原古墳群

岡山県総社市 2017年4月訪問

横穴石室墳十数基

5号
石室正面、谷筋南側斜面に6基程集中


内部は良好


奥壁はほぼ1枚石


奥から外、無袖かな、入口の天井石が一段下がる


5b号(仮)
5号下方に想定外の石室、右奥に見えているのが5号


まず石室でしょうね


6号
斜面に僅かな膨らみ


下に廻るとポッカリ開口


墳丘の割に石室良好、斜面を掘り込んで構築しているかもしれない


奥から外、無袖式


7号
位置:34°39′45″N 133°47′57″E
石室正面、左手前の石が羨道だとしたら結構長いかも


開口部、天井石がずり落ちそう


これも内部良好、側壁はほぼ真っすぐ立つ


奥壁は1枚石、隙間はほんと適当に詰めている


奥から外、左片袖かな、入口2枚の天井が下がる


8号
石室正面、大きな天井石露出


埋没かと思ったら奥壁まで見えていた


身体を突っ込んで撮影、下が埋まるが3段積みくらいかな


9号
石室正面、手前の窪みが石室の存在を思わせる


横から見ると天井が前に傾いている、初めからこの状態だったかもしれない


開口部正面、開口幅の割に天井石が大きい


内部を見たら埋没、左に袖があるかな


中央から奥は良好に残っている


鏡石+平石とオーソドックスな奥壁、奥に水が溜まっているので外は撮らず


10号
一番東側、墳丘は割と残る


前部に丸っぽい天井石2枚露出


石室正面、天井石が随分ずれているように見えます


細長い石室が良好に残る、ここも側壁はほぼ真っすぐ立つ


奥から外、右片袖式、入口正面で左に見えていたのは袖石でした、それでもまぐさ石は多少ずれている


12号
谷入口辺り、広い山道沿いにある


落ち葉に埋もれた開口部、入った人がいるようですが流石に入れず


内部は良好そう、入ってみたかった


墳丘背後から、斜面裾辺りに立地


13号
位置:34°39′45″N 133°47′51″E
12号脇に同規模の墳丘


ここも激狭開口


羨道は大分埋まる、玄室は良好そう


墳丘上部に盗掘坑があり天井隙間開口


カメラを突っ込んで撮影、方向からして右側が奥壁かな


反対側、ここが玄門かな、埋まっているが正面隙間から見たら開いていたけどね


墳丘背後から、画面右隅に見えている山道を行くと5号以下に到達


19号
位置:34°39′34″N 133°47′52″E
お堂背後に墳丘がある、これだけ大分離れた位置にある


墳丘は良好に残る


石室正面、倒木で荒れ果てここから入るの困難


玄室天井石露出、この隙間から何とか入れた


自然光で撮影、内部は明るい、奥壁側壁とも小型石材で如何にも古そう


側壁はやや持ち送りがありますが右側は持ち送りではなく傾いてきているようだ


奥から外、右片袖式、帰りは羨道を通って脱出


見学記
総社市宿、こうもり塚東方、谷筋にある古墳群ですが残存している古墳ほぼ全てで石室が見られるというお得な古墳群です。県道270号沿いにコンビニが有りその東側の道を入っていき林の中に入って大きく右カーブする左側に2基の古墳が並んでいます。これが12,13号、墳丘はよく残っていて石室も開口していますが激狭、入った人もいるようですが現在はほぼ無理、こういう時に限って左の12号は羨道まで残っていて奥の方はよく見えません。13号はやや大きな墳丘、ここも入り口は激狭だけど天井にも隙間がありカメラを突っ込むと何とか奥壁が見えていました。墳丘の背後に山道がある、地図によってはまるで車が通れるような表示をしているけど無理無理、歩いて通るのも大変な状態です。初めの内は藪状態ですがそれが無くなる頃左手斜面に5-10号が密集しています。よく見れば5号もわかりますがその奥の7号ではっきりした開口部が見えています。この辺りに5基、更に下方にやや離れて5号があります。どれも石室が見られ中には入れるのもあります。10号の右側に11号があるが殆ど古墳と分からず、5号下方にも埋没石室、こちらはほぼ石室でしょう。林に入る手前に駐車スペースあり。
かなり離れた場所に19号があります。西側にある大正池(この下方に宿1号があるが写真を撮り忘れた)の堤を渡りその先の分かれ道を左に行って果樹園の中を通りそのまま林の中に入ると祠がありその奥に19号が見えています。墳丘は比較的残っていますが天井部露出、開口部は狭いし倒木もあったので天井隙間から入りましたが私でギリギリでした。石室は割りとよく残っていますが奥壁も小型石材で古いタイプの石室です。因みに祠の場所には18号があったそうです。堤西側に駐車スペースあり。
[ 2018年12月27日 18:51 ] カテゴリ:総社市 | TB(-) | CM(0)

酒津山相生坂古墳群

岡山県倉敷市 2016年3月訪問、17年4月再訪

横穴石室墳十数基(13号以下は仮番号)

1号
横穴式石室、玄室長5,幅1.7,高1.9m
位置:34°36′36″N 133°44′29″E
墓地の手前に大きく開口、でも見学しやすいのはこれだけ


石室正面、羨道完全に壊失


大きな玄室が良好に残る、開口部が大きくすこぶる明るい


変わった組み合わせの奥壁、左のが一応鏡石か、上部の尖りは敢えて残したか


奥から外、無袖でしょうか


奥から左、側壁の面が揃っている


反対側、こちらはかなり不揃い、如何にも削ったような跡が残っているのもある


3号
横穴式石室、玄室長6.2,幅2,高1.8m
位置:34°36′35″N 133°44′15″E
石室正面、墳丘石室とも割と良好


長い玄室が良好に残る、中間辺りに割と新しい土砂が堆積


中間辺りから奥


奥壁はほぼ1枚石


奥壁手前に分厚い敷石がある、石棚ではなさそう


奥(画面左側)にもう1枚ある


奥から外


まぐさ石が一段下がる、右片袖かな


墳丘横から、左が開口部、上部が平坦で少し削られているかも


4号
墳丘は殆どなく天井石2枚露出


天井石がずれて開口


石室は意外と良好に残る


奥壁はほぼ1枚石


5号
群中最小クラスの石室、前年は谷筋を通ったため見落とした


石室露出、保存状態は良さそう


反対側、側壁は露岩をそのまま利用しているような


内部は大人が横たわるのがやっと程度、天井や左側壁は平面だが右は突出部分がある、このままでは遺体を入れにくそうだけどね


小さいが割と深い谷脇に立地、当時もこんな状況だったのか、谷がもっと小さかったか


6号
斜面下方、墳丘はハッキリしない、林の中に入ると最初に出会うがこれを見つけたので却って迷路に入った


一見良好そうな開口部


内部はかなり埋没&崩壊、余計なパイプが入っているし


13号
開口部横から


石室正面、天井石の大きさの割に開口部が狭そう


ここも長い石室が良好に残る、3m程度


奥壁は2段積み


奥から外、無袖のようです、まぐさ石が一段下がる、下の出っ張りを切り落とせばスッキリするのにね


14号
かなり崩壊した石室


天井石は動いているもよう


石室どの辺りかも判然とせず


15号
ここもかなり崩壊した石室、右が側壁で左が傾いた天井石かな


一見奥壁に見えますが


側壁のようです、左側の石がそれ


16号
最奥にある、墳丘も多少残る


石室正面、石室も植生も荒れている


奥の方で天井石が並んで露出


天井隙間から内部が伺える


土砂が流入するも何とか奥壁が見えている


最奥天井にも隙間、奥壁が見えている


見学記
(2016年)
倉敷市酒津、十数基からなる古墳群です。山陽自動車道水江トンネルと酒津トンネルの間の南側に墓地がありその一角に1号があります。広い墓地ですが東端にあるしすぐ分かります。以前は笹薮だったようですがこの時はすっかり裸の状態、大きな石室が開口しています。全長5m程ですが幅1.7,高1.9mもあって内部はかなり広い印象です。奥壁は上部が尖った鏡石に右側に縦長の石、更に上部にブロック状の石を重ねています。全体に石材の表面加工度が粗い印象を受けます。墓地南側の道を進んで高速下をくぐると小さな砂防ダムがあり階段を登って山林に入っていきます。入ってすぐ左手の斜面を登ると6号、小さな開口部が見えていますが内部埋没、プラスチックパイプがあったりしてよく分かりません。谷部を進んでいくと緩傾斜地にあるのが3号、墳丘もよく残っていて南側に開口、全長6m程の石室です。奥床面に2枚の巨石平石があります。どう見ても左右の側壁に食い込んでいないから石棚ではないし下に空間があるようだから敷石でもないし棺台なんでしょうかね。後世にこれを入れるのも無理なようだし。すぐ東側に4号天井石が露出、内部は殆ど埋没していますが何とか奥壁が見えています。1号は超楽勝だけど3号以下は探すのが大変な古墳群です。探しそこねたのもあるので再訪決定。墓地に駐車スペースあり。

(2017年)
前回は奥の4基と5号を見逃していたので再訪しました。去年は入りにくかった入口辺りも随分楽になっていた、更に奥にも赤いテープが貼られている、古墳の為にしては多すぎるし奥も14号辺りまでしか無く不十分、とは言え他の目的も考えられないしな。それはともかく去年は見逃した5号もあっさり見つかる、正面から見ると小型ながらはっきりした石室だけど谷川から見るとただの露岩としか見えません。去年は谷筋を歩いてきたかもです。殆ど子供用かと思われるけど入り口にははっきりした仕切り石もあります。墳丘もあったんでしょうけど現状では右側は谷になって落ちている、当時は谷はまだ狭かったんでしょうか。奥の4基も5号からすぐの距離、なんで昨年見逃したかな。ただ入室可能なのは13号だけ、14,15号は埋没、最奥の16号も殆ど埋没状態です。一度で見学負えないといけないレベルでした。高速道を潜る手前に墓地駐車スペースあり。
[ 2018年12月20日 18:40 ] カテゴリ:倉敷市 | TB(-) | CM(0)

国分寺裏山古墳群

御領古墳群表山古墳群上御領下組古墳群上御領中組古墳群・国分寺裏山古墳群・奈良原古墳群下御領古墳群法童寺古墳群


広島県福山市(旧神辺町)2007年3月訪問、18年1月訪問

(2018年)
1号
箱式石棺
位置:34°33′50″N 133°23′49″E
札はあるが墳丘は見当たらず


側に箱式石棺がある、てっきりこれが1号そのものかとおもったが墳丘は削平されているそうです


これは原位置なのでしょうか、推定墳丘よりは大分ずれていそう


2号
背後から見ると藪に包まれた墳丘、これが一番下方にある、上から降りてくると見逃すかも


反対側に廻ると石室開口、前部は一部壊失しているようだ


開口部正面、天井石が屋根型


やや埋まるが石室良好、奥壁辺りは以前より埋まっている


奥から外、無袖かな


3号
箱式石棺
山道脇に箱式石棺露出


これも石仏の土台となっている


大きさの割に蓋石が分厚い


内部は小型石室のよう


4号
円墳、R16
横穴式石室、全長9.4m、玄室幅1.9m
位置:34°33′44″N 133°23′44″E
墳丘が一番良好に残る


上から降りてきたので最初はこんな状況


石室前部が露出


開口部正面、しゃがめば入れる


石室はやや埋まるも良好に残る、ゴミは掃除されていた


奥から外、無袖かな


5号
位置:34°33′51″N 133°23′44″E
離れた墓地の中にポツンとある、天井石で家形になっているような


周囲がかなり加工されているようだ


すぐ奥壁が見えている、最後部しか残っていないようだ


6号
山道脇、札がないと見逃しそう


これは側壁、原位置を保っていそう


石室は殆ど破壊


石仏土台も石室材のようだ


7号
位置:34°33′51″N 133°23′48″E
表山から降りてくると最初に出会う(右側の道)でもうっかり見逃した


天井石1枚露出


隙間からカメラを突っ込んで撮影、かなり埋まっているが奥壁が見えている


(2007年)
2号
石室開口部


半ば埋まった玄室、奥行き3mくらい


奥から外


3号
箱式石棺
箱式石棺の一部が露出


小口部


石棺内部


4号
石室開口部


玄室、奥行き4mくらい、物置のようになっている


奥から外


(見学記)
(18年)
表山古墳群から国分寺裏山古墳群の案内板があるのでそれに従っていきます。林の中に入って最初に見かけるのが7号、木に古墳の表示板があります(他も同様)。墳丘は割りと残っていて石仏が建っています。石室が開口していますが隙間程度、カメラを突っ込んで撮影すると内部は殆ど埋没ですが三角形の鏡石上部が見えています。更に進むと山道が急カーブする辺りに1号、ここも表示板がありますが初め古墳らしきものは見られず側に関粒の土台が箱式石棺か何かと思いました。でも少し離れてみると上部が大きく削平された墳丘が見えてきます。土台はやはり主体部の石材でしょうか。更に進むと6号、大きく破壊された石室の一部が残存、表示がないと気が付かないかも。そのすぐ先に4号があり墳丘が見えています。前回も見ていますがこんなに墳丘が残っていたかなと思うくらい。石室内部は倉庫代わりでしたがそれは整理されて見やすくなっていました。この下に3号、2号がありますが前回も見ているので省略。西側共同墓地の中に5号があります、7号辺りから行く道がある。墓地最上部辺りに石室が露出していますが石室最後部が残存程度です。

(07年)
現在福山市神辺町下御領、国分寺背後の丘陵にある古墳群です。道が狭く寺にたどり着くまでが大変ですが寺の駐車場に車を止めて後はゆっくり見学できます。本堂左側から石仏巡りの道があるのでそれを登っていきます。58番石仏の脇に箱式石棺の小口部が露出しています。知らないとうっかり見過ごしそうだ。このすぐ上林の中にも小さな石室が開口、内部も少し埋まっていて途中に黒いビニールで塞がれている。中をちょっと覗こうと触った途端ハラハラと落ちてしまった。でも奥もがらくたが置かれていて写真は撮りづらい状態だった。箱式石棺の山道向かい側やや下辺りにもう1基の石室が開口しています。こちらも内部は半ば以上埋まっている。規模も上のよりやや小さいようだ。
[ 2018年12月13日 19:00 ] カテゴリ:福山市 | TB(-) | CM(0)

表山古墳群

御領古墳群】表山古墳群・上御領下組古墳群上御領中組古墳群国分寺裏山古墳群奈良原古墳群下御領古墳群法童寺古墳群


広島県福山市(旧神辺町)2018年1月訪問

3基

1号
円墳、R14
位置:34°33′56″N 133°23′47″E
国分寺裏山古墳群から登ってくると出会う


墳丘の上に神社が建つ


建物の殆どは拝殿、墳丘もかなり削平されているもよう


本殿下に石室石材?、立地からして中期古墳ですね


横穴石室とは思えないし竪穴それとも箱式石棺


拝殿前の靴脱ぎ石も石室材かな


御神体でしょうか、これも石室材?


2号
円墳、R10
1号脇に低い高まり、石材が一つ見えている


上部が平ら、箱式石棺が出土したそうだ


3号
円墳、R12
丘陵頂部北端に立地、ここも石材が一つ


上部は平坦、遠方の丘陵に下御領古墳群がある


見学記
大きな看板のある御領古墳群林道入口から100m程行くと右に入っていく道があります。墓地の手前右側(案内板あり)の急な坂道を登った所にある3基からなる古墳群です。場所からして前期古墳群でしょうか。手前にあるのが1号でR14の円墳ですが上に神社が建っていて上部が削平されていますが多分元々それ程背の高い墳丘ではなかったでしょう。神社土台石にまるで石室のような石組みがあるがなんでしょうか。位置的に墳丘端辺りですから本来の主体部ではなさそうです。隣りにあるのが2号でR10と一番小さいですが地形的には一番高い場所、と言っても大した違いはありません。石仏の下に土台石がありますが古墳関連かどうかは不明、その隣に3号でR12、これも上部は平坦です。
[ 2018年12月13日 18:53 ] カテゴリ:福山市 | TB(-) | CM(0)
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