穴瀬横穴群

大分県豊後高田市 2016年2月訪問

19基以上
位置:33°33′13″N 131°28′27″E
(番号は全て仮称、西側から)

全景
西側


東側


1号
入り口は浅い額縁状、内部に敷石


2号
少し高い場所にあるので下から


3号
未完成の横穴?


4号
3重額縁、内部に石があるが敷石にしては大きすぎないかい、左下に3号


5号
バランスの良い2重額縁


赤い円文が幾つかある


開口部上側の円文


6号
右6号、左奥5号


3重額縁、外側のがバランスが悪い


右側に赤い色が残る


内部は平凡、敷石がある


7号
彫り込まれた横穴


正面から見ると重層的額縁


右側に赤い色が残る、円文かな


ここにも赤い色、模様は不明


どの場所を撮ったか忘れてる、ドロバチの巣があるから下向きの面かな


8、9号
民家裏にも横穴、右下にもある


10号
民家裏にもう1基


11号
2重額縁だが横幅が広い、熊本県で割と見かける


特に棺台もなく内部は平凡


12号
最も立派な横穴、全体が彫り込まえれて前面に平坦面を構築


多重額縁


開口部は大きく通路状になっている、赤い彩色が残る


閉塞石の軸を受けたのでしょうか


床面や左右に閉塞石を嵌めたような溝がある


内部も大きく立派です


壁面上部に短い段差、これも熊本県で時折見られる


反対側も同様、全体が赤い彩色で彩られていたようだ


非対称の開口部


ここにも閉塞石を嵌め込んでいたのでしょうか


13号
見事な多重額縁、赤い彩色が残っているかな


外に比べて中は平凡


14号
バランスの良い多重額縁だが下が埋没


開口部が通路状


この群の中では比較的立派な内部


広い開口部、鏨の跡が残る


15号
殆ど埋没


風雨が当たらないせいか装飾の残りは良い


大きな円文がハッキリ


16号
残り具合はよいが少し上で近寄れず


17号
2重額縁、横幅が随分広い


横幅に比べて開口部は特に大きくはなく


左側に赤い円文があるようです


開口部上部にも赤い装飾


右側にも赤い装飾、円文かな


玄室内部


18号
極端に横幅が広い、それに比べて内側の額縁は僅かな幅


右側には赤い円文が多数、右端のは丸に十の字のように見えます


開口部左側、他では見られなかったような模様


(見学記)
豊後高田市美和、三和郵便局西側、県道29号に面した崖面に開口した19基からなる古墳群です。一部民家の裏に隠れていますがほぼ全て見ることが出来ます。多重額縁状の開口部が並んでいるさまは壮観そのものです。ただ一部を除き外観に比べて玄室は小さく屍床のような構造もなく拍子抜けしますね。赤い顔料や円文が残っている横穴も多い。一番右端のは他とは違った装飾模様も見られます(矢かな)。ほぼ中央辺りにあるのが入り口も凝っていて閉塞石をはめ込んだ溝や軸受けのような穴、内部にもそれらしき構造もあって何重にも閉鎖されていたんでしょうか。玄室内部も他と比べて広く丁寧な作り、壁面中段に段差があってこれも熊本県で時々見られる構造です。横穴群は少ないのもなんだけどあまり数が多いのも疲れるし10-20程度が一番いいですかね。因みに読みは”あなんせ”です。県道脇にギリギリ駐車可。市史跡。
[ 2017年06月29日 09:28 ] カテゴリ:豊後高田市 | TB(-) | CM(0)

四日市横穴

大分県宇佐市2016年2月訪問、17年2月再訪

一鬼手支群
86基(装飾横穴1)
位置:33°31′31″N 131°19′30″E

全景
県道から見た様子、覆い屋で保護されているのが62号


62号
装飾横穴
額縁型の前面、他の横穴より開口部が大きそう、直射日光が当たって撮影には最悪の状態


右側に赤い同心円文2、右上にも赤い装飾があるようだ


左側、同心円文3、右上にも赤い模様が見えている


その他
62号下側


62号東側、額縁部分が左右で繋がっているような


上記右側、額縁が3重になっているかな


額縁があるだけましな方かな


内部は意外と平凡、よく見られるような棺台もない


額縁があるかな


上記内部から


多重額縁、下部埋没


加賀山支群
76基(装飾横穴2)
位置:33°31′26″N 131°19′28″E

全景
墓地内側や周辺に分布


39号
装飾横穴
右39,左40号、柵で入れず


装飾があるが殆ど確認できず、上部に丸い窪みがあるが当時のものでしょうか


40号
装飾横穴
開口部上部左から右上にかけて赤い装飾


装飾拡大、赤い地に黒い縁取り、鳥?踊る人?あまり見たことのない模様


その他
墓石の背後にも開口


横穴は適当に撮ると整理がつかなくなる


上記と同様


墓地北側最下段


上記上段、こちらの方は額縁はない


更に上、なかなか立派な額縁


こちらも、ここのは中に入る気がしない


左右の額縁が同じ形式で作られているような


更に北側竹林の中にもあるが状態は悪い


実は前年に見つけていたがこれが加賀山だと思って墓地を調べず(汗)



(見学記)
一鬼手支群
宇佐市四日市、西武中学校西側、県道44号沿いにあります。北側の一鬼手支群(86基)、南側の加賀山支群(76基)からなります。中学校に上るT字路辺りから見えているのが一鬼手支群、覆い屋が見えていてそこに赤い円文を持つ横穴が保存されています。一部の赤い円文はハッキリ見えています。周りの横穴は概ね上下3段にわたって掘られているようで下段の入り口は単純な形のが多いですが中冗談の四角い額縁状のが多く身分差があったのでしょうか。内部の玄室は屍床などはなく単純なのが多い。道路を隔てた南側竹林の中に幾つかありましたが加賀山支群は整備されてないのかなと思ってしまったけど後から更に南側の墓地にあるのに気がついたけど後の祭りでした。そちらには装飾横穴が2基あるそうです。しかし横穴の名称は横穴群だったり横穴墓群だったりここのように横穴古墳群だったりと統一してませんね。検索の時困るんだよな。実際”四日市横穴古墳群”より”四日市横穴”で検索した方が多く出てきます。上の墓地に駐車可。国史跡。

加賀山支群
去年訪問しましたが南側の加賀山支群を見落としていたので再訪、大部分が現代の墓地になっていて何段かにわたって開口しています。墓石の背後に横穴が開いているのも幾つもありますが破壊されたのもあるんでしょうね。最上部右側にフェンスで囲まれた横穴がありそれに装飾がありますが現状ではよく分かりません。墓地前の県道に駐車スペースがありますが駐車禁止の標識が立っているのでさすがにそこでは停められず。
[ 2017年06月22日 18:49 ] カテゴリ:宇佐市 | TB(-) | CM(0)

凶首塚古墳

大分県宇佐市 2001年5月訪問、16年2月再訪

形不明
横穴式石室、玄室長2,幅1.8m
位置:33°31′26″N 131°21′59″E

(2016年)
入り口に標柱、ここから1分もかからない


完全露出した石室、後部しか残っていない


正面から、左の竹やぶは以前はなかったな


奥壁側壁天井石1枚ずつ残存、鬼の岩屋式と言っていいんでしょうか


石室内部、天井は圧倒的迫力


左側壁は上部が円形で天井を支えるのに不安定


右側壁は横に長くこちらは天井石安定


石室背後から


(2001年)
石室が完全露出、各壁が1枚石の巨石で構成


(見学記)
(2016年)
宇佐市北宇佐、ここも再訪、側の道路に案内表示があります。墳丘流失石室完全露出、熊本県でよく見られる鬼の岩屋式石室で玄室部分残存、奥壁側壁天井石とも各1枚ずつ残っています。しかし熊本でもそうですが鬼の岩屋式石室は完全露出しているのが多いけど何か理由があるんでしょうかね。前回訪問分は1枚しかアップしてないな、ただ竹が茂ってきていてあのアングルでは撮れなかった。久々姥古墳もそうだったけどここも説明板は無し。県史跡。

(2001年)
国道10号に宇佐風土記の丘の案内表示がありそこを曲がるとすぐ案内表示がある。古墳は平野を望む丘陵端にあるが墳丘は流失、玄室のみが段々畑の中にポツンと残っている。玄室は各辺2m程度、1枚石の巨石を使っている。県史跡。
[ 2017年06月15日 18:59 ] カテゴリ:宇佐市 | TB(-) | CM(0)

葛原古墳

大分県宇佐市 2001年5月訪問、16年2月再訪

円墳、R55,H6、5C
竪穴石室
位置:33°32′14″N 131°20′19″E

(2016年)
平坦な田園地帯に巨大な墳丘


西側から、左(北側)がやや低くなり多少地形を利用しているようです


北側から


墳頂の竪穴石室を覆い屋で保護、手前の石材も石室石材でしょうか


巨石天井石が2枚


周りの石列ははっきりしない


墳丘表面に小砂利、葺石でしょうか


2号
1号から見た2号、手前が削られている


1号とののツーショット


(2001年)
水田の中の墳丘、墳頂に竪穴石室覆い屋


竪穴石室天井石


(見学記)
(2016年)
宇佐市葛原、ここも再訪、田圃の中に大きく背の高い墳丘が残っています。現状は平坦地のようですが北側が少し低くなっているし東側にある墓地が少し高くなっているのでやはり地形の高まりを利用して構築されたようです。墳丘には小さな河原石が一面に敷き詰められていますが土留め効果はあったのでしょうか、むしろ装飾的な意味合いが濃かったのかな。墳頂に竪穴石室の天井石が露出、覆い屋で保護されています。周囲にも石材が見られ竪穴石室石材でしょうか。南側にあるのが2号ですが石材などは見られません。当時も気がついていたようだけど写真を撮ってないこともあって全く記憶なし。ここに駐車可。国史跡。

(2001年)
径55m、高6mの円墳で水田の中にポツンと存在している。完全裸の状態でよく見ることが出来るが規模の割にあまり高く見えない。墳頂に覆い屋があり竪穴石室の巨大な天井石が2枚ある。南側にも1基円墳がある。国史跡。
[ 2017年06月15日 18:57 ] カテゴリ:宇佐市 | TB(-) | CM(0)

久々姥古墳

大分県宇佐市 2001年5月訪問、16年2月再訪

円墳、R25,H5、6C後半
複室構造石室
位置:33°32′01″N 131°18′24″E

(2016年)
藪に包まれた墳丘、その前に標柱、その前に売家の看板、さすがに”売古墳”はないだろうな


墳丘は良好に残る


激狭の開口部、前回は裸の状態だったのですぐ分かったが今回は苦労した


石室は良好に残るが玄室土砂流入か、奥に見えている袖石は後室のかな、こんな所にわざわざ空缶を投げ入れるな(怒)


2号
横穴式石室
西側に2号の標柱、奥に墳丘が見えている


こちらも良好に残る墳丘


同じく激狭の開口部


こちらも石室良好、単室かな、奥壁も見えているようだ


(2001年)
墳丘、石室が僅かに開口


石室内部


(見学記)
(2016年)
宇佐市猿渡、15年ぶりの再訪、墳丘は相変わらずの藪に包まれています。開口部も何処にあったかなと探す状態でした。西側50mに2号がありこれが今回の目的、標柱が立っていてその背後に墳丘があり状態良く残っています。南西側に開口していますがこちらも更に激狭状態、カメラを突っ込んでも羨道くらいしか写りませんね。ちなみに養護学校は宇佐支援学校となっています。2号前に学校駐車場あり。県史跡。

(2001年)
国道10号旧道に養護学校入り口の標識がありそこを入るとすぐ右手に墳丘が見えてくる。径25m、高5mの円墳でほぼ裸の状態だが土盛りされているようであまりいい感じはしない。南側に石室が開口しているが入り口が土で埋まりかろうじて隙間がある。覗いても中は見えないがカメラを突っ込んで写してみると以外と中は埋まってないようだ。複室構造の石室とのこと。西側50mに2号墳があるが農地の中で周りに柵があり中には入れない。県史跡。
[ 2017年06月15日 18:54 ] カテゴリ:宇佐市 | TB(-) | CM(0)

大池西古墳

福岡県上毛町(旧大平村)2017年2月訪問

横穴式石室
位置:33°33′22″N 131°10′19″E
溜池周辺が公園、その中に現状保存


かっては尾根筋に立地だったが今は岬の先端


墳丘は割と残る、増水すると更に水没するようだ


背後から


開口部上から、初めは開口に気が付かず、石材の一部が溜池に落下している


開口部正面、天井石が一部露出


開口部、増水するとこの辺りまで水が来るようだ


玄室は良好、土砂が流入、かなりの胴張り石室のように見える


石室を正面から見る為に溜池を大回りしてみました、大して変わりなかった


(見学記)
上毛町下唐原、大池公園内にある古墳です。かっての谷間が溜池となっていて岬のように突き出た尾根先端に立地しています。東向きに開口していますが初めは開口部真上から下を見ても気が付かず危うく見逃すとこでした。天井石巨石が露出していますが開口部は隙間程度で入るのは無理です。カメラを挿入して撮ってみると両側に袖石が見えていて両袖式、玄室内部も土砂が大分流入していますが状態自体はよさそうです。公園に駐車場有り。
5年前に見つけていた大池東古墳(仮称)は場所が高速道路になっていて消滅でしょうか、移築されていたらいいんですが。
[ 2017年06月08日 19:14 ] カテゴリ:上毛町 | TB(-) | CM(0)

黒部古墳群

福岡県豊前市 2001年4月訪問、16年2月再訪

海を望む丘陵上に10基、3基を公園として保存

(2016年)
公園として3基保存


2号
方墳、11×14.6m、7C初
石室正面


天井石はまぐさ石と最後部の1枚のみ残存


背後から


玄室横上から


羨道も割と残っている


奥壁は2段積み、墳丘程には掃除されてないもよう


奥から外、両袖式


復元でしょうが四角い様子が分かる


3号
円墳、R23、6C末
群中最大
位置:33°36′55″N 131°05′51″E
右2号、左3号、01年と比べると傷んだ復元墳丘を修復しているようだ


6号
背後から、右後方林の中に黒峯尾古墳群


(2001年)
2号
無袖式石室、天井石が1枚残存


玄室


3号
左3号、右2号


墳丘、手前は2号石室


6号
舟や円文の線刻壁画を持つが石室は埋め戻されている


(見学記)
(2016年)
ずっと黒田古墳群だと思っていたので当然HP上でもこの名前でアップしていた。あらためて来てみて説明板を見てみたら黒部古墳群だった(大汗)。誰からも指摘されなかったというのもなんともはや。

(2001年)
海を望む丘陵上にある10基からなる古墳群で下を通る国道10号から見えています。住宅開発で7基が発掘され2,3,6号が公園として保存、他にも幾つか残っているようです。2号は豊前では珍しい長形墳で一辺11.1×14.6m、7C初で小型の無袖式石室が露出しています。3号は2号に接する径23mの円墳で群中最大規模、6C末の古墳です。6号は7C中の円墳でゴンドラ風の舟や円文などの線刻壁画がありますが石室は埋め戻されています。県史跡。
[ 2017年06月08日 19:06 ] カテゴリ:豊前市 | TB(-) | CM(0)

黒峯尾古墳群

福岡県豊前市 2001年4月訪問、16年2月再訪

30基以上、指定地内に4基保存

(2016年)
説明板
黒部古墳群の道路向かいに説明板、こんなとこにあるとやはりここから入るよね


その1
位置:33°36′49″N131°05′53″E
最大級の墳丘


ここから下は急斜面


その2
低い墳丘


石材露出、玄門辺りか


その3
頂部が大きく窪んだ墳丘


かなり盗掘されるも石材露出なし


その4
墳丘だなと分かるレベル


その5
肉眼だと多少の高まりが分かる程度


その6
はっきりした墳丘、麓に近い


その7
上部が盗掘された墳丘


巨石露出、奥壁でしょうか


(見学記)
(2016年)
豊前市松江、ここは画像をアップしていないので再訪してみました。黒部古墳群の南側でガードレール脇に説明板が立っています。あちらが県史跡なのにたいしてこちらは市史跡、でも古墳群としては区別する必要はないそうでなんで別の名前になっているんでしょうね。こちらも一応紅葉ヶ丘公園となっていて指定地内に4基保存されているそうですがざっと見たところ7基程確認できました。ほぼ墳丘だけ、1基で大きく盗掘され石材が1個露出、大きさからして奥壁でしょうか。もう1基で石材が僅かに露出していたのが見られた程度です。

(2001年)
黒部古墳群と同じ丘陵の南側麓に分布する古墳群でこちらは市の史跡です。指定地内に4基の古墳があり横穴石室を有しますがみな大きく盗掘を受けています。上の黒部古墳群との間の斜面には古墳がなく身分格差があったかも知れません。
[ 2017年06月08日 19:03 ] カテゴリ:豊前市 | TB(-) | CM(0)

呰見大塚古墳

福岡県豊前市 2016年2月訪問

円墳、R25、6C後半
装飾複室横穴式石室
位置:33°40′29″N 130°59′49″E
高速下に保存


フェンスで囲まれ鍵がかかっている、奥の説明板は中に入らないと見られないぞ


石室完全埋戻し、保存の意味があるのか、石室の様子を石列で示すが必要性が感じられない


発掘時の写真(説明板より)


石室図、左は玄室袖石、赤い対角線文がある(説明板より)


(見学記)
みやこ町呰見、九州高速道みやこ豊津IC側、高速下を県道243号が通っていて高速真下にあります。本来は破壊の予定でしたが京都平野唯一の装飾古墳ということで保存されました。とは言え石室はすっかり埋め戻され復元墳丘上に石室の輪郭が石を並べて表示されているだけです。石室への出入り口もないようで完全埋戻し、もう2度と陽の目を見ることはないのかな、こういうのを保存と言えるんでしょうかね、装飾が劣化していても確認しようもないし。しかも周囲は厳重に柵で囲まれて見学自体が難しい状態です。
[ 2017年06月08日 19:00 ] カテゴリ:豊前市 | TB(-) | CM(0)

稲童古墳群

福岡県行橋市 2016年2月訪問

海岸沿いの砂堆上に25基

分布図
(説明板より)出土品は文化財になっているが古墳群は史跡指定されていないような


6号
藪の中


7号
畑の中に大きな墳丘


半分くらい削られている


8号
住宅の間にある、表示板がなければただの残土状態


9号
道路脇に大きな墳丘


反対側から


11号
林の中にある、上部が平坦で広い、付近に10,12,13号があるはずだが全く分からず


14号
道路脇に裸の状態である


元の状態のままでしょうか


17号
林の中に良好な墳丘


円墳でも疎林の中にあるのはなかなかいい


18号
こちらは民家裏でちょっと雑然


19号
低い墳丘、笹薮だったらまずわからない


20号(石並古墳)
帆立貝式、TL68,R58,FW20、5C
位置:33°42′16″N 131°01′48″E
盟主墳、他とは隔絶した規模


右側に短い前方部


左側に前方部、2重周溝だが外側はハッキリしない


墳頂から見た前方部、帆立貝と言うより造出のような


前方部から見た内側周溝


21号
林の中に大きな墳丘が残る


(見学記)
行橋市稲童、海岸沿いの砂堆上に分布する25基からなる古墳群で老人ホーム石並園南北1kmにわたって分布しています。数は多いですが墳丘だけだし衛星写真を見ても大半は林や藪の中のようであまり気乗りせずパスしていました。でも何時までも放っておくわけにもいかず行ってみました。結論から言えば割と良好に残っている墳丘も有り事前に思っていたよりは楽しめました。一番のメインは帆立貝式の20号(石並古墳)、ここに説明板と分布図があります。他とは規模が隔絶し大きな墳丘が残っています。ほぼ裸の状態で短い前方部や葺石の様子も分かります。二重周溝を持つそうですが現状では内側のしか確認できません。前方部側に19号、北側林の中に21号、南側民家裏の林の中に18,19号、どれも墳丘がよく残っていて浅い周溝も確認できます。他に観察しやすいのは石並園側の14号、更に南側の7-9号でしょうか。石並古墳への道は行き止まりですが墳丘側に駐車可。
[ 2017年06月01日 19:12 ] カテゴリ:行橋市 | TB(-) | CM(0)

馬場代2号

福岡県行橋市 2016年2月訪問

馬場代2号
位置:33°42′17″N 131°00′50″E
墓地の中にある


復元というより石室か何かを保護しているんだろうな


不明墳
位置:33°42′06″N 131°00′34″E
近くで偶然見つけました、古墳だろうな、1号というには離れているけど


巨石が転落露出


(見学記)
行橋市馬場、正覚院東側の墓地の中にある古墳です。ここは稲童古墳群を調べている内に名前が出てきました(どうやらJR新田原駅の観光案内板に載っているようです)。検索してみるとgooglemapがマーカー付きで表示してくれる(Googleさん凄すぎ)。衛星写真で見ると墓地の中に小さな墳丘が見えていたので詳細は分かりませんでしたが行ってみました。思っていたより小さな墳丘で整いすぎているので元々の墳丘ではなく盛り土かも知れない。だとすると石室基部くらいが残っているのかな。どちらにしろわざわざ観光案内板に載せるほどのものではありません。枯れ木も山の賑わいとばかり何かの資料に載っていたのをそのまま載せたのかな。来た道を帰ろうとして間違えて途中で一つ早く曲がったら古墳に出会いました。これも神の導きか(笑)。巨石が1個転落していて多分古墳かなと思う程度ですけどね。馬場代2号とは大分離れているから1号ではないだろうな。
[ 2017年06月01日 19:12 ] カテゴリ:行橋市 | TB(-) | CM(0)
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