弘法山古墳
長野県松本市 2006年4月訪問
前方後方墳、TL66,RL47,FW25、3C末
位置:36°12′36″N 137°59′10″E (日本測地系)
36.21313316 137.98302228(世界測地系)
尾根上に立地、北側平野から見た様子

墳丘部分を拡大、右が前方部

前方部から後方部

後方部から前方部、松本市街地を一望できる

尾根上側から見た後方部

(見学記)
松本市並柳、これは丘の上にあるし登り口も分からないだろうからパスしようと思っていたが下を通りかかると尾根上の古墳が見えているので急遽訪問。保育社「日本の古代遺跡(長野県)」に載っている写真とは丘の様子が全く違ってきていて一帯が公園になっていて古墳まで容易にたどり着くことが出来ました。3C末、初期の前方後方墳で墳丘も良好、多分それ程修復はしてないと思います。古墳からは松本市街が一望できてまさしく当時の王者の奥津城ですね。天気が良ければアルプスの山並みも遠望できたんだろうけど雨上がりで雲が懸かっていて見ることが出来なかったのが残念でした。後方部側にも高まりがあって陪墳かと思ったけど元の地形の削り残しのようでした。国史跡。
前方後方墳、TL66,RL47,FW25、3C末
位置:36°12′36″N 137°59′10″E (日本測地系)
36.21313316 137.98302228(世界測地系)
尾根上に立地、北側平野から見た様子

墳丘部分を拡大、右が前方部

前方部から後方部

後方部から前方部、松本市街地を一望できる

尾根上側から見た後方部

(見学記)
松本市並柳、これは丘の上にあるし登り口も分からないだろうからパスしようと思っていたが下を通りかかると尾根上の古墳が見えているので急遽訪問。保育社「日本の古代遺跡(長野県)」に載っている写真とは丘の様子が全く違ってきていて一帯が公園になっていて古墳まで容易にたどり着くことが出来ました。3C末、初期の前方後方墳で墳丘も良好、多分それ程修復はしてないと思います。古墳からは松本市街が一望できてまさしく当時の王者の奥津城ですね。天気が良ければアルプスの山並みも遠望できたんだろうけど雨上がりで雲が懸かっていて見ることが出来なかったのが残念でした。後方部側にも高まりがあって陪墳かと思ったけど元の地形の削り残しのようでした。国史跡。