雑木林に入ってすぐに9号があります。墳丘は割と残っていて南向きに開口、入り口は狭いですがなんとか入れる。玄室完存やや胴張りで奥壁は巨石+平石2枚です。両袖式ですが袖石はありません。北側100m程の雑木林の中に2号があります。こちらは墳丘かなり流失石室露出、石室はかなり破壊され天井石を割ろうとした矢穴の跡も残っています。更に北東に10号、平坦地が傾斜面に変わる辺りにあります。大きな穴があって盗掘坑かと思ったらその脇にあった。墳丘流失天井石が1枚残った石室露出内部は埋没しています。5号は西側丘陵上にありこちらから行くより石屋谷古墳群から行ったほうがよさそうです。石屋谷3号から真直ぐ南下鞍部で山道が右に曲がっていますがそのまま真っすぐ斜面を登ります。その後尾根筋を南下、藪で通りにくい場所もありますが斜面を迂回してとにかく南下すると丘陵頂部平坦面南端辺りに丸い墳丘が見えてきます。奥壁側天井石が露出隙間もありますが反対側に開口、羨道上部は失うが玄室完存、おむすび型の鏡石+左側にα、袖石を立てた左片袖式です。行政区の関係で古城池古墳群になっていますが山系から考えると石屋谷古墳群に含めたほうがよさそうです。墓地に駐車場有り、でもそこに至る道がとても狭く急傾斜です。我ながらよく入って行けたもんだ。
[ 2016年03月10日 08:00 ] カテゴリ:倉敷市 | TB(-) | CM(0)

下浦田古墳群

岡山県倉敷市 2014年4月訪問

2基

1号
横穴式石室
位置:34°33′05″N 133°45′46″E

尾根頂部先端に大きな墳丘が残る、これだけ見ると期待大なんだけど


石室正面、羨道は壊失か埋没


狭い開口部


内部土砂流入


墳頂大きく盗掘、巨石は最後部の天井石のようだ


墳頂開口部、入口側


右袖があるようで玄門のようです


奥壁も最上部が見えている、これも巨石のようだ


2号
横穴式石室、玄室長1.8,幅1.4,高1.5m(現状)
位置:34°33′02″N 133°45′48″E

溜池脇の竹林段差部にある


開口部、羨道壊失、右手前にあるのが袖石のようです


玄室は割と良好


三度笠を被ったような2段積み奥壁


奥から外


見学記
倉敷市福田町浦田、古城池古墳群5号と墓地の間を通る道路峠付近から尾根筋に入っていく道があリます。尾根上が広い畑になっていて更にその奥尾根先端辺りにあるのが1号、墳丘は割と残っていますが石室天井中央部が抜かれて内部は殆ど埋没しています。奥壁上部が僅かに見えていますが1枚石の奥壁かな。最奥天井石も加工せずそのまま使っているようで重量感のある巨石です。畑の東側谷筋に溜池がありその東側に2号があります。南西に開口した石室露出、羨道壊失していますが小さな袖石が残っていて左片袖のようだ。玄室も前部天井石を失うが他は比較的良好、奥壁はおむすび型の鏡石+平石です。それにしても古墳築造するには目立たないし随分条件が悪そうな場所だけどな。峠辺りに駐車スペースあり。
[ 2016年03月10日 08:00 ] カテゴリ:倉敷市 | TB(-) | CM(0)

福田石屋谷古墳群

岡山県倉敷市 2014年4月訪問

3基

1号
横穴式石室、玄室長5.3,幅1.7,高1.6m
位置:34°33′14″N 133°45′27″E

石室正面、羨道上部壊失、立っているのは割れた天井石でしょうか


玄室は良好、側壁は殆ど持ち送りなし


奥壁は四角い鏡石+左に幅合わせの柱状石、上に平石を重ねる


奥から外、入り口から土砂が流入、床面に仕切り石があったのでしょうか


墳丘は一部削られ石材露出


2号
横穴式石室、全長7.9m、玄室長5.3,幅1.7,高1.6m
位置:34°33′12″N 133°45′31″E

低いがハッキリした墳丘が残る


石室正面、右の石も羨道か


細長い羨道が残る


玄室も良好、持ち送りも無し


奥壁は鏡石+左に詰石と1号に似る


奥から外、袖石を立てた左片袖式


羨道奥から、右側に段差があるように見える


3号
横穴式石室、全長7.3m、玄室長5.3,幅1.7,高1.6m
位置:34°33′06″N 133°45′33″E

大きく低い墳丘が残る


開口部左側には殆ど墳丘が無い、半分くらい削平されているようだ


大きく空いた開口部、羨道は後部しか残っていないもよう


玄門、一段下がったまぐさ石と右に袖石


玄室良好、石材も1,2号と同様のサイズ


奥壁は1,2号と違い1枚石


奥から外、左片袖式



見学記
倉敷市福田町浦田、3基からなる古墳群ですが丘陵上ではっきりした進入路がなく訪問しづらい。西側を走る県道から石材店がある小道を曲がって奥に入っていきます。谷筋が畑になっていて南北に伸びる細長い尾根上にあるのが1号ですがはっきりした目標がないので林の中に入って行きづらいです。墳丘は周囲がかなり削られ南に開口、最前部天井石が割れて落下していますがそれ以外は良好、前部に土砂が流入して玄門部は見られません。奥壁は四角い鏡石+左に幅合わせの石+上に平石です。畑から雑木林を通り抜けて更に奥に行くと果樹園があります。その奥雑木林の中にあるのが2号、前にある作業小屋が目印。墳丘石室とも良好、細長い羨道までよく残っています。途中左側壁に段差がありますが石材がせり出してきているのか元々なのか。玄室も完存、比較的大きさの揃った中型石材使用、奥壁は不定形五角形鏡石+左に幅合わせの石+上にα、玄門は袖石を立てた左片袖式です。ここから南側尾根上を南下、山道があるので問題なくやや下りになった辺り右側に墳丘が見えます、これが3号。一見墳丘良好のようですが開口部が現墳丘西側に偏っていて左半分がそっくり削平されているようです。羨道は最後部辺りしか残っていませんが玄室完存、奥壁は巨石1枚石袖石を立てた左片袖式です。1号南側にも西に突き出る尾根があり上部が広い平坦面になっていて古墳築造には最適な感じもしますが何もありません。2,3号などより余程適地かと思うんですけどどのように選地しているんでしょうね。石材店奥に駐車スペースがありますが農作業用の車が止めることがあるのでお勧めできません。2台止まっていたのでその後ろに無理して止めました。
[ 2016年03月03日 08:00 ] カテゴリ:倉敷市 | TB(-) | CM(0)

古城池南古墳

岡山県倉敷市 2014年4月訪問

横穴式石室、玄室長5.8,幅1.7,高1.8m
位置:133°46′04″N 34°32′45″E

とんでもない場所に保存されている石室、破壊の運命にあったから保存されただけでもましか


天井石露出、手前の羨道は土嚢で埋められている


背後から見た様子


玄室は概ね良好、持ち送りはあまりない


奥壁下部の腰石だけ大型石材、その上は側壁と変わらず、上部壊失、土嚢が充填されている


奥から外、すっかり土嚢で充填、入れる程度に開けられているのがいいね


見学記
倉敷市福田町福田、第2福田小学校北側の丘陵上、県道擁壁の上にあります。大半は側溝沿いに登っていけるのでたどり着くのは容易。墳丘ははっきりしませんが天井石露出、開口部は土嚢で塞がれていますが中には入れます。奥壁上部も土嚢が積まれて開口していたようだ。背後に天井席らしい細長い石が転がっている。擁壁工事の際土嚢が積まれたんでしょうかね、終わったら元に戻して欲しかった。県道反対側から地下道を通って行けます。古城池古墳群などを訪問した序にどうぞ、というレベル。
[ 2016年03月03日 08:00 ] カテゴリ:倉敷市 | TB(-) | CM(0)
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