塚の川古墳

山口県山陽小野田市(旧小野田市)2001年4月訪問、16年12月再訪

円墳、R15,H4、6C後半
複室構造横穴式石室、全長8.1m,玄室長3.2,幅2.5,高3.2m
位置:33°57′27″N 131°11′01″E

(2016年)
左が塚の川古墳、幅広い周溝が巡る、右が大判山古墳石棺覆い屋


墳丘は一部復元


複室前室、結構大きい


〃縦位置、天井が高い


巨石を使った玄室、鏡石らしい巨石を据えた奥壁


〃縦位置


奥から外、柱状袖石を立てた両袖式


奥から左、下部に巨石を据える


奥から右、面が整えられている


前室奥から外、上部石材が持ち送り


大判山古墳
01年と比べて明らかに石材が変わっていた


実物が風化してきたのでレプリカと置き換えたそうです


(2001年)
公園全景、墳丘石室が復元され公園として公開、右側覆い屋に大判山古墳箱式石棺を移築


玄室、下部に巨石を据える


奥から外、両袖式、羨道はほぼ壊失、扉辺りが中室玄門


大判山古墳
移築箱式石棺


見学記
(2016年)
山陽小野田市小野田、ここもデジカメで撮り直すため再訪、相変わらず公園の入口が分かりづらいですね。町道に案内表示があるそうだけど反対側から来て竜王中学校の方に入っていったから気が付かなかった。中学校前でも車を止める場所がありますがここからも公園の入口が分かりづらい。何とか入っていきましたが古墳自体は変わりなし(ちなみに”つかのかわ”ではなく”つかのこう”と読むそうです)。だけど側にある大番山古墳石棺が変わっていた、どう見ても新しい花崗岩、石棺前に説明パネルが埋め込まれているけど文言は変わりないようでそれに関して説明は全くなし。どうやら前のは復元部分が多く劣化も激しいので撤去して新しく作り直したようです、せめて説明板も書き直してくれ。

(2001年)
市街地南部、竜王中学校北西にある古墳で複室構造を持つ径15mの円墳です。現在墳丘石室が復元され公園として整備保存されています。石室は全長8.1mですが羨道はほぼ壊失、前室玄室が完存しています。入り口に柵があり中に入れず木が1本生えていて中が見にくい。偶には掃除をして欲しい。僅かな隙間から何とか中にはいると玄室は大型の石を下部に据えた立派な石室です。同じ公園内に市内の大判山から出土した箱式石棺が移築保存されています。近くの市道に案内標識がありますが公園に通じる道は自転車がやっとの細い道しかなく探すのに迷いそう。市史跡。
市内には竜王山を中心に数十基の古墳がありましたが工場などが進出して殆ど全滅、今回紹介した古墳以外には1基しか残っていません。
[ 2017年11月30日 18:55 ] カテゴリ:山陽小野田市 | TB(-) | CM(0)

仁保の上古墳

山口県山陽小野田市(旧小野田市)2001年4月訪問、16年12月再訪

円墳、R10、6C末
横穴式石室、玄室長2.1,幅1.8,高1.6m
位置:34°01′48″N 131°12′28″E

仁保の上横穴古墳
横穴古墳、2×2×1m、6C末

(2016年)
麓に専用駐車場が出来ていた、古墳は階段を登った先に見えている


石室自体は変わりなし


横から、まぐさ石が突き出ている


玄室内部、以前あった波板がなくなっていてラッキー


ドーム状の玄室、それ程高くはない


天井石は2枚かな


奥から外、柱状袖石を立てた両袖式、奥行きが無いのでこれが精一杯


横穴古墳
覆い屋根等が新しくなっていた、さすがに前のはみっともなかったからな、横穴古墳を造るには地形的にも地質的にも不向きな場所


横穴内部、説明が無ければただの穴にしか見えない


(2001年)
山裾の斜面に立地する墳丘


石室正面、羨道壊失、板状の玄門袖石がよくわかる


玄室、小型で全体がドーム状、御大師様が祀られ土砂落下防止用の浪板が内部に張られて見学しがたい


奥から外、眼下の平野がよく見えている


横穴古墳
仁保の上古墳のすぐ上にある、同時代の横穴古墳


見学記
(2016年)
山陽小野田市有帆、前回はフィルム時代だったのでデジカメで撮り直すため再訪、特に変わりはないですが以前あった波板がなくなり石室が見やすくなっていました、また下に専用駐車場が出来ていました。この辺りは道が狭く車を止める場所がないので助かります。案内標識も設置されていました。私は北側の広い道から進入、案内標識に従って曲がり狭い道を入っていきましたが直前の案内標識が反対側を向いているので見逃しそうになりました、両面に表示して欲しかった。

(2001年)
楠町との境近く、仁保にある径10mの円墳です。有帆川がつくる狭い谷中平野に向かう丘陵の麓近くに立地しています。墳丘はかなり流失し、羨道も壊失していますが長2m、幅1.8m、高1.6mでドーム状の小型の玄室が完存しています。中に御大師様が祀られその為石材や土砂防止のための浪板が張られているため雰囲気がかなり損なわれています。すぐ上に1基だけ横穴古墳があります。6C末の同時代の古墳です。ともに市史跡。
[ 2017年11月30日 18:53 ] カテゴリ:山陽小野田市 | TB(-) | CM(0)

秋吉八幡宮古墳

山口県美祢市(旧秋芳町)2016年3月訪問

横穴式石室
位置:34°12′50″N 131°17′38″E
擁壁の上に石組み、階段は古墳の為ではなさそう


白い石灰岩で出来た石室


天井石の位置関係がよく分からず、石室の方向を決めがたかった


初めはこちらが石室正面かと思った


奥の石が奥壁のように見えるけど側壁、左が奥壁、天井石の切込みは後世のでしょうね


ほぼ未加工の天井石、これは原位置のままかな、手前の天井石と形が違いすぎる


羨道天井石と左側壁、この時点ではまだ半信半疑


秋にもう一度来てみました、天井石が結構水平を保っています


周りが縄囲いされていました、神社の信仰の対象になっているんでしょうか


柱状の玄門袖石、その右が羨道側壁、これを見ると確かに石室らしく見えます


これがまぐさ石でしょうか


奥2枚の天井石、最奥の天井石が水平になっているけど動かされているんだろうな


見学記
秋芳南中学校北西に秋吉八幡宮がありそこに古墳があるというので行ってみました。正確な場所もどんな古墳かも全く分からない状況、本殿前にイチョウの高木が生えた塚がありこれかなと思いましたが背後の山が経塚山で経塚があるそうなのでこれもそうかもしれない。石段登り口左手に社務所がありその背後擁壁の上に奇妙な石組みがありました。擁壁にはそこに至る階段があるけどどう見ても必要な階段ではないしかといって見学用でもないし。石組みは一見石室のように見えますがどうもしっくり来ない。どう見ても人工的な石組みだし(多分石灰岩)付近には同様の石材がないからここにこんなのがある事自体おかしいけどやはり石室とするにはしっくり来ない。ハッキリした奥壁や玄門があれば分かるだろうけどあるようなないような。結局モヤモヤ感が残ったまま撤退しました。
後日遺跡地図を見ると場所自体は間違いないようなのでもう一度行ってみました。石室だろうという目で見てみるとどうやら右片袖式の石室のようで特に袖部が割とはっきりして石室なのは間違いないようです。それにしても殆ど未加工の天井石を見てみると今まで見てきた数多くの天井石とは随分違っていました。内部は殆ど埋まっているのでわかりませんが内部を見てみたかったな。鳥居前に駐車スペースあり。
[ 2017年11月30日 18:51 ] カテゴリ:美祢市 | TB(-) | CM(0)

大里古墳(移築)

山口県美祢市(旧秋芳町)2016年3月訪問

位置:34°12′46″N 131°17′46″E
基部だけ残る横穴石室、グランド拡張工事に伴い同じ中学校内に移築


両袖式、龍の透かし彫り環頭太刀出土


環頭太刀は文化財指定ですが石室そのものは史跡にはなってないようだ


袖石が本来の墳丘内に突き出ている、羨道側壁の石材が玄室のより大きい


見学記
美祢市秋芳町秋吉、秋芳南中学校グランド拡張工事で発掘され同校内に移築保存されています。学校の許可を得て見学、両袖式の横穴式石室ですがほぼ玄室基礎部分しか残っていません。龍の透かし彫りを持つ環頭太刀や須恵器など遺物は割と出ているようで文化財に指定されています。
[ 2017年11月30日 18:50 ] カテゴリ:美祢市 | TB(-) | CM(0)

林口古墳

岡山県総社市 2016年3月訪問

横穴式石室
位置:34°39′10″N 133°38′33″E
谷筋、川に近い場所に立地だが墳丘がよく残る


北向き、平野方向に開口


入り口は狭いがメタボでなければ問題なし


開口部から内部、まぐさ石が一段下がる


多少埋まるが良好な玄室


丸っぽい鏡石を据えた奥壁


奥から外、左片袖式


天井の様子


ストロボ無し、雰囲気だけでも


左袖部、まぐさ石は乗っていない


見学記
総社市新本、谷の中にある古墳です。県道80号から282号を曲がって南下、道幅が急に狭くなっている部分があるので(拡幅されて将来はなくなるでしょう)そこで車を止め西側丘陵麓に山道があるので南下、林の中は痕跡道程度ですが通過はそれ程困難ではなく300m程行くと古墳に行き当たります。緩傾斜面に作られた墳丘は非常によく残っている。しかし川の流れから3,40mくらいしか離れておらずよく残っているものです。珍しく北向きに開口、この場所なら西や南はないけど東向きでもよさそうだけどやはり本拠地の方を向いたのでしょうか。石室は細長く無袖式で全長3.7m程、開口部はかなり狭いですがなんとか入れます。立地からして終末期の古墳かと思われるのですがその割には石室はあまり洗練されていない感じです。帰りは川を渡って斜面を登り県道に出ました。このコースで行けば楽だったな、と思っても後の祭り、時たまあるケースですけどね。このコースを行けば県道から1分で到達できます。
[ 2017年11月23日 18:58 ] カテゴリ:総社市 | TB(-) | CM(0)

内山池古墳群

岡山県倉敷市(旧真備町)2009年4月訪問、2016年3月訪問

4基、2号消滅

1号
横穴式石室
位置:34°37′48″N 133°39′39″E
丘陵中腹に立地、墳丘は殆ど無いので探すのが意外と難しい


開口部正面


石室はよく残るもそれ程奥行きはない、奥壁は1枚石


奥から外、無袖かな


奥から右


奥から左


3号
位置:34°37′36″N 133°39′43″E
丘陵麓辺りに立地、山側に明瞭にカットした跡が残る


墳丘背後から、非常に良好


墳丘しか撮るものがない


南側に開口、これでも少し掘りました、入口付近は埋没、未盗掘の期待があるな


4号
横穴式石室、玄室長5.5,幅1.6,高2.5m
位置:34°37′32″N 133°39′40″E

擁壁の中に石室がポッカリ開口


石室正面


長く背の高い玄室が良好に残る


これで無名だなんてな


奥壁は2段積み+α


奥から外、両袖式


(見学記)
(2016年)
倉敷市真備町妹、溜池の内山池周辺に4基からなる古墳群ですが南北400mにわたって分布していて探すのは効率が悪い。一番北にある1号は溜池北側丘陵斜面にあります。溜池北東隅辺りから丘陵に開けた場所がありそこを登り山林の中に入ってから尾根筋を登ってきます。標高100m辺りに石室開口、墳丘はよく分かりませんがこじんまりした石室が残っていて奥壁はほぼ1枚石です。2号は消滅。池の東側に自動車修理会社がありその南50m辺りに墓地、その奥雑木林に入った辺りに3号があります。墳丘は非常によく残っていてこの辺りでは一番良く残っているくらい。南側に小さな石材が露出、ここが羨道入り口のようですが隙間もありません。落ち葉を掻き出して隙間を作りカメラを突っ込んでみたけど何も写らなかった。4号は以前仮称尾崎内山古墳としてアップされていたのが内山池4号と正式名称になりました。それにしても1号と2-4号の間には谷があり別の丘陵だし2-4号の丘陵南側には城山古墳群が分布しているしこの古墳群の分け方はよく分かりません。1号東側の道路脇や修理会社脇に駐車スペースあり。

(2009年)
倉敷市真備町尾崎、国道486号から内山谷川沿いの道を北に曲がる(信号機あり)。呉妹小学校を過ぎて400m程、右手墓地の擁壁に黒い穴がポッカリ開いてます。墳丘はサッパリ分からなくなっていますが玄室は外見からは想像できないほど良好、現存長5.5mの大きな玄室です。奥壁は2段積み+α、側壁は左はほぼ垂直だけど右はやは内側に傾いている。元々なのか土圧なのかは不明。少し高い場所にありながら内部は締めっぽく奥は水が溜まっているし入り口にはカラタチの木が生えていた。このままでは庇を貸して母屋を乗っ取られる状態になりそうなので早めに引導を渡しておきました。早い話が撮影に邪魔なんだよね(汗)。それにしてもこれ程の石室が無名であるとはね。川沿いの道に駐車スペース有り。
(追記)尾崎内山古墳(仮称)から内山池4号に変更
[ 2017年11月23日 18:57 ] カテゴリ:倉敷市 | TB(-) | CM(0)

西辛川古墳(仮称)

岡山県岡山市北区 2016年3月訪問

横穴式石室、全長8m、玄室長3,幅1.5,高1.3m(現状)
位置:34°40′37″N 133°51′20″E
丘陵麓辺りに単独で立地、羨道はほぼ壊失しているようだ


石室前に生えた木が天井石を抱え込んでいる


玄室はよく残るが前部はやや乱れる


玄室後部、奥壁は四角い鏡石


奥から外、巨石まぐさ石が一段下がる


見学記
岡山市北区西辛川、前述の大池南西500m辺り、丘陵麓近くにある古墳です。車を停める場所がないので近くの国道180号にあるコンビニに車を止めて歩くしかありません。林の中に開口、以前は柵があったようですが今は自由に入れます。ただ内部は荒れ気味、無袖式かな、まぐさ石が一段下がっているようです。開口部に木が生えていますが幹の一部が膨れてきてまるで天井石を支えているように見えるのが面白い。
[ 2017年11月16日 19:08 ] カテゴリ:岡山市北区 | TB(-) | CM(0)

大窪天神古墳(仮称)

岡山県岡山市北区 2016年3月訪問

横穴式石室
位置:34°41′17″N 133°51′17″E
石室正面、大きな天井石露出、前上部はかなり破壊


横から見ると墳丘が多少残る


右前部、墳丘端が直角になっている、列石もあるようだし削られたのではなく方墳か


玄室内部、側壁の面が整えられている、奥壁はほぼ1枚石


奥から外、それ程奥行きはない


その2
_1:名前は古墳ですがすぐ近くにも低い墳丘を持つ古墳があった


その3
更にもう1基


前部が破壊された石室


石室正面、特徴的な天井石


石室後部が残る、石材は小型、奥壁は3段積み


奥から外、一応入れる程度


大窪古墳群】(仮称)
これも近くにある別の古墳群ですが別立てする程でもないので一緒にアップ

その1
僅かな高まりの墳丘


石垣のような石列、羨道か


もう少し大きな石材、形からして左側が石室内部のようだ


反対側にも側壁らしい石材がある


その2
天井石らしい石材露出


こちらが奥壁側でしょうか


見学記
岡山市北区大窪、大平山に登る途中に右側斜面の林の中にあります。林に入る明瞭な山道がないので分かりにくいですがこの時はかまどねこさんに案内してもらいました。斜面に構築された古墳は南側に開口、切り石のような台形状の天井石が露出して開口しています。現状全長4.8m程、無袖式でしょうか。奥壁は1枚石、側壁の面も整えられています。墳丘全面は直線的で左右のコーナーも直角のようで方墳かもしれません。斜面左上にもう1基あってかまどねこさんもこれは初めてだったようです。こちらは屋根形をした天井石が露出、石室は一回り小さく奥壁も3段積みです。この下の方にも小さな円墳があり古墳群を形成しているのかもしれません。

大窪天神古墳下方に大窪古墳群(仮称)があります。大平山から下って行く途中かまどねこさんが不意に脇の小道に入っていったので何だろうと思って付いて行ったら古墳がありました。かまどねこさんも初めてだったそうで操作能力の凄さを垣間見せられた瞬間でした。割と大きな墳丘が残っていますが大きく盗掘され側壁が見えている程度ですが割と長そうです。この上方尾根筋にも露出古墳があり群を形成、他にもありそうです。
[ 2017年11月16日 19:07 ] カテゴリ:岡山市北区 | TB(-) | CM(0)

鳩ヶ岩山古墳(移築)

岡山県岡山市北区 2016年3月訪問

円墳、R12,H3.7、6C後半
横穴式石室、全長7.6m、玄室幅1.6,高1.7m
位置:34°44′21″N 133°50′32″E
削平された山頂南側、窪んだ場所に移築


石室正面、松なんぞ植えなくてもいいんだけどね


石室内部、石材に描かれた白線が移築の証


〃縦位置、奥で天井が低くなり右側壁が狭まるそうだ


ほぼ1枚石の奥壁、右側が側壁で隠されている


奥から外、無袖かな、まぐさ石が一段下がっている


見学記
岡山市北区三和、かっては鳩ヶ岩山山頂にありましたが岡山空港建設の為空港法の高さ制限に引っかかり山頂が削平され古墳も削平、工事後ほぼ同じ場所に移築保存されました。石室は無袖式で全長7.6m、山頂に築かれたにしては随分大きな石室、奥壁はほぼ1枚の巨石です。石室前には金の掛かっただろう石碑と石製説明板、移築後30年くらい経っているようですが果たして何人くらいの人がここを訪問したでしょうね、3桁に届かないんじゃなかろうか。最も石製でなければ説明板はとっくに見えなくなっているでしょうけどね。山の北東側を県道72号が通りそれを跨ぐ道路橋を通って行くと山頂に通じる道路がありますが入り口閉鎖、そこを超えて500m程歩くことになります。道路は舗装されているけど一度登ってから下り更に登ることになります。地形図を見ると80m程の丘を2度登ることになります。山頂は平坦で一見何もないように見えますが穴ぼこのような場所に復元墳丘が作られています。ここに展望台でも作れば空港の絶好の見学場所になりそうだけど山頂ギリギリしか削ってないから何も(当然古墳も)建てられないんだよね。入口前に駐車可。
[ 2017年11月16日 19:07 ] カテゴリ:岡山市北区 | TB(-) | CM(0)

大平山古墳群

岡山県岡山市北区 2016年3月訪問

横穴石室墳、10基以上
(数字は「古墳奮闘」に従う)

西側からの遠望、農地だったので山頂が裸


その1(2号)
横穴式石室、全長6.7、玄室長2,幅1.8,高1.6m
位置:34°41′16″N 133°50′51″E
開口部、かなり掃除しました


長い羨道、多分群中最大の石室、保存状態も一番良い


羨道途中から、右に袖が隠れている


長い羨道に比べて小型の玄室、ほぼ正方形プラン


奥から外、左片袖式


袖部


羨道奥から、左に歪んできているようだ


その2
石室露出、周りは茅原状態


石室は意外と残っている、奥壁は1枚石のようだ


その3
石室正面、多分農地整理の際出た小石で埋められている


ここも石室は意外と良好


奥壁は平石3枚積み


その4
天井石露出、内部埋没


奥壁辺りでしょうか、三角持ち送りかな


その6(10号)
ここからは南側斜面、林の中


石室正面、前部は基部だけ残る


多少埋まるも後部は意外とよく残る


奥壁、鏡石+平石か


奥から外、入れるよという証拠写真程度


その7(4号)
斜面に低い墳丘が残る、この林は下草が殆ど生えていないので探しやすい


前部はかなり破壊、後部が残る


奥壁はかなり平面に整えられている


その8(7号)
僅かな高まり


石室内に大きな木が生える、わざわざそんなとこに生えるな


天井が残っているのは最後部だけ


小型だが5角形の鏡石らしい奥壁


その9(8号)
僅かな高まりに天井石露出


入り口辺りの薄い天井石


後部は石室らしさが残る


石室内部


その10(9号)
斜面に残る墳丘、これだけ残れば上等


石室正面、左右の石辺りが玄門かな


石室横から


奥壁は平石積み、しかし何故奥壁ばかり残る?


その11(6号)
前部はかなり破壊


最後部だけが残る


如何にも鏡石らしい奥壁


(以下古墳奮闘には載っていない)

その13
ハッキリした墳丘に天井石露出


群の中で一番良好に残る天井かも


横から


割と隙間がある


石室正面、倒木が邪魔


多少埋まるも石室良好、石材は落下した天井石か


その14
これも割と大きな墳丘が残る


天井石露出、一部石材散乱


手前の天井石は少し動いているかも、右側の石が玄門袖石かな


横長の天井石


内部はかなり埋まる、何とか奥壁が見えている


その15
急斜面に残る墳丘


天井石露出


奥の天井石以外は動かされている


平石を重ねた奥壁


見学記
岡山市北区立田、大平山山頂南西の緩斜面に分布する十数基からなる古墳群です。山頂一帯はかってはキャベツ畑でしたが現在は廃園となって茅畑になったかと思うくらい変貌、HP古墳奮闘で見られる様子とは全く様変わりしています。カヤは多分オガルカヤ、これは冬場でも茶色く立ち枯れしたままなので見通しが悪く古墳を探しにくい、その中で2号墳はナワシログミが生えてて比較的分かりやすい。石室も完存していて古墳群の中では一番状態が良い。羨道長が4.7mなのにたいして玄室長は2mと短く変わっています。この東側にも3基程ありますがせいぜい内部が覗ける程度です。元農地が見学困難なのに比べて南側の山林内は見学容易です。ここで9基程見つけましたが石室良好なのは少なく内部に入れるのは1基だけ、でも他のも一応奥壁までは見えています。下草の生えていない見通しの良い疎林の中に多少墳丘の残る古墳が点々、一番好きな状況だな。石室がもっと良好だったら最高でしたけどね。初めは全10基の古墳群だったようですがだんだん増えているような。南にある大池(山陽道が通っている)辺りから登っていく道路がある、かっては山頂近くまで入っていけたようですが現在は不法投棄防止の為中池辺りで通行止め後は歩いて行く事になります。通行止め辺りに駐車スペースあり。
[ 2017年11月09日 18:58 ] カテゴリ:岡山市北区 | TB(-) | CM(0)

笹屋古墳群

岡山県高梁市(旧備中町)2016年3月訪問

5基、3-5号不明

1号
横穴式石室
位置:34°49′55″N 133°25′09″E
空き地の中にある、墳丘に樹木が生える


南側墳丘上部に開口


石室は埋まらず残るが


側壁左側上部が今にも崩れそう


近くの森迫古墳と同様石を左右に並べる、ここも祠があったようだ


奥から外、左側側壁が孕んできている


2号
1号南側杉林の中に形の良い墳丘が残る


緩斜面に立地、石材見られず


見学記
森迫古墳西方400mの所にありますが歩いて行くのは無理、県道を大きく迂回したほうが楽です。ナビだと県道から逸れる道は狭いかと思いましたがこれも全く問題はありませんでした。開拓地の中に1号が残されています、3月だと咲いているアセビが目印、とはいえ行けばすぐ分かりますけどね。古墳は周囲が削られていて現墳丘上部に石室露出、南側に開口しているので真南から登ると石室にジャストインします。ここも入り口が土砂で埋まっていますが無袖式でしょうか、全長4m程で森迫古墳より一回り小さい。奥壁は縦長の石材を2枚左右に並べています。森迫古墳よりは一回り小さい。ここも奥壁前に積み重ねられた石があります。南側杉林の中に2号がありますが小さな墳丘で石材は見当たりません。5基からなる古墳群だそうですが3-5号は不明。それにしてもこの辺りは標高500mを超える高原、当時はどんな集団がいて生計をたてていたんでしょうね。開拓地入り口手前に駐車スペースあり。
[ 2017年11月02日 18:44 ] カテゴリ:高梁市 | TB(-) | CM(0)

森迫古墳

岡山県高梁市(旧備中町)2016年3月訪問

横穴式石室
位置:34°49′54″N 133°25′26″E
竹林の中に大きな墳丘が残る、竹が太いでの意外と見通しが利かない


大きく抉られて開口、あるいは前庭があったかも


大きな開口部、手前は埋まる


玄室が良好に残る、側壁は少し内傾


近くの笹屋古墳群と同様奥壁は横に2枚並べる、手前の石材も石室のを使っているんだろうな、祠でもあって祭り事が行われていたようだ


奥から外、入り口辺りはすっかり埋まってる


見学記
高梁市備中町東油野、県道438号沿いにある古墳ですが目印はないのでナビを頼りに訪ねてみました。ナビが県道から斜めに入る道を行くように指示してましたが無理だってば(奥に廃屋があってかっては通れたようだ)。ここを歩いて行くと左手に竹林がありそこを入って行く。太い竹が生えていて中は薄暗く歩きにくいけど墳丘は割と残っているので探すのはさほど困難ではありません。尾根先端を利用して構築されているようで南側に開口、こんな場所にこんな石室がと驚くほどの大きな石室で全長6m程。入口付近に土砂が流入しているけど無袖式かな。奥壁は四角い鏡石を並べ上に平石を重ねています。奥壁前に石が積み重ねられていますがかっては祠か何かがあったようです。近くの廃屋に住んでいた人がお参りしていたんでしょうか、引っ越しの際祠も持って行ったのかな。斜めに入る道から県道50m程先に駐車スペースあり。これが目印といえば目印かな。ここに来る県道438号は地図を見ると道がクネクネしていてどんだけ道路が狭いんだろと戦々恐々としていましたが道路は急勾配だけど道幅は全く問題はありませんでした。
[ 2017年11月02日 18:43 ] カテゴリ:高梁市 | TB(-) | CM(0)

公文古墳群

岡山県高梁市(旧川上町)2016年3月訪問

4基、実質1号だけか

1号
円墳、R20、6C末~7C初
横穴式石室、全長8.7m
位置:34°45′16″N 133°29′54″E
道路脇に開口


墳丘は割と残っているようだ、手前の石も石室石材か


羨道は天井壊失


石室は極めて良好、右側がやや膨らんだ片胴張り


奥壁は四角くほぼ1枚石


奥から外、側壁はほぼ垂直


〃ストロボ無し


小さな袖石を立てた両袖式


見学記
高梁市川上町領家、名原古墳から国道を更に北上、右側にJA備北川上GSがありその向かい側に左上に登っていく道があります。60m程登ると社があってその側に古墳があります。説明板が立っていて4基からなる古墳群ですが見学できるのは実質この1号だけのようです。南向きに開口、入り口辺り両側に独立した立柱石があってこれが袖石のようです。ここも羨道が短く玄室が長いタイプか。全長8.7mの細長い石室はよく残っていて奥壁は四角い鏡石+平石、右側壁がやや膨らんだ片胴張り式です。道路向かいの藪の中に2号があるそうですが石室残骸状態のようなので突っ込まず。社前に駐車可、ただバックで駐車しようとしたら底を擦ってしまった(泣)、擦るとは想像もしないような場所なんですけどね。最低車高の低い車は要注意です。市史跡。
[ 2017年11月02日 18:43 ] カテゴリ:高梁市 | TB(-) | CM(0)

名原古墳

岡山県高梁市(旧川上町)2016年3月訪問

横穴式石室、全長12m
位置:34°44′01″N 133°28′56″E
道路が180度カーブした内側に位置する


墳丘上に神社、左側に開口部


奥壁側が開口


奥壁の平石の積み方が分かる


開口部からの撮影、羨道側から土砂流入


石室自体は良好、玄室前部が窄まっているそうだ


一段下がったまぐさ石、左の袖石が見えている、右側の四角い穴は人為的なものか


玄室後部、左側壁が傾いているようだ


左右に石を並べた奥壁、この地域の共通性でしょうか


羨道入り口、殆ど埋没


すぐ奥にまぐさ石が見えている


見学記
高梁市川上町地頭、国道313号沿いにある地頭集落の西方丘陵斜面、領家川を見下ろす標高180mの所にある古墳です。墳丘は割と残り上に社があります。南向きに開口していますが羨道入り口は殆ど埋没、でも奥壁側が開口して入ることが出来ます。全長12mもあるそうですが前部が埋まっている。埋まっている部分に玄門があるようで写真を見るとまぐさ石と左袖石が写っていました。なんでも独立した立柱石だそうです。そこが玄門だとすると羨道は短く玄室の方が長いようです。玄室全体も入口に向かって窄まっているような。古墳の側まで車で入って行けて駐車スペースあり。市史跡。
[ 2017年11月02日 18:42 ] カテゴリ:高梁市 | TB(-) | CM(0)

塚根山古墳

岡山県高梁市(旧成羽町)2016年3月訪問

横穴式石室
位置:34°46′53″N 133°31′36″E
緩斜面に立地、林という程ではないけど冬枯れでいい雰囲気


前が少し削られているが墳丘よく残る、階段があるが祠でもあったんでしょうか


墳丘背後から、遠くに成羽町中心部を望む


開口部はかなり狭い


カメラを突っ込んで撮影、実際はかなり暗い


やや埋まるが石室よく残る、石材は全般に小型


下が埋まっているが奥壁2段積みかな


奥から外、右片袖式かな、ここも入り口が窄まっているそうだ


〃ストロボ無し


見学記
高梁市成羽町成羽、国道313号から県道300号に曲がってかぐら橋を渡ると右側に墓地があり道路向かい側の半独立丘陵上に疫神社があります。神社は入り口はちっとも神社らしくなく暫く迷ってしまった。しかも上の方にある鳥居の扁額は別の名前だったし。上の社殿脇に小さな墳丘がありこれが古墳で天王山古墳と言うそうです、何とも名前負けしている。ここを通りすぎて下って行くと前方に古墳が見えてきます。墳丘の上に何本も細い高木が生えていてなんともいい雰囲気。南東側、神社のある丘陵方向に開口、入り口は狭く久しぶりに泥だらけになりました。説明板によると玄室天井石より羨道天井石の方が大きいそうだがそんな感じはしなかったな。内部が狭く確認しづらかったけどね。右側奥壁に他の側壁とは雰囲気が違う袖石のようなのが埋め込まれています。ここから奥が玄室だとすると狭すぎる感じもしますが。全長8mだそうですがそれよりは短い感じです。神社入口辺りの路側帯に駐車可。市史跡。
[ 2017年11月02日 18:42 ] カテゴリ:高梁市 | TB(-) | CM(0)
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