中組古墳群

広島県尾道市 2016年3月訪問

残存1基だけか

1号(仮称)
横穴式石室
位置:34°24′31″N 133°11′17″E
竹林越しに見た墳丘


僅かな尾根上高まり先端に構築


急斜面の割には墳丘が残る


石室前部は大きく崩壊


幸い玄室は完存、奥壁上部が三角持ち送りになっている


〃縦位置


奥から外、袖があるようなないような


奥から左


奥から右


(見学記)
尾道市桜町、市内にある竜王山東麓にある古墳群ですが見つけたのは1基だけ、と言うか少なくともまともなのは他にはありそうにもない感じです。国道184号と平行して走る栗原川に架かるさくら橋西方200m程、でもその南側の妙見橋から住宅街の中に入って行くと妙見神社と妙見会館がありそこからセメント舗装の小道を歩いて行く。山林に入っていく辺りで猪避けの柵がありそれに添って行く、途中2ヶ所締め切りがありますが入れます。左上に廃屋があってその下方竹林の中に古墳が見えています。尾根先端を整形して墳丘を造っているようでこんな場所にしては割と良好に残っている。東向きに石室開口、前部は崩壊気味ですが玄室は良好に残っています、無袖式かな。奥壁は四角い鏡石を据え右と上に補充石材。側壁はやや持ち送りですが最上部の石材がかなり突き出ていて天井席を支えているという変わった構造です。古墳自体は見つけることはそれ程困難ではありませんが途中の住宅街の道が大変狭く軽でないと通れないかな、ましてや駐車場所なし(会館にあるけど停めていいかどうかわからないし)。川沿いの道も安心して停められるような場所がないので国道沿いのスーパーに停めて歩いて行きました。

長古原古墳群

広島県三原市 1998年4月訪問、2016年3月再訪

谷奥の尾根麓に並ぶ
現存4基、1号以外は小型

(2016年)
1号
形式不明、H3
横穴式石室、石室全長8.8m,玄室長3.4,幅1.9,高2.2m
位置:34°21′58″N 133°00′25″E
以前と特に変わりなし


横から見た墳丘、背後の斜面との区画ははっきりしない


羨道に補強用の鉄パイプが入っていた、あまり効果は無さそうだけどね


柱状袖石を立てた玄門


完存玄室、白い点は測量の目印のようだ


〃ストロボ無し


〃縦位置、側壁はほぼ垂直


奥壁は縦長の石を2枚並べ他に隙間石を詰める


奥から外、両袖式、玄室に比べて羨道天井が一段下がる


羨道奥から


2号
横穴式石室
斜面裾に構築、羨道はかなり破壊


玄室は完存、小型の石材、1号と違い奥壁は平石を重ねる


奥から外、無袖でしょうか


4号
横穴式石室
石室開口部、石材が苔むして来ている


天井石が傾き状態は悪い


(1998年)
1号
墳丘、石室正面


羨道、柱状の袖石を立て上にまぐさ石を乗せた玄門


玄室、大型の石がなかったのだろうか、苦労が忍ばれる奥壁


両袖式、玄室と羨道の幅はほぼ同じ


2号
玄室、小型ながら比較的よく残っている


4号
羨道が破壊された石室


8号
石室開口部


(見学記)
(2016年)
三原市小泉町、非営利組織センタースマイル小泉背後の山裾にある古墳群です。ここもデジカメで撮り直すべく再訪してみましたが冷や汗モノの思わぬ発見があった。今まで長者原古墳群と思っていたが長古原古墳群だった(大汗)。長者原と言う地名はよく見かけるから早とちりしたんだろうな。それはともかく一番大きくて状態のいいのが1号ですが羨道に石室補強用の鉄パイブが入れられていた。幸い羨道だけで入りにくいけど何とか玄室にも入れたのでホッ。柱状袖石を立てた両袖式、奥壁は縦長2枚の石を並べ上と左に補充用の石材とちょっと変わった構成です。何か測定したのでしょうか奥壁辺りに点状の反射テープが貼られていました。2,4号も前と変わらず、南側墓地にある8号は見逃した。

(1998年)
三原市運動公園がある谷の西側の谷の最も奥まった所にある現存4基の古墳群で,尾根の東側麓民家の裏に4基並んでいます。まともなのは1号墳だけで墳丘石室とも良好,石室全長8.5m途中の壁両側に立石を配し,上にまぐさ石を乗せて玄室羨道を区別しています。こうもりがたくさんいてちょっと不気味。すぐ北側に2号の石室が開口小形の無袖式で石室は良好だが墳丘ははっきりせず,さらに北側民家の裏に4号墳,かなり崩壊している。1号北側に墓地があり片隅に8号墳奥壁部分がかろうじて残っていますがかなり小型。1号墳が市史跡。

御年代古墳

広島県三原市(旧本郷町)1988年4月訪問、2016年3月再訪

方墳の可能性、7C中
複室構造横穴式石室、全長10.7m,前室長3.4,後室長2.7,幅1.9,高2.1m
位置:34°23′40″N 132°56′56″E

(2016年)
国道辺りからの遠望、画面中央下辺りが開口部


石室前、ベンチはいらないだろ、後方は墳丘上の墓地


羨道は側壁の一部しか残っていない


石室正面、前室の石棺が見えている


前室の巨大家形刳抜式石棺


前室石組みは切石状、後室は自動照明付き


蓋石の一部が欠けているのが残念、発見時に既に蓋は開けられたそうだ


後室はほぼ巨石1枚石で構築


石棺に縄掛突起はない


直線的でやや背の高い蓋石


尾根部後方に一段低くなった場所がある


後室奥から


〃左側


〃右側


安定性の為でしょうかまぐさ石下部に段差がある


反対側はそれ程でもない、側壁に切石を嵌め込んでいる


前室石棺奥から、尾根部が広く全体に丸みを帯びているのが分かる


前室左側


〃右側


(1988年)
石室開口部


前室、刳抜式家形石棺


後室玄門、左側に滑り止めの段差がある


後室、刳抜式家形石棺


奥から外、後室石棺が蓋石がやや高いのがわかる


(見学記)
(2016年)
三原市本郷町南方、国道2号と平行して走る市道に巨大な案内表柱がありそこから古墳が見えています。しかし何度来ても(2度目だけど)素晴らしい石室&石棺ですね。国の史跡だしいつ閉鎖されてもおかしくないレベルだけど普通に入れます。音声説明と自動照明付き。石室内部は一見北九州によく見られる複室石室のようですが前室後室ともほぼ同じ大きさで一つの玄室を仕切りで区画しているようです。巨大な石棺は側壁とあまり隙間なく置かれている。後ろの石棺はいかにも家形で蓋石が直線的ですが前のは蓋石が丸みを帯び女性的な感じです。時代差かとも思われますが後から入れるのは相当困難と思われやはり同時に入れたのかなと思いますね。巨大表中の手前に駐車スペースあり。古墳前は行き止まりなので行っていけないことはないけど方向転換出来そうにもないので止めておいたほうがいいでしょう。国道脇に古墳の里駐車場が整備されているんですが閉まっています。ストリートビューを見ても閉まっているので利用されていないのかな。

(1988年)
R2を更に西に行くと右側に御年代古墳の大きな案内板が立っていて国道から石室が見えています。斜面に立地する横穴石室墳で墳丘ははっきりしませんが石室は羨道の天井石が壊失しているだけで他は良好,切石積みの石室は全長10.76mで羨道前室玄室からなる複室構造,ほぼ左右対称の両袖式,羨道と前室は袖部が僅かな段差,前室と玄室は境に切石を鴨居状にに組み合わせて区画しています。前室と玄室にそれぞれ刳抜式家形石棺があり共に石室と同じ花崗岩製,縄掛け突起の全くない新しいタイプです。二つを比較すると後者は蓋の峰の部分がやや狭く角もはっきりしていますが後者は峰が広く丸みを帯びていて造りがやや雑な感じを受けます。残念ながら共に盗掘され一部破壊されています。この地域の他の石棺はみな龍山石製なのに一番新しいと思われるこの石棺が地元の花崗岩製なのは意味深げですね。国史跡。
(追記)現在国道脇に駐車場がある
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