常権現古墳群

広島県福山市(旧新市町)1996年4月訪問、2015年4月再訪

13基

(2015年)

(全部ではないですが見学路が出来たので見学順に並べています)
分布図(説明板より)見学路は3,12,4-8号沿い


1号
円墳、R11,H5
横穴式石室、玄室長5.8,幅1.8,高2.3m
位置:34°35′40″N 133°15′12″E
墳丘背後から、丸い墳丘


横から、斜面に立地している様子が分かる


石室正面、前面が削られている


石室前上部が壊失も概ね良好、全国唯一メジャー付きの石室


巨石石室、背が高いと一層大きく感じる


奥から外、側壁もほぼ垂直に立ち上がる


奥から左側


奥から右側、隙間の小石もよく残る


13号
良好に残る墳丘、石室見られず


2号
道路脇に案内板、古墳はフェンスに囲まれた場所


さすがにこれでは案内がないと分からない


石垣に開口、石室奥しか残っていない


鏡石らしい形の奥壁


3号
僅かな高まりがあるだけ、見学路は矢印で示されている


小さな天井石が露出、左右に側壁が見えている


内部は殆ど埋没、奥壁が僅かに見えているかな


調査中その1
石室かどうか微妙


12号
標柱がないとわからないような状態


手前が石室先端辺り


天井石らしい加工された平石


左が奥壁、右が側壁


左側側壁


4号
標柱の奥に天井石露出


左が石室先端でしょうか


6号
本格的な石室露出


でも石室内部は埋没、羨道先端まで残っているようだ


天井石も1枚抜けているかな


重量感のある天井石


7号
石室天井石が露出


斜め前から、2,3番目は動かされているようだ


何とか奥壁が見えている、2段積みかな


8号
急斜面に立地


天井石露出、隙間あり


右が側壁、天井はずり落ちかけている


調査中その2
これは石垣の可能性が高いかな


5号
6号に似た本格的石室


やはり状態はあまり良くなく


内部に土砂流入


中間の天井石壊失


玄室奥、ほぼ埋まり奥壁は見えず


9号
横穴式石室、残存長1.9,幅1,高1.1m
位置:34°35′38″N 133°15′03″E
見学路を外れて道路沿い、石垣に開口


これも石室後部しか残っていない


ほぼ1枚石の奥壁、側壁は平石形


10号
右が10号、左が11号、9号から20mくらいしか離れていないが前に竹林があって見えなかったんだろうな


石室内部に大きな木が生えている


横から


石室内部は埋没


天井石は最後部1枚しか残っていない


11号
石室正面、こちらも前部はかなり破壊


こちらも半ば埋まる


何とか奥壁が見えている


一応鏡石らしい形の奥壁


(1996年)
1号
円墳、R11,H5
横穴式石室、玄室長5.8,幅1.8,高2.3m
位置:34°35′40″N 133°15′12″E

墳丘背後から


石室正面、前面がすっかり壊失


背の高い玄室


9号
横穴式石室、残存長1.9,幅1,高1.1m
位置:34°35′38″N 133°15′03″E

玄室後部がかろうじて残っている


玄室内部


(見学記)
(2015年)
新市町大字常、案内が整備されたというので再訪してみました。こんな山の上だったかなというのが初めの印象。県道26号から入って行きましたが途中の道が狭く苦労しました。上の方はそれ程でもないんですけどね。金毘羅神社前に説明板と分布図があり分布図を載せた用紙もありますがこれらが必要ないほど案内が充実しています。まずはメインの1号を見学、墳丘背後はよく残っていますが前部が削られ石室も前部は壊失しているんでしょうね。その分石室の背の高さが強調されています。大きさを示すため石室前や床面に物指が置かれています。整備された石室は多く見てきましたが物指が置かれているのは初めてかな。奥壁はほぼ巨石1枚石です。他の古墳に比べて1号だけが墳丘石室とも突出した規模です。少し奥に入った所に13号、この古墳群の中では一番良好に墳丘が残っていますが石室は全く見られません。神社に戻って東側民家の前に2号があります。石室後部が残っているだけ。普通ならこういう民家敷地内は入って行きにくいのですがちゃんと見学路が整備されています。この北側に3,12号、神社西側に4-8号がありますが林の中で見学路は整備されていますが石室が露出するも内部は埋まるなど状態のいいのはありません。神社前の道路を西に200m程行くと9号、石垣の中に開口していて石室後部が残存。更に西側竹林の中に10,11号があります。竹林が伐採されて見学しやすくなっています。どちらも殆ど石室露出、10号は天井石を殆ど失った石室で内部埋没、11号は小型ながら比較的状態がよく内部は多少埋まるも奥壁まで見えています。前回訪問の時注意していればこれは発見できたかなと思ってしまった。古墳群が見学しやすいよう整備されるのはよくありますがここまで充実しているのはそうそうありません。関係者各位に感謝感謝です。神社前に駐車可。

(1996年)
神社脇に分布図があって13基の古墳が見えていますが,容易に見られるのは1,9号だけです。1号は民家の裏にあって墳丘前部は削られていますが玄室および背後の墳丘はよく残っています。石室は奥壁,天井石に巨石を使い長さ5.8mあります。9号はため池北側林の中にあって,小型の石室のみが残っています。
[ 2017年01月26日 18:59 ] カテゴリ:福山市 | TB(-) | CM(0)

ヤブ口古墳

広島県福山市(旧駅家町)2015年4月訪問

横穴式石室、全長6.2m、玄室幅1.53-1.8,高1.65m
位置:34°33′50″N 133°17′47″E
産廃処理場一角林の中にある


林の中に入るとすぐ石室に出会う


墳丘殆ど流失、石室前部露出


石室正面、背後が崖でこれ以上下がれない


終末期石室、側壁石材はほぼサイズが揃う


ストロボ撮影


奥壁はほぼ1枚石、側壁とほぼ同大


奥から外、無袖式、天井石が外に向かってやや高くなっているそうだ


奥から左


奥から右



見学記
駅家町大字新山、大佐山古墳群の北側に単独で存在する古墳です。南側からしか行く道はなさそうですがナビが南側の集落までしか案内してくれない。集落内の道も狭いし南側の老人集会所辺りに車を止めて歩いて偵察してみましたが集落北端の神社から先は道が広そう、でも更に歩いて溜池まで行って今更引き返すのも面倒だし結局歩いて訪問2kmも歩いてしまいました。しかも本に載っていた地図だと山道すぐ脇のようなので行けば分かるだろうと安易に考えたのが失敗、現地は産廃処理場になっていてすっかり様子が変わっている。取りあえずは奥の尾根筋を捜索、すぐ破壊されたような石室っぽいのがあったがさすがにこれじゃない、痕跡道もあったのでたどってみたが石室見つからず。諦めて帰ろうかなと思いましたがもう一ヶ所の尾根を探そうと近づいてみたら人が入ったような痕跡がある、これはと思って入って行ったら案の定石室がありました。南に開口した細長い石室無袖式かな、奥壁は1枚石、左右側壁も上に重ね石が殆ど無い1枚石を並べられています。切り石状石室だそうです。産廃が本格的に稼働し始めると見学困難になるのでしょうか。産廃入り口まで車で通行可。
途中に大佐山古墳群に登っていく道があります。今まで大佐山には2度歩いて行っているけどこんなとこに車で通れる道があったのか。これではナビでもないと(あっても)分かるわけないな。もう行くことはないだろうけど今頃見つかってもな。
[ 2017年01月19日 19:15 ] カテゴリ:福山市 | TB(-) | CM(0)

大迫金環塚古墳

広島県福山市(旧駅家町)1988年4月訪問、2015年4月再訪

墳形不明
石室長12,玄室長5.6,幅2.5,高2.7m
位置:34°33′48″N 133°18′54″E

(2016年)
石垣と化した横穴石室、説明板は大迫古墳となっている


石室正面


長大な石室は良好に残る


左右に袖があるのがわかる、羨道天井も一段下がっている


巨石を使った玄室


奥壁はほぼ1枚石


奥から外、両袖式、まぐさ石の屋根型模様は偶然かな


奥から左


奥から右、隙間にセメントが入れられているのは致し方ないか


羨道奥から


(1988年)
墳丘消滅、石室が石垣の一部と化す


切石の巨石を使った玄室


奥から外、両袖式、見事な石組み


(見学記)
(2015年)
駅家町大字新山、若宮神社西側50mの距離にあり案内表示も出ています。これも序に再訪、石垣の中に開口している石室は時々ありますがこれ程長大なのはそうそうないでしょうね。巨石で構成された石室、側壁側が露出しているので内側石組みの隙間がセメントで補強しているのはいたしかたないですね。地下水が滲み出してくるのか床面は何時もジメジメしています(2回しか行ってないけど)。まぐさ石に屋根型のような模様があるけど単なる汚れなのか溝があったのか今回も確認してないな。

(1988年)
横穴式石室のみが残存し,側壁は畑の石垣の一部となっています。巨石を使った石室は全長約11m、玄室長5.6m、幅2.5m、高さ2.7mと大きなものです。
[ 2017年01月19日 19:13 ] カテゴリ:福山市 | TB(-) | CM(0)

刈山古墳群

広島県福山市(旧駅家町)2015年4月訪問

3基、残存1基のみ

1号
横穴式石室
位置:34°33′28″N 133°18′54″E
小さな谷に面した斜面に立地、石室完全露出


石室正面


石室後部しか残っていない


こちらから見ると2枚の天井石の形状が随分違う


斜め後方から


石室内部殆ど埋没、掃除する気にもなれない


見学記
駅家町大字新山、服部大池西側を通る道路に案内板がありそこを西に曲がって次の急カーブの所に小さな案内板があります。そこから小道を100m程行くと畑があり奥の斜面に古墳があります。墳丘流失石室ほぼ露出、内部もかなり埋まっていて奥壁が僅かに見えている程度です。他にも2基あったそうで古墳群を形成していますが残存は1号だけかな。2番目の案内板の所に駐車可。
[ 2017年01月19日 19:11 ] カテゴリ:福山市 | TB(-) | CM(0)

安光古墳群

広島県福山市(旧神辺町)2015年4月訪問

7基?(1号以外番号仮称)

1号
横穴式石室、全長7.4m、玄室幅2,高2m
位置:34°34′10″N 133°21′53″E
墓地手前の斜面上に開口、これが最初に出会う


石室正面、羨道上部を失う


玄室完存、天井石に大きなヒビ、石仏2体が祀られている


奥壁は不定形だが鏡石らしい巨石


奥から外、左片袖ははっきりしているが右は不明、右上側に江戸時代の文字が彫られている


奥から左、大中小と3段積み


奥から右、前に角柱


佐賀の石室でこのようなのがありましたがこれはどうなんでしょう


2号
天井石が露出


玄室後部残存、奥壁3段積み


奥壁左側


3号
小さな墓地の背後に開口


小型の石室


小さな奥壁、浮き彫りのようなのがあるのが風変わり


4号
細長い石室、後部は天井が倒れている


右側が袖石なんでしょうか


5号
石室後部残存


正面から、奥壁2段積み


斜め上部から、小型ながら本格的な石積み


見学記
神戸町西中条、大坊古墳南西500m墓地の中にある古墳群です。狭い道を通って行くと右斜面の上に石室が開口これが1号です。石室前上部が破壊されていますがそれ以外は良好、小さな袖石を立てた左片袖式、奥壁は不定形の鏡石+上部に小型石材です。石室が何らかの宗教的施設として使われていたのでしょうか江戸時代の文字があちこちに彫られています。玄室半ば辺りに佐賀県の石室で見られた短い立柱石があるけど古墳時代のものなんでしょうか。すぐ右側にある墓石の背後に小さな石室が露出これが3号、更にその上に2,4,5号があり4,5号で奥壁辺りが残っています。6,7号はよく分からず。それにしても割と急斜面なのに石室密集状態、これで墳丘を考えるともう殆ど重なり合っている状態だったでしょうね。墓地に駐車場あり。
[ 2017年01月12日 06:29 ] カテゴリ:福山市 | TB(-) | CM(0)

大坊古墳

広島県福山市(旧神辺町)1988年4月訪問、2015年4月再訪

円墳、R14,H5、7C初
横穴式石室、全長11.3m、玄室幅2,高2m
位置:34°34′20″N133°22′15″E

(2015年)
大きな標柱の奥に開口


巨大な開口部


巨石で構成された羨道


積み重ねた石や袖石上部の小石も左右対称を意識しているような


玄室も巨石で構成、側壁は殆ど上に重ねた石がない、床面中間辺りに仕切り石


奥壁は巨石1枚石、見事だけで写真的には面白味がない


奥から左側


〃右側、ストロボ無しだと石の質感がよく分かる


袖石奥から、羨道と玄室の幅はほぼ同じ、袖石やまぐさ石が一段突き出ている


羨道奥から


おまけ
奥壁沿いに咲いていたギンリョウソウ、別名幽霊茸、なんでこんな場所に咲いている?


(1988年)
丘陵麓近くに開口


石室正面


巨石を使った見事な玄室、中央に仕切石がありその奥の天井石も一段低くなっている


奥から外


(見学記)
(2015年)
案内表示があったので序に寄ってみました、27年ぶりの訪問。目新しさはなかったけど相変わらずの(当たり前だ)巨石石室は素晴らしいですね、でも奥壁は1枚石、側壁も積み重ねの殆ど無い巨石なのでビジュアル的には面白味がないです。古墳とは関係ないけど驚いたのは奥壁沿いにギンリョウソウが咲いていたこと、一つ二つでなく幾つも咲いていました。寄生植物で葉は持ってないので光は必要ないけど寄生する相手が必要なんだけどそんな相手はありそうにもない場所なんですけどね。

(1988年)
丘陵東側斜面に横穴石室が開口していて墳丘も残っています。切石上の巨石を使って石室を構築し,玄室長5.3m、羨道4.6mあります。羨道と玄室の境に石柱を立てて区別し玄室の床面にも横長の石を2個置いて,前後を区別しているのが特徴です。又天井も奥が一段低くなっています。県史跡。
[ 2017年01月05日 19:07 ] カテゴリ:福山市 | TB(-) | CM(0)

大蔭2号

広島県福山市2015年4月訪問

大蔭2号
横穴式石室、全長5m、玄室幅1,高1.1m(現状)
位置:34°30′38″N 133°25′38″E

住宅街中の公園に現状保存、埋め戻さずによく保存してくれたなと思うレベル


石室正面


開口部、フェンスが近すぎてこれが精一杯


内部はやや埋まるも奥壁まで見えている


基本的に平石を重ねた奥壁


露出した天井石、一番前が一番大きいようだ


見学記
能島3丁目、住宅団地内の能島丘第二公園内に現状保存されています。墳丘流失天井石が露出、石室内部も多少埋まっていますが平石を重ねた奥壁は何とか見えています。古墳はさくに囲まれているので中には入れません。周りの道は広いので短時間停めるのは問題なし。市史跡。
[ 2017年01月05日 19:05 ] カテゴリ:福山市 | TB(-) | CM(0)

坂部古墳群

広島県福山市 1998年4月訪問、2015年4月再訪

横穴石室墳7基

(2015年)
3号(山ノ神古墳)
横穴式石室、玄室長7.5,幅1.8,高2.4m
位置:34°28′54″N 133°18′54″E

鳥居の奥に石室が見えている


でもこれは移築石室


内部に小さな祠、移築前も神社として使用されていたんでしょうか


四角形の石を組み合わせた奥壁


奥から外


4号
横穴式石室、石室全長8m,玄室幅1.8,高1.75m
位置:34°28′57″N 133°18′57″E

斜面を整形して作った墳丘


反対側


ここも石室が神社として使用


石室正面、床面の石材は石室材再利用でしょうか


内部に小さな祠があり奥壁を隠している


側壁左側、隙間の充填土は後世のだろうな


反対側、全般に中型の石材


風変わりな奥壁、左半分は1枚石、右は上下2段の間に平石、2種類の奥壁を合わせたよう


奥から外、祠があるので再奥から撮れない


その他
僅かな高まりに盗掘跡、すぐ向こうは高速道


僅かに石材露出


(1998年)
3号(山の神古墳)
石室開口部、高速道の建設に伴い移築保存


玄室、無袖式


4号
斜面をカットして造られた墳丘


無袖式石室、中に祠があるのは撮影者泣かせ


(見学記)
(2015年)
17年ぶりの訪問、福山サービスエリアの南側にあるのでそこから歩いて訪問してみました。深夜割引を使う為この日は高速道路を降りることはないし時間の余裕もあるしSAから歩いて一般道に降りられるのでちょうどいいと思ってね。石室自体は変わりないけど前のは銀塩だしスキャナの性能が低く画質が悪いので撮り直しが目的。序に他の古墳も探してみて1基みっけ、高速すぐ脇で盗掘坑に石材が露出している程度だけど古墳だろうな。前回も石室以外の古墳を見つけているようだけど同じかどうか不明。SAから降りた下の方辺りが何となく見覚えがあるなと思ったら本谷1号を訪問した際もここを通っていたのでした。その時一緒に訪問すればよかったけど地図にプロットしてないと全く分からないからな。

(1998年)
備後赤坂駅北東1.5kmにある7基からなる古墳群で集落背後の斜面に立地しています。横穴石室を主体部としていますが残りの良いのは3,4号のみ,神社によって破壊されているのもあるようです。山陽自動車道によって石室が移築復元されていますがこれが3号墳でしょうか,石室長7.5m現存3m位)無袖式で中に山の神社が祭られています。前の石の鳥居が目印。ここから西側 50m の所に4号墳があり石室が開口全長8m無袖式でやや大きな割石を使い特に玄室天井手前の石はかなり大きい。中に稲荷社が祭られてていて奥まで行けないのが残念。この4号だけが市史跡。
[ 2017年01月05日 19:05 ] カテゴリ:福山市 | TB(-) | CM(0)
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