妙蓮寺山古墳

島根県出雲市 1993年4月訪問、2021年12月再訪

前方後円墳、TL49,R25,FW22,RH4.5、6C後半
横穴式石室、玄室長4.4,幅1.9,高2.2m
家形石棺
位置:35°20′02″N 132°44′28″E (日本測地系)
    35.33702393 132.73853622(世界測地系)
(2021年)
東側から、後円部だけ樹木がなく輝いている、手前に墳丘のような高まり


前方部側面、主軸が傾斜方向なので前方部としてはかなり異型、前方部端が後円部よりかなり高くなる


前方部から後円部、前方後円墳としては定番の撮影方向なんだが


前方部端を上から、斜面をカットしている


前方部西側から前方部端方向、カットした斜面の高まりが見えている


前方部隅から後円部、開口部が撮れるアングルを探しました


前方部側面から後円部


後円部、元のままか


石室前に石材、排出された閉塞石でしょうか


開口部正面、羨道前部は破壊か


羨道後部はよく残る、閉塞扉が2枚とも立ったままで残る


上部に盗掘の為の破壊の跡、全体が壊されなくてよかったが、もう開閉しなかったんでしょうか


扉の前に円柱石、閉塞の為のようです、手前に仕切り石があり円柱石を固定しています、周りの石は閉塞石か


玄室内部に巨大な刳抜式家形石棺、横口式なので右にずれている


奥壁はほぼ1枚石、天井石は2枚


蓋石は宝塚古墳のに比べてやや丸みを帯びる、手前側には縄掛け突起はない


何故か奥壁側直接見えない場所に巨大な縄掛け突起がある


蓋石にも側壁側目立たない場所に3個の縄掛け突起


懐中電灯で撮影、入口側が大きくほぼ原型、手前の2つは短く削られているか


横口式石棺、この面だけ扉石を嵌め込んでいる、扉石にも何かを嵌め込むような溝がある、手前には靴脱ぎ石のようなのが置かれている


石棺内部、礫を含んだ凝灰岩、礫があると細工しづらいだろうにな


天井部も家形に刳り貫く


反対側、蓋石は更に礫が多い


奥から外、両袖式


扉石を内側から、手前に角柱状のしきみ石


古墳?
1枚目の墳丘を下側から


(1993年)
丘陵北側平野を望む位置に立地


観音開きの扉石が立ったまま残っている


玄室、切石に近い割石


刳抜式家形石棺、横口付だが何故か写真に撮っていない、蓋石に縄掛け突起がつくが左右で形が大きく異なる、左側は殆ど無く壁側は丸い突起


棺身の縄掛け突起、左側が奥壁、入り口側には付いていないのに見えない奥側にある


奥から外


(見学記)
(2021年)
出雲市下古志町、妙蓮寺西方の丘陵にある前方後円墳です。北側に立地し以前は下から墳丘が見えていましたが今はすっかり林になっています。妙蓮寺駐車場から案内表示があり墓地の中を通っていくと辿り着きます。前方部は山側高い位置にあるので前方後円墳としてはかなり窮屈そうな姿勢です。後円部南西に石室開口、石室前に石が積まれていますが閉塞石なんでしょうか。第一の特徴は玄門閉塞扉が2枚とも立ったまま残っていること、しかしこれは開閉したのでしょうか、手前に円柱状の柱が倒れていますがこれも閉塞関連の石材のようです。手前に仕切り石がありそれと接触していて固定されているようです。構造からして内側から開かないようにしているようにも見えます、御霊を閉じ込める為?。石室は宝塚よりは古そうな感じ、ここにも巨大な家形石棺があります、身も蓋も1個の石材を刳り抜いています、これも横口式ですが宝塚とは違い開口部が刳り貫きでなく板石を嵌め込んでいます。この扉石も溝が彫られていて閉塞扉が別にあったんでしょうか。開口部に段差があり前に靴脱ぎ石のような石材が置かれています。蓋石もやはり底部が屋根上に彫り込まれている。蓋石は宝塚のより平たく尾根部がやや広い、開口部とは反対側に3個の縄掛突起がある、身にも表側には無いが奥壁側の殆ど見えない場所に円形の縄掛突起がある、何故か突起を目立たないようにしているような。東側にも高まりがありますが陪墳でしょうか。

(1993年)
刈山古墳群西方約2.5km出雲平野を北に望む丘陵北端に位置する全長49mの前方後円墳です。下の平野から背の低い後円部が見えていますが上に登っても前方部ははっきりせず円墳のような感じです。後円部南西に両袖式石室が開口、割石で構成され奥壁は1枚石、玄門には2枚の扉状閉塞石が今も立った状態で残っています。玄室は4.4,1.9,2.2mの大きさ、ここにも横口付刳抜式家形石棺が完全な状態で残っています。横口付だと盗掘の時石棺を壊す必要がないから残存状況はいいみたい。石棺は奥壁と左壁に接して置かれていますが縄掛け突起の状況がかなり変わっていて丸い縄掛け突起が蓋に3個、身に1個付いていますが、蓋のは壁側に身のは奥に付いていて反対側にはないんですね、まるで隠しているよう。贅沢禁止令なんてあって役所の検査でもあったんかいな。県史跡。
ここから南東尾根上に古墳?があって下から見ると前方後円墳そっくりだったけどあれは何だったんだろうな(「前方後円墳集成」には載っていない)。

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