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奥迫古墳群

岡山県矢掛町 1990年4月訪問、1991年2009年2011年再訪

円墳20基以上

(2009,11年)
1号
周りの雑木が切り払われて見やすくなったかな


残された木が茂り内部が覗きにくくなった


側面


内部はゴミ溜め状態


3号
小形の石室、内部埋没


4号
横穴式石室、全長8m、玄室長5.4,幅2,高2.1m
位置:34°37′52″N 133°36′42″E

石室天井露出、手前低くなっているのは羨道のようだ


斜め前から


横から、墳丘は全く不明


後方から、奥壁の一部が抜かれている


玄室は割と良好


奥から外、右側壁がやや傾くか


6号
裸だった墳丘がすっかり林の中に、墳丘や真ん前に杉を植えてくれるなよ


開口部


玄室内部


奥壁の1枚石、上部を整形すればもっとすっきりしただろうにな


奥から外、無袖かな


8号
杉が生長してきて墳丘が見づらくなっている


長い玄室


天井石を見ると割った跡がクッキリ


奥壁は1枚石


奥から外


背後から見た墳丘


9号
良好に残る墳丘、群中一番状態がよいかも


開口部


石室内部


床面が石材でゴチャゴチャしている


奥壁前に石槨があるようです


奥から外、無袖かな


10号
円墳、R10,H1-1.5M
横穴式石室、玄室長5,幅1.35m

急斜面際に立地


開口部上から、正面からは倒木が邪魔してる


小形だが整った石室


やや縦長の奥壁


奥から外、片袖式


13号
比較的残る墳丘


石室正面


石室内部


奥壁は1枚石+α、左側壁下部が崩れてきている


奥から外、最前部の天井が傾き側壁も少し歪んでいるかも


14号
墳丘


石室正面


石室内部


右側側壁がせり出しているのかな


玄室後部、入り口から光が入ってちょうどいい状態


奥壁は2段積み


箱式石棺でしょうか


奥から外


左側が張り出した部分


20号
重厚な感じの石室正面


石室内部


玄室奥


奥壁は2段積み+α


奥壁前に石槨


奥から外、右側に袖石があるようだ


(1990,91年)
1号
横穴式石室、全長6.4m
位置:34°37′46″N 133°36′42″E

すっかり露出した石室、側に道路が通っていた


石室正面


石室内部


6号
円墳、R13,H3
横穴式石室、全長7m
位置:34°37′52″N 133°36′47″E

最上部にある墳丘、遠くに矢掛の盆地や茶臼山を望む


墳丘


石室正面


玄室


奥から外


8号
円墳、R12,H3
横穴式石室、全長8.8m
位置:34°37′44″N 133°36′45″E

墳丘、石室正面、割と良好に墳丘が残っている


玄室


奥から外


段差のある天井


9号
円墳、R11,H3
横穴式石室、全長7m

墳丘


玄室


奥から外


13号
円墳、R6,H1
横穴式石室、全長5.4m

8号北側の林の中


天井石が露出


玄室


14号
円墳、R9,H2
横穴式石室、全長4.6m

墳丘


石室正面


玄室


20号(仮)
石室正面


玄室


奥から外、珍しく袖部が残っている


番号不明
現在埋め戻されているようだ

墳丘


玄室


(見学記)
(1991年)
茶臼山の北側に二つの溜池(上池,下池)がありその東北方広い谷状地形の緩斜面に14基分布。「矢掛町史」の説明文の中で微高地や支脈上等が出てきますが現地に行ってもそのようなものはまづ分からず1,8,9号以外は古墳名の特定は困難でした。今でも岩石がごろごろしていて石室を作るには適した場所のようです。1号は群の西端に立地,封土は全くなく片袖式の石室が露出よく崩れず残っているなといった感じです。入室可,でも中はゴミ捨て場状態。1号の東方に鶏舎がありその背後に8号がある。墳丘,石室とも大変良好,無袖式の石室ですが天井部に段差がありこれで羨道と玄室を区別しているんでしょうか。入室容易。8号脇から山道を 50m 程上ると右側林の中に9号があります。墳丘,石室とも概ね良好,玄室の奥に石を組み合わせた石槨が残っています。入室可。更に 100m 程上ると道沿いに2基の低い墳丘と天井部の露出した古墳が見えてきます。13,14号でしょうか,石室は共に幅が狭く細長いのが特徴です。入室困難。この東側に比較的状態のよい墳丘があり石室が開口しています(何号かは不明)。共に無袖式の石室で天井部に段差があります。これがこの古墳群の特徴なのかな。入室容易。更に上っていくと広い道に出て砂防ダムがありその東側尾根の上に1基の円墳(10号?)があります。墳丘石室とも良好で山側には周溝も残っており,この石室も無袖式,天井に段差があります。入室可。初めて行った時は(91年)は木を伐採した直後で大変観察しやすく矢掛町の盆地が一望できる大変見晴らしのよい場所でした。今は杉の植林でだんだん見づらくなってきています。更に上っていくと殆ど崩壊した石室が露出,1枚の天井石と側壁の一部がかろうじて残っています。

(2011年)
ここもまだ幾つかの未訪問古墳があるので再訪してみました。それはともかく最初の訪問時とは大分様子が違ってきていました。真っ先に目につく1号は内部がゴミ溜めと化し8号前にあった鶏舎は廃業しその北側の林の中は木々が育ってきてここの古墳が見づらくなってきていました。当時は疎林の中に開口した石室墳が幾つも見えていて雰囲気良かったんだけどな。何故か埋め戻された石室もあるようでした。中でも一番驚いたのが6号、最初に訪問したときは完全裸の状態、墳丘だけでなく周りもすっかり裸地になっていたけど20年経ってみればすっかり林になっていました。杉など植林したのもあるもののあまりの変わり様、事前に古墳奮闘で見ているので分かっていたけれど現実を目の前にするとその変貌ぶりにただただビックリしました。頭の中にイメージとしてあった墳丘はそれ程大きくなかったけど現実に見ると意外と大きかった、こちらも成長したか(んな馬鹿な)。それにしても工事で裸地にした後の植林の仕方にも決まりがあるんだろうけどなにも墳丘の上まで植林することはないと思うけどね。それはここだけでなく他の場所でも時々見かける。結局今回新規に見つけたのは3,4,10号だけどこれも矢掛町史(旧版)に載っていたな。もっともあれは薇地形が細かく書かれすぎていて却って分かりづらかった、とちと言い訳。
[ 2013年04月21日 15:04 ] カテゴリ:矢掛町 | TB(-) | CM(0)
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