追墓古墳
群馬県沼田市 2005年5月訪問
R13,H3、6C中
横穴式石室、全長6.1m、玄室長3.6,幅2.3m
位置:36°38′46″N 139°04′28″E
石室正面、”ぬまた聖苑”内に石室移築

玄室、広い割に高さが低い、近くにある鍛冶屋地2号に似ている

奥壁

玄室右奥の床面、ここだけ丸石、他は平石が敷かれている

奥から外、天井石がかなりの巨石

(見学記)
国民宿舎ぬまた聖苑内に石室が移築されています。建物脇に巨大な天井石が露出した石室が見えてます。正面から見ると石室前がハの字状に開いてまるで前庭のようですがこれがどの程度元の状態か不明。玄門にも閉塞石(多分)があって中にはいるのが一苦労、でも玄室は結構広く3.6m×2.3mの大きさ、その割に背が低く少し前屈みにならないと立てません。これと似た玄室が近くの昭和村鍛冶屋地2号墳にも見られます。床面には平石が敷き詰められていますが右奥の畳1畳分ほどは玉石が敷かれています。棺か何かがあったんでしょうか。ちなみに古墳の読みは”おっぱこ”です。
R13,H3、6C中
横穴式石室、全長6.1m、玄室長3.6,幅2.3m
位置:36°38′46″N 139°04′28″E
石室正面、”ぬまた聖苑”内に石室移築

玄室、広い割に高さが低い、近くにある鍛冶屋地2号に似ている

奥壁

玄室右奥の床面、ここだけ丸石、他は平石が敷かれている

奥から外、天井石がかなりの巨石

(見学記)
国民宿舎ぬまた聖苑内に石室が移築されています。建物脇に巨大な天井石が露出した石室が見えてます。正面から見ると石室前がハの字状に開いてまるで前庭のようですがこれがどの程度元の状態か不明。玄門にも閉塞石(多分)があって中にはいるのが一苦労、でも玄室は結構広く3.6m×2.3mの大きさ、その割に背が低く少し前屈みにならないと立てません。これと似た玄室が近くの昭和村鍛冶屋地2号墳にも見られます。床面には平石が敷き詰められていますが右奥の畳1畳分ほどは玉石が敷かれています。棺か何かがあったんでしょうか。ちなみに古墳の読みは”おっぱこ”です。