国分寺裏山古墳群

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広島県福山市(旧神辺町)2007年3月訪問、18年1月訪問

(2018年)
1号
箱式石棺
位置:34°33′50″N 133°23′49″E
札はあるが墳丘は見当たらず


側に箱式石棺がある、てっきりこれが1号そのものかとおもったが墳丘は削平されているそうです


これは原位置なのでしょうか、推定墳丘よりは大分ずれていそう


2号
背後から見ると藪に包まれた墳丘、これが一番下方にある、上から降りてくると見逃すかも


反対側に廻ると石室開口、前部は一部壊失しているようだ


開口部正面、天井石が屋根型


やや埋まるが石室良好、奥壁辺りは以前より埋まっている


奥から外、無袖かな


3号
箱式石棺
山道脇に箱式石棺露出


これも石仏の土台となっている


大きさの割に蓋石が分厚い


内部は小型石室のよう


4号
円墳、R16
横穴式石室、全長9.4m、玄室幅1.9m
位置:34°33′44″N 133°23′44″E
墳丘が一番良好に残る


上から降りてきたので最初はこんな状況


石室前部が露出


開口部正面、しゃがめば入れる


石室はやや埋まるも良好に残る、ゴミは掃除されていた


奥から外、無袖かな


5号
位置:34°33′51″N 133°23′44″E
離れた墓地の中にポツンとある、天井石で家形になっているような


周囲がかなり加工されているようだ


すぐ奥壁が見えている、最後部しか残っていないようだ


6号
山道脇、札がないと見逃しそう


これは側壁、原位置を保っていそう


石室は殆ど破壊


石仏土台も石室材のようだ


7号
位置:34°33′51″N 133°23′48″E
表山から降りてくると最初に出会う(右側の道)でもうっかり見逃した


天井石1枚露出


隙間からカメラを突っ込んで撮影、かなり埋まっているが奥壁が見えている


(2007年)
2号
石室開口部


半ば埋まった玄室、奥行き3mくらい


奥から外


3号
箱式石棺
箱式石棺の一部が露出


小口部


石棺内部


4号
石室開口部


玄室、奥行き4mくらい、物置のようになっている


奥から外


(見学記)
(18年)
表山古墳群から国分寺裏山古墳群の案内板があるのでそれに従っていきます。林の中に入って最初に見かけるのが7号、木に古墳の表示板があります(他も同様)。墳丘は割りと残っていて石仏が建っています。石室が開口していますが隙間程度、カメラを突っ込んで撮影すると内部は殆ど埋没ですが三角形の鏡石上部が見えています。更に進むと山道が急カーブする辺りに1号、ここも表示板がありますが初め古墳らしきものは見られず側に関粒の土台が箱式石棺か何かと思いました。でも少し離れてみると上部が大きく削平された墳丘が見えてきます。土台はやはり主体部の石材でしょうか。更に進むと6号、大きく破壊された石室の一部が残存、表示がないと気が付かないかも。そのすぐ先に4号があり墳丘が見えています。前回も見ていますがこんなに墳丘が残っていたかなと思うくらい。石室内部は倉庫代わりでしたがそれは整理されて見やすくなっていました。この下に3号、2号がありますが前回も見ているので省略。西側共同墓地の中に5号があります、7号辺りから行く道がある。墓地最上部辺りに石室が露出していますが石室最後部が残存程度です。

(07年)
現在福山市神辺町下御領、国分寺背後の丘陵にある古墳群です。道が狭く寺にたどり着くまでが大変ですが寺の駐車場に車を止めて後はゆっくり見学できます。本堂左側から石仏巡りの道があるのでそれを登っていきます。58番石仏の脇に箱式石棺の小口部が露出しています。知らないとうっかり見過ごしそうだ。このすぐ上林の中にも小さな石室が開口、内部も少し埋まっていて途中に黒いビニールで塞がれている。中をちょっと覗こうと触った途端ハラハラと落ちてしまった。でも奥もがらくたが置かれていて写真は撮りづらい状態だった。箱式石棺の山道向かい側やや下辺りにもう1基の石室が開口しています。こちらも内部は半ば以上埋まっている。規模も上のよりやや小さいようだ。

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