上御領下組古墳群
【御領古墳群】表山古墳群・上御領下組古墳群・上御領中組古墳群・国分寺裏山古墳群・奈良原古墳群・下御領古墳群・法童寺古墳群
広島県福山市(旧神辺町)2017年4月訪問、18年1月再訪
(基本的に番号順に並べていますが私的に幾つかのまとまりに区分しています)
1-7、32号・13-19号・20-24号・25-31号・消3号(クリックでジャンプ)
全景、全体じゃないですが、所謂古墳の丘、一番の密集地帯

同じ場所を西側の丘から、早朝で靄がかかっていますが石室の存在は殆ど分かりません

1号
位置:34°34′27″N 133°24′11″E (日本測地系)
34.57740355 133.40044347(世界測地系)
群中最高所辺りに立地

天井石は1枚残存、切石状

石室正面

左側壁外観

奥壁は鏡石+平石

2号
天井石と側壁1枚露出、後方に1号

3号
石室露出、後方に4号

反対側から、天井石が平石

石室正面

内部は埋まるが奥壁上部が見えている

4号
ここも石室完全露出、これが普通ですが

石室正面、この辺りでは一番大きく状態も良い

石室内部、側壁はほぼ垂直に立つ

左側壁、面が整っている、上部の積み方がやや危うい

右側壁、奥壁より巨石

奥から外、平野部が見えている

5号
巨石石材露出

入り口天井石が傾く、内部埋没

6号
天井席露出

右が奥壁、左が側壁か

32号
一部石材が切石状に加工

幅の狭い石室、左側のは側壁かな

7号
他から離れてポツンと存在

手前が側壁、後方が奥壁のようだ

手前の側壁は基部が残存

8-12号:尾根筋を探すも見つからず
13号
細長い石室が何とか分かる、側に標柱が立っていますが番号は書かれていません

背後上から、左袖なのかな

14号
尾根筋に立地、比較的良好

石室正面、手前のも天井石のようだ

石室後部

石室後方から、石室と露岩が混在、遥か遠くに平野部を望む

15号
石室正面、平たい天井石、この古墳群は平石の天井石が多い

16号
後方に玄室、手前のは天井石でしょうか

玄室横側

石室正面、玄室後方残存

17号
位置:34°34′19″N 133°24′14″E (日本測地系)
34.57518157 133.40127681(世界測地系)
ここでは一番目立つ石室

天井が残るのは後方のみ、右側壁は割と残るが左はかなり壊失

これでよく天井が崩壊しなかったもんだ

玄室内部、奥壁は縦長1枚石

右側壁中間部に奥壁より巨石な1枚石

_3と反対側から

斜め後方から、上部の石は構造上必要なさそうなんだけどな

後世詰んだとして意図が分からないし

後方から、平野部を望む位置、ここだと墳丘造りの方が難しそう、そのせいでしょうかこの古墳群は大半で墳丘が流失している

18号
比較的良好な石室

石室正面、右のは天井石

奥壁が何とか見えている

19号
石室側面

正面側

_1と反対側

ここはどの辺りを撮ったか混乱しています

石室後方から

更に後方から、右のは別の石室のようだ

20号
僅かに残る封土、石材露出

石の集積状態、何とか石室だと分かる

後部に天井石残存

内部はかなり埋没

何とか奥壁が見えている

21号
位置:34°34′13″N 133°24′16″E (日本測地系)
34.5735151 133.40183238(世界測地系)
墓地の中に石室が殆露出

入り口は石で塞がっている

玄室は割と長いが中間辺りに天井石1枚のみ残存

玄門から見た玄室

天井石は微妙なバランスで残る

天井石を上から見た様子

巨石の奥壁、天井がなく藪状態

奥から見た玄室

玄門、奥から

上から見たまぐさ石

22号
墓地西側の林の中に存在、前年見つけられなかったので再挑戦

平石状の天井石露出

何とか奥壁が見えている、平石を重ねているようだ

23号
22号側、天井石露出

何とか奥壁が見えている、サイコロ状の切石が見えている、何処にあった

24号
墓地脇に墳丘、裸でないと分かりにくいかも

南側に天井石1枚露出

少し掃除してから入室

玄室後部残存、奥壁は巨石1枚石

右側壁も奥壁とほぼ同型同大

反対側も同様、入口側に積み重ねた側壁

25号
31号側、斜面一番下辺り、後方にも石室が見えどの順で見ようかと悩みました

割と残っていますが内部埋没、後方尾根にここでは一番目立つ17号

26号
石室基部が残る

側壁奥壁の状況は分かる

27号
もう札がないとわからない状態

28号
奥壁でしょうか

側壁は傾いている

29号
残骸状態、どっちが奥壁かな

30号
手前の石室、後方は19号

石室正面から

右が側壁で正面が奥壁かな

31号
斜面下方、これを一番最初に撮りました

正面から見ると何とか石室らしく、手前のは天井石でしょうか

消3号
分布図の中には消の記号がついたのがあります、これは麓の神社境内にある消3号、奥壁でしょうが下がないから動かされているよう

近くにあるこちらが天井石でしょうか

見学記
御領古墳群
ここ数年大規模な石室群が発見された古墳群です。幾つかの古墳群に別れ以前訪問した国分寺裏山古墳群・法童寺古墳群・奈良原古墳群もこの中に含まれます。
ここは200基以上と数が多い、しかも内部が中途半端に開いている石室も多く行きたいけれどちょっと躊躇していました、行けば当然全てを見てみたくなるからな。でもそうそう放っておく訳にもいかず取り敢えず様子見・・・のつもりだったが案の定と言うかやはりと言うかどっぷりつかってしまった(汗)。今回は1日だけなので下御領古墳群の東側一部と上御領下組古墳群のほぼ全てを廻ってみました。西側を走る市道(かな)に大きな案内板がありそこから林道を入っていきます。でも舗装は300m程その先は1km以上砂利道となりますがそこそこ広い、所々に駐車スペースあり。
上御領下組古墳群
ここは一部を除いてほぼ裸の状態なので一番見学しやすい場所です。所々にある案内板に古墳の丘とあるのがここです。大型石室は墓地の中の1基程度ですがはっきりした石室もそこそこあり古墳群の様子を味わうにはまずここでしょう、林の中にあるのを除けば3,4時間程度で済むでしょう。まーコフニストならここだけで済むわけ無いでしょうけど(笑)
広島県福山市(旧神辺町)2017年4月訪問、18年1月再訪
(基本的に番号順に並べていますが私的に幾つかのまとまりに区分しています)
1-7、32号・13-19号・20-24号・25-31号・消3号(クリックでジャンプ)
全景、全体じゃないですが、所謂古墳の丘、一番の密集地帯

同じ場所を西側の丘から、早朝で靄がかかっていますが石室の存在は殆ど分かりません

1号
位置:34°34′27″N 133°24′11″E (日本測地系)
34.57740355 133.40044347(世界測地系)
群中最高所辺りに立地

天井石は1枚残存、切石状

石室正面

左側壁外観

奥壁は鏡石+平石

2号
天井石と側壁1枚露出、後方に1号

3号
石室露出、後方に4号

反対側から、天井石が平石

石室正面

内部は埋まるが奥壁上部が見えている

4号
ここも石室完全露出、これが普通ですが

石室正面、この辺りでは一番大きく状態も良い

石室内部、側壁はほぼ垂直に立つ

左側壁、面が整っている、上部の積み方がやや危うい

右側壁、奥壁より巨石

奥から外、平野部が見えている

5号
巨石石材露出

入り口天井石が傾く、内部埋没

6号
天井席露出

右が奥壁、左が側壁か

32号
一部石材が切石状に加工

幅の狭い石室、左側のは側壁かな

7号
他から離れてポツンと存在

手前が側壁、後方が奥壁のようだ

手前の側壁は基部が残存

8-12号:尾根筋を探すも見つからず
13号
細長い石室が何とか分かる、側に標柱が立っていますが番号は書かれていません

背後上から、左袖なのかな

14号
尾根筋に立地、比較的良好

石室正面、手前のも天井石のようだ

石室後部

石室後方から、石室と露岩が混在、遥か遠くに平野部を望む

15号
石室正面、平たい天井石、この古墳群は平石の天井石が多い

16号
後方に玄室、手前のは天井石でしょうか

玄室横側

石室正面、玄室後方残存

17号
位置:34°34′19″N 133°24′14″E (日本測地系)
34.57518157 133.40127681(世界測地系)
ここでは一番目立つ石室

天井が残るのは後方のみ、右側壁は割と残るが左はかなり壊失

これでよく天井が崩壊しなかったもんだ

玄室内部、奥壁は縦長1枚石

右側壁中間部に奥壁より巨石な1枚石

_3と反対側から

斜め後方から、上部の石は構造上必要なさそうなんだけどな

後世詰んだとして意図が分からないし

後方から、平野部を望む位置、ここだと墳丘造りの方が難しそう、そのせいでしょうかこの古墳群は大半で墳丘が流失している

18号
比較的良好な石室

石室正面、右のは天井石

奥壁が何とか見えている

19号
石室側面

正面側

_1と反対側

ここはどの辺りを撮ったか混乱しています

石室後方から

更に後方から、右のは別の石室のようだ

20号
僅かに残る封土、石材露出

石の集積状態、何とか石室だと分かる

後部に天井石残存

内部はかなり埋没

何とか奥壁が見えている

21号
位置:34°34′13″N 133°24′16″E (日本測地系)
34.5735151 133.40183238(世界測地系)
墓地の中に石室が殆露出

入り口は石で塞がっている

玄室は割と長いが中間辺りに天井石1枚のみ残存

玄門から見た玄室

天井石は微妙なバランスで残る

天井石を上から見た様子

巨石の奥壁、天井がなく藪状態

奥から見た玄室

玄門、奥から

上から見たまぐさ石

22号
墓地西側の林の中に存在、前年見つけられなかったので再挑戦

平石状の天井石露出

何とか奥壁が見えている、平石を重ねているようだ

23号
22号側、天井石露出

何とか奥壁が見えている、サイコロ状の切石が見えている、何処にあった

24号
墓地脇に墳丘、裸でないと分かりにくいかも

南側に天井石1枚露出

少し掃除してから入室

玄室後部残存、奥壁は巨石1枚石

右側壁も奥壁とほぼ同型同大

反対側も同様、入口側に積み重ねた側壁

25号
31号側、斜面一番下辺り、後方にも石室が見えどの順で見ようかと悩みました

割と残っていますが内部埋没、後方尾根にここでは一番目立つ17号

26号
石室基部が残る

側壁奥壁の状況は分かる

27号
もう札がないとわからない状態

28号
奥壁でしょうか

側壁は傾いている

29号
残骸状態、どっちが奥壁かな

30号
手前の石室、後方は19号

石室正面から

右が側壁で正面が奥壁かな

31号
斜面下方、これを一番最初に撮りました

正面から見ると何とか石室らしく、手前のは天井石でしょうか

消3号
分布図の中には消の記号がついたのがあります、これは麓の神社境内にある消3号、奥壁でしょうが下がないから動かされているよう

近くにあるこちらが天井石でしょうか

見学記
御領古墳群
ここ数年大規模な石室群が発見された古墳群です。幾つかの古墳群に別れ以前訪問した国分寺裏山古墳群・法童寺古墳群・奈良原古墳群もこの中に含まれます。
ここは200基以上と数が多い、しかも内部が中途半端に開いている石室も多く行きたいけれどちょっと躊躇していました、行けば当然全てを見てみたくなるからな。でもそうそう放っておく訳にもいかず取り敢えず様子見・・・のつもりだったが案の定と言うかやはりと言うかどっぷりつかってしまった(汗)。今回は1日だけなので下御領古墳群の東側一部と上御領下組古墳群のほぼ全てを廻ってみました。西側を走る市道(かな)に大きな案内板がありそこから林道を入っていきます。でも舗装は300m程その先は1km以上砂利道となりますがそこそこ広い、所々に駐車スペースあり。
上御領下組古墳群
ここは一部を除いてほぼ裸の状態なので一番見学しやすい場所です。所々にある案内板に古墳の丘とあるのがここです。大型石室は墓地の中の1基程度ですがはっきりした石室もそこそこあり古墳群の様子を味わうにはまずここでしょう、林の中にあるのを除けば3,4時間程度で済むでしょう。まーコフニストならここだけで済むわけ無いでしょうけど(笑)