中山古墳群
兵庫県上郡町 2005年3月訪問、移築石室11号14年4月訪問)
宅地造成で10基消滅
13-15号が公園として保存、他1号が県史跡
11号石室を赤穂市有年考古館に移築
(2014年)
11号
横穴式石室(移築)
位置:34°49′55″N 134°23′10″E (日本測地系)
34.83516751 134.38340427(世界測地系)
考古館に移築された石室

袖石左右の石材はどこまでオリジナルなんだろ

玄室、奥壁はほぼ1枚石、写真で見ると大きく見えるが実際はしゃがんでやっと入れる程度

石棺底石
同じ敷地内にある石棺底石、でも近世の石材加工品の可能性もあるそうな

(2005年)
13号
箱式石棺、1.8×0.4×0.4m
14号の側にある小さな石棺

14号
円墳、R40,H4
位置:34°51′23″N 134°23′05″E
大きさの割に背の低い墳丘、側の説明板がないと古墳と分からない状態

(見学記)
(2014年)
赤穂市有年楢原、元は上郡町にありましたが現在石室が赤穂市有年原考古館に移築保存されています。でも名前を書いた札が立っているだけで説明は何もありません。人一人が入るのがやっとくらいの小型石室ですが壁面が平面に整えられていて本格的な造りです。同じ敷地内に石棺底石も展示されていますが近世の石材加工品とも考えられるとのこと。駐車場あり。
(2005年)
町役場南東2.5kmに高田台団地にあった古墳群です。宅地造成で10基が消滅、南側尾根上にある13-15号が古墳公園として保存、案内板も出ています。14号は径40mとかなり大きな円墳だがその割に高4mと低く、側の説明板がないと古墳とも分からない状態です。墳丘上に割った土器片を散布しているそうです。15号は径13mの小円墳、13号は1.8×0.4×0.4mの小型の箱式石棺です。13,14号と団地東側にある1号が県史跡。
宅地造成で10基消滅
13-15号が公園として保存、他1号が県史跡
11号石室を赤穂市有年考古館に移築
(2014年)
11号
横穴式石室(移築)
位置:34°49′55″N 134°23′10″E (日本測地系)
34.83516751 134.38340427(世界測地系)
考古館に移築された石室

袖石左右の石材はどこまでオリジナルなんだろ

玄室、奥壁はほぼ1枚石、写真で見ると大きく見えるが実際はしゃがんでやっと入れる程度

石棺底石
同じ敷地内にある石棺底石、でも近世の石材加工品の可能性もあるそうな

(2005年)
13号
箱式石棺、1.8×0.4×0.4m
14号の側にある小さな石棺

14号
円墳、R40,H4
位置:34°51′23″N 134°23′05″E
大きさの割に背の低い墳丘、側の説明板がないと古墳と分からない状態

(見学記)
(2014年)
赤穂市有年楢原、元は上郡町にありましたが現在石室が赤穂市有年原考古館に移築保存されています。でも名前を書いた札が立っているだけで説明は何もありません。人一人が入るのがやっとくらいの小型石室ですが壁面が平面に整えられていて本格的な造りです。同じ敷地内に石棺底石も展示されていますが近世の石材加工品とも考えられるとのこと。駐車場あり。
(2005年)
町役場南東2.5kmに高田台団地にあった古墳群です。宅地造成で10基が消滅、南側尾根上にある13-15号が古墳公園として保存、案内板も出ています。14号は径40mとかなり大きな円墳だがその割に高4mと低く、側の説明板がないと古墳とも分からない状態です。墳丘上に割った土器片を散布しているそうです。15号は径13mの小円墳、13号は1.8×0.4×0.4mの小型の箱式石棺です。13,14号と団地東側にある1号が県史跡。