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多田山古墳群

群馬県伊勢崎市(旧赤堀町)1990年1月訪問

発掘中でその後消滅の予定、99年唐三彩の陶枕が出土した

発掘現場風景:山側斜面に周溝を持つ横穴石室墳が3基発掘中、左手奥の丘から石室用の石材が切り出された、右手奥のトラック下方では縄文遺跡を発掘中、陶枕の出土した12号はこの現場の北側にあった(消滅)


15号
円墳、R39、7C後半
位置:36°22′42″N 139°12′29″E

丘陵頂部に位置する、東側が半分近く削平されている


左手に抜き取られた石室石材が転がっている、2000年の発掘で切石積みの石室が発見された


16号
円墳

山側に周溝、右奥に15号


南向きの石室、かなり荒らされている


山側から


17号
円墳

比較的良好に石室が残っている


盗掘で移動した天井石(1の写真の三角形の石)早々と運び去られた


18号
円墳

羨道には閉塞石がぎっしり詰まっている


下部しか残っていないが両袖式の立派な石室が残存


(見学記)

赤堀町と前橋市との境界をなす南北に細長い丘陵上にある古墳群です。99年唐三彩の陶枕が出て一躍有名になりました(これが出土した12号墳は既に消滅)。古墳群は丘陵東側に分布していて西側には全く存在していないそうです。東側の平野にすむ集団の奥津城だったんでしょうね。ちなみに西側の平野北には大室古墳群があります。丘陵頂に15号墳があり(以前見学に来たとき見つけることが出来たのはこれだけ)その東側で16-18号が発掘されていました。古墳は後期の群集墳によくあるように山側斜面に溝を掘りその土で墳丘を造るといった省エネ形、中には土が足らず溝の一部を後から広く掘った例もあるそうです(この遺構が出たとき、どういう性格のものか担当者を悩ませたとか)。石室は全て南向き、盗掘を受けていますが割石を使った両袖式横穴石室、18号では羨道にぎっしりと閉塞石が詰まっていました。時代からして盗掘を防ぐと言うよりは中の霊を閉じこめるといった意味合いの方が強かったんでしょうか。15号は一部削平され石室石材の一部が抜かれて露出しています。切石を使ったかなり立派な石材です。大きさといい場所といい古墳群の盟主的な存在です。現在丘の形が変わるほど大規模な工事が進んでいて土取りと団地造成で遺跡は消滅の予定、更に下まで掘り下げて縄文、旧石器時代の層まで発掘する予定でせめて15号墳だけでも残したいと担当の方が言っていました。
[ 2013年03月25日 10:58 ] カテゴリ:伊勢崎市 | TB(-) | CM(0)
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