猪子山古墳群
滋賀県東近江市(旧能登川町)2003年3月訪問
2003年山面支群発掘
14号
山道の下にある墳丘、かなり急斜面にある

羨道、かなり埋まっている

玄室

奥から外、土砂が流入

15号
山道によってかなり削られた墳丘、14号と向き合うように石室が開口

石室正面、羨道は殆ど壊失

玄室、奥壁の一部が抜かれているがほぼ完存

奥から外

23号
麓近くにある墳丘、形ははっきりしない

石室正面、羨道は殆ど壊失

玄室、発掘中で床面が清掃されていた

奥から外、遠方の林の中に30号がある

露出した天井石

30号
横穴式石室、全長10.5m、玄室高2.8m
位置:35°10′18″N 136°10′19″E (日本測地系)
35.17487807 136.16906654(世界測地系)
墳丘、石室正面、右奥に52号、こちらも23号と向かい合うように開口

羨道

玄室、隙間が少なく見事な積み方

奥から外

52号
墳丘

東側、こちらが石室正面か

(見学記)
発掘が行われているというので行ってみました。能登川病院裏の丘陵北側斜面から麓にありますが北側一帯に市街地が広がっていてたどり着くのに結構苦労しました。関係者は誰もいませんでしたが石室の中には自由にはいることが出来ました。病院裏の30号は墳丘も良好に残っていて石室もかなり見事でした。面白いと思ったのは石室が西向きで東側にある23号(こちらは石室が東向き)と向かい合っているようになっていることですね。少し上の斜面にある14,15号もやはり石室が向かい合うように開口していますがなにかペアのような意識があったんだろうか。かといって30号すぐ側にある52号は逆に30号の反対側に石室が開口しているようだし(埋め戻されていたからよく分からないが)。頂上にある神社まで参道があるので序でに行ってみました。露出した巨岩を祭るように神社があってここからの眺めがまた素晴らしい。春先のせいか相変わらず霞がかかっていますが琵琶湖や愛知川の流れ、平野の利用状況が一望できました。
2003年山面支群発掘
14号
山道の下にある墳丘、かなり急斜面にある

羨道、かなり埋まっている

玄室

奥から外、土砂が流入

15号
山道によってかなり削られた墳丘、14号と向き合うように石室が開口

石室正面、羨道は殆ど壊失

玄室、奥壁の一部が抜かれているがほぼ完存

奥から外

23号
麓近くにある墳丘、形ははっきりしない

石室正面、羨道は殆ど壊失

玄室、発掘中で床面が清掃されていた

奥から外、遠方の林の中に30号がある

露出した天井石

30号
横穴式石室、全長10.5m、玄室高2.8m
位置:35°10′18″N 136°10′19″E (日本測地系)
35.17487807 136.16906654(世界測地系)
墳丘、石室正面、右奥に52号、こちらも23号と向かい合うように開口

羨道

玄室、隙間が少なく見事な積み方

奥から外

52号
墳丘

東側、こちらが石室正面か

(見学記)
発掘が行われているというので行ってみました。能登川病院裏の丘陵北側斜面から麓にありますが北側一帯に市街地が広がっていてたどり着くのに結構苦労しました。関係者は誰もいませんでしたが石室の中には自由にはいることが出来ました。病院裏の30号は墳丘も良好に残っていて石室もかなり見事でした。面白いと思ったのは石室が西向きで東側にある23号(こちらは石室が東向き)と向かい合っているようになっていることですね。少し上の斜面にある14,15号もやはり石室が向かい合うように開口していますがなにかペアのような意識があったんだろうか。かといって30号すぐ側にある52号は逆に30号の反対側に石室が開口しているようだし(埋め戻されていたからよく分からないが)。頂上にある神社まで参道があるので序でに行ってみました。露出した巨岩を祭るように神社があってここからの眺めがまた素晴らしい。春先のせいか相変わらず霞がかかっていますが琵琶湖や愛知川の流れ、平野の利用状況が一望できました。