五位ノ木池西古墳群(仮称中支群)
福岡県みやこ町(旧勝山町)2021年2月訪問
多数の石室墳、南群、中群、北群(仮称)に分かれる
中支群(仮称)
その15
位置:33°42′42″N 130°55′07″E (日本測地系)
33.71495327 130.91623685(世界測地系)
参道山道脇に石室露出、これだけだとあまり石室らしく見えませんが

内部に空間があります

反対側から見ると石室らしく見えます、左に見えているのが袖石でしょうか

その16
その先に大きな墳丘が見えています、手前は参道高まり

墳丘背後から、期待は高まりますが

南側に激狭開口

多少埋まりながらも内部は良好に残っているようです、複室でしょうか

その17
16西側に墳丘が見えていました、あまり良好そうでなかったので期待しなかったのですが

石室前部は破壊されるも良好石室開口

複室のような気もする

玄室玄門、内部の明かりは隙間から入り込んだ日差し

巨石2段積みの奥壁

〃縦位置

奥から外、右側の袖石が印象的

やはり複室でしょうか

隙間から差し込んだ日差し、まるでスポットライト、もう埃だらけ、あんな空気を吸っているんだ(汗)

その18
17側に良好な墳丘&石室

開口部、羨道は殆ど壊失

玄門だけど手前は前室かもしれない

玄室、天井は低い

奥から外、まぐさ石も天井を兼ねているような

その19
これも墳丘良好、手前まで石室が伸びているようだ

墳丘上の方に開口部

前室かな

ここも玄室天井は低い、奥壁の積み方が18に似ている

奥から外、左袖石が17の右袖石に似ている

その20
更に隣にも良好な墳丘

だいぶ削られています

石材は僅かに露出程度、きちんと並んでいるから破壊はされていないかも

その21
19下方に良好な墳丘、2段築成か

側面

_2と反対側

神社として利用されていたようです

石室前面が大きく破壊されている

群中最大の石室だけに残念

大きな玄室、内部に祠が祀られている、背後の奥壁鏡石が巨大

右側壁

左側壁

天井は高く1枚石

左袖部

右袖部

その22
下方に低い墳丘

石材露出で古墳と確定

隙間はあるけど内部埋没

その23
22と同規模の墳丘、石材見られず

その24
参道に戻ると山側に高まり

石室が露出していました

左が奥壁、右が側壁

(見学記)
(中支群)
そのすぐ北側にももう一つの支群、尾根はハッキリしませんが大きな墳丘が幾つも見えています。墳丘はよく残っているが石室が殆ど見られなかったり小さい墳丘なのに石室がしっかり残っているなどタイプ様々です。その中で一番大きな墳丘は石室が社殿として使われていたようで内部に祠があります。多分この古墳群としては最大級の石室ですが残念なことに前部は壊失、玄室だけ完存しています。祠があるのでちょっとわかりにくいですが巨石奥壁の上に2枚の石がせり出していて天井を狭くして支えています。1基の石室で側壁の隙間から日差しがレーザーのように差し込んでいました。それを見ると石室内部は埃だらけ、あんなの吸っているんだろうしカメラの内部にも侵入しているんだろうな(汗)
多数の石室墳、南群、中群、北群(仮称)に分かれる
中支群(仮称)
その15
位置:33°42′42″N 130°55′07″E (日本測地系)
33.71495327 130.91623685(世界測地系)
参道山道脇に石室露出、これだけだとあまり石室らしく見えませんが

内部に空間があります

反対側から見ると石室らしく見えます、左に見えているのが袖石でしょうか

その16
その先に大きな墳丘が見えています、手前は参道高まり

墳丘背後から、期待は高まりますが

南側に激狭開口

多少埋まりながらも内部は良好に残っているようです、複室でしょうか

その17
16西側に墳丘が見えていました、あまり良好そうでなかったので期待しなかったのですが

石室前部は破壊されるも良好石室開口

複室のような気もする

玄室玄門、内部の明かりは隙間から入り込んだ日差し

巨石2段積みの奥壁

〃縦位置

奥から外、右側の袖石が印象的

やはり複室でしょうか

隙間から差し込んだ日差し、まるでスポットライト、もう埃だらけ、あんな空気を吸っているんだ(汗)

その18
17側に良好な墳丘&石室

開口部、羨道は殆ど壊失

玄門だけど手前は前室かもしれない

玄室、天井は低い

奥から外、まぐさ石も天井を兼ねているような

その19
これも墳丘良好、手前まで石室が伸びているようだ

墳丘上の方に開口部

前室かな

ここも玄室天井は低い、奥壁の積み方が18に似ている

奥から外、左袖石が17の右袖石に似ている

その20
更に隣にも良好な墳丘

だいぶ削られています

石材は僅かに露出程度、きちんと並んでいるから破壊はされていないかも

その21
19下方に良好な墳丘、2段築成か

側面

_2と反対側

神社として利用されていたようです

石室前面が大きく破壊されている

群中最大の石室だけに残念

大きな玄室、内部に祠が祀られている、背後の奥壁鏡石が巨大

右側壁

左側壁

天井は高く1枚石

左袖部

右袖部

その22
下方に低い墳丘

石材露出で古墳と確定

隙間はあるけど内部埋没

その23
22と同規模の墳丘、石材見られず

その24
参道に戻ると山側に高まり

石室が露出していました

左が奥壁、右が側壁

(見学記)
(中支群)
そのすぐ北側にももう一つの支群、尾根はハッキリしませんが大きな墳丘が幾つも見えています。墳丘はよく残っているが石室が殆ど見られなかったり小さい墳丘なのに石室がしっかり残っているなどタイプ様々です。その中で一番大きな墳丘は石室が社殿として使われていたようで内部に祠があります。多分この古墳群としては最大級の石室ですが残念なことに前部は壊失、玄室だけ完存しています。祠があるのでちょっとわかりにくいですが巨石奥壁の上に2枚の石がせり出していて天井を狭くして支えています。1基の石室で側壁の隙間から日差しがレーザーのように差し込んでいました。それを見ると石室内部は埃だらけ、あんなの吸っているんだろうしカメラの内部にも侵入しているんだろうな(汗)