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山畑古墳群

大阪府東大阪市 1999年3月訪問

円墳を中心に約70基程(現存約30基)
中には珍しい上円下方墳(2号)や双円墳(22号、瓢箪山古墳)等もある。
郷土博物館の周囲にあるのでここで資料を入手してからまわると良い

2号
上円下方墳、下辺28m、上円径14m
横穴式石室、全長16.6,玄室長6.4,幅2.5,高3.1
位置:34°39′22″N 135°39′22″E

上円部、以外と小振り


石室正面


羨道


府下最大の石室


奥から外


3号
墳丘流失、石室も天井石が崩壊


石室内部


4号
墳丘、石室が僅かに見える


5号
墳丘


6号
横穴式石室、石室全長10m

石室正面、玄室のみ残存


玄室、前面はゴミ捨て場になっている


11号
横穴式石室、石室長6.6m

玄室


奥から外、両袖式(段差は極僅か)


12号
横穴式石室、石室長11.5m、玄室長5.1m

かなり整った玄室


明瞭な両袖式、羨道は土砂で埋まる


13号
石室開口部


玄室


14号
横穴式石室、石室長8.8m、玄室長5.2m

石室正面


玄室、落書きが無惨


奥から外、右片袖式、物置状態


20号
横穴式石室、玄室長4.6m、玄室長3m

道路脇に開口


小型玄室


この古墳群では数少ない左片袖式、段差は僅か


21号
円墳、R15,H3
横穴式石室、石室長8.5m、玄室長4.4m

石室正面


良好な玄室


奥から外


22号
双円墳
横穴式石室、石室長9.8m、玄室長3.4m
位置:34°39′28″N 135°39′14″E

現状は東墳丘が削平されただの円墳状


石室正面


羨道


玄室、石の積み方はそれ程丁寧ではない


奥から外、右片袖式


24号
円墳、R12
横穴式石室、石室長11.4m、玄室長3.8m

墳丘、古墳群の中でも最も新しい部類に属する


非常に細長い石室、左に袖があるように見えるが...


玄室奥


奥から外、数少ない無袖式


39号
このような小さな石室もある


(見学記)
主に博物館周辺に分布する6C後半から7C初めにかけて築かれた群集墳で70基程確認されているが現存数は20数基程度。

2号
博物館東側にある配水タンクの南側尾根上にある。西側から登っていく山道がある。尾根をカットして一辺28mの方形壇を造り上に径14mの円丘を乗せた珍しい上円下方墳です。南側に石室が開口、墳丘の大きさからは想像できないほど巨大な石室で全長16.6m府下最大の石室です。羨道玄室ともよく残り巨石を使った右片袖式で長6.4m幅2.5m高2.5mで背の高いのが特徴(これは他の石室にもよく見られる)でやや持ち送りがある。しかしこの狭い尾根でどこからこのような巨石を運んで来たんでしょうね。

3号
2号すぐ西側、墳丘は無く石室が露出している。天井石が玄室内に落下しているがこれは石室構築中に失敗して放棄したということはないんだろうか。すぐ側の2号や4号の墳丘は良く残っているのでよけいにそう感じた。

4・5号
3号すぐ下、畑の中にともにまん丸い墳丘が良く残っている。4号で僅かに石室入り口が見えているだけ。

6号
博物館南100m道路脇に石室が露出、玄室部のみ残存。塵溜と化している。

11号
6号東100m墳丘が見えているが石室入り口は植え込みに隠れ分かりにくい。羨道は前部が破壊されているようだが玄室は完存、長4.8mの両袖式だが段差は僅か。入り口に石室を何かに利用したような現代の石垣がある。

21号
博物館前を東に100m程登った左側藪の中に石室がぽっかり口を開けている。墳丘石室とも良好、玄室長4.4m段差の僅かな右片袖式、時代が下るにつれてだんだん段差が小さくなるようだ。玄室幅に対して高はやはり高い。市史跡。

20号
21号すぐ東、道路脇に石室が開口している。羨道部はかなりか遺失しているが玄室長も3mと小型、この地域には珍しく段差は僅かながら左片袖式。ここに古墳群の説明板と分布図がある。

12号
20号からさらに20m程登った右側。墳頂部が削られ大きな天井石が1個露出している。入り口はやや狭いが玄室は長5.1mとかなり広く背も高い。両袖式だが左の段差は僅か。石の積み方が2号墳とよく似ている。

13号
12号すぐ西側、墳丘は残っているが石室露出、天井石が割れて崩壊している。

14号
13号すぐ西側、林と畑の境界辺り。墳丘石室とも良く残っている。玄室長5.2m大きさ構造とも12号と良く似通っている。ここにも落書きがある、わざわざ入ってくるような場所ではないんだが。

22号
博物館東側駐車場側にある。双円墳だが東墳丘が削平され西墳丘だけが残る(これでは普通の円墳とかわりないってば、東側も何かに利用しているわけではなく何で削ったんでしょうね)。南側に石室が開口、羨道玄室とも良好で全長6.4mとこの古墳群の中ではそれ程大きくはない。玄室は右片袖式、やはり幅に比べて背が高い。それにしても双円墳と言えば河南町にある金山古墳しか知らずそれしかないんじゃないかと思っていたけど、この地域には少ないながらも幾つかあるんですね。

38~41号
22号北側林の中にある。石室下部しか残ってないが石室石材とも小型で古墳群の中では新しい。40号からは石を並べた棺台が見つかっている。

24号
博物館西側畑の中にある。石室の中にはいると大変細長く明らかに他の石室との違いを感じる。全長11.4mの無袖式で天井に段差があって玄室と羨道を区別している。7C初めに築かれた古墳群の中でも最も新しいタイプ。

52号(瓢箪山古墳)
西側平野部に築かれた全長50mの双円墳と考えられています。上に稲荷神社があって大きく変形しているが東側は竹林で比較的良好。南北丘にそれぞれ石室がありますが南側は入り口が僅かに見えている程度、北側は「東大阪市の古墳」に石室内部の写真が載っていますが今は入り口さえ分からない(多分)。博物館展示の本に墳丘が裸になった古い写真が載っていたがどう見ても前方後円墳に見える。双円墳とした根拠は何でしょうね。
[ 2013年02月05日 16:08 ] カテゴリ:東大阪市 | TB(-) | CM(2)
Re: 素晴らしいまとめ方・・・
コメントありがとうございます。
ここはそんなに薮の中でもないし比較的狭い範囲にまとまっているので見学しやすいかなと思います。
今はちょっと都合が悪いかもしれませんが騒動が収まったら是非訪問してみてください。

#6号が同じ写真になっていたので訂正しました。
[ 2020/04/22 07:54 ] [ 編集 ]
素晴らしいまとめ方・・・
とても参考になりました。こんな時期で移動が大変ですが近日見学に行きたいと思います。
[ 2020/04/21 22:50 ] [ 編集 ]
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