二子塚古墳

広島県福山市(旧駅家町)1988年4月訪問、96年、2021年3月再訪

前方後円墳、TL66,R36.5,RH6.5
横穴式石室、全長13m、玄室長6.5,幅2.2,高2.5m
位置:34°33′01″N 133°18′54″E (日本測地系)
   34.55351626 133.31239509(世界測地系)
(21年)
復元整備された墳丘、南下がりの緩斜面だったようです


前方部と後円部に石室のある双室墳


前方部石室、殆ど見えないけど意味あるのか


発掘時の写真(説明板より)


後円部石室、前面は墓道、当時見えていたのは柵の上の石材かな


長い羨道


玄室は照明付き、奥壁は大きな1枚石のようです


板石を組み合わせた石棺、この状態で埋まっていたわけではなさそう


石室図


北側は元の状態のまま保存、保存状態も良いしあまり手を加えなくてもよかったな


周溝跡が残っています


前方部側面から後円部


立体模型


(88,96年)
石室開口部を下から(96年)


当時は林の中にあった(88年)


羨道天井石先端だけ露出、隙間開口


殆ど埋没、資料に玄室の写真が載っていたので入れるのはわかっていたが流石にこれでは入れなかった


(見学記)
(21年)
墳丘が整備復元されたので訪問してみました。少し離れていますが専用駐車場が出来て見学しやすくなっています。見た第一印象はこんなに大きかったかなと、多分以前訪問時は石室開口部周辺しか認識してなかったんだろうな(汗)。主軸を東西に向けた全長66mの前方後円墳、北側半分はほぼ現状保存、周溝の様子も分かります。南半分は芝生が張られ墳形がわかりやすくなっています。でも石室の保存の仕方がな~。後円部石室は以前は殆ど埋まっていたけどこんなに大きかったかなと、入り口に柵があり中には入れませんが証明があるので奥まで見やすい、組合式の石棺がありますが埋没当時はこの状態ではなかった模様。前方部にも石室がありますが当時は知られてなかったのかな、参考にしていた本にも記述がなかったような。かなり細長い石室のようですが整備されて埋め戻され入り口辺りの石材が2個見えている程度です。このような復元の意味がわからない。全くと言っていい程見られないのだから墳形を損ねるだけのような気もします。

(88,96年)
弥生ヶ丘住宅団地西側にあり,全長68mの前方後円墳ですが墳丘の真上を砂利道が通りあまり目立ちません。後円部に石室が開口しています。玄室はかなり広いそうですが(長さ6.5m)入口はかなり狭くさすがに一人では入る勇気はなかった。

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