善一田古墳群

福岡県大野城市 2017年3月訪問

発掘後の様子、ブルーシートだらけ、公園化が決まっている


後方が18号、手前12号、石材が抜かれている


分布図(公演予定図より)


18号
複室横穴式石室
位置:33°32′56″N 130°29′58″E
短い羨道と前室


前室、やや高い天井


前室左側、奥行きはあまりない


〃右側、この近くの石室と同様上部がせり出す


床面には敷石


後室、巨石奥壁、色合いが違っているが1枚石でしょう


〃縦位置、背の高いドーム状


狭い天井、1枚石でなく小型石材4枚


奥から外、両袖式、左右の袖石がほぼ同じ積み方


〃縦位置


前室奥から


前室奥左、自然光で


〃反対側


見学記
王城山4号北東300m、ここも開発の段階で多数の石室墳が発掘され幸い古墳公園として保存されることが決まっています。平成30年オープン予定だそうですがどういう状況になっているかと見に来ました。墳丘はビニールシートに覆われて放置状態、シートが凹んでいるなど見る限りでは石材が抜き取られるなどあまり状態はよくなさそうです。そんな中で円錐形に高くそびえているのが18号、これは状態良さそう。シートがめくれて開口部が覗いているのを見るといけない心がムクムクと(汗)。ついフラフラと入ってしまいました。複室石室が良好に残っていて後室は巨石鏡石を据えドーム状で背が高い、天井部は狭いが楕円形で4枚の天井石からなっています。こちらも前室後室床面に敷石が敷き詰められていますが王城山4号と比べて大きく凸凹している感じです。多分古墳公園になっても石室内には入れないだろうな。

王城山4号

福岡県大野城市 2017年3月訪問

複室横穴式石室
位置:33°32′46″N 130°29′50″E
民間会社内に保存されている墳丘、現在この前は住宅地だが元は谷筋に向かっていたもよう


石室前はハの字状に開く、羨道玄室は許可を得て掃除


短い羨道、前室


前室左側、奥行きはあまりなく上部がせり出している


反対側も同様、上部がせり出すのはこの辺りの特徴か


〃縦位置、天井は僅かに高い


玄室はそれ程奥行きはない、基部に大型石材を据え上部は巧みに石を組み合わせる


〃縦位置、背の高いドーム状


天井は狭く主軸方向に長い、天井石は1枚石


奥から外、両袖式で袖幅が広い


〃縦位置


奥から左側、袖石は分厚い板状


〃反対側、こちらの方が積み方が緻密そう


前室奥から、ストロボ無し


〃反対側


見学記
乙金2丁目、ピアノターミナルナカムラの敷地内にあります。敷地内と言っても遊休地状態、周りが大規模に宅地開発される中でほぼ元の地形を保っています。古墳の前もすっかり宅地となって嵩上げされていますが会社の人の話によるとそこは谷筋だったとか、谷に向かう斜面に立地しているようです。石室入り口には柵がありますが会社で鍵を借りて中に入ることが出来ます(年中無休だとか)。南側に開口する複室石室で入り口がハの字状に広がって前庭となっています。短い羨道と前室後室も良好、前室は左右の幅はそれ程ないですが天井がやや高く前室らしい雰囲気、後室は奥壁側壁とも基部に巨石を据え小型石材を積み上げたドーム状、天井は狭く1枚石です。床面には平石が敷き詰められています。会社の人の話によると前会長さんがこういうのが好きで保存しているとか、ありがたいことです。敷地内からも多数の甕棺が出土したそうでそれらを祀った神社が敷地内に作られています。

此岡古墳群

福岡県大野城市 2017年3月訪問

2基?

遠望
園内を通る道路脇に大きな説明板、右が1号、左が2号


1号
横穴式石室
位置:33°32′24″N 130°30′22″E
かなりの急斜面に立地


背後から見ると墳丘はよく残る


下側に開口、手前の石は羨道か


天井石露出、内部は殆ど埋没


2号
横穴式石室
1号から見た2号、墳丘はやや小型


道路側から開口部らしきものが見えていた


隙間程度の開口


カメラを突っ込むと側壁辺りかな、本来の開口部ではなかった


反対側に廻ると本来の開口部、それでもかなり狭い


開口部からの撮影


奥壁、四角い鏡石、他と違い色が白い、位置も右に偏っている


右側壁


反対側側壁、かなり粗い積み方、それでも崩壊せずに残っているんだよね


羨道奥から、半ば埋まる、両袖かな、まぐさ石はなさそう


見学記
雉子ヶ尾古墳から高速道反対側に大野城総合公園がありその中にある古墳群です。北側に駐車場がありそこを抜けると四王寺県民の森、林の中を通る道路が右に急カーブした先の左側に車止めのある林道があります。そこから50m程行くと左下にトイレと説明板がありその先の斜面に2基の古墳があります。下にあるのが2号で石材と隙間が見えているから隙間石室かと思ってカメラを突っ込んでみたら内部は意外と明るい、左側に開口部がありました。短い羨道と小型両袖式の玄室が残っています。全般に石積みが粗く特に羨道はそうでこれでよく崩れなかったなと言う感じです。まぐさ石が底部が凹んだアーチ状になっていてこれは意識して選んだんでしょうか。すぐ上にあるのが1号で墳丘は2号より大きい。天井石巨石が露出していますがこちらは内部は殆ど埋没しています。林道前に駐車可、前の道路50m先にも駐車場がある。

雉子ヶ尾古墳

福岡県大野城市 2017年3月訪問

複式横穴式石室、全長6.9、前室長2.0,幅1.9,高1.5、後室長2.6,幅2.6,高2.1m
位置:33°32′05″N 130°30′22″E
新興住宅街の中に保存、北東から、開口部南と推定して左側から接近


入り口は当然閉鎖、羨道途中辺り


複式石室、後室玄門にはしきみ石


前室左側、あまり奥行きはない


前室右側、こちらも同様、上部がせり出しているのは元々の状態か


奥壁はほぼ1枚石、上部に小型石材


西側に通路がありそちらから行くと入口手前で更に柵があり接近できず


石室図(説明板より)、床面が入り口に向かって下がっているのかな


見学記
大野城市乙金、大城小北側100m、新興住宅地の中に古墳が裸の状態で保存されています。墳丘は復元か一部修復かな。確か開口しているはずと思ったが見当たらないので東側からフェンスの狭い間を通っていったら反対側に通路がありそこにもう一つ説明板が立っていました。道理で通りにくいと思ったよ。でも通路も開口部直前で行き止まり開口部自体も柵があって中には入れません。羨道は一部しか残っていませんが複室石室、前室は左右の幅は狭くはっきりした天井もなく形式的になりつつあるようです。玄門は左右の袖石床にもしきみ石、上にはまぐさ石と口の字状になっています。正面には巨石の奥壁が見えているけど開口部から見えるのはそこまで。

胴ノ元古墳

福岡県大野城市 2017年3月訪問

横穴式石室
位置:33°29′53″N 130°28′13″E
古墳公園の一角に保存、奥の方に見えている、広い公園だが駐車場なし


地形的にもおかしな場所で移築と分かる


どう見ても復元墳丘


当然石室閉鎖、隙間が大きいのが助かる


単室石室


右側に偏って四角い腰石、左と上に詰石


お金のかかった説明板と石室断面模型


見学記
大野城市牛頸2丁目、胴ノ元古墳公園として保存されています。割と広い公園で奥の方に円錐形の復元墳丘が見えています。柵があって中には入れませんが単室構造のようです。側には金のかかっていそうな金属製の説明板があり墳丘と石室の切断模型が作られています。説明板には書かれていませんが南西側に浄水場のある高台がありこの位置で南西に開口するのは不自然と思ったらやはり移築でした。

田代2号

福岡県筑紫野市 2017年3月訪問

横穴式石室
位置:33°30′36″N 130°34′04″E
住宅団地内公園の一角に保存、展望台の下方斜面、元々こんな地形だったんでしょうか


下から、説明板は完全に文字が消えている


当然閉鎖、ここも隙間は大きい


単室かな、それとも羨道壊失の複室


奥壁は下部に大型石材を据えている


見学記
筑紫野市吉木、新興住宅団地内の南端にあるまほろば公園に保存されています。初め大きな地形が見えたのでこれが墳丘かと思いましたがどうやら元の地形を残して見晴らし台として利用されているようです。その南側急斜面に復元墳丘があり石室開口、柵があって入れませんがそれ程奥行きはありません、単室でしょうか、入り口はハの字状に開くようです。説明板があったようですがそっくりなくなっています。市史跡。

塚口古墳

福岡県筑紫野市 2017年3月訪問

複式横穴式石室、全長6.60,前室長1.15,幅1.70,後室長2.65,幅1.87m
位置:33°30′31″N 130°33′14″E
団地内に古墳公園として保存、他に17基あったそうだ


石室は当然閉鎖、羨道は2m程度しか残っていない


石室正面、柵の隙間は広くて内部は撮りやすい


複室石室、手前は羨道で前室も何とか分かる


奥壁は半分くらいしか見えないけどほぼ1枚かな


見学記
筑紫野市原、みかさ団地のほぼ中央に古墳公園として保存されています。墳丘復元、南東に開口する複室石室ですが柵があって入れません。羨道もよく残っているので見られるのはせいぜい前室玄門辺りまで、羨道が残っているのが却って仇となりました。団地内にはかって17基の古墳があったそうですが残っているのは多分これだけでしょう。

埴安神社古墳

福岡県筑紫野市 2017年3月訪問

横穴式石室
位置:33°29′52″N 130°30′32″E
神社本殿背後に大きな墳丘が残る


神社側が高く傾斜変換点辺りに立地


入口前にかなり粗末な鳥居


入り口は埋まり狭い開口部


石室自体は良好のようです、複室だそうだ、木の枠があるから以前は入れたのかな


見学記
筑紫野市杉塚1丁目、神社境内にある古墳です。社殿背後に整った墳丘、微高地に立地しているようで周りより少し高くなっています。南東に開口していますが入り口は狭く長い羨道もよく残っているので奥までよく見えません、複室石室だそうですが写真を見ても前室ははっきりしないな。これが山の中にあったら突入を試みたと思うけどさすがに街中では出来ないな。

上原田古墳群

福岡県筑紫野市 2017年3月訪問

3基

3号
横穴式石室
位置:33°26′45″N130°32′14″E
麓にある神社、ここから登っていったが道はない


東西に長い丘陵上に良好な墳丘


隙間開口


だいぶ埋まっているが石室は残っている、側壁上部が奥壁上部で合流している


奥壁上部の石、変わった形


墳丘背後から


1号
横穴式石室
位置:33°26′45″N 130°32′19″E
3号東150mに1号(左)、2号(右)がある、この時は竹林が伐採されて比較的歩きやすかった


すっかり削平された墳丘


正面側、羨道基部は残っているようだ、左側に見えているのは葺石でしょうか


石室石材、どの辺りかも分からず


これは後世のものだと思うけど石室石材を使っているかも


2号
1号脇に大きな墳丘が残る


大きく盗掘、石材見られず


見学記
筑紫野市原田、鳥栖筑紫野道路(無料)原田ICすぐ東側に若宮神社がありその背後の丘陵上に3基からなる古墳群です。神社から背後の急斜面を登って尾根筋に至ると東側に形良く残った墳丘が見えています。南側に開口でも激狭の隙間状態、カメラを突っ込んで撮影しましたが玄室は残っていて奥壁が見えていますが土砂流入で大分埋まっているようです。東側150mの所に1,2号があります。この時は竹林が伐採されて行くのは容易でした。頂部に位置しているのが1号で背の低い墳丘が残り石室露出、でもかなり破壊されているようで見えているのは玄門辺りと羨道側壁の一部でしょうか。南側に直線上の列石がありますがひょっとして外護列石まさかね、とは思いつつ推定される石室主軸と直行しているのが気にかかります。すぐ南側に2号、こちらは背の高い墳丘が残っていますが南側が大きく抉られている、でも石材は全く見られません。

殿様塚古墳群

福岡県筑紫野市 2017年3月訪問

丘陵山腹に位置する横穴石室墳

殿様塚古墳
横穴式石室
位置:33°28′56″N 130°34′28″E
丘陵中腹斜面に立地、石室は土嚢で閉鎖


土嚢隙間にカメラを突っ込んで撮影、石室は良好に残っているようだ


前の写真をトリミングし傾きを修正、まぐさ石でしょうか、側壁も切石のような石組み


背の高い墳丘が良好に残る


開口部反対側から


その2
背後に同規模の墳丘


ここも極狭隙間開口、やはり土嚢がある


ここも石室は良好のようだ、羨道とまぐさ石、玄室も埋まってなさそう


墳丘背後から


その3
その2背後にやはり同規模の墳丘


ここも激狭開口


羨道しか写らなかった


墳丘背後から


斜面カット部分、左が墳丘


その4
殿様塚から東に伸びる尾根上に僅かな高まり


天井石が露出


正面から見ると石室らしく見える、内部は埋没


後部天井辺りに隙間


ここが奥壁のようです、何か燃やされたのか黒くなっている


その5
更に尾根筋下方に僅かな高まり


ここも天井石露出


天井石と側壁の一部


正面から、内部埋没


その6
少し離れているがこれが最初に見つけた墳丘


斜面に立地、まず古墳でしょうね


見学記
筑紫野市山家、宮地岳南側中腹にある古墳群です。国道200号(旧道)に宮地岳登山道の看板がある(帰りに気がついた、旭化成ケミカルの看板の方がずっと目立つ)。そこを曲がって旭化成工場敷地内を通って行き止まりの所まで行きます。そこから北東側に登っていきます、道はないけど藪はないのでそれ程困難ではない、尾根筋に出る手前で小さな墳丘、更に登ると尾根筋にV字状に掘られた山道があるので更に登っていくと尾根筋平坦面に大きな墳丘があります。石室があるが入り口は土嚢で塞がれている、隙間からカメラを突っ込んで撮影すると石室は割と残っているようです。複室石室で前室と後室玄門のようです。その背後にも2基の古墳がありどちらも墳丘がよく残っているがこちらも隙間開口、どちらも石室は残っているようです。南東尾根筋に下がると2基の古墳、手前のは小型石室天井が露出、隙間から何とか奥壁が見えています。もう一つはかなり破壊されている。他にも石室を持つ家来塚とかあるそうですが分からず。
ここは宮地岳山中という程度ではっきりした場所が分からず当然何処から登っていいかもわからない状態でしたが何とか見つけることが出来ました。分かってみれば道はないけど藪漕ぎすることもなく行くのはそれ程困難ではありません。それだけにまともな石室が見られなかったのが残念、苦労したんだから一つくらい見たかったよ~。でも見つけたことにたいして自分自身を褒めてあげたい(笑)。途中工場内の道路を通って行き止まりの場所に車を止めて周辺捜索、車が通るような場所ではないので目撃していた工場の人が心配して見に来たくらいだった。

天山古墳群

福岡県筑紫野市 2017年3月訪問

7基程度か、3号は神社で消滅

1号
周囲が削られている


2号
割と背の高い墳丘、横穴の可能性もありそう


6号
7号下方斜面にある


墳丘は残るも頂部大きく盗掘


7号
竪穴石室
位置:33°28′50″N 130°34′04″E
尾根筋頂部に立地、これが最初に見つかった、大きさの割に背が低い


竪穴石室天井部が開口


小口積み石室


反対側、赤い顔料が残っているようだ


見学記
筑紫野市天山、筑紫野病院北西600mに西方寺がありその南側、丘陵から細く伸びた尾根上に分布する古墳群です。お寺の背後を廻っていくと最初に目にするのが7号、低い墳丘で頂部に石室開口、長さ2m程度の竪穴石室のようです。すぐ下側にあるのが6号ですが大きく盗掘されています。尾根先端にあるのが1号でこちらは割と背が高い、石材は見られないが横穴石室かもしれない。その側に小さな墳丘があるが2号か。寺域内に高木神社がありそこに3号があったそうですが神社建設で消滅、石材が残っているそうですが見当たらず。お寺に駐車場有り。
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