毎戸古墳群

岡山県矢掛町 1988年4月訪問、92年4月、12年3月、19年1月再訪

4基

2019年
3号
横穴式石室
位置:34°36′31″N 133°33′04″E
鳶山山頂南斜面、標高110m程の高所に立地、墳丘流失天井石露出もかなり乱れている、高所だけど上方に巨岩が露出、石材には事欠かなかったようだ


この辺りから入れる、左が最後部の天井石


天井石背後から


隙間から覗いた内部、奥壁はほぼ1枚石


玄室奥から、左上の隙間からなんとか入れる


奥から右方向、後部側壁が巨石


反対側、こちらも巨石


天井部、崩壊せずギリギリ保っている


奥から外


その他
3号へ行く途中で尾根に高まりがあった、古墳だと直感


大きさの割に背の低い墳丘


上部が盗掘で窪むも石材露出なし、多分毎戸古墳群じゃなく中期の古墳かな


2012年
2号(毎戸荒神塚古墳)
位置:34°36′24″N 133°33′07″E
神社前に石室露出


20年前となんら変わりなし、当然だけど


内部も相変わらず粗大ごみ散乱


奥壁は下が埋まるも1枚石だろうな


奥から外、改めて見ると側壁も上に積み重ねがないな


露出した天井石後部


4号
玄室長5.6,幅2m
位置:34°36′24″N 133°33′14″E
墓地の中にある、20年前はどうだったかな、林の中だと思ったけどな


開口部に枯れ枝が積まれ中に入れず


露出した天井石


隙間から見た奥壁


入口側はかなり埋まる


(1992年)
1号
円墳、R30、中期
位置:34°36′19″N 133°32′57″E
遠望


2号(毎戸荒神塚古墳)
石室正面、神社境内に露出


石室内部


4号
石室正面


玄室


奥から外


(見学記)
(2019年)
矢掛町浅海、3号が未訪問だったので行ってみました。鳶山から南に伸びる尾根上に立地しています、標高が110mもあり矢掛でも最高所にある古墳でしょうか。山頂手前に電波塔がありそこから尾根筋を降りていくと林の中に巨石石室が露出しています。天井石が折れて落下するなど状態は悪いですが最奥部分に何とか入られ巨石の奥壁を見ることが出来ます。電波塔のすぐ下辺りにとんでもなく大きな巨石が露出、下を通り抜けられる状態で登山道でもあればさぞかし名所になっただろうな。途中の巨大水道タンク北東尾根上に低い墳丘がありますが盗掘で真っ二つ、石材は全く見られないし墳丘もなだらかで木棺直葬の前中期の古墳かもしれない。南東側溜池辺りから入っていく舗装路があり水道タンク辺りまで行けて駐車スペースがあります。

(2012年)
3号を探すべく再訪、2号は相変わらずで中にゴミというか道具が入ってます。4号は当時は確か林の中だと思ったけど現在は墓地の中になっていて暫く探してしまった。入り口に枯れ枝が積まれ中に入れなくなっていた。3号は神社から直登してみたが途中で藪がひどくなって断念、やはり急がば回れかな。1号も古墳側まで行くつもりだったが3号の後ですっかり忘れてた。

(1992年)
鳶山南側麓近くに分布する古墳群です。1号はR486北側低い尾根の先端に位置する中期の古墳,主体部不明。2号は荒神社の鳥居脇に石室が露出。羨道はなく玄室のみ,壁の部分は石材がカットされ面が揃えられている。天井石も大型の扁平な石が使われている。入室可,でも中は物置状態。4号は更に東側,墓地脇の林の中に石室天井石が露出,石室も2号よりやや粗雑な感じ。内部は半ば土砂で埋まっているが入室可,芋の貯蔵穴が掘られている。なんちゅう利用法じゃ(-。-;)。3号は不明。

橋本古墳群

岡山県矢掛町 1988年4月訪問、91年4月、12年3月、19年1月再訪

15基以上

(2019年)
8号
荒神塚西方の尾根南斜面に3基並ぶ、欠番8-10号を仮番号として割り当てる


僅かな高まり


明確な石材は奥の1個だけ


9号
位置:34°35′56″N 133°35′46″E
8号西側に同様の高まり、左後方に山道が見えていますが前年の豪雨で大きな雨裂があった


南向きに開口


開口部、左側に羨道側壁が残存


土砂流入も石室自体は良好


一部凹むなどちょっと変わった形の奥壁鏡石


奥から外、右片袖かな、まぐさ石が一段下がっている


10号
更に西側に同様の高まり


盗掘されたのか墳頂部が凹んでいる


露出した石材、元の状態がわからない程、手前の石は割られた跡がある、多分後世のもの


(2012年)
1号
はっきりした墳丘が残るも石材見られず


2号
崩壊気味の天井石露出


石室も前部は埋まるが後部で隙間開口


前部の崩れ落ちている天井石


石室後部、半ば埋まるも奥まで見える、鏡石が天井まで届いている


奥の隙間から


3号
横穴式石室
位置:34°35′54″N 133°35′44″E
斜面に背の高い墳丘が残る


墳頂部に石室開口


天井石露出


15号以外では一番良好に残る玄室、奥壁は下部に大型石材を据える


奥から外、無袖かな、若干左側(斜面下側)に傾いているよう


4号
低い墳丘が残る


上部を失った石室露出


奥壁辺り


5号
石室正面から


後部で天井石残存


内部も殆ど埋まる


6号
低い墳丘に僅かに石材露出


7号
傾いた天井石露出


石室の方向が分かる程度


分厚い板状に加工された天井石


(8-10号は欠番)

11号
横穴式石室、全長6.4m
位置:34°35′54″N 133°35′55″E
相変わらず藪に包まれた露出石室


東側から、藪で隙間も伺えなかった


12号(仮)
低い墳丘に直線状に石材露出


石室だろうな


この辺りが奥壁でしょうか


13号
はっきりした墳丘頂部に石室露出


上記反対側から


こちら側が入口側天井


かなり加工された天井石


上記反対側から


内部は大分埋まっているが奥壁上部が見えている、側壁奥壁が黒くなっているが天井はそうでもない


奥から外、前部は完全埋没


14号
状態の良い墳丘


上記反対側、こちらが入口側


石室前部埋没、中程で開口


内部は半ば埋まるも奥壁まで見えている


15号(橋本荒神塚古墳)
円墳、R20,H5
横穴式石室、全長7.1m、玄室長5.85,幅2,高2.35m
位置:34°35′57″N 133°35′48″E
20年前と殆ど変わりない状況


開口部正面


他と比べて隔絶した規模の石室


県内では一番見やすい石棚かな


割と低い位置にある石棚


石棚上部奥壁


石棚下部、下部が曲面で左側が抜け落ちそうなので支えを置いたかなと想像


奥から外、両袖式


墳丘横から、斜面をカットした跡がよく残っている


16号(仮)
緩斜面に僅かな盛り上がり


この石組みはどうみても石室


背後から


(1988、91年)
11号(88年)
露出した天井石


石室内部、奥壁辺り


15号(橋本荒神塚古墳)
お堂背後に開口


石棚のある玄室、下の支柱は当時のものかどうかは不明


奥から外


墳丘


(見学記)
(2019年)
矢掛町里山田、更に3基の古墳が追加されたので再訪しました。東に伸びる尾根筋の南斜面に3基の古墳がならんでいます。東から8-19号(欠番を当てた仮番号)、どれも古墳を思わせる高まりがありますが8,10号は石室が大きく破壊され9号だけ無袖式の石室が残り中に入れます。しかし7年前も追加があって訪問した時は殆が藪の中、今回のは藪でもなく荒神塚からすぐ歩いて1分程、今までで一番楽だった。前回通った道からも墳丘が見えているけど存在を知らなければ気が付かないな。昨年の豪雨の跡がこんな所にも残っていた、前の道が大きく抉られて2m近い深さの溝が出来ていました。荒神塚までの道が狭いので今までは下の県道に車を止めて歩いていっていましたが今回初めて荒神塚まで車で行きました、駐車場有り。

(2012年)
矢掛町里山田、以前は石棚のある15号と石室の露出した11号しか見てなかったのですが(これが普通)かまどねこさんが更に多く見つけてくれたので再訪していました。20年ぶりの訪問だけど辺りの様子は殆ど変わらず。まず1号を訪問ここを起点に南側の1-7号、13,14号を探してみました(8-10号は欠番)。15号南西杉林の中低い尾根先端に1号があります。明瞭な墳丘が残っているが石室は見られず。ただ矢掛町史(旧版)では開口した石室が載っているけどね、ただ本文は奥壁が残るとなっていてよく分かりません。ここから更に南西斜面裾辺りに2-6号が集中、石室が良好なのは3号くらいで他は大分破壊されています。更に藪の中を進むと7号かな、低い墳丘に石材散乱状態です。更に南に進むとやや開けた場所に13,14号があります。上側は14号で墳丘が良好に残っています。南向きの石室は現墳丘のほぼ中央辺りに開口しているので奥はそれ程残ってないかなと思ったが意外に奥まで残っていました。ただ土砂がかなり流入し中に入ると方向転換が出来そうにないのでカメラを突っ込んで撮影。すぐ下の13号も墳丘がよく残っているが天井石露出内部もかなり埋まっています。石材の一部が黒くなっているが中で何か燃やしたんだろうか。14号上にも破壊された石室らしきものがある。15号側に駐車場有り。

(1991年)
池尻古墳群北方緩斜面の広い範囲に15基分布していますが確認できたのは2基だけ。最も北側にあるのが15号(荒神塚古墳)で荒神社背後に墳丘があり南側に石室が開口,羨道は殆ど無くなっていますが両袖式の玄室が完存,この石室の最大の特徴は奥壁に石棚があることです。奥行き1.5m程で人一人が横たわるには十分の面積があります(と言っても遺体が置かれていたという証拠があるわけではありませんが。かなり分厚くそのせいでしょうか下に石の支柱があります。入室容易。ここから南東墓地の側に11号墳の石室が露出,最初はただの岩塊かと思いましたが近寄ってみると内部に何とか石室構造が残っていました。入室困難。

蓮華寺東古墳(仮称)

岡山県矢掛町 2019年1月訪問

横穴式石室
位置:34°37′23″N 133°34′02″E
南から見るとそこそこ残る墳丘


でも天井石が殆ど露出している


南向きに開口、1月なのに随分葉が茂っている


開口部、玄門袖石が見えている、元々羨道は短かったか


石室内は大分埋まっている、袖石の様子から元々それ程高くなかったような


玄室、落下した天井石


奥から見た玄門、まぐさ石が下がる


石室背後から、玄室後部は殆ど壊失


(見学記)
矢掛町西川面、川面小学校西側の丘陵上に蓮華寺がありその東方尾根筋に立地した古墳です。ただ蓮華寺からははっきりした道がなく行きづらい。東側麓に蓮華寺と書かれた石碑があってそこから登っていく道があります。急な山道を登って尾根にたどり着くと左側50m程、空き地と林の境目辺りにあります。墳丘流失石室完全露出、玄室後部が破壊されて状態はよくありません。玄門は残っていて右片袖式かなと分かる程度です。川沿いの道路に駐車スペースあり。

だん神様裏古墳(仮称)

岡山県矢掛町 2019年1月訪問

横穴式石室、玄室長3.7,幅1.7,高1.5m(現状)
位置:34°35′48″N 133°33′54″E
あると知ってて見れば見える墳丘、知らなければまず気が付きません


南向きに開口、墳丘もそこそこ残る


開口部正面、石室前に生えているのはシュンラン、岡山で古墳巡りしていると時折出会う


やや土砂が流入するが石室良好


一応左側の石が鏡石として意識しているかな


奥から外、まぐさ石が一段下がる


(見学記)
矢掛町浅海、だん神様古墳の南30mの場所にあります。墳丘もよく残っていてよく見れば見えているんですがここも存在を知らなければ気が付きません。間に猪避け柵がありますが丈夫なので却って乗り越えるのは楽です。南向きに開口、無袖式で残存長m程、だん神様の巨石に比べて石材は全般に小型です。ここも対の古墳でしょうが位置からしてだん神様の方が先行しているような気がします。下の県道に駐車スペースあり。

小迫大塚古墳

岡山県矢掛町 1988年4月訪問 96年、19年1月再訪

方墳、L23-27、終末期
横穴式石室、全長10.7m、玄室長6.5,幅2.4,高2.3m
位置:34°35′27″N 133°36′45″E
(19年)
23年ぶりに訪問したら墳丘も周囲も様変わり、画面左上に見えているのが太陽光パネル


西側から、墳丘はほぼ裸になっていた、以前はこちらは林でこのアングルは撮れなかった


北西から、割と斜面なのがわかります


北側背後から、こちらは一段か、遠くに平野部が見えている、平野からも見えていたんだろうな


東側から、88年当時は植林されたばかりでした、まだ切り出すには程遠い


南側正面から、墳丘上の木が伐採


伐採されたのは割と最近のようです


相変わらず迫力のある羨道天井石、ここまで加工する必要があったんでしょうか


玄門袖石とまぐさ石は角柱状


なぜこんな場所にと思わせる大型石室


奥壁は巨石1枚石、詰石は殆どない


奥から外、側壁は基本2段積み


奥から左側、最奥の側壁だけ1枚石


反対側、上下2段の高さが見事に揃っている


(96年)
墳丘横から、丘陵中腹に単独で存在、方墳の形状がよく残っている


南側正面


羨道


切石に近い石材を使った玄室


奥から外、石材の積み方が非常に整っている


(88年)
大きさの割に背の低い墳丘


東側から、2段築成の様子がよくわかる


(見学記)
(19年)
矢掛町南山田、23年ぶりに再訪してみました。古墳自体は変わりありませんが周りの環境が随分違ってきています。墳丘上の樹木は殆伐採され下草も刈られて2段築成の方墳の様子がよく観察できます。30年前東側でスギの植林がされたばかりでしたが大分成長してきてこちらからの眺めは悪くなっている。一番変わったのが西側、林が伐採されて太陽パネルが設置されていました。こちらからの眺めは良くなりましたが雰囲気はよくないですね。登ってくる途中にも大量の太陽パネルが設置されていました。それにしても終末期の巨大方墳がなんでこんな場所に、と感じさせる場所です。太陽パネルがあるが案内表示があるので問題なくたどり着けます。入り口辺りの県道に駐車スペースあり。

(96年)
中山の南側中腹に単独で位置する町内でも珍しい方墳です。墳丘,石室とも良好。山道を登っていくと開けた場所に墳丘と石室入口上の巨石がまづ目に付きます。この石材は今切り出してきたばかりといった感じの角の鋭い石です。中は両袖式の石室ですが玄門部の壁と天井にほぼ同じ幅くらいの石の出っ張りがあってより明瞭に羨道と玄室を区別しています。玄室も巨石で構成され,奥壁も一枚石で壁や天井も平面が揃えられていて全体が非常に整った感じで,他の古墳とは明らかな違いがあります。この地方最後の古墳なんでしょうか。入室容易。町史跡
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