赤妻古墳石棺

山口県山口市 2016年1月訪問

墳丘消滅
刳抜式舟形石棺(3号)、砂岩製、5C前半
位置:34°10′45″N 131°28′31″E(博物館)
博物館建物脇に展示、建物外ですが上に張り出しがあり雨はかからない


蓋石に縄掛突起4,身小口部に1


蓋石は割れているが状態は良い


反対側小口部には縄掛突起はない、表面に削り跡が残っている


石棺内部


〃反対側


(箱式石棺)
向かい側に箱式石棺2、こちらは雨ざらし、左が赤妻古墳出土2号箱式石棺、赤妻古墳からは箱式石棺2,舟形石棺1出土、右は市内弥生遺跡から出土の箱式石棺


巨大な板石で構成、蓋石は2枚、側板は1枚


反対側も側板1枚


弥生時代の箱式石棺、箱式石棺としては割と大きいんですが


板石14枚で構成


見学記
古墳自体は消滅していますが山口市春日町の山口博物館敷地内に出土した石棺が保存されています。建物北側に刳抜式舟型石棺を展示、砂岩製で縄掛突起が蓋石4、身の小口部に1あります。多少割れている部分もありますが全体に良好、表面には削った跡も残っています。内部はかなり狭く大人一人が入るのがやっとでしょうか。近くに箱式石棺がありますがこれも赤妻古墳から出土したそうで舟型石棺に隣接して置かれていたそうです。分厚い板石を使った大きく重厚な箱式石棺です。その側にも別の場所から出土した弥生時代の箱式石棺が置かれています。博物館駐車場あり。
後から別の遺跡から出土した箱式石棺群があるのを知る、でもわざわざ行くのもな、序でがあれば行ってみよ。
[ 2017年02月23日 18:59 ] カテゴリ:山口市 | TB(-) | CM(0)

天神山古墳群

山口県山口市 1993年4月訪問、2016年1月再訪

円墳6、残存は石棺墓も含めて3基か

(2016年)
1号
円墳、R15、5C前半
位置:34°09′50″N 131°25′44″E
一見墳丘良好な横穴石室に見えますが


どう見ても現代の石組みです


保存された竪穴石室のようです、と言うことは墳丘も殆ど復元


2号から見た1号


墳丘脇にあった板状巨石、竪穴石室蓋石なんでしょうか


2号
円墳、R8
横穴式石室、全長2.3m、玄室長1.7,幅0.9m
1号から見た2号、冬でも接近困難


接近しても何も分かりません、石室は埋戻しでしょうね


3号
石棺墓、1.85×0.35-45m
説明板がないと分からない状態


箱式石棺が殆ど埋まってます、板石を組み合わせた石枕があるそうだ


(1993年)
左側が1号


箱式石棺


見学記
(2016年)
山口市吉敷佐畑5丁目、良城小学校西方にある古墳群です。円墳6(竪穴石室1、横穴石室5)、箱式石棺1からなる古墳群です。ただ現状で見られるのは1,2号と箱式石棺だけで他は消滅かもしれません。長楽寺墓地西端にあるのが1号、墳丘裾に柵で閉じられた横穴があり一見横穴石室のように見えますが内部を見てみるとどう見ても現代の石積み、奥の方に石材が乱雑に置かれているように見えるのが竪穴石室かもしれません(後から資料を見て長1.81×0.5mの竪穴石室と分かる、説明板に書いていてほしかったな)。入り口付近に置かれている説明板を見ると墳丘も半分くらい削られていたようで復元墳丘かもしれない。入り口側に大きな平石が置かれていて説明は何もないけどひょっとして竪穴石室の蓋石か。すぐ西側にあるのが2号ですが周りはすっかり藪で真冬でも近寄りづらい場所です。上部を失った横穴石室があるようですが見当たらず埋め戻されたのでしょうか。ただ石室規模が羨道長0.8,幅0.6m,玄室長1.7,幅0.9mと非常に小型。墳丘のどの辺りにあったんでしょうね。更にすぐ西側に箱式石棺が蓋石を外された状態で展示されています。今回初めて見つけたと思ったけど23年前に来た時も見ているわ、全く記憶に無いな。1号側に駐車可。
[ 2017年02月23日 18:58 ] カテゴリ:山口市 | TB(-) | CM(0)

朝田墳墓群その2

山口県山口市 2016年1月訪問

保存地区背後の尾根筋および斜面に円墳12基残存

11号
尾根筋にはっきりした墳丘、背後に12号


12号
R13,H2
位置:34°09′06″N 131°26′00″E
この中では最大でも突出した規模でもない


復元物よりはこういう自然の墳丘の方が余程嬉しい


13号(or15号)
自然地形か墳丘か迷いました、詳細図を見るとこの辺りの膨らみは皆墳丘のようです


16号(or17号)
これでも分かりやすい方


22号
これだけやや離れている、この先は急斜面で古墳は無し


盗掘のせいか少し窪んでいる


見学記
(2016年)
保存地区最上部から西側の林の中に入って行けるようなので行ってみました。平坦な尾根筋に墳丘が並んでいました。大小含めて6基程あったでしょうか。一番大きいので径10m高2m程度でしょうか、頂部が窪んでいます。一番奥のは盗掘坑があってその形から横穴石室だったかもしれません。外のは低い高まりがある程度です。朝田墳墓群の中にも後期の古墳があるからそれと同じ古墳群かもしれません。帰ってから前回の記録を見てみるとここにも行ってた、すっかり忘れているわ。
朝田墳墓群の発掘報告書を見るとここは第1地区内、保存地区から40m程離れていて別の支群のようで尾根筋と南側斜面に12基密集しているようです。朝田墳墓群は保存地区以外はほぼ全滅状態ですがここは元の状態で残っているようです。12号が最大ですがそれでも径13m、高2m,他は10m以下ですが大きな違いはないようです。
[ 2017年02月23日 18:54 ] カテゴリ:山口市 | TB(-) | CM(0)

朝田墳墓群

山口県山口市 1993年4月訪問、2016年1月再訪

弥生時代~古墳時代にかけての墳墓群
壺棺墓、各種土壙墓、箱式石棺墓、竪穴石室、横穴石室など多彩な埋葬形式がある
5つの支群に分かれているが第一地区を除いてバイパス工事で消滅
位置:34°09′06″N 131°26′05″E

(2016年)
看板:遺跡は何も見えませんが


立体模型:前のと全く同じですが材質が違うような、2代目かな


1号横穴
前に墓道を伴う、上に墳丘がある


閉塞石


内部は平凡、と言うより屋根のような構造がない


1号周溝墓
墳丘規模の割に周溝が広い


2号周溝墓
密集状態


3号周溝墓
急斜面なので下の方が大きく広がる


割竹形木棺だったんでしょうか


4号周溝墓
復元でも埋葬主体がないと撮るのも寂しい


5号周溝墓
主体部の位置が偏ってます、もう1基予定していたんでしょうか


埋葬形態は多様だが箱式石棺が多い


6号周溝墓
僅かな高まり、元の状態のまま


7号周溝墓
円形より方形のような


釘が出土すれば木棺だと推定できますがこの形にした根拠はあるんでしょうか


2号古墳
同じ数字でも周溝墓と古墳があるからややこしい、これだって周溝があるようですけどね


1号石棺


3号石棺


5号石棺


10号石棺
身が見えています


蓋石上から


内部にも板石が敷かれている


11号石棺
手前11、奥12号



12号石棺


15号石棺


16号壷棺墓
狭い範囲内に多種類の埋葬形態


22号石棺
渡り橋で保護


却って見づらいような


22号辺りから見た遺跡全景


18号石蓋土壙墓
箱式石棺との違いは身の有無なんでしょうか


24号土壙墓
木棺も古くなると復元遺跡に馴染んでくる(笑)


(1993年)
発掘時の立体模型


全景、盆地を望む尾根上に立地、墳丘が復元され公園として整備された


見学記
(2016年)
山口市吉敷、丘陵尾根筋先端にある墳墓群で国道9号線が通っていますが下にトンネルを通して保存されました。ただ墳墓群はここだけでなくもっと南側まで何群もあったようで他は消滅しています。弥生から古墳時代にかけての複合遺跡で弥生時代後期の箱式石棺墓13、石蓋土壙墓4、土壙墓12、壺棺墓4、方形台状墓1、古墳時代前期の周溝墓6、後期の竪穴系横口式石室墓1、墳丘を持つ横穴墓1からなります。現在は遺跡は全て埋め戻され墳丘は周溝などが復元展示されています。箱式石棺も幾つもありますがあれも復元なんでしょうかね。復元墳丘等の側には種類等を書かれた表示があるのですが番号が振られてないので後で写真を整理する時に不便。維新百年記念公園西側に弓道場がありその辺りから登っていけます。弓道場に駐車場あり。国史跡。
[ 2017年02月16日 18:48 ] カテゴリ:山口市 | TB(-) | CM(0)

梅木平古墳

広島県三原市(旧本郷町)1988年4月訪問、2015年4月再訪

墳形不明、7C初頭
横穴式石室、全長12.8m,玄室長7,幅3,高4.2m
位置:34°24′18″N 132°58′09″E

(2015年)
下から見た様子、お堂の下に墳丘


28年ぶり、初心者の頃でもここは真っ先に訪問


開口部、前が急斜面なので正面から撮れない


長く大きな羨道あるいは前室、説明板には特に複室とは書かれていない


袖石を建てた玄門、まぐさ石も一段下がる


巨大な玄室、広島県では最大級、左側壁が孕んできているが28年前のと比較するとそれ程変化はないような


〃縦位置、背も大変高い


奥壁は3段積み、左に詰石があるので捻れたような印象を受ける


左側壁、石材は意外と薄いかも


右側壁、4段積みで各石材の高さが揃ってる


奥から外、両袖式、まぐさ石も2段


〃縦位置


天井(ストロボ無し)


前室奥から、羨道にしては袖石やまぐさ石があるな


〃(ストロボ無し)


西側から見ると多少墳丘が分かる


2号
麓民家敷地内に2号があるそうですがこれでしょうか、見学するのは難しそう


(1988年)
分かり難いが左側に開口している、県内で最大規模の石室


羨道、前室、板石を突き出して区画している


玄室


奥から外、複室構造が分かる


奥から前室、入り口の天井石が一段下がる


(見学記)
(2015年)
実に27年振りの訪問、石室も周りの環境も殆ど変わりないですが改めて石室の巨大さを堪能してきました。以前は複室席室の可能性が言われていましたが説明板にはそれには全く言及されておらず実際前室というには大きすぎるので普通の単室石室でしょうね。内部に照明施設がありこういうのは故障しているのが多いのですがここのは大丈夫でした。入り口が大きいので無くても全く問題ないのですがストロボ無しで写真撮影するのに役立ちました。他に音声案内もあります。再訪した理由は「探訪・広島県の考古学」に2号墳が載っていたこと。下の方の民家敷地内にあるそうですがそこはお屋敷風の建物で訪問は憚られる。西端に墳丘らしきものがありましたが墳丘にしてはちときれいすぎるかな。半壊した石室があるそうですが見学は無理っぽいです。梅木平古墳東側の神社前に駐車可。県史跡。

(1988年)
本郷町役場西方約2km、丘陵南側麓近くの斜面に位置する横穴石室墳です。本郷中学校の北東に山王社の鳥居がありそこから西側に石室が見えています。墳丘は斜面が多少突き出ている程度でかなり変形していますが石室は良好,県内最大級の石室です。現存長13.25m、玄室長6.3m、幅3m、高4.2mと畿内の石室にも匹敵する大きさで中に入るとその大きさが実感でき,これくらい背が高いとさすがに奥壁も3段積みです。玄室羨道幅がほぼ同じで袖石を突き出させた両袖式の玄室ですが石室入り口部分にも袖があって複室構造とも考えられています。石棺はありませんが当然あってもおかしくない規模です。県史跡。
[ 2017年02月09日 18:53 ] カテゴリ:三原市 | TB(-) | CM(0)

すべり石古墳

広島県福山市 1998年4月訪問、2015年4月再訪

円墳、R13、6C後半
横穴式石室、全長9.5m,玄室長5.5,幅2.5,高2m
位置:34°28′22″N 133°18′19″E

(2015年)
丘陵中腹に立地


石室正面、羨道前部はかなり破壊、98年当時と比べると左側にあった岩が転がり落ちている


羨道奥は残る、まぐさ石はなさそうに見える、玄室にはかなり土砂が流入


巨石で構成された玄室


石棺でしょうか、蓋石それとも底石、ピンホールカメラのように自分自身の影が映る、邪魔なんですけどね


奥壁はほぼ巨石1枚石、右側壁が少し前に出ている、築造当時からなのかな


天井石は2枚、手前のが特に巨石


奥から外、袖石を立てた右片袖式、奥から見るとまぐさ石はハッキリ


奥から左、一部側壁が抜けているようだ


奥から右、隙間がかなりある


(1998年)
石室開口部、南に平野を望む丘の中腹に立地、現地の標柱ではすべり岩古墳となっている


巨石を使った玄室、積み方はやや粗い感じ、近くに石切場があり現在も巨石がごろごろしている


右片袖式


(見学記)
(2015年)
山中東古墳群を訪問した序に再訪してみました。前の見学記では赤坂遊園なんて書いてますがそんなもの何処にあったかな、な状態。県道378号沿いの石材店の所に案内表示がありそこから山道を10分程です。途中所々にも案内があり迷うこと無く行くことが出来ますが10分ではちときついかな。石室自体は特に変わりないですが98年当時の写真と比べると正面左側の羨道側壁が落下して入口前に転がっています。地震のせいなのか、でもここ20年で広島県内でそんなに揺れた地震があったかな。ここで一番疑問だったのはすべり岩かすべり石かの表記の問題、どうやらすべり岩と書いて”すべりいし”と読ませるようで説明板にルビがふっていました。これで長年の疑問解決、再訪した甲斐があった(笑)。混乱しているのは私だけではないようで途中の案内板もすべり岩だったりすべり石だったりしています。入り口西側のゴミステーションにごみ収集後なら駐車可。県史跡。

(1998年)
備後赤坂駅北東500mの丘陵上にある古墳です。赤坂遊園(閉鎖中)西側から墓地に至る山道がありそこを過ぎると採石場跡巨石がごろごろしていて如何にも石室がある雰囲気,その先に古墳入口の標柱がありそこから急な山道を登っていくと古墳にたどり着きます。墳丘もある程度残っていて南側に石室が開口,玄室羨道共良く残っていて全長9.5m玄室長5.5mと大きなもので巨石を使った片袖式,玄室天井の石は長さ4mはあろうかという巨大なもの,また袖部は石柱のような石が立てられていて袖を明確にしています。登るのはきついですがこれだけはっきりした道があれば楽々,眺めが大変いいので例によってここで昼食。 市史跡。なお「本」では「すべり石1号」となっています,現地の標柱は「すべり岩」。
[ 2017年02月09日 18:51 ] カテゴリ:福山市 | TB(-) | CM(0)

イコーカ山古墳

広島県福山市 2015年4月訪問

円墳
位置:34°28′12″N 133°18′33″E
すべり岩古墳からの眺め


割と大きな円墳のよう


見学記
備後赤坂駅北東にある古墳で市の史跡になっているせいでしょうか地図にも載ってますがわざわざ行くほどのものでもないのですべり岩古墳からの遠望に留める、これで十分。割と大きな円墳のようですけどね。
[ 2017年02月09日 18:49 ] カテゴリ:福山市 | TB(-) | CM(0)

山中東古墳群

広島県福山市2015年4月訪問

2基

1号
横穴式石室
位置:34°27′45″N 133°17′37″E
墓地に登る道に石室開口


正面から、羨道は右側僅かしか残っていない


玄室は完存、とは言え明らかに右に歪んでいる


天井石は巨大な1枚石


ほぼ真四角な鏡石、他は平石


奥から外、袖石を立てた両袖式


奥から左、入り口下部の石が上から押されて傾いている


奥から右、左に比べて石材が小型


2号
1号近く、表示版がないと分からない状態


正面は天井石、左は側壁でしょうか


見学記
福山市神村町、赤坂町との境界近くの墓地内にある2基からなる古墳群です。2年前古墳関連のローカルニュースで説明板が整備されたのを知り探していましたが神村町以外は全く分からず場所が不明でしたがやっと分かって訪問してみました。県道54号と378号が交差する場所から東に50m民家の間の細い道を登っていきます(止まれの足跡マークがあるのが目印)。案内があるかと思ったが全くなし。1号は羨道壊失も玄室完存、南向きに開口する右片袖式、奥壁はほぼ真四角な鏡石を据え左と上に小型石材を積んでいます。石室全体が下方側に傾いていて右側壁は下部が腰折れ状態です。2号はすぐ東側にありますが標柱が立っていないと石室とも分からない状態です。県道378号は狭くて駐車無理、近くのコンビニに停めて見学しました。
[ 2017年02月02日 06:57 ] カテゴリ:福山市 | TB(-) | CM(0)

向田古墳群

広島県福山市(旧新市町)2015年4月訪問

2基

1号
横穴式石室、全長4.1m、玄室幅1.1,高1.0m
位置:34°35′33″N 133°15′06″E
ほぼ石室が露出


横から、申し訳程度に土が残る


石室正面


こんな状態にかかわらず内部は意外と良好


奥壁は一部抜かれてかなり危うい状態


奥から外、無袖式


奥壁外側から、内側からのと比較すると重ね具合がよく分かる


2号
すっかり裸の状態、石材見られず


ギリギリまで削られている、左後方に見えているのが1号


見学記
常権現古墳群南側にある2基からなる古墳群でこれも案内が出ています。民家脇にあるのが1号で細長い石室がほぼ露出、内部もそれ程埋まっておらず良好ですが奥壁にも隙間がありわざわざ入るほどではありません。すぐ側に2号の墳丘、完全裸の状態ですが石材が僅かに露出している程度です。ちなみに読みは”むかぁーだ”です。
[ 2017年02月02日 06:56 ] カテゴリ:福山市 | TB(-) | CM(0)
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