三軒家古墳群

兵庫県赤穂市 2018年3月訪問

11基、8基残存
(番号暫定、HP「古墳とかアレ」に従う

丘陵麓に標柱、案内等は一切なし


8号
位置:34°49′50″N 134°22′32″E
標柱から尾根筋を登ると出会う大きな墳丘、その手前にも墳丘かどうか怪しいのがあった


墳頂は盗掘なのか大きく窪む


尾根筋上から、ハッキリした墳丘


?号
位置:34°49′49″N 134°22′35″E
ゆるい尾根筋先端に墳丘、HP「古墳とかアレ」には載っていない、撮影時は気がついてないので5号か6号かなと思って周辺捜索


石室前部が露出


石室正面、天井石は薄く側壁は割石


石室後部は良好に残存、奥壁下部が埋まって見えず


奥壁上部が石棚状、あまり突き出ていませんが


6号
位置:34°49′51″N 134°22′35″E
急斜面に石材が見えていた


近寄ってみると石室だと分かる


急斜面に構築、横から見ると僅かな高まり


細長い石室、羨道や玄室前部天井壊失


玄門袖石が板石、特に右側の加工度が凄い


玄室内部、人間一人が横たわれる程度、右側壁は垂直だが左はやや傾く


奥から外、両袖式


背後から見ると急斜面ぶりがよく分かる


見学記
赤穂市有年楢原、更に700m程南下、右手山の中に入っていく広い道があるのでそこを曲がり600m程行くと道路が右カーブしている辺りに標柱が立っています、無いよりはマシな程度。その辺りから丘陵に入っていきますが分布状況は全く分からず、更に東西に長い細長い丘陵かと思っていたら尾根筋も幾つもあったりして迷走の始まり。とにかく西端の尾根筋を登ってみると頂部が凹んだ割と大きな墳丘がありました、これが7号か8号、だとすると南北どちらかに同じ程度の墳丘があるはずだが分からず。5号が谷底辺りにあるというので一度下の谷筋まで戻って下っていきましたがどうにもありそうにない。適当な場所で登っていったら偶然ゆるい尾根筋先端に前部が破壊された石室がありました。これが5号かと思いましたが帰ってからHP古墳とかアレを見てみると載っていない石室だったようです。更に斜面を登っていくと露出した石室がありました、これは6号に間違いない。それにしてもとんでもない急斜面、墳丘は殆ど流失していますが何でこんな場所に作った。ここから東側に4号以下があるそうですが見つからず。途中で鹿に遭遇して引き返した。頂部に1号があるというので登ってみましたが頂部東側は急斜面、東西に長い丘陵というのが頭にあったのでこれは間違えて北側の頂部に来たかと勘違い、もう体力も尽きて引き返しました。分布状況が全くわからない中で石室2基見つけただけでもOKかなと自分を慰める(笑)。標柱辺りに駐車スペースあり。因みに広い道路は養鶏場に行く道のようで駐車場所辺りにゲートが有り車が通るたびに消毒シャワーを浴びせていました。
[ 2019年07月25日 19:03 ] カテゴリ:赤穂市 | TB(-) | CM(0)

野田2号(野田桐谷2号)

兵庫県赤穂市 2000年4月訪問、2018年3月再訪

墳形不明
横穴式石室、全長7.8m,玄室長3.12,幅1.77,高2.5m
位置:34°50′44″N 134°22′40″E

(2018年)
18年ぶりに訪問してみたら藪が刈られ見やすくなっていた、説明板も新たに設置


古墳正面、羨道前部天井壊失


羨道前部に板石の仕切り石が残る


羨道後部はよく残る、割石積みでやや持ち送り


玄室玄門、扉石が手前に倒れている、高さも幅も開口部にピッタリではなさそう


玄室奥壁は巨石2段積み、それ程奥行きはない


〃縦位置


天井石は3枚


奥壁前に板石、敷石か


奥から外、板状の袖石を立てた両袖式


〃縦位置


羨道奥から、下に見ているのが扉石


天井石が露出、奥に千種川が見えている


(2000年)
石室開口部、墳丘ははっきりしない、板石を使った閉塞石下部が残る


板石を使った玄門、手前に閉塞石が倒れている


玄室奥壁


玄室奥から外、両袖式、墳丘流失のため根っこが進入している


玄門から外


(見学記)
(2018年)
赤穂市有年楢原、序だったので18年ぶりに訪問してみました。古墳自体の説明は省略、狭い薄暗い場所にあるといったイメージしか残っていなかったのですが今回来てみると墓地の奥の杉林の中、下草も刈られたりして割と明るいイメージになっていました。国道373号から千種川にかかる細い橋を渡って行くと集落手前に右矢印の案内板があります。そのまま道なりに集落北側をぐるっと廻って西側の高い場所に行くと墓地入口に次の案内表示があります。石垣上の高い場所にあるけどその手前が上り坂で視線が上の方に行っているので見逃すことはないでしょう。でも道が狭そうなので私は最初の案内板先辺りで車を停めましたけどね。
新しく説明板が立っていてそれは野田2号となっていました。野田は地名っぽいですが桐谷は何処から来たんでしょうね、そして何処へ行った。ひょっとして所有者の名前かなと思い近くの家の表札を見てみましたが見当たりませんでした。検索しても”野田2号”の方が多いようでこちらに名前を変更しておきます。

(2000年)
有年原・田中遺跡辺りから国道373号を約3km北上して橋を渡ると丘陵麓にある集落入り口に案内板があります。しかし例によってその後のフォローがない、集落山側にある墓地の一角にあります。墳丘ははっきりしませんが南側に石室が開口しています。石室の前に立つとまず目に付くのが板石を使った閉塞石、下半分が残存しています。石室入り口でなく羨道途中に立てられているようだ。羨道に入ると玄門も板石を使った袖石と櫃石が目に付きます。ここにも閉塞石があり羨道側に倒れかかっています。玄室は両袖式、奥壁は巨石で上下2段積み、側壁はそれ程大きくない。床面には平石が敷き詰められ羨道より一段高くなっています。石室全長7.8m、玄室長3.12、幅1.77、高2.5m。別名祇園塚古墳。県史跡。
[ 2019年07月25日 19:02 ] カテゴリ:赤穂市 | TB(-) | CM(0)

小河観音山古墳

兵庫県相生市 2018年3月訪問

横穴式石室
箱式石棺
位置:34°51′24″N 134°26′31″E
観音堂背後に大石内蔵助像、その後方に古墳が見えている


緩斜面に墳丘が残る


古墳正面、石室が開口


羨道前部は壊失


羨道天井が傾いている、左側壁は元の状態、右の石材は天井石が落ちないよう後から挿入したようだ


玄室は良好に残る


ストロボ無しで撮影


玄室後部に巨大な石棺を縦置き、一応箱式石棺なんでしょうか


石棺内部、天井も側板も小口版も1枚石かな


奥から外、両袖式でしょうか、羨道がほんとにヤバイ状態


見学記
相生市矢野町小河、小河山観音堂背後にある古墳です。境内に何故か大石内蔵助の像がありその背後に開口しています。羨道は天井が傾くなど危うい状態ですが玄室はよさそうです。最大の特徴はそれ程大きくない玄室に似合わない大きな箱式石棺があることです。縦方向に設置された箱式石棺、蓋石が玄室の広さの大部分を占めています。2つに割れているけど元は1枚石、石室を作った後では搬入は困難だったんではないでしょうか。因みに”小河”の読みは””おうごです。観音堂に来る道はとても狭いですが前辺りだけはやや広くゴミステーション辺りに駐車可。
[ 2019年07月18日 18:31 ] カテゴリ:相生市 | TB(-) | CM(0)

奥古墳群

兵庫県上郡町 2018年3月訪問

残存4基、実質3号のみ

3号
横穴式石室、玄室長4,幅2,高2.5m(現状)
位置:34°52′08″N 134°24′11″E
林の中に入ると右下の斜面に大きな墳丘


これを見たら他のはパスしてもいい程


南側に石室開口、前部は破壊埋没しているようだ


開口部正面、閉塞石が残っているのかな


開口部から内部、羨道は後部が残る


幅の割に背の高い玄室


〃縦位置、側壁はゆるく内傾している


奥から外、右片袖式、袖石は柱状の1本石


〃縦位置


奥から天井石を見上げる


4号
尾根先端に構築、割と大きな墳丘だが大きな盗掘坑がある


5号
緩斜面に僅かな高まり


盗掘跡の周辺に石材、石室なのかな


6号
肉眼だと高まりが分かる程度


苔むした大きな石材露出


見学記
上郡町奥甲、現存4基だそうですがここも実質3号だけ、でも墳丘石室とも状態がいいので外せません。上郡霊園(県道からここまでの道は狭い)北側駐車場から20m程行って右に曲がり古い墓地を右に見ながら林の中に入る、獣避け柵の手前右下に見えているのが3号で丸い大きな墳丘が残っています。南向きに開口、羨道は崩壊していますが玄室はよく残っています。幅の割に背が高く柱状袖石を立てた右片袖式、大分埋まっていますが羨道には閉塞石が残っているようです。この南西すぐに僅かな高まりと石材散乱、これが6号かな。柵の内側に入って尾根先端にあるのが4号、上部が平坦で石材は見られず中期古墳かもしれない。墓地に駐車場有り。
[ 2019年07月18日 18:30 ] カテゴリ:上郡町 | TB(-) | CM(0)

羽山古墳群

兵庫県上郡町 2018年3月訪問

4基

1号
横穴式石室、全長6m程
位置:34°52′27″N 134°20′58″E
谷筋を望む平坦面に形の良い墳丘が残る


谷奥側から


南西に開口、前部はやや破壊だが状態は良い


開口部から見た内部、側壁は一様に傾けている


ちょっと奥に入ってストロボ撮影


2段積み奥壁、最下部の石は落下した石材?


奥から外、無袖式のようで天井が一段下がっている


2号
1号直ぐ側に2号、奥に見えているのが溜池の堤


墳頂に破壊された石材露出


後方に見えているのが1号


左右が側壁かな、何とか石室と分かる程度


石室後方から、反対側の斜面に3,4号がある、大雨の次の日で谷に水が溢れ堤を渡って移動


3号
横穴式石室
位置:34°52′24″N 134°20′58″E
墳丘は割と残る


こちらは南東に開口


天井石露出、狭い開口部


開口部から石室内部、状態はよさそう


やや背の高い玄室、側壁に持ち送りがある


複雑な石組みの奥壁


奥から外、入り口付近が埋まっているが無袖かな


4号
4号の南側、墳丘殆ど流失


石室かなり破壊、天井石1枚残る


一応内部、側壁は元のままのようだ


_3と反対側から


巨石天井石、横から



4基のはずだがこれも古墳でしょうか


見学記
上郡町井上、細長い谷の奥にある古墳群で4基残存、谷入口に墓地がありここから林道を200m程歩いていくと鎖で通せんぼされています。そこにあるのが1号、墳丘が良好に残っています。谷川南西向きに開口、石室前部は崩壊していますが玄室良好、やや持送りがあり天井部が狭くなっています。すぐ北側にあるのが2号、こちらは墳丘が流失、破壊された石室が露出しています。こちらは南向きかな、谷入口に向いています。1号南西谷反対側に3号があり普段ならほぼ真っすぐ行けるのですがこの日は前日まで3日程雨が続き谷が増水、溜池堤を通りV字谷の小川を渡っていく羽目になりました。荒れ果てた林の中に大きな墳丘が残っていて谷入口方向南東側に開口、入口がやや埋まっていますが無袖式のがない石室が残っています。更に南側にあるのが4号、墳丘流失石室も大分破壊され傾いた天井石1枚が残っています、ひょっとして北向き?。このまま南に行けば元の場所に戻れるのですが牛舎があるので結局元のルートをたどって墓地まで帰り着きました。しかしあの堤、下から水がダダ漏れしているけど大丈夫かいな。墓地に駐車可。
[ 2019年07月11日 18:55 ] カテゴリ:上郡町 | TB(-) | CM(0)

湯脇古墳群

兵庫県上郡町 2018年3月訪問

現存6基

4号
横穴式石室
位置:34°52′14″N 134°20′29″E
住宅街北側林際に開口部が見えている


入り口がやや埋まるが普通の開口部


内部は大きく左側(斜面下方)に傾いている、よく崩壊しなかったなと思うレベル


奥壁まで傾いています、側壁が傾くのはよくあるが奥壁がここまで傾くのは珍しい


でも奥まで入りました、壁がこんなに傾いても天井は水平


ストロボ無し


側壁上部の石が抜けている


墳丘山側から


側壁上部の開口部


奥側にももう一ヶ所、間の側壁が落ちたら天井も一気に崩落しただろうな


5号
4号西隣、獣避け柵の向こう側


墳丘は割と残っている


巨石露出、石室前部の天井石かな


6号
更に西に裸の墳丘


大きく盗掘、石室は破壊しつくされているだろうな


(以下時間が十分あればのレベル)
3号
竹林中の平坦面に高まりがある程度


2号
3号側の斜面に墳丘、少し削られているか


1号
盗掘坑があるから古墳かなと思うレベル


見学記
上郡町船坂、住宅街周辺に分布する古墳群で現存6基ですが石室に入れるのは4号のみ、でもこれが一番分かりやすく接近しやすい。住宅街北端辺りから林の中に古墳が見えています。全長8m程度の石室ですが大きく斜面下方側(左側)に傾いていてかなり危うい状態です。右側壁も一部玄室内に落下、外側から見ると天井石が今にも外れて落下しそうです。すぐ西側にあるのが5号、墳丘は残っていますが石材一部露出内部は埋没しています。更に西側に6号、ほぼ裸の状態ですが墳丘が大きく抉られ石室は破壊されています。住宅街南東林の中に1-3号がありますが古墳?かなと思う程度、お暇ならどうぞと言えるレベルです。ここは地名は船坂ですが湯脇の名前は何処から来た。
[ 2019年07月04日 18:37 ] カテゴリ:上郡町 | TB(-) | CM(0)

飯坂古墳群

兵庫県上郡町 2018年3月訪問

残存4基程度

その1
斜面に穏やかな高まり


墳丘は大きく盗掘


その2(4号)
横穴式石室
位置:34°51′32″N 134°20′04″E
ハッキリした墳丘


石室正面、石室が見られるのはこれだけ


羨道壊失、奥壁が見えている


小型ながら1枚石の奥壁、左も1枚、横口式石槨だとか


玄門上から、天井石より少し前にある、左の袖石は板石


_1と反対側から、斜面をカットした跡が残る


その3
僅かな高まり


盗掘で石材の一部露出、これは側壁か


その4
お寺の側に墳丘


見学記
上郡町山野里、井の秦墳丘墓西方に西方院がありその南西側斜面に分布する古墳群ですが実質4号のみ、小型の石室後部が残っていますが横口式石槨だそうです、ほんまかいな。南西側墓地の側に駐車スペースあり。
[ 2019年07月04日 18:36 ] カテゴリ:上郡町 | TB(-) | CM(0)
プロフィール

平家蟹

Author:平家蟹
古墳のお部屋
ブログ館

へようこそ。

基本的には

と同じ内容です。

検索フォーム
市町村名、古墳名などを入力して検索してください
旧市町村名は頭に旧をつけてから検索してください/検索で市町村名が出てこないときは頭に県名を付けると出てくることがあります/市町村名で検索するとスポンサーリンクを検出することがあるので県名をつけて検索した方が効果的です/漢字表記の違いで古墳名で検索すると出てこないことがあります、その時は市町村名で検索してみてください
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

クリックして貰うと励みになります
各県市町村別
QRコード
QR