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持田古墳群

宮崎県高鍋町 2001年5月訪問、17年2月再訪

前方後円墳11,円墳76
4C~6C

(2017年)
1-12,19,76号
13-18,23-30,32-33,78号
34-37,44-49,79,81号
31,50-61,84,85号
2001年


分布図:多分以前のと同じ、大分錆びてきている、相互位置や道路との関係は実際とは微妙に異なる


1号(計塚古墳)
前方後円墳、TL100,R59,RH11.7,FW31,FH7
位置:32°08′55″N 131°31′02″E
最大の前方後円墳、望遠で撮影、後円上部が平坦で何となく方形っぽく見えます


くびれ部、民家敷地内で近寄れない


前方斜め後方から


2号
取り敢えず標柱を入れて撮影、でないと後で番号がわからなくなる


角度を変えると随分雰囲気が異なる


3号
周囲が削られているようだ


反対側


4号
墳頂に標柱が倒れている、木製だから残っているのが不思議なくらい


5号
畑の中だと周囲が削られているのが多い


6号
それでもよく消滅しなかったものだ


?号
5,6号南側、標柱は12号となっているが明らかに間違い


7号


8号


9号
最大クラスの円墳でしょうか、形もよく残っている


10号


11号
後方にに10号、9号




12号


19号
時々番号が飛ぶから厄介


20号:見逃す

76号
一見前方後円墳風


多分2段築成の円墳、右側が削られている




13号
14号南、割と大きそう


14号
前方後円墳
手前14、後方15号、主軸向きが異なる、この時だけ日が当たった


姿の良い前方後円墳、左後方に13号


形からして13号より新しそう、前方部に見えているのはただの穴


後円部斜め側から


15号(石舟塚古墳)
前方後円墳、TL45,R25,RH4.5,FW22,FH4.4
位置:32°08′46″N 131°31′13″E
端正な姿の前方後円墳


前方部斜め後方から


後円部斜めから、石棺は西都原考古博物館に移された


16号
畑の中に墳丘点々、正面右16,左17号




後方に15号


17号


18号
よく残したな、と言うより何故残した


23号


24号


78号
24号近く、割と大きいのに番号不連続


26号(山ノ神塚古墳)
前方後円墳、TL46,R26,RH5.5,FW27,FH5.7
位置:32°08′48″N 131°31′24″E
群中央辺りに立地、周囲が削られている


前方部斜め後方から、車が停められるのはほぼここだけ


東側から


27号
軽トラと比較すると大きさが分かる


28号


29号


30号


32号


33号




34号
前方後円墳
位置:32°08′36″N 131°31′18″E
姿の良い前方部、裸なのが嬉しい


後円部


前方部隅から後円部


35号
この辺りは台地縁辺林の中、状態が良いのも多い


36号


37号


79号


44号
裾がなだらかな墳丘


45号


46号
前方後円墳
位置:32°08′33″N 131°31′20″E
側面、左が後円部


後円部横から前方部


81号


47号
前方後円墳
位置:32°08′30″N 131°31′21″E
後円部


右奥に前方部


側面、下がれないので全体は撮れない


前方部隅から後円部


48号
前方後円墳
位置:32°08′28″N 131°31′23″E
群南端、台地縁辺に位置する、前方部が長く低い


台地下の亀塚からの眺め


古墳?
48号側、分布図にはないけど古墳でしょうか


49号
石仏に囲まれた墳丘




31号
台地縁辺にあるので取り敢えず望遠で撮影


割と大きな墳丘


左側の茶畑は耕作地にする際、削られ低くなっているようだ


50号


51号
畑の中に3基並ぶ、左から51,52,58号




52号
周囲が随分削られている


58号
こちらも同様周囲が削られる


53号
右後方57,左後方84号




57号


84号


85号


55,56,59,60,61号:分からず、この辺り分布図あやふや


(2001年)
分布図


1号(計塚古墳)
前方後円墳、TL100,R59,RH11.7,FW31,FH7
位置:32°08′55″N 131°31′02″E
群中最大、前方部が細長い、手前に円墳が幾つか見えている


9号
群中では大型の円墳


15号(石舟塚古墳)
前方後円墳、TL45,R25,RH4.5,FW22,FH4.4
位置:32°08′50″N 131°31′11″E
墳丘側面


後円部頂の舟形石棺、内部に朱の跡が残っている


26号(山の神塚古墳)
前方後円墳、TL46,R26,RH5.5,FW27,FH5.7
周囲がかなり削られている


石舟塚から見た山の神塚方向、円墳も10基以上写っている


34号
前方後円墳、TL60,R32,RH5.7,FW30,FH4.8


61号(亀塚古墳)
帆立貝式、TL50,R39,RH7,FW29,FH3
位置:32°08′21″N 131°31′58″E


台地直下の平地に立地


(見学記)
(2017年)
高鍋町持田、丘陵上の平坦面に立地する大古墳群です。群のほぼ中央辺りに前方後円墳の山の神塚古墳(26号)がありその少し西側に説明板と分布図がありますが方位が書かれていません、左上が北の方向になるので注意が必要。説明板は前回と変わっていないようだが錆が進んでいるあたりに時の移ろいが。。見通しのきく茶畑の中にあり標柱も立っているので見学しやすい。ただ分布図東側のは実際のとは少し違っているような。南側の高鍋大師に行く道沿いに前方後円墳4他が集中しています。境内にあるのが48号で1号計塚に次ぐ大きさです。ここから下の平野に立地した亀塚古墳が遠望できます。15号石舟塚に舟形石棺がありましたが現在は西都原考古博物館に移されています。あることさえ忘れていたけどね(汗)。この後行った他の古墳群では墳丘が野焼きされて真っ黒になっていましたがここはされて無くてホッ、やはり茶畑や林の中にあるせいでしょうか。山の神塚の側に駐車可。一括国史跡。
(追記)「前方後円墳集成」によると前方後円墳の番号が違っていますが一応現地説明板に従います。

(2001年)
前方後円墳11,円墳76基からなる古墳群で大半は台地上にあるが一部は平地に立地している。国道10号から県道に入り鬼が久保バス停から台地上の道に入っていくと広い畑の中に古墳が点々と何十も見えてくる。右手にあるのが主墳の計塚(1号)で全長100m、後円部径59m、前方部幅31mで前方部の細長い姿をしている。民家の敷地内なので墳丘上に上がるのは遠慮したが外からでも十分姿を見ることが出来る。畑の中に説明板と分布図がある。15号石舟塚だけ案内表示があるのでなんだろうと行ってみたら墳頂に舟形石棺があった、納得。蓋石が半分程度架けているが小口部や側面の2個ずつの縄掛け突起があり内部には赤い顔料の痕も残っている。ここだけでなく他の石棺でも縄掛け突起だけ削られているのをよく見かけるが突起の石に何かお呪い的意味を持たせようとしているのだろうか。もう1基固有名が付いているのが26号の山の神塚古墳、周囲が削られて崖のようになっている。状態の良い前方後円墳が多い中でちょっと痛々しいがそれでも他県の古墳に比べたら十分状態はよい。国道に戻って台地から下の平地に下りると東側に古墳が見える。これが61号の亀塚古墳で全長50m、後円部径39m、前方部幅29mの帆立貝式。水田の中にあるが形のいい姿を見せている。
[ 2018年05月17日 19:03 ] カテゴリ:宮崎県 | TB(-) | CM(0)
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