一之宮古墳群
群馬県富岡市 2001年2月訪問、2006年3月再訪
稲荷森古墳
円墳、R28,H1.5、7C
横穴式石室
位置:36°15′03″N 138°52′01″E
封土流失、石室露出

天井石が大きく傾く、手前が奥壁か、かなり薄い

太子堂塚古墳(旅寝塚古墳)
前方後円墳、TL70,FW40,FH6、6C後半
位置:36°15′05″N 138°52′03″E
手前の直線部が前方部端、右奥の後円部は大きく損壊

堂山稲荷古墳
前方後円墳、TL48,R35,RH7,FW40,FH6、6C中
位置:36°14′49″N 138°51′53″E
墳丘側面、左手が前方部、後円部が少し削られている

8号
横穴式石室
位置:36°14′37″N 138°51′53″E
割と大きな墳丘が残る

石室正面、羨道は壊失

玄室は良好に残っている

9号
横穴式石室
位置:36°14′34″N 138°51′51″E
住宅に取り囲まれた墳丘

(見学記)
(2001年)
太子堂塚古墳
全長70m、6C後半の前方後円墳だが後円部は道路で大きく損壊、前方部が畑の中に大きな高まりとして残っている。市史跡。
稲荷森古墳
太子堂塚は市街地の中を通る国道旧道に面しているがうっかり通り過ぎたため南側から接近、おかげで偶然発見した古墳です。巨石を使った石室が露出、天井石が大きく傾いています。北側が奥壁だと思うが他と比べて石材が随分薄い。
堂山稲荷古墳
全長48m、6C中頃の前方後円墳です。南側を線路が走り後円部東側も道路で少し削られているが神社があるおかげか前方後円墳らしい姿を残しています。市史跡。
(2006年)
同市田島、合同庁舎南側の集落ないにあります。8号は個人敷地内にあり背の高い墳丘が残っていますが周りが削られて見かけじょう高くなっているかもしれない。南側に石室開口、羨道は壊失していますが玄室完存、中は物置状態です。9号は8号南側にあるが非常に分かりにくく墳丘も民家に取り囲まれていて接近できず。横穴石室があるだけに残念。
稲荷森古墳
円墳、R28,H1.5、7C
横穴式石室
位置:36°15′03″N 138°52′01″E
封土流失、石室露出

天井石が大きく傾く、手前が奥壁か、かなり薄い

太子堂塚古墳(旅寝塚古墳)
前方後円墳、TL70,FW40,FH6、6C後半
位置:36°15′05″N 138°52′03″E
手前の直線部が前方部端、右奥の後円部は大きく損壊

堂山稲荷古墳
前方後円墳、TL48,R35,RH7,FW40,FH6、6C中
位置:36°14′49″N 138°51′53″E
墳丘側面、左手が前方部、後円部が少し削られている

8号
横穴式石室
位置:36°14′37″N 138°51′53″E
割と大きな墳丘が残る

石室正面、羨道は壊失

玄室は良好に残っている

9号
横穴式石室
位置:36°14′34″N 138°51′51″E
住宅に取り囲まれた墳丘

(見学記)
(2001年)
太子堂塚古墳
全長70m、6C後半の前方後円墳だが後円部は道路で大きく損壊、前方部が畑の中に大きな高まりとして残っている。市史跡。
稲荷森古墳
太子堂塚は市街地の中を通る国道旧道に面しているがうっかり通り過ぎたため南側から接近、おかげで偶然発見した古墳です。巨石を使った石室が露出、天井石が大きく傾いています。北側が奥壁だと思うが他と比べて石材が随分薄い。
堂山稲荷古墳
全長48m、6C中頃の前方後円墳です。南側を線路が走り後円部東側も道路で少し削られているが神社があるおかげか前方後円墳らしい姿を残しています。市史跡。
(2006年)
同市田島、合同庁舎南側の集落ないにあります。8号は個人敷地内にあり背の高い墳丘が残っていますが周りが削られて見かけじょう高くなっているかもしれない。南側に石室開口、羨道は壊失していますが玄室完存、中は物置状態です。9号は8号南側にあるが非常に分かりにくく墳丘も民家に取り囲まれていて接近できず。横穴石室があるだけに残念。