中尾池南古墳群

福岡県みやこ町(旧勝山町)2022年3月訪問

(仮称中群)(中尾池南古墳群)
その7
 横穴式石室
 位置:33°41′21″N,130°53′31″E (日本測地系)
    33.69273321,130.88901781(世界測地系)
中央の溜池に向かう往路では見逃し復路で見つけました


正面に見えているのが奥壁


玄室は大きく破壊、天井石が1枚傾いている


奥壁は大きさの割には薄い


左側壁、玄室は背が高そう


玄門奥から


こちらが本来の開口部正面


玄門から玄室内部


(仮称東群)(勝山町遺跡分府図に記載なし)
その8
 横穴式石室
 位置:33°41′22″N,130°53′24″E (日本測地系)
    33.69245548,130.88957331(世界測地系)
小丘の上に3基の石室墳、これは一番西側


石室内部、奥壁は1枚石


奥から外、両袖式、閉塞石が残っている


ストロボで撮影


玄室奥から右側、前室側壁っぽい


こちらも同様、でも前室後室の区別はない


露出した天井石を上から


その9
 複室横穴式石室
すぐ東側に良好な墳丘


反対側に廻ると石室開口、全部は基部しか残っていない


開口部正面


石室内部、一見して複室石室


〃ストロボ撮影


前室玄門、真正面に後室奥壁が見えている


前室天井、それ程高くない


鏡石らしい巨石1枚石


〃縦位置


奥から外、やはり右袖が大きい


前室奥から、こちらも右が大きい


奥から前室左側、ストロボ無しではさすがにブレた


〃右側、前室が割りと大きい


その10
 複室横穴式石室
更に東側にも良好な墳丘


前部は破壊埋没、閉塞石が残っている


開口部、正面から


石室内部、ここも複室、前室後室とも真っ直ぐです


前室、正面に奥壁が見えている


天井石は1枚だが高くない


前室右側壁


〃左側壁、どちらも下部は1枚石で前室らしい


後室、半円形の鏡石、上に小型石材を重ねる


〃縦位置


玄室天井


奥から外、両袖式、ここは左右ほぼ同大


前室奥から、閉塞石がはっきり


その11
更に東にかなり破壊された墳丘


幅が狭いからこれは羨道か


その12
その8西側に石仏がありました、土台の石が石室石材っぽい


石室そのものではなく石室石材を利用しているかも


その13
その8から斜面を下っていくと石室開口、喜びのあまりここで根に引っ掛けて転倒(汗)


狭い開口部


玄室内部、手前の石は閉塞石が流れ込んだかも


右側壁


左側壁


奥から外、両袖式、閉塞石が残る、単室かも


奥から左


奥から右、こちらの方が面が整っている


玄室天井、大きな1枚石


その14
更に側に大きく抉られた跡


奥の方に開口部、さすがに入るのは無理


内部は埋まらずよく残っている


(仮称西支群)(トウテ池南古墳群)
その1
 複室横穴式石室
 位置:33°41′22″N,130°53′24″E (日本測地系)
    33.69273318,130.88762906(世界測地系)
これが一番わかりやすく墳丘や石室の状態もいい


複室石室で羨道は上部壊失、手前がやや開いているか


前室、左右側壁は殆ど引っ込んでいない、まぐさ石がなく羨道天井石が見えている


前室右側壁


〃左側壁、どちらも普通の側壁的な積み方


天井は前室らしく狭くやや高い


後室、2段積みの奥壁


奥から外、両袖式、左右の幅が違うのはこの地域ではよくある


狭く1枚石の天井石


前室奥から


〃縦位置、天井が高いのが分かる


その2
林道を行くと右手に明らかに石室、墳丘は全く見当たらず


これが奥壁、前部は林道で破壊のようだ


左側側壁


その3
更に進むと左側に石室残骸、これも墳丘は殆ど残っていない


正面から、後方にその4


開口部辺り、内部は殆ど埋没


なんとか奥壁上部が見えている、天井石が傾き落下寸前


露出した天井石


その4
多少墳丘が残るが石室上部露出


最初はここが奥壁かと思いましたが何か変


側壁の一部のようです


こちらが正面側のようです、すっかり埋没


その5
これははっきりした墳丘


左側が削られているが石材見られず


その6
二又に分かれた林道を左に行くと石室、これは奥壁側で大きく破壊、最初見逃し後から見つけたのでその5と前後関係が不明


羨道埋没、前は谷になっている


正面から


天井石かまぐさ石か、滑り落ちかけている


羨道にしては幅が広い感じで前室の可能性もあるかも


玄室は玄門と側壁の一部が残るのみ


(見学記)
みやこ町勝山松田、溜池の中尾池周辺にある古墳群です。でも同じような3つの溜池があるからどれが中尾池かわかりません(どうも中央のが中尾池のようです)。東側の集落内の狭い道を通り農地の中の狭い道を行き林の中を抜けていくと正面に古墳が見えます、ここに駐車可、ここは障子ヶ岳登山口のようです。我ながら細い道を通ってよくこんな奥まで来たなと思う、途中で車を止める場所が殆どなかったということもあるけど。でもこの幸運が逆に苦労の始まりだった(汗)。この側の溜池が中尾池だろうなということにして周辺を捜索、林道をそのまま西に直進すると右側に1基、左側に2基の石室が露出、墳丘は殆どなく半壊状態の石室が露出しています。更に行くと溜池があり道が分かれる、右が障子ヶ岳、左が太宰官道の案内板、左側に行くとすぐ左手にやはり半壊状態の石室(最初は見落としたけど)、後はなさそうです。右側の道を行き溜池西端から北側の尾根に登る道があったので行ってみました。さすがにこの尾根は高すぎるし古墳はないだろうなと思いつつ歩きやすい藪だからつい歩いてしまった。怪しいのが1基あったけど多分古墳ではないかな。下側の斜面も急すぎてなさそうなので車に戻ってみました。こういう時は探す場所が根本的に間違っていることが多い。林道を戻ってみると北側の溜池に行く分かれ道があります。この溜池脇の道を歩いていると山側斜面に半壊石室がありました。この奥まで行ってみたがなにもなさそう。元の分かれ道に戻り更に集落方向に戻ろうとすると山側少丘陵上に丸い墳丘が見えている、これかと思って登ってみると確かに石室がありました、中に入れるのが3基、かなり破壊されているのが1基あります。更に最初の1基の背後にも石像が立った土台が石室か石室石材利用か。斜面を下って下の道に降りようとしたら段差があり下に開口していました。危なく見逃すとこだったでラッキー、でも斜面で根っこを引っ掛けて転倒仕掛けた(大汗)、右手にカメラを持っていたのでそちらを保護しようと左から倒れて左肩強打、暫く痛みが続きました。上のは複室ですがこれは単室のようです。更に直ぐ側にもう一つ開口、入り口が狭いので中には入りませんでしたが石室は良好のようです。国土地理院2万5千分の1地形図を見てもこの小丘の存在は殆どわかりません。今日はここが最後だったのでしつこく探してみましたが大正解でした。
今年(22年)のいつ頃からかわかりませんがグーグルマップで苅田町、行橋市、みやこ町辺りを見るとやたらめったら古墳が出てきます。なにかの資料によるのか実際に訪問して確認しているのかわかりませんが今年3月見つけた綾塚西古墳群(仮称)も二又池南古墳群となっていました。3月訪問した時は地主さんがまだ遺跡登録されてないと言っていたんだけどな、その後登録されたのか。この中尾池南古墳群もトウテ池南古墳群(その1-5),中尾池南古墳群(その6),上野西古墳群(その7-14)となっています。
(追記)23年1月現在、グーグルマップに載っていたこの辺りの古墳はそっくり削除されています

コメントの投稿

非公開コメント

内緒さんへ

情報ありがとうございます。
綾塚西側の古墳群はみやこ町の資料に載っていましたか。
所有者さんがまだ遺跡登録されていないと言っていたので仮称にしました。
いつ頃載っていたんでしょうね。
ネット上に公開されている資料を検索するのは苦手でみやこ町や苅田町、行橋市の資料などを検索してみたのですが見つからず。
グーグルマップにも二又池南古墳群と載っていましたがあの方が載せたのは間違いもありいまいち信用できませんでした。
(綾塚専用駐車場脇のを二又池3号としていましたがあれはどうみても石室じゃないですよね、他にも間違いがありました)
中尾池南古墳群と合わせてその内訂正します。
グーグルマップを見てみるとあれだけあった古墳のピンがきれいさっぱりなくなっていますね、どうしたんでしょう。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
プロフィール

平家蟹

Author:平家蟹
古墳のお部屋
ブログ館

へようこそ。

基本的には

と同じ内容です。
メール連絡が必要な方は↑からお願いします

ブログ内検索
市町村名、古墳名などを入力して検索してください
最新記事
FC2ブログランキング

更新通知登録ボタン

更新通知で新しい記事をいち早くお届けします

各県市町村別
最新コメント
リンク
QRコード
QR
RSSリンクの表示