中所古墳群
兵庫県赤穂市 2018年3月訪問
7基、見学可能3基
3号
尾根先端に墳丘

墳頂に石材散乱

_1と反対側から、こちらからだと墳丘らしく見える

4号
横穴式石室、玄室長4m程
3号西側、これはもう墳丘だと分かるレベル

南側に大きな石材が幾つか転落

開口部、右側の石はずれているかも

カメラを突っ込んで撮影、奥が明るい

奥壁側が開口していました

開口部から撮影、玄室は良好に残る

ストロボ無しで撮影、側壁はやや持ち送り、左袖は明瞭だが右は袖かどうか微妙

〃縦位置

羨道奥から、入口側ほど埋まっている

玄室、奥壁下部は残っているが巨石ではなさそう

〃ストロボ無し

5号
横穴式石室、玄室長4.5m程
位置:34°50′01″N 134°22′47″E (日本測地系)
34.83683386 134.37701586(世界測地系)
更に西側にハッキリした墳丘

反対側から

これも南側に石材露出

激狭開口部

羨道玄室ともよく残っています、これはもう入るしかない

幅の割に背の高い玄室

奥壁は巨石+1枚、墨絵のような模様がある、偶然だろうけど

奥から外、左片袖かな

〃縦位置

レベルの揃った天井

羨道奥から、こんな場所で長い羨道が残るのも珍しい

(追記)三軒家14-16号に編成替え
見学記
赤穂市有年楢原、野田2号から山裾沿いの道路を1.6km南下、地蔵立像板碑の案内板があるのでそこを曲がります。道は狭いし途中で止められる場所もありますが途中で左折して行き止まりの場所まで行った方がいい。巨大水道タンクがありその手前に駐車スペースがあります。そこから西側の尾根筋を登っていくと3基の古墳があります。どれも墳丘がよく残っていて一番手前のが3号、石室は破壊され石材が露出しています。隣が4号、南東に開口、激狭ですがカメラを突っ込んでみると奥が明るい、反対側に行ってみると奥壁上部が開口していました、やや狭いですが入るのに問題なし。切石状の石を積み重ねた左片袖式、まぐさ石も2段になっています。羨道は殆ど埋没、側壁は内傾、奥壁は側壁と同じくらいの大きさの石材です。その隣に5号、こちらも南東に開口していますがかなり狭い、羨道はかなり埋まっていますが玄室完存、幅の割に背が高く奥壁は巨石+1枚と4号とは大分様相が異なります。玄門は左片袖、切石柱状袖石を立てています。石室構造や位置からしてもこちらの方が新しそうです
7基、見学可能3基
3号
尾根先端に墳丘

墳頂に石材散乱

_1と反対側から、こちらからだと墳丘らしく見える

4号
横穴式石室、玄室長4m程
3号西側、これはもう墳丘だと分かるレベル

南側に大きな石材が幾つか転落

開口部、右側の石はずれているかも

カメラを突っ込んで撮影、奥が明るい

奥壁側が開口していました

開口部から撮影、玄室は良好に残る

ストロボ無しで撮影、側壁はやや持ち送り、左袖は明瞭だが右は袖かどうか微妙

〃縦位置

羨道奥から、入口側ほど埋まっている

玄室、奥壁下部は残っているが巨石ではなさそう

〃ストロボ無し

5号
横穴式石室、玄室長4.5m程
位置:34°50′01″N 134°22′47″E (日本測地系)
34.83683386 134.37701586(世界測地系)
更に西側にハッキリした墳丘

反対側から

これも南側に石材露出

激狭開口部

羨道玄室ともよく残っています、これはもう入るしかない

幅の割に背の高い玄室

奥壁は巨石+1枚、墨絵のような模様がある、偶然だろうけど

奥から外、左片袖かな

〃縦位置

レベルの揃った天井

羨道奥から、こんな場所で長い羨道が残るのも珍しい

(追記)三軒家14-16号に編成替え
見学記
赤穂市有年楢原、野田2号から山裾沿いの道路を1.6km南下、地蔵立像板碑の案内板があるのでそこを曲がります。道は狭いし途中で止められる場所もありますが途中で左折して行き止まりの場所まで行った方がいい。巨大水道タンクがありその手前に駐車スペースがあります。そこから西側の尾根筋を登っていくと3基の古墳があります。どれも墳丘がよく残っていて一番手前のが3号、石室は破壊され石材が露出しています。隣が4号、南東に開口、激狭ですがカメラを突っ込んでみると奥が明るい、反対側に行ってみると奥壁上部が開口していました、やや狭いですが入るのに問題なし。切石状の石を積み重ねた左片袖式、まぐさ石も2段になっています。羨道は殆ど埋没、側壁は内傾、奥壁は側壁と同じくらいの大きさの石材です。その隣に5号、こちらも南東に開口していますがかなり狭い、羨道はかなり埋まっていますが玄室完存、幅の割に背が高く奥壁は巨石+1枚と4号とは大分様相が異なります。玄門は左片袖、切石柱状袖石を立てています。石室構造や位置からしてもこちらの方が新しそうです