砥上観音塚古墳

福岡県筑前町(旧夜須町)2017年3月訪問

円墳、R13,H3.5、6C末
装飾複々式横穴石室
位置:33°28′42″N 130°36′32″E
登山口の神社からかなりの距離があるが要所要所に案内板があるので迷うことはない


25分程で到着、大きな説明板が目印


尾根先端に構築された墳丘


石室図(説明板より)、羨道、前中後室からなる複雑な構造


石室正面、大きな墳丘も良好


入り口は狭いが入るのに問題なし、装飾石室なのに閉鎖されていないのがありがたい


羨道は短い


前室、既に奥壁も見えている


中室、ここが一番大きい、右袖石に壁画


後室、奥壁に赤い顔料で壁画が描かれる


左側壁は1枚石


右側壁も1枚石、その分中室より狭く天井も低い


奥壁壁画、右側に二艘の船、上の船は構造物がありそう、その上に星状文、その左は馬に乗った人物でしょうか


袖石壁画、下は弓を持つ人物かな、その上は同心円文


後室奥から外、床面にしきみ石、奥行きがないので視野がとれません


中室奥から


〃左側、巨石側壁


〃右側、こちらは2段積み


前室奥から


〃左側、下部の石は割と整っている


〃右側、中室に比べると石材が粗いかな


羨道奥から


墳丘背後から


見学記
筑前町砥上、砥上岳南側中腹にある古墳です。南側麓を走る県道77号の南側に砥上神社がありここが出発点、ここから県道に出ると砥上岳登山道入り口の看板があるので入っていきます。途中で道が別れている場所に案内板があるのでそこを右に行き500m程です。途中にも案内が出ているので迷うことはありません、送電線鉄塔が見えたらゴール間近。神社から25分程で到着しました。古墳は尾根筋先端に築かれ大きな墳丘が良好に残っています。南東側に開口、入り口は狭いですが入るのはそれ程困難ではない。短い羨道と前中後室という複々室とでも言うべき構造、前室はそれ程大きくはありませんが中室が一番広く後室はそれ程奥行きはありません。やはり一番の特徴は奥壁と後室右袖石に装飾があることです。赤一色ですが奥壁には目一杯描かれています、袖石はなんで右側だけなんだ。模様も単純ではなく船や星、馬?等色々です。これだけの装飾石室が閉鎖されること無く見られるのはありがたく苦労して登ってくるかいがあります。でも落書きしている愚か者がいるよ。墳丘背後に高まりがありますが古墳と言うほど形は整っておらず儀式の場としては開口部の反対側、地形図を見ると尾根先端の等高線がやや広がっているのでここは元々高まりがありそれを利用して墳丘を作ったのかもしれません。神社に駐車場有り。
[ 2018年08月30日 18:44 ] カテゴリ:筑前町 | TB(-) | CM(0)

焼ノ峠古墳

福岡県筑前町(旧夜須町)2002年4月訪問、17年3月再訪

前方後方墳、TL40.6、4C後半
位置:33°25′24″N 130°36′04″E
(2017年)
北に伸びる尾根上に構築された墳丘、切断された尾根全体が墳丘かと思ったがそうではなかった


西側から、尾根先端に構築


すっかり裸で墳形がよく分かる


復元墳丘、とは言え元々状態はよかったようだ


標高50m程、でも遠くの平野部がよく望める


後方から前方部、右側に造出


(2002年)
墳丘東側、右が後方部、九州最大の前方後方墳


独立丘稜北側緩斜面に立地


(見学記)
(2017年)
筑前町四三嶋、城山の北側にある九州最大の前方後方墳です。墳丘が復元されたので再訪してみました。復元なのではっきり言ってあまり面白味はないですが九州では珍しい前方後方墳が売り、墳頂から眺めもよく王がかっての支配地を眼下に見ながら永眠の場所に選んだのも納得の場所です。駐車場有り、郵便受けにパンフレットが入っている。

(2002年)
富士山のような形をした城山の北側緩斜面に立地、全長41mの前方後方墳で九州最大です。周りがすっかり果樹園で浸食されていて小さな独立丘稜状、どこまでが墳丘やら。南側の城山斜面から見ると全体像がよく分かる。国史跡。
[ 2018年08月30日 18:44 ] カテゴリ:筑前町 | TB(-) | CM(0)

花立山穴観音古墳

福岡県小郡市 2017年3月訪問

花立山古墳群
300基以上、良好なのはほぼ穴観音古墳だけ

花立山穴観音古墳(花立山古墳)
前方後円墳、TL33,R22,RH4.5,FW11,FH2、6C末
複室横穴式石室、全長12m、前室長2,幅2.2,高2.2、玄室長3.4,幅2.5,高3.5m
線刻壁画
位置:33°24′51″N 130°41′04″E
入り口に色々な説明板や石柱


入るとすぐ大きな墳丘に出会います、手前は墓道になるんでしょうか


開口部正面、カーテンがかかっていたんでしょうか


羨道側壁はやや内側に傾く、基本2段積み、前室玄門も見えている


背の高い前室、左右の幅はあまりない


玄室も背が高い、石仏が祀られている、台座の石は後から待ちこまれたのかな


ドーム状の背の高い天井


狭い天井


奥から外、後に下がれないので視野がとれない


袖石は板状、壁には食い込んでいないようだ、隙間から裏込め石が見えている


反対側袖石、こちらはやや厚いがやはり壁には食い込んでいない


前室奥から、この側壁もやや内側に傾く


羨道奥から


線刻壁画、斜格子紋?、懐中電灯を斜めに当てて撮影なのでピンぼけ


こちらも斜めの線


ひょっとして船?


後円部東側、背の高い墳丘


西側に廻ると確かに前方部がある


後円部に比べて前方部はかなり低い


その2
穴観音斜め後方に石室露出


ほぼ玄門しか残っていない、一見鳥居のように見える、右上に祠がある


玄門奥から


後方上から


見学記
小郡市干潟、筑前町との境に城山がありその南側麓にある古墳です。全長33mの前方後円墳で後円部が高く西に前方部が伸びています。南側に複室石室が開口、前は墓道なんでしょうか。羨道からして既に巨石、立ったまま悠々と入れます。前室は天井は高いが左右の幅はそれ程でもない。後室はドーム状で背が高く天井石は2枚からなる。奥壁沿いに多数の石仏が祀られ奥壁がよく見えないのが残念。線刻があるそうですが後室右側壁と袖石で幾つか確認できただけでした。
ここは前方後円墳であることにも驚きましたが背後の斜面にも多数の墳丘があって古墳群を形成しているのにも驚きました、多分20基以上(と思ったけど山全体で300基以上あるそうだ)。それも大きな墳丘が多い、一応民有地で立入禁止、ロープが張られた遊歩道からの観察だけですが軒並み大きく盗掘され石材が殆ど残っていないようです。穴観音背後に玄門が鳥居のように残ったのがあってこれが唯一かな。もう個人レベルの盗掘でなく支配者が石材を目的に盗掘したんでしょうか、城山だからお城があって石垣に使われたのかな。そんな中で穴観音古墳はよく残ったものです。説明板が立っていてその側に駐車可だけどそこに至る道はすごく狭い、西側に花立山城山公園臨時駐車場があるのでそこから歩いたほうが無難です。県史跡。
[ 2018年08月23日 19:14 ] カテゴリ:小郡市 | TB(-) | CM(0)

椀貸穴古墳

福岡県朝倉市(旧甘木市)2017年3月訪問

複式横穴式石室、全長10m
位置:33°24′51″N 130°41′04″E
神社境内、拝殿の後に墳丘がある


南側に開口


羨道からして巨石、積み方も一段、せいぜい2段程度、前室袖石がないので前室がわかりにくい


前室左側


ストロボ無しで撮影、奥壁鏡石のような三角の石に周りは平石積み


前室右側


こちらは四角い鏡石、しかも右に偏っている


玄室玄門、袖石が巨石で通路状になっている


やや背の高い前室天井、落書きするな


巨石で構成された玄室、上部に平石を重ねる


〃縦位置、天井はそれ程高くない


広い1枚石の天井、中央に黒い巨礫、絶対意識して配置しているよな


奥から外、両袖式


〃縦位置、巨大なまぐさ石


玄室玄門奥から、隙間を平石で詰める


反対側、こちらは隙間なし


前室奥から、これだけ見ると普通に玄室玄門のよう


羨道奥から


見学記
朝倉市柿原、国道386号とバイパスが交わる交差点東側100mに高住神社がありその境内にあります。大きな鳥居がありその奥に拝殿、神社本体はは墳丘の上の小さな祠のようです。左手南側に石室開口、巨石を使った複室石室で羨道まで良好に残っています。石材は頁岩のようでかなり硬そう、そのおかげで面が整えられています。後室は奥壁は巨石鏡石+平石、側壁も基部は1枚石の巨石です。天井はそれ程高くはありませんが広く巨石1枚からなっています。中央部に黒い礫岩が入っている、天井のど真ん中にあるから意識してこのようにしたような気がします。後室袖石が巨石なので前室との間が通路上になっています。前室側壁が面白い、左はまるで鏡石のように三角形の石を据え左右に平石を重ねています。反対側は四角い石と左に平石を積み重ねている、明らかに意識した積み方ですがなんでこんなに違いがあるんでしょうか。。天井も高く前室らしい構造です。これだけの規模の石室なのに説明板は何もなし。史跡指定もされてないようだ。
[ 2018年08月23日 19:13 ] カテゴリ:朝倉市 | TB(-) | CM(0)

御塚古墳

福岡県嘉麻市(旧碓井町)2017年3月訪問

横穴式石室、玄室長3.1,幅1.9m
位置:33°33′30″N 130°42′45″E
道路脇に僅かな高まりが残る程度


発掘時の石室(説明板より)


石室への入り口、この巨石も石室石材だろうな、以前あった鳥居はなくなっている


石室上部露出、多少掃除しました


一見奥が奥壁のように見えるが写真を見るとあれがまぐさ石


まぐさ石の下に空間があって奥壁じゃありません


石室内部は埋戻したのかな、奥壁上部の石も埋まっているもよう


近くにあった石材、これも石室材っぽい、大きさからして天井石か


見学記
碓井野球場駐車場から碓井庁舎に向かう道路沿いにあり説明板が立っています。樹木に覆われた墳丘はかなり低くなっていて頂部に石室露出、発掘写真を見ると内部は埋め戻され上部だけが見えています。初め唯一残っている巨石が奥壁側かと思いましたが説明板発掘時の写真を見るとそれはまぐさ石のようでした。入り口にある巨石も天井石の一部でしょうか、他の石材も周りに置かれているようです。落下の危険性があったので取り除いたのかな。墳丘脇に駐車可。
愛宕神社古墳から御塚古墳まで、ほぼ直線状に並び当然同一系譜の首長墓でしょうね、でも古墳群にはなっていないな。
[ 2018年08月16日 19:09 ] カテゴリ:嘉麻市 | TB(-) | CM(0)

上臼井日吉古墳

福岡県嘉麻市(旧碓井町)2017年3月訪問

円墳、R20-26、6C後半
横穴式石室(埋戻し)、玄室長3.2、幅2.3m
位置:33°33′38″N 130°42′39″E
微高地上にある神社境内にある、鳥居は西側


背の高い墳丘が残る


右側に開口部があるが埋戻し


石室図(説明板より)、ドーム状玄室のようだ、これは見たかった


見学記
嘉麻市上臼井、碓井庁舎西方200m、日吉神社の背後にあり説明板が立っています。墳丘はよく残っていて東に開口していますが入り口は埋め戻されています。ドーム状複室石室があるようです。ここも下臼井日吉から続く微高地の南端辺りの高まりに立地しています。西側の道路に駐車スペースあり。北側に鳥居がありますが南側から入ったほうが近い。
[ 2018年08月16日 19:08 ] カテゴリ:嘉麻市 | TB(-) | CM(0)

下臼井日吉古墳

福岡県嘉麻市(旧碓井町)2017年3月訪問

円墳
位置:33°33′57″N 130°42′37″E
右側、川に挟まれた独立丘陵上に立地、左遠方丘の上に愛宕神社古墳


説明板がありますが神社ので古墳のは無し、史跡指定もされてないようだ


社殿背後に大きな墳丘、だいぶ削られているようだ


径30m近くはあるでしょうか、背も高い


見学記
嘉麻市下臼井、市役所碓井庁舎北西600m辺り、遠賀川と支流の千手川に挟まれた微高地というか低い独立丘陵上にある古墳です。日吉神社社殿で南側が少し削られていますがかなり大きく状態は良さそう、上には上がりませんでしたが上部は平坦なようで前中期の古墳でしょうね。社殿脇に説明板がありましたが弥生時代の遺跡ので古墳のはありませんでした。
[ 2018年08月16日 19:07 ] カテゴリ:嘉麻市 | TB(-) | CM(0)

愛宕神社古墳

福岡県嘉麻市(旧碓井町)2017年3月訪問

横穴式石室
位置:33°34′23″N 130°42′17″E
長い石段を登った丘頂部にある


社殿背後に小さな墳丘が残る


羨道天井石は残るが側壁部分は現代のブロック


反対側から、玄室前の天井落下


小型石材の玄室、特に右側は奥壁と側壁の境界が明確でない


見学記
嘉麻市下臼井、桂川東小東方400m、南から長い石段を登っていくと丘陵上に愛宕神社があり社殿背後にあります。神社背後というと大抵は割とはっきりした墳丘があることが多いのですがここは最初は古墳は何処だな状態でした。低い墳丘があり小型石室の玄室部分が何とか残っています。小型の石材を積み上げていて側壁と奥壁の境界がハッキリしない。羨道は一部天井が落ちていますが存在が分かる程度には残っています。中腹に神社駐車場があるがわかりにくい、石段下の道路が広くて駐車可。
[ 2018年08月16日 19:06 ] カテゴリ:嘉麻市 | TB(-) | CM(0)

山王山古墳

福岡県飯塚市 2017年3月訪問

装飾横穴式石室(埋戻し)
位置:33°38′08″N 130°40′56″E
発掘後ブルーシートをかけて放置状態


墳丘は割と残っていたようだ、住宅側に開口か


見学記
飯塚市西徳前、飯塚小北西の丘陵上ですがすっかり住宅地となっています。2010年に発掘され石室に円文が確認されましたが行っても何も見られないだろうなと思ったけどやはりそうでした。でもあんな場所で割と墳丘が残っています。墳丘自体はブルーシートがかかっていました、開口しているとしたら南側だろうけど住宅があったので近寄らず十分確認出来なかった。老松神社の所有地だそうですがそのせいでしょうか。神社自体は南500mの所にあるんですけどね。
[ 2018年08月16日 19:05 ] カテゴリ:飯塚市 | TB(-) | CM(0)

祇園原古墳群

宮崎県新富町 2001年5月訪問、17年2月再訪

前方後円墳14,方墳1,円墳138以上

A支群南
A支群北
(南、北は便宜的区分)
B支群
C支群
2001年
(クリックでジャンプ)


(2017年)
(順不同)

分布図:説明板より、一部加筆


48号(弥五郎塚古墳)
前方後円墳、TL90,R52,RH8,FW46,FH8.2
位置:32°05′45″N 131°25′49″E
群中最大の前方後円墳、A群一番南側に位置する


横から、前方頂部平坦


周溝を巡らしていたようです


西側がやや低くなる緩傾斜地


その4
48号西側に数基の円墳


反対側から


その5
後方に48号


50号
その4_1の右側の古墳、上に標柱があるので番号がわかった


52号
前方後円墳、TL55,R38,RH7,FW30,FH7
位置:32°05′50″N 131°25′46″E
特に特徴のない前方後円墳ですが


横から見ると後円部頂きが平坦、前方部と高さがあまり変わらない、なのでスタイルが悪く感じる


前方部はやや発達しているようだ


52号北側の円墳、右奥56号


56号(水神塚古墳)
前方後円墳、TL49,R22,FH6,FW30,FH4
位置:32°05′53″N 131°25′45″E
前方部が大きく発達


南東側から


周りを芝生張り中


南側円墳上から


北西から、半球状の後円部と三角形の前方部


見れば見るほど特異な墳形、遠方丘上に47号


116号
56号西側、56号後円部より大きいかも、遠方にも大きな円墳


58号(百足塚古墳)
前方後円墳、TL77,R35,RH5,FW45,FH6
位置:32°06′00″N 131°25′48″E
発掘整備された、墳丘自体は元のまま


埴輪を復元、後円部正面辺りに横穴石室がある(埋戻し)


周溝が巡りくびれ部に造出がある


丘側にも周溝、造出はない


西側から


北側から


北西側からの遠望、手前に62、63号、墳丘越し遠方に47号


59号とのツーショット


62、63号
_1:58号後円部外堤側に並ぶ、右63、左62号、共に周溝が巡り埴輪が立っていた


209号
_1:58号前方部上側、発掘復元


59号
前方後円墳、TL68,R38,RH5.6,FW40,FH6.6
位置:32°05′56″N 131°25′46″E
上位段丘面上に位置する


段丘面ギリギリに立地(この2枚は天気が良くなった午後に再度撮影)


緩傾斜地に立地


段丘面上からみた墳丘


前方部から後円部


後円部から前方部


段丘側に周溝、殆ど土取り跡だろうな、円墳その1がある


(59号からの眺め)
直下に58号、奥に56、52、48号、前方後円墳を見るのに最高の眺め


68号、奥に67号


48号遠望、斑に焼かれているのが残念


その1
後円部側にある


47号(機織塚古墳)
前方後円墳、TL51,R25,FW30
位置:32°05′55″N 131°25′59″E
上位段丘面、傾斜地に立地、前方部は右側


前方部が大きく発達


前方部から後円部、あまり丸く見えない


後円部から前方部


下の段丘面からの遠望


(47号からの眺め)
58号


52号、手前に2基の円墳


その2
47号近く、分布図には載っていない、上位段丘面上では一番大きそう



68号
前方後円墳、TL57,R30,FW49
位置:32°06′01″N 131°25′44″E
58号北側、前方部発掘中


何となく柔らかそうなフォルム


前方部隅から後円部


北西側から、前方部は全般に南向きだが47、56、58号は東向き、そして前方部が発達している


67号
前方後円墳
位置:32°06′02″N 131°25′41″E
68号すぐ東側、前方部側から


後円部に比べて前方部が小さい、でも端が高くなり格好はいい


後円部側から


65号
前方後円墳
位置:32°06′00″N 131°25′40″E
67号側だが前方部は逆に北向き


西側から


南西側から


前方部から後円部


後円部から前方部


114号
65号すぐ南、左遠方に56号


反対側から、後方に65号


その3
114号から


その7
114号から


64号
周りに古墳がなくポツンと存在


(A群北)
92号(大久保塚古墳)
前方後円墳、TL84,R47,RH6,FW46,FH5
位置:32°06′10″N 131°25′38″E
南端にある48号と同規模


前方部隅から、緩斜面に立地


上位段丘面から


西側から、非常にスタイルがいい


(上位段丘面円墳群)
小円墳が点在、もう適当に見て廻る


75号、取り敢えず番号がわかった1基


75号から南側、_1の反対側からの眺め


(A群北端)
188号
割と大きな墳丘、その割に背は高くない


林の向こうに前方後円墳の187号がある


189号
畑の中にポツン


上に標柱があるがもう登るのが面倒で


190号
やはり大きさの割に背が低い、奥にも墳丘が見えている


191号
190号から、その奥に187号、左側に円墳群


やはり規模の割に低い墳丘


191号から見た円墳群


187号
前方後円墳
位置:32°06′09″N 131°25′30″E
柄鏡式の古いタイプ、円墳も古いタイプのが多いようだ


低い墳丘、後円部の規模は188や191号より小さい


後円部側から、奥に191,190号、後方林の中に前方後円墳がもう1基あるようだ


後円部から前方部


(B群)
群のど真ん中を道路が通過、旧道なのでもう殆ど車は通りませんが


106号
この辺りでは一番大きそうな円墳


反対側から


(106号からの眺め)
南側、3基の古墳


道路反対側、墳丘が大きく削られる、右遠方に129号等


遠くに58,59号、手前にも円墳群、この場所はやや高くなっている


107号
低平な墳丘


113号(霧島塚古墳)
前方後円墳
位置:32°05′51″N 131°25′17″E
B群唯一の前方後円墳、藪で近寄れず


古墳
分布図には載っていないが多分古墳


129号
106号南方、この辺りも十数基ある


僅かに高くなった地形を利用、遠方に58,59号


(129号からの眺め)
52号、丘の上に47号


119号
この辺りは低平な墳丘が多い


119号から129号方面、4基見えている、分布図程にはなかったような


(C群)
138号
方墳
位置:32°05′35″N 131°25′15″E
群中唯一の方墳、あまり方形には見えない


近寄ってみると裾が直線状になっているかな


その8
もう適当に撮る


その9
C群唯一の前方後円墳か、敷地奥の方にあるので流石に突入できず


155号
群全体としても一番高い場所辺り


(155号からの眺め)
南西側


北側、奥に見えているのが140号


北東側、周囲が削られ低平な墳丘が多い


140号
円墳
位置:32°05′34″N 131°25′18″E
周囲が低平な墳丘が多い中で一際異彩を放っている


群全体としても最大クラスの円墳かも


(155号からの眺め)
東側、奥は谷になっている


南側、中央やや左が155号


南西の1基




(2001年)
47号(機織塚古墳)
前方部が発達


48号(弥吾郎塚古墳)
群中最大


52号


56号(水神塚古墳)
前方部の発達した非常に美しい墳形


百足塚から


58号(百足塚古墳)
発掘中、形象埴輪が大量出土


59号から、奥に48,52,56号が見えている


59号
一段上の段丘上に立地


68号


92号(大久保塚古墳)




(見学記)
(2017年)
新富町新田、前回はまだ整備前で59号(百足塚)周辺の目に入る前方後円墳をメインに撮りましたが百足塚の整備が終わり説明板を設置、それによるとかなり広い範囲に分布しているようなのでここも足を使って探し回りました。68号で発掘が行われていてプレハブの事務所がありそこで資料を貰いました。それによるとA、B、C群に別れているようですが大半はA群、特に前方後円墳はA群に集中、B、C群は1基づつです。ここも一部を除いて野焼きが行われ黒くなっていました。まずは上位段丘面端に立地している前方後円墳の59号に行く。宮崎県の古墳は基本的に上に上がらないようにしているのですがここはさすがに上がらせてもらいました。ほんと端っこ、下から見られるのを意識しているようです。台地側には周溝も残っています。台地上にも幾つかの円墳がありますが状態は良くない。南東側のやはり上位段丘面に前方後円墳の47号(機織塚)があります。ここは段丘面上というより斜面になっていて今にも転がり落ちそう、やはり下から見られるのを意識しているようです。前方部は台地側を向いていてよく開いた後期タイプです。百足塚の南側に前方後円墳の56号(水神塚)、52号、48号(弥吾郎塚)と並びますが前方部の向きはバラバラ。水神塚は半球形の後円部に発達した前方部とこの古墳群の中では一番のお気に入り。すぐ西側に円墳がありますが後円部だけ比べたら円墳の方が大きいようだ。弥吾郎塚は群中最大の前方後円墳、僅かに傾斜面に立地しているので丘側に周溝と低い外堤が見えています。百足塚の北側に前方後円墳の68号、これも前方部がやや発達している。西側にある前方後円墳の67,65号は前回見逃しているな。更に北側にある92号(大久保塚)は弥吾郎塚とほぼ同規模ですが全体がほっそりした印象を受けます。県道を挟んだ西側に古墳が密集していますがその中の157号が柄鏡式の前方後円墳です。形式からして群中最古の前方後円墳でしょうか。でも周囲にはこの後円部より規模の大きい円墳があったりします。更に西側にも前方後円墳があるようですが藪の中で接近できず。県道を更に南下するとBグループがありますが小円墳ばかりで面白味なし、その中で西に突き出た尾根状地形に構築された前方後円墳の霧島塚がありますが藪状態で突入困難、もし前方後円墳がこれしかなかったら無理してでも突っ込んだでしょうけどね。更に南下するとCグループがあります。道路西側の民家に挟まれた大きな墳丘が138号、群中唯一の方墳のようですがあまり方形には見えません。。この敷地内に前方後円墳があるようですが入れず。道路東側にも古墳が密集、その中でも一際大きいのが140号ですが真っ黒けなのが残念。百足塚を中心に公園として整備されるようですが今はまだ駐車場が整備されているだけでした。宮崎県は全般にそうだけどここも墳丘の残りが良い。特に前方後円墳の残りがよく古墳ファン特に前方後円墳ファンなら絶対行くべし、日本中の古墳の中でも前方後円墳を見るには最高のビューポイントです。

(2001年)
遺跡としての登録名は新田原古墳群だが現在各支群は独立して考えられ祇園原地区のはこの名で呼ばれている。前方後円墳14,方墳1,円墳138基、他に周溝だけ確認された円墳が36基あり規模の大きな古墳群で更に最近横穴古墳も発見されている(円墳群がのっている斜面の下に開口していた)。更にここも4グループに分かれているが北東側のグループに大型の前方後円墳が集中している。柄鏡型はなく前方部の発達した後期型が多い。どれも形よく保存されていてため息が出そう。平成10年から58号百足塚で発掘が行われていて周溝や大量の形象埴輪が出土している。宮崎県で埴輪が確認されている古墳は僅かに32基、その中で形象埴輪が出ているのは10基のみ。横穴石室があるそうだが盗掘を受けているらしいとのこと。外見上はとてもそのようには見えないが。ちょうど草刈りを行っていて専門家の方と話をしている内に発掘報告書を貰った、ラッキー。すぐ西側に56号水神塚古墳がある。まん丸い後円部、きゅっと締まったくびれ部、末広がりで三角形とも言って前方部と非常に美しい姿をしている。まるで復元したような墳丘で(他も対外はそうだが)今回一番のお気に入り。すぐ北側には1段段丘上にある59号がある。ここからは下位段丘上にある古墳群が一望できる。見学される方はここがお勧めです。
[ 2018年08月09日 19:06 ] カテゴリ:新富町 | TB(-) | CM(0)
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基本的には

と同じ内容です。

検索フォーム
市町村名、古墳名などを入力して検索してください
旧市町村名は頭に旧をつけてから検索してください/検索で市町村名が出てこないときは頭に県名を付けると出てくることがあります/市町村名で検索するとスポンサーリンクを検出することがあるので県名をつけて検索した方が効果的です/漢字表記の違いで古墳名で検索すると出てこないことがあります、その時は市町村名で検索してみてください
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